第190話 開戦危機 24

「・・・あ、あった」


 数分後、カリンは女性の身体検査をすると、最終的に2つの鍵を見つけてくれた。一つは事前に女性が言っていたように、上着の右ポケットから。そしてもう一つは、下着の中に隠すようにしてあったらしく、受け取ったその鍵の生暖かい温もりに、何だか鳥肌が立った。


「み、見つけてくれてありがとう」


どこの下着にあったのかは聞かない方が良いと考え、カリンには見つけてくれたことに対するお礼を伝えるだけにした。僕はさっそくその鍵を床の鍵穴に差して回すと、『ガチャン』という音と共に壁だったはずの場所がスライドして、小さな机が一つだけある部屋が見えた。


「や、止めなさい!その部屋に入ると後悔するわよ!!我々の組織が地の果てまでお前を追って、必ず殺してやるわっ!!」


僕がその部屋に入ろうとすると、妙齢の女性は必死の形相で制止してくる。


「それは良い。僕が君達を探す手間が省けるよ。まぁ、そんなこと出来ないだろうけど」


僕は努めて傲慢な言動を見せると、彼女は憎悪のこもった表情で睨み付けていた。



 睨み付けてくる妙齢の女性の圧を無視してその隠し部屋に入ると、部屋の壁一面に備え付けられている本棚には、書物が所狭しと納められていた。


「・・・”害悪の欠片”を使用した人体実験の考察・・・」


書物の背表紙を確認すると、そこにはおそらくこの拠点で行われていたのであろう実験の詳細を記しているようだ。中身をパラパラと確認すると、欠片を摂取してからの被検体の状態の推移や、濃度に応じた変化の違いなど、かなり詳細に記されていた。


それは詰まるところ、それだけの人々を攫って人体実験を繰り返していたことに他ならない。その事実に、僕はこの組織に対して一層の不快感を覚えた。


(エレインを攫っただけでも頭にくるのに、こんな不快な実験を繰り返し行っていただなんて、本当にこの組織はあってはならないな!)


怒りに顔をしかめる僕は、何か有力な情報がないかと書物を確認しようとするが、かなりの量があるので、カリンにも手伝ってもらうことにした。


「悪いけど、この組織の他の拠点や目的が分かりそうな書物がないか一緒に探してくれる?」


「わ、分かった」


僕のお願いに、カリンは素直に応じてくれた。2人で一緒になって表紙を確認していきながら求める情報を探しているが、ほとんどは人体実験や動物実験に関することだった。それでも、何か今後の為に有益なものになるかもしれないと考え、いくつか確認したが、中々目的の情報は見つからなかった。



 数十分ほど探し続けた頃、数冊の書物を取り出していた奥の壁に違和感を感じる場所があった。


(ん?何だこの切れ込みは?)


不自然に壁に走っている切れ込みに手を伸ばすと、「カチッ」という音がして、その壁の一画が手前に開いた。


「・・・これは?」


「何かありましたか?」


僕が呟いた言葉に、カリンも反応して様子を見に来た。その視線の先には、30㎝四方の壁が手前に開き、数枚の書類が隠されていた。取り出して確認してみると、それはこの大陸の3つの国の地図が描かれており、さらには朱色の印が複数打たれていた。


「・・・これはもしかして、組織の拠点か!?」


朱色で記された場所の一つは、僕が今居るこの拠点を示しており、そこから察するに、この朱色で示された場所は、この組織の拠点ではないかと考えられた。残りの書類にも目を通すと、そちらは王国と公国の地図となっていて、同じように朱色の印が複数打たれていた。


「よし。この情報をミレアに伝えれば、【救済の光】を一網打尽に出来るかもしれない」


それにおそらくエレインは、この朱色で記されている拠点のどこかに居るはずだ。そう考えると、まるで手掛かりの無かった状況から、一気に見通しが明るくなったような気がした。


この組織の最終的な目的までは分からなかったが、エレインに繋がる情報があっただけでもかなりの成果だ。安堵のため息を吐き出す僕に、カリンが不安げな眼差しを向けながら話し掛けてきた。


