第184話 開戦危機 18

 人攫いの被害があった村々を数日掛けて回っていき、情報収集と共に村の実情を確認しながら、再度襲われないようにと各村に外壁を作り出していった。


初対面の際には、僕が仮面をして素顔を隠しているという事もあって、みんな警戒した視線を向けてくるものの、立ち寄った村の村長さんの紹介状の効果で、なんとか話は聞いてもらうことが出来ていた。その後、集落を囲うように頑丈な外壁を造り出すと、みんな目の色を変えて僕に感謝をしてくるというのが、どの村でも一連の流れだった。


ただ感謝されるくらいならいいのだが、何故か全ての村で真の聖女として崇められてしまった。カツラと声だけでこんなにも完璧に変装が出来ているのかと自信が持ててきたが、定期的に連絡していたミレアに事の次第を伝えると、「滞在時間が短いからボロが出ないだけで、体格や仕草からバレる可能性は高いので気を付けてください」と釘を刺されてしまった。



 そうして集めていった情報を元に、ミレアの方でも集めている情報と合わせて検討した結果、攫われた人々の足取りが中々掴めない実情を鑑みると、ある仮説が浮かび上がってきた。


それは、攫われた村人達は何処かに集められ、”害悪の欠片”を投与されているのではという事と、その者の食料や慰み者にもされているのではないかということだ。では、投与された人々の姿が今のところ見られないのは、これから大規模な騒動を起こすために隠されているのではないか、というのが得られた情報から考えられる推察だった。


こんな王国との国境近くの村々で、わざわざそのような騒動を起こすということは、その目的は戦争の混乱に乗じて戦場に投入するか、あるいは王国に大使として向かっている王女の行動を妨害する可能性が考えられた。


その為、僕はミレアから王女の行動予定を確認し、今日の日中には僕が現在捜索している村付近の街道を通って王国の領土へと入ることから、何かが起こるかもしれないと王女の乗った馬車の通る街道へと向かっていた。



「・・・あれはっ!?」


 少しずつ慣れ始めている風魔術による飛行を駆使して上空から街道の方を伺うと、遠目にも戦闘しているような景色が見えてきた。


近づいていくと、一際豪奢な馬車を守るように5つの馬車が取り囲み、その前方には十数人の騎士達が、その辺の村人のような格好をした人達と戦いを繰り広げいているところだった。


「やっぱり懸念した通りか!あの組織の狙いは王女の命、あるいは確実に王国と戦争させようって魂胆か?」


正確にはどのような狙いがあっての行動かは分からないが、王女一行の馬車を100人は下らないであろう人々が包囲するように蠢いていた。しかも彼らは武器を持たず、ただただ一直線に騎士の方へと突撃しているだけで統率されているような動きはなく、闇雲な行動のように見えるのだが、丸腰で襲撃している集団の方は無傷なのに対し、騎士の方は負傷者が多数出ているようだった。


「やはりあれは近隣の村から攫われ、”害悪の欠片”を取り込まされた村人達か!?となると、いくら相手が素手でもこちらからの攻撃は無意味。下手をすれば、このまま全滅してしまうかもしれないな・・・」


騎士達の戦い方は、前衛に盾を構える剣術師が、後衛に威力の高い魔術を放つ魔術師を配置して、倒すことは出来ないまでも襲撃者達を寄せ付けないように頑張っているようだが、なにせ相手は数にものを言わせるように馬車を囲っており、手薄となっている隙間を狙われるように攻め込まれ、対応に四苦八苦しているようだ。


「あっ、ヤバイな!」


見ると、防衛網の一角で襲撃者が騎士を盾ごと押し倒し、今にもその肉を噛み千切らんと覆い被さっていた。周りの他の騎士は自分の事で手一杯のようで、叫び声をあげている彼に、誰も駆けつけることが出来ないでいた。


「ちぃ!」


このままだとあの騎士は噛み殺され、同時に陣形も瓦解して全滅の可能性もあるだろうと判断した僕は、飛行する速度を一気に早め、砲弾のような勢いで押し倒されている騎士の側に降り立った。ちなみに、着地の直前に地面に向かって風魔術を打ち込み、若干弱まったその反動を利用すると、わりと柔軟に着地できるようになってきた。


「ぐがぁぁ!」


「うわっ!」


僕の着地の副作用か、風魔術を地面に放った影響で、騎士にのし掛かっていた襲撃者は吹き飛ばされ、騎士の方も強風で多少飛ばされてしまった。


「なっ、なんだ!?」


「この突風、何が?」


自分達が守護する陣形内に突如発生した突風に驚いた騎士達は、何事かとこちらに警戒した視線を向けてきていたが、襲撃者の方は警戒するというような感情とは無縁の為、構わず突撃してくるのを止めていない。


