第183話 開戦危機 17

 村の周囲を囲むように出来上がった外壁を前に、村長さん達は大口を開けたまま呆然としており、僕の問い掛けに反応を示さなかった。


「あの、村長さん?」


仕方なく僕は村長さんの肩を叩いて意識をこちらに向けさせると、彼はハッとした表情になって向き直ってきた。


「す、すみません。あまりにも非現実的な光景を目の前にしまして、理解が追い付きませんでした」


「ははは・・・まぁ、この村の規模だったから出来ただけですから」


あまりにも大袈裟に驚いている村長さんに、僕は村の大きさを指摘しながら何でもないことのように言ってのける。それが村長さん達を更に刺激したようで、彼らは興奮した様子で口々に僕の事を称賛してきた。


「何を仰いますか!この規模の外壁を一瞬で作り上げるなど、第四楷梯・・・いや、第五楷梯に到達したものでなければありえません!」


「そうです!この村に来た魔術師の騎士だって、こんなこと逆立ちしたってできませんよ!!」


「ええ、ええ、本当に!あの騎士なんて自分の事を第四楷梯に至ったエリートだ何だって言ってましたけど、この村の為に何もしようとしないクズでした!しかし、ファル様は素晴らしい!!」


村長さんを筆頭にして、リオさん、イオナさんが先程までの警戒した様子から一変して僕の事を称賛し、尊敬の眼差しを向けてきていた。更に、騒ぎを聞き付けた村の住民達も集まり出してきて、村の入口付近は騒然となってしまった。


「えっと、とりあえず強度の確認をしますので、みなさんは少し下がってくださいね?」


さすがに、ちょっと触れただけで崩れるなんてことは無いだろうが、この壁がどれ程の攻撃に耐えられるのか確認したかった。


僕はみんなに聞こえるように声を大にして叫ぶと、村長さんが率先してみんなを外壁から下がらせてくれた。


「ある程度の威力の火魔術で崩れなければ合格かな?」


そう呟き杖を壁に向けて、一軒屋ほどの大きさの火の玉を放った。


『ドッゴーーーーン!!!』


「「「きゃーーーーー!!!」」」


火魔術が壁にぶつかった衝撃波と熱波で突風が吹き荒れ、集まっていた村の人達から悲鳴が上がってしまった。


加減したつもりが、少し威力が大きかったかと反省しつつも、僕は壁の状態を見るために近づいて様子を確認した。


「・・・うん!この一撃でもヒビ1つ入ってないし、強度は問題なさそうだ!」


僕につられるようにして壁の様子を見に来た村長さんは、少し焦げてしまった壁をまじまじと見ていたかと思うと、急に僕に向かって土下座をしてきた。


「ファル様!この度はこのような強固な外壁をお作りくださり、誠にありがとうございます!そして、村にお越しくださいました当初の失礼な態度、誠に申し訳ありませんでした!!」


「えっ?あ、えっと、急にどうしたんですか?頭を上げてください!」


突然の村長さんの行動に、僕は狼狽しながら声をかけた。


「いえ、この村の住民達は、最近の近隣の村々で起こっている出来事に不安を抱えておりました。しかし、このような立派な外壁があれば安心して生活できるというものです!!村の代表として最大限の謝意を示さなければ、末代までの恥となってしまいます!本当にありがとうございます!!」


「ほ、本当に大丈夫ですから。これは頂いた情報の対価ですので、気にしないでください」


「なんと!!我々が恐縮しないようにという配慮まで・・・ファル様はまさに聖女のような方だ!」


村長さんが僕に対してどこかで聞いたことのある評価を口にすると、その言葉が伝播するように、集まった村人達が口々に僕を聖女と褒め称えてきた。


「まさしく・・・あの方は真の聖女様だ」


「教会の守銭奴とは違う、本物の聖女様だ」


「あぁ・・・聖女様万歳!!」


村の人は口々にそう言うと、僕に向かって祈るような格好をしながら平伏してきた。その様子に僕は苦笑いを浮かべるしか出来ないが、残念ながら僕の表情は仮面によって阻まれてしまっており、まるで僕がそうしろと指示しているように見えるのではないかと頭が痛くなった。



 しばらくして村人達が平静になったところで、僕は人攫いがあったという村に行くことを告げると、みんなは残念という表情を浮かべていた。しかし誰かが「聖女様の世直しの旅を邪魔してはならない!」という言葉に全員が賛同し、泣きながらて僕の出立と旅の無事を願ってくれた。


村長さんには万が一魔獣がきても外壁越しに足止めを行い、防衛に徹するようにと籠城することを奨めておいた。


また、村長さんからは、この辺の村々ではみな同じように見たことの無い人物に対して疑心暗鬼になっているということで、紹介状を貰った。これを見せれば大抵の村で話は聞いてくれるだろうということだった。


さすがに無条件で歓迎してくれるなんて言いう都合の良いものではないが、少なくとも話は聞きやすくなるだろうということで、ありがたく受け取った。


そうして僕は、人攫いの被害にあったという村へと情報を求めて、この村をあとにした。





 エイダが変装して魔獣の被害に遭っている村々を回っている頃、軍務大臣であるロイド侯爵はある人物と密会していた。


「エイダ・ファンネルが国の命令に反するようにして王城を離れたという情報は間違いないと?」


とある屋敷の一室、昼間だというのにカーテンを閉じた部屋には、ランプの灯りがユラユラとしているだけで、応接用のソファーに座っている2人の顔は、近くで相対しているというのに辛うじて確認できるような明るさだった。


