第182話 開戦危機 16

 町を離れてから30分位で、目的の村付近へと到着した。今回も空を飛んで一直線に目的地へと移動する分、速度は早いのだが、制御が慣れていないために目が回ってしまうのだ。


きっと傍目に見ると、僕がただただ吹き飛ばされているような姿に見えているんだろうなと思いながら空を移動していた。


到着したその場所には住宅が20棟ほどあるくらいの小さな村で、村全体を木製の柵で覆っており、その村の土地のほとんどは麦畑や果樹園になっているようなのどかな村だった。


上空から確認した限りは、特に魔獣が現れたような痕跡もなく、この近辺の村々で起こった襲撃騒動などは、何も起こってないのだろうということが見て取れた。



 これから襲撃されて被害が出る可能性も考えられるので、僕はまずこの村の村長さんに挨拶しようと、出入口付近にいた村人に話しかけた。


「すみませ~ん!」


「・・・はい?何でしょうか?」


仮面を被っている僕の事を、あからさまに警戒した顔で見てくる村の女性に、自分の事と目的を手短に伝えることにした。


「僕は武者修行で各地を転々と旅している魔術師のファルと言います。この村の村長さんに少しお話があるんですけど、どちらにいらっしゃいますか?」


「・・・旅の魔術師、ですか?いったいこの村にどのような話が?」


声をかけた女性は未だ警戒心を剥き出しにしており、そう簡単に村長には案内しないぞという雰囲気が漂っていた。こういった辺境の小さな村だと、余所者を嫌う排他的な集落もあるので、もしかしたらこの村もそうなのかもしれないと、慎重に言葉を選ぶことにした。


「実は、キャンベル公爵家から指示を受けてこの辺の異常な魔獣に関する情報を収集しています。また、訪問した先で防衛設備に不安がある集落には、外壁を強固にするお手伝いをしようと思いまして・・・」


「・・・・・・」


最近便利に使わせてもらっている肩書きを全面に押し出し、さらに安心安全な生活を提供しますよという誘い文句で信頼を得られないかなと考えたのだが、僕の話を聞いていた女性の眉間の皺が余計に深くなり、警戒心が一段と高まったような表情になってしまった。


(あれ・・・言葉の選択間違えたかな?あ~、良く考えてみると、外壁を強固にするから村長に会わせろなんて、詐欺師か不審者以外の何者でもないか・・・)


自分の失態に気づいた僕は、心の中で頭を抱えた。こういった交渉はミレアやジーアだったらスムーズにいくのになぁとため息が出るが、今は自分が頑張るしかない。そう思っていると、こちらの様子を伺っていた別の村人も近づいてきた。


「イオナさん、どうされました?その方は?」


収穫した農作物が入ったカゴを背負って話し掛けてきたのは、30代くらいの男性だった。彼が言ったイオナというのは、この女性の名前なのだろう。イオナさんは警戒心が混ざった困り顔を男性に向けながら僕の事を彼に伝えた。


「あ、リオさん。いえね・・・この人、旅の魔術師らしいんですけど、村長に会いたいって言われてて・・・」


「村長に?」


「ええ、何でも最近この近くで起こっている魔獣の関係で、貴族様から情報を集めるように言われているらしいけど、どこまで本当やら・・・」


イオナさんは、それを言った本人が目の前に居るにも関わらず、臆面もなくリオと呼んだ男性に言い放っていた。僕としては苦笑いしてしまう状況なのだが、生憎と表情は仮面によって遮られているので、僕の感情をこの人達が察することはないだろう。


「失礼ですが、何か身分を証明できるようなものはありませんか?」


少し考え込んだ様子を見せたリオさんは、警戒心を露にしながらそう言ってきので、先の町でも活躍した公爵家の印璽がなされた命令書と、個人証を取り出して見せた。


「一応この書類が、私の身分を証明してくれると思いますが」


「っ!女性の方だったのですね。失礼、私と同じくらいの身長でしたので、てっきり男性だとばかり・・・」


彼は僕の声に驚いたように、目を見開きながら僕を凝視してきた。確かに僕も自分と同じくらいの身長の女性は見たことがないので、髪が長いだけではそれはそうだろうと思う。ただ、自分の正体を偽るためには性別から変えるべきというミレアの提案の産物なので、そこは勘弁してほしい。