「ふっ!」


迫り来る襲撃者を押し止めるため、僕は魔術杖を構えて地面に突き刺すと、迎撃に展開している騎士達を囲むように土魔術で壁を作り出した。


「おおぅ!!」


「た、助かった・・・のか?」


突如出現した壁に動揺するも、一時的にも安全が確保されたことに安堵した騎士達が僕の方へと視線を向けつつも、いつ壁が破られてもいいようにだろうか、警戒を解くことはなかった。判断の早い数人の騎士は、負傷者にポーションを飲ますために駆けずり回っていた。


「ご助力感謝しますが、あなたは・・・」


そんな状況で、一番豪奢な馬車の側で警戒していた一人の近衛騎士が、僕の方へ駆け寄ってきて正体を誰何すいかしてきた。その人物は王女専属近衛騎士のエリスさんだった。


「僕はキャンベル公爵家の小飼の者でファルと言います。支援しますので、現状を教えてもらえますか?」


僕はミレアから貰った書類をエリスさんに見せながら、自分の正体を気取られないように気を付けつつ、今の状況を確認した。


「これは・・・分かりました。私は王女殿下直属の近衛騎士、エリス・ロイドです。我々は現在、付近の村人と思われる約100人の襲撃者から攻撃を受けています。こちらの攻撃はまるで効かないことから、報告にあった”害悪の欠片”を取り込んだ存在だと推察。現状、こちらに近づけないように防衛戦を行っている状況です。襲撃者の脅威は、こちらの魔術も剣術も効かないどころか、無効化してしまう事です」


怪しい見た目の姿の僕にもかかわらず、渡した書類を確認したエリスさんは、今の現状を端的に報告してくれた。特に、襲撃者の脅威の部分については、どうやら攻撃が効かないというのではなく、闘氣や魔力を無効化してしまうというのには驚きを隠せなかった。


「なるほど。となると、この土魔術で造り出した壁もその内ーーー」


情報を聞いた僕は、この土魔術の壁は時間稼ぎにしかならないという懸念を口にしようとしたとき、壁の一部が轟音と共に崩落した様子が視界に入ってきた。


「お、女・・・」


「腹減った・・・」


「ヤりたい・・・喰いたい・・・」


「っ!くそっ!」


魔術で造り出した壁は至るところでボロボロと崩壊しだし、そこから襲撃者達が防衛網に雪崩れ込んできて、既に警戒していた近衛騎士が対処してくれている状況に歯噛みした。


(魔術を無効化するとは・・・でも、衝撃までは無効化出来ない。ならっ!)


襲撃者に対する対処法を考え、すぐに行動に移す。


「皆さん、伏せてください!」


騎士達に警告を発しつつ、風魔術の発動準備を行う。騎士達は僕の声に多少の混乱を見せたが、エリスさんが僕の指示に従うように号令を掛けてくれたことで一斉に伏せてくれた。おかげで狙いが定まった。


「くらえっ!」


僕の造り出した壁を越えてきた襲撃者達に、土魔術で拳大ほどの大きさの石礫を連続発射してぶつけていく。やつらはその石礫の勢いそのままに、後方へと吹っ飛んでいった。


「よし、次だ!」


防衛陣形中の襲撃者を漏れなく後退させたことを確認すると、魔術杖っを地面に突き立て、僕が作った壁のすぐ外側に深さ5mほどの巨大な堀をぐるりと囲うように出現させた。すると、何も考えず、ただ本能のままに突っ込んでくる襲撃者達は、そのまま堀の底へと落ちていった。


中には堀を飛び越えてこようとしてくる者もいたが、そういった者の何人かは、壁にぶつかって堀に落ちる者もいた。どうやら彼らの無効化能力は、一瞬で効果を発揮するものではなく、少し時間を要するものらしい。


ただ、既に僕が造り出した壁はボロボロで、所々から堀を飛び越えて迫ろうとしている襲撃者達については、上から叩き落とすように石礫をぶつけることで、飛び越えている途中の彼らを堀の底へと落としていった。


「ハァァァ!!」


こちらを囲っていた襲撃者達を、全て堀の底に落としたことを気配で察知した僕は、次に堀の中に土を流し込むため、上部の地面を陥没させて土砂を落とした。すると、その土砂に埋もれた襲撃者達は、動けないように固定され、「女・・・」「食い物」と声が漏れ聞こえてくるだけになった。