「ああ、確認したよ。彼は王城の一室を破壊して、駆けつけた騎士の制止する声に耳も傾けず去ったようだ。よほどアーメイ家のお嬢さんが大切なのだろう。困ったものだ・・・」


ロイド侯爵の言葉にありありと不満を滲ませながら返答しているのは、宰相だった。


「しかし、これは好機だな。最近勢力を拡大しつつある王女派閥に一泡吹かせられる」


「ふむ、派閥内の人間の粗相はトップの責任でもある。これはきちんと陛下に処罰を進言せねばなりませんな」


ロイド侯爵の言葉に、宰相は嫌らしい笑みを浮かべながら同意していた。


「それだけではない。一軍に匹敵するような力を持つ存在の手綱を握ることが叶わないのだ。国民にとって、これほど不安なことはないだろう?」


「・・・ロイド卿は彼の排除をお望みでしたかな?」


「ふん!当然だろう!奴のせいで我が息子、ジョシュの道は踏み外されてしまったのだ。その責任はとらせる。当たり前の話だ!」


ロイド侯爵は憤慨やるせなしという態度で、怒りを露にしていた。事情を知っている者から見れば完全な八つ当たりで、その主張はどこにも正当性など存在しないというのに、宰相は彼の言葉を否定することなく口元を吊り上げて話の先を促した。


「何か考えがおありで?」


「どうやら陛下は、今回の一件に箝口令を敷いて情報封鎖しようとしている。しかし、市中では既にチラホラと今回の事が王都内で囁かれ始めているようだ」


「そのようですな。まったく、どこの誰が口を滑らせたのか・・・遺憾なことです」


「まぁ、想像はつく。となれば、この噂を逆手にとって世論を操作し、奴を国家反逆罪の指名手配犯に仕立て上げればいい」


ロイド侯爵は身体を前のめりにしながら、妙案があるというような表情を浮かべていた。その態度に宰相も、若干身体を前のめりにしながらも懸念を口にした。


「なるほど。しかし今、噂を耳にしている王都の住民達の様子は、どうやら彼に対して同情的な声が多い。自らの想い人を非道な組織に人質として取られた悲運の英雄としてね・・・」


「そこに付け入る隙があるというものだ。悲運の英雄から、役立たずの英雄にすり替える」


ロイド侯爵の言葉に、顎に手を当てながら少し考える素振りを見せる宰相は、そのように名声を貶めるにはどのような算段が必要か考えを巡らし、確かめるように自らの考えを口にした。


「・・・ふむ。ではこちらですべきは、共和国の被害にあった村々の惨状を広く世に知らしめるということですな?」


「そうだ。それ自体は、現在我が国が陥っている状況を国民に知ってもらい、注意を喚起するだけの事だが、見方を変えると・・・」


「国内にこれだけの被害が出ているのに、英雄は何をやっているのだ!という声が高まるわけですか。なるほど、なるほど」


宰相はロイド侯爵が言わんとしていることを読み解き、ことさら大袈裟に頷いて見せた。


「やがて民衆も、陛下に認められた英雄が自らの事情を優先して、たった一人の人質の為に何もしないことに不満を募らせ、より多くの民の方を救うべきだという考えになる。それでも奴が動かなければ・・・」


「陛下も厳しい対応をせざるを得ないというわけですか。いや、素晴らしい考えです。我々は当たり前の事をするだけで、民衆の方が勝手に盛り上がってくれそうですな」


2人はお互いが同様の考えをしているということを、言葉無くとも感じ取っていた。そもそもこの2人は、王子派閥の中核的存在だ。王女派閥に対して数的優位に立っていたにもかかわらず、エイダ・ファンネルという人外の力を持つ少年が王女にくみし始めてから、王子派閥の勢力が縮小しつつあった。


また、軍務大臣の息子達による不祥事の数々によって、ロイド侯爵は求心力が著しく低下し、再起を図ろうと模索している状況だった。


宰相についても王子派閥の中心的存在である為、王子派閥の衰退は自身の権力の衰退と同義だ。だからこそ、ここで逆転となる兆しが見えたことは彼にとっても僥倖だった。


そう、2人は邪魔な存在であるエイダを蹴落としつつ、王国の主張は根も葉もない言いがかりに他ならないと突っぱね、逆に王国が侮辱したということを開戦理由とし、その戦争で功績を立て、王子派閥の勢いをつけたいという思惑があった。


その立役者となればロイド侯爵は復権し、宰相は更なる地盤の強化が図れるというものだった。そもそも今回の王国との一件は、王女の交渉では止められないという見方をしており、彼らはいそいそと物資や人材の調達に奔走しているところでもある。


今はその前段である、邪魔な英雄にご退場願わんと、最後の詰めの話へとなる。


「とはいえ、火付け役の扇動者は必要となるが、それはこちらで手配しよう」


ロイド侯爵自身は今、非常に微妙な立場になっていることもあり、自然と国民の声が上がり始めるまで待てないという事情がある。その為、素早く事態が運ばれるように扇動役が必要であることを伝えた。


「では私は、被害にあった村々の現状を国民に周知し、注意喚起すべきだという話を陛下に進言してきましょう。もちろん、被害は多少誇張させてもらいますがね」


「よろしく頼む!」


互いの目的が合致している2人は、暗い笑顔を浮かべながらソファーから立ち上がると、力強く手を握った。

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