「あ、あの?必要な情報は見つかったんですか?」


「あぁ、僕にとって一番必要な情報だった」


「そうですか、良かったです。それで、あの、私はどうなるんでしょうか?」


どうやらカリンは、この場所に置いてかれると思っているようだ。僕が地図をじっと見ながら呟いていたことで、早々にその場所に移動してしまうかもしれないと考えたのだろう。


「大丈夫、安心して。僕が近くの大きな都市まで君を連れていく。それから騎士団か近衛騎士団に身柄を保護させるから、何も心配しなくて良いよ」


「そ、そうですか。ありがとうございます」


僕の返答に、カリンは安堵したような息を吐いた。同時に、カリンとどう移動しようかと逡巡する。


(移動時間を考えると、僕が抱えながら飛ぶか走る方が早いけど、もし途中で落としてしまったら大惨事だな・・・)


少し時間のロスにはなるが、この拠点には馬車が何台か停めてあったので、それを使って移動した方が安全だろう。とはいえ、残念ながら僕には御者の経験が無い。不安はあるが、今悩んでも仕方ないし、なんとかなるだろうと考え、ここから持ち出す書物等の整理をすることにした。



 隠し部屋にあった書物を持てるだけ持ち出し、倉庫の隣に停められていた馬車に運び込んだ。倉庫に捕らえられていた村人達は衰弱していた為、とりあえず砦内の食堂にあった食料を提供して身体を休めてもらっている。


”害悪の欠片”を取り込まされた人々は、残念ながら既に身体の腐敗が始まっており、身動きすることも出来ず、早晩その命は消えてしまう為、これ以上苦しませないようにした。


地下に閉じ込めている組織の構成員達は、未だに全員生きているようで、若干水位が下がって溺死の心配はなくなっているようだが、ずっと水に浸かって体温が下がった影響か、彼らは顔色悪く疲労困憊気味で、僕の姿を見ても声をあげる者はほとんど居なかった。


そんな中で、カリンの見張りをしていた女性を見つけた。彼女は僕の方を見て口をパクパクとさせていたが、声が出ないようで何を言っているのか分からなかった。


(確かあの女性は、自分の置かれている環境に悲観していたな・・・もしかしたらこの組織へは嫌々所属しているかもしれない。それに、見張りに立たされたってことは、階級は下の方だろう。だったら馬車が扱える人かも)


彼女の実力なら、反抗されたところですぐに取り押さえられる。それに組織に対して反感も抱いているようだったので、上手く使えないかと考えた。


(よし!)


僕は杖を構えて、地下を満たしていた自分の水魔術を消し去ると、彼らはバタバタと地面に倒れ伏した。中には倒れた拍子に口から水を吐き出す者もおり、過酷な状況だったことが伺えた。


そんな彼らを無視するように目をつけた女性に向かって歩みを進めると、僕に対して力無い声で怒りの言葉を吐くもの者もいた。それを気にすることなく目当ての彼女を肩に担ぎ上げると、地下をあとにする。



「わ、私をどうするつもりでしょうか?」


 枷を外してあげると、彼女は怯えたような弱々しい声で目的を聞いてきた。


「聞くけど、君は御者の経験はある?」


「御者ですか?一頭引きの馬車なら・・・」


彼女の返答に少し考え込む。当然ながら馬一頭よりも2頭で引いた方が速度が出るし馬力もある。しかし、そうはいっても無茶をさせて事故を起こしてもらっても困る。悩んだ末に僕は、一頭引きの馬車を引いてもらうことに決めた。


「じゃあ君には、近くの都市まで馬車の運転をしてもらう」


「・・・そ、そこで私を始末するのか?それとも騎士団に突き出すのか?」


彼女は怯えながら問いかけてくるが、おそらく大した情報を持っているわけではないし、馬車に積み込んだ書物の方が情報としては貴重だろうと考え、運転中に変な気を起こさせないようにする事を思い付いた。