どうやら魔術で創造した物質は、無効化して消してしまうようだが、元々自然に存在している物体においては無効化で消すことは出来ないようだ。


「となれば、これはどうだ!」


僕は更に魔力を込めて、自分で作った堀を押し潰して埋めるように大地を動かした。


「う、うわぁぁぁ」


「じ、地震だ!」


「落ち着け!みんな伏せたまま動くな!」


地響きと共に堀が狭まり閉じていくと、大地を揺るがす振動に驚いた騎士達が慌てふためいてしまった。ただ、その状況にエリスさんはすぐに指示を出し、混乱を納めてくれた。馬車の馬達も上体を起こして暴れていたが、近くの騎士達が落ち着かせようと対応してくれている。



 やがて僕の造り出した堀は始めから無かったように閉じると、僕は魔術杖を収めた。とはいえ、これでも油断は出来ないので、僕は警戒するように地面に耳を当てると、下からは声にならない叫び声がうっすらと聞こえてきていた。やはり、この程度では死ぬことはないらしい。


(”害悪の欠片”を取り込んだ魔獣は、数日の内に肉体が崩壊していたけど、人間の場合はどうなんだ?)


そんなことを考えながら立ち上がって、ローブに付いた土ぼこりを払っていると、エリスさんが真剣な表情をしながら近づいてきていた。


「こ、この度はご助力感謝します。ま、まさか公爵家の手勢に、これほどの土魔術の使い手の方がいらっしゃるとは知りませんでした」


エリスさんは恐縮したような表情で感謝を告げてきた。その表情は安堵したというよりは、僕の事を恐れているようにも感じられた。


「いえいえ、たまたまこの近辺で情報収集をしていたら、あなた方が襲撃されていたのを目にしたものですから」


「それにしても凄まじい魔術ですね。よもや第五楷梯に至っているのですか?」


「え?まさかですよ。かなりの魔力量は必要ですが、今見せた魔術は緻密な魔力制御が出来れば誰でも出来る技術です」


「は、はぁ・・・そうですか。ところで、本来なら我が主が直接お礼を伝えるのが筋でしょうが、襲撃の直後で我が主を外に出すことは騎士として憚れますので、近衛騎士団団長として、主に代わりお礼申し上げます!」


そう言いながらエリスさんは、深々と僕に頭を下げてきた。


「お礼など気にしなくていいですよ!僕は僕の仕事を果たしたまでです。それより、襲撃者達は討伐できた訳ではなく、あくまで地面の下で動けなくなっているだけです。もしかしたら這い出してくる可能性もありますので、お早くこの場を去ることをお勧めします」


僕がそう言うと、エリスさんは「これでも死んでいないのか」と驚きの表情をしながら呟いていたが、僕の言葉に頷いて、素早く部隊再編の指示を出し、出発の準備に取りかかった。



「団長!出発準備整いました!」


 しばらくすると、負傷者の手当てや馬車の整備などを終えたようで、一人の近衛騎士がエリスさんに報告の為駆け寄ってきた。その人物は紛れもなくエイミーさんだった。


「ご苦労。では、すぐに出発だ!・・・ファル殿!此度の事、本当に感謝する!」


報告を受けたエリスさんは小さく頷くと、全体に周知するような声で出発の号令を掛けた。そして僕に向き直ると、再度頭を下げてきた。


「もう何度も感謝していただきましたから大丈夫ですよ。お気を付けてくださいね」


「ああ。それでは失礼する」


そう言い残してエリスさんは、王女が乗っているだろう一際豪奢な馬車へ向かっていった。その姿を見送る僕に、エイミーさんは首を傾げながらこちらを凝視してきていた。


「ん~?この人、どっかで会ったことがあるような気がするんですけど?」


「っ!き、気のせいでは?僕はあなたの事を知りませんけど」


こんな時に限って鋭い質問をしてくるエイミーさんの言葉に引き攣るが、幸い仮面を被っている僕の動揺した表情は見られていないはずだ。


「え~、そうかな~?声は女の子っぽいけど、体格とか仕草はあの子に似てる気がーーー」


「エイミー!!何をしている!?我々には時間がないんだぞ!さっさと馬車に乗らんか!!」


ジロジロと僕を観察してくるエイミーさんに冷や汗が止まらなかったが、馬車に乗り込もうとしていたエリスさんが、未だにここから動いていなかった彼女に怒声をあげてきた。


「いっ!す、すみません団長!すぐに乗ります!!」


余程エリスさんが怖いのか、その怒声を聞いた瞬間にエイミーさんは焦った表情で飛び上がると、馬車の方へと駆けていった。


(ふぅ~・・・残念騎士だと思っていたけど、エイミーさんって変なところで鋭いんだな。覚えておこう・・・)


エイミーさんが離れていったことで安堵した僕は、今後この姿の時は彼女の前に出ないようにしようと決めたのだった。

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