「いや、逃げたかったら逃げても良い。何の武装もなく、魔獣蔓延る森を一人で生き抜ければだけど。ただし、ちゃんと都市までの御者をこなせば、そこで解放してあげよう」


「・・・そ、そんな事で良いなら、しっかりやらせてもらうよ!」


僕の言葉に彼女は、目を見開きながら安堵の笑顔を浮かべていた。そのやり取りを見ていたカリンも、どこかホッとする様子を見せていた。カリンと彼女は、地下の牢屋で少しのやり取りをしていたくらいだと思うのだが、何か通じるものでもあったのだろうか。



 御者をお願いした女性はルージュと言うらしく、元々は準男爵家の長女なのだという。最近当主である父親が急に【救済の光】に所属したらしく、それに伴って彼女も構成員の一人になったということだった。


ルージュには僕の聖魔術で回復してもらい、馬車の準備を整えるように伝えると、僕は砦のロビー付近で椅子に座りながらカリンと共に待っていた。すると、救出した村人達が食堂から出てきて話し掛けてきた。


「あ、あの、この度は本当にありがとうございます!」


「ファル様には何とお礼を言って良いか分かりませんが、私達の命をお救いくださったこと、感謝申し上げます!」


「いいえ、全員を救うことが出来ずにすみません。それに、僕にはまだやることがあって、準備が整い次第すぐに出発することになるんですが、皆さんはどうしますか?」


代表して2人の男性が感謝を告げてくれたが、僕はこれ以上彼らの面倒が見れないことを申し訳ないと伝えた。


「あの地獄のような牢獄から助けていただいただけでも御の字です。これ以上何かをファル様に望むことなどありません」


「幸いにして、ここには食料が十分あり、馬車も結構な数ありますので、私達は体力が回復しましたら村に帰ります」


彼らを発見した当初とは打って変わって、その瞳には力が宿っているようだった。聞けば、毎日のように自分達の仲間が同じ仲間に喰われ、犯されるという気のおかしくなるような光景を鉄格子越しに見せられ、いつしか生きる気力も失ったという。


しかし、こうして命を助けられ、地獄のような状況から抜け出せたということで、彼らには少しだけ笑顔も戻ってきた。


「分かりました。この拠点には武器や防具、下級ポーションもあるようですから、十分に準備して、無理はしないように帰ってくださいね!」


「ええ、ありがとうございます。・・・ところで、一つお聞きしてもよろしいでしょうか?」


僕に感謝しつつ笑顔を浮かべていた男性は、急に雰囲気を変えてきた。それはどこか影のある暗い感じがした。


「どうしましたか?」


「いえ、私達を攫い、地獄のような仕打ちをした者達を、ファル様はこれからどうされるのかと思いまして・・・」


その言葉と男性の雰囲気、更には彼の背後に居る村人達の様子から、彼らが何を求めているのか何となく察してしまった。


「・・・この拠点にいた構成員達は、今は全員地下に閉じ込めています。ある程度衰弱していますし、手足も拘束していますので、そう簡単に逃げられることはないですが、僕にも予定があって、これ以上時間を無駄にはできないものですから・・・」


「それでしたら、私達が彼らを見張りましょうか?」


僕の言葉に彼は怪しく目を光らせながら、捕らえた構成員達を見張ることを申し出てきた。


「良いですか?この拠点で得られる情報は既に回収しましたので、もう彼らには用はありません。見張りのやり方は、あなた方にお任せします」


「分かりました。しかし私達も素人ですので、ちょっとした手違いで監視中に彼らが死んでしまっても問題はないでしょうか?」


「ええ、お気になさらず」


「おぉ!ありがとうございます!」


僕の言葉に男性だけでなく、救出した人達全員が暗い笑顔を浮かべていた。その様子に、カリンは複雑な表情を浮かべていたが、彼らの境遇を考えれば、自分達に地獄のような苦しみを味あわせた者達を許すことなどできないのだろう。


復讐によって、彼らの心が少しでも晴れればいいなと思いつつ、何事か相談し始めている村人達から離れたのだった。

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