「いえ、よく言われますので・・・それで、僕の身分は信じていただけましたでしょうか?」


公爵家の命令書を一読したであろう彼に、僕の身分について納得してくれたかの確認を行った。


「・・・村長に確認をとりますので、ここでお待ちいただけませんか?」


「分かりました。お願いします」


そう言うと彼は、この場から足早に去っていった。残ったのは未だ僕に対して警戒心を微塵も緩めていない女性だけで、彼女はずっと僕の事を鋭い視線で見つめてきている。


(こんな小さな村にしては警戒しすぎだよな・・・例の魔獣のせいか?でも、それにしたって人一人も村に入れさせまいとするこの対応は異常だ・・・)


あまりにも警戒心を滾らせている村の状況を怪訝に思いながらも、僕を監視するような居心地の悪い女性の視線に耐えつつ、村長に確認しに行った男性の帰りを、今か今かと待つ事しかできなかった。



 それからしばらくして、先程の人が白髪混じりの男性を連れてきた。外見的に見て50歳は過ぎているようで、あの人が村長なのだろうと直感した。


「お待たせしました。私がこの村の村長を勤めている、ゴースと申します」


村長と名乗った人は、丁寧な挨拶で深々と頭を下げてはいるが、こんな村の入口付近で挨拶をするので、村に招こうとせず、ここで話を済ましたいのだろうという考えが見て取れた。


「ご丁寧にありがとうございます。僕は先程も言いましたが、キャンベル公爵家の指示により情報収集をしているファルと申します」


「先程書類の方は拝見させていただき、公爵様の手の者だという事は分かりましたが、どうかこの場で話をするご無礼をお許しください」


「確認したのに、ですか?」


余程僕を村に招き入れたくない事情でもあるのか、村長さんは申し訳なさそうな表情をしながら謝罪を口にしてきた。


「いえ、ファル様を疑うわけではないのですが、最近この周辺の村々では人攫いが横行しているらしく・・・私どもの村では今のところ被害はありませんが、見知らぬ者を村の中へ招くと住民が不安がりまして・・・公爵様の遣いの方に対して無礼は承知なのですが、お話はこの場でさせて下さいませ」


村長の説明を聞いて、僕に対する異様なまでの警戒心を村の人が向けてくる理由が理解できた。確かに周辺で人攫いなんて横行していたら、こんな仮面を被った見るからに怪しい人物なんて、危惧して当然だろう。


一応僕は、身分や肩書きがしっかり保証されているような書類も提示しているが、それを村の住人全てに確認させて困惑しないようにしてから招き入れるなんて、手間でしかないだろう。


「理由は分かりましたので、謝罪は必要ないですよ。それで、周辺の村の人達が攫われだしたのはいつからなんですか?」


「・・・10日ほど前からでしょうか。行商人の方が周辺の村で起こったことを聞かせてくださいまして、我々としても警戒しているのです」


「そうですか。ちなみに、攫われた方は見つかってはないのですか?」


「大きな町の騎士様に捜索を頼んでいるのですが、未だ誰一人見つかっていないようなのです」


村長の話に僕はしばらく考え込む。村人が消えるというのは、どこかで聞いた話だ。もしかすると、この騒動にも【救済の光】が関わっている可能性は高いだろう。ともすれば、”害悪の欠片”を取り込まされた村人が襲ってくる事も考えられるが、それにしては攫われ始めてから既に10日も経っていることを考えると、魔獣の被害しか聞こえてこないのは腑に落ちない。


「ところで、この周辺の村が異常な魔獣によって襲われたという話は知っていますか?」


僕は魔獣の被害についても確認すべく、何か目新しい情報はないかと聞いてみた。


「ええ、勿論です。なんでも最初に襲われた村は壊滅してしまったということで・・・人攫いの話もあり、我々も戦々恐々としているのです」


「その壊滅してしまった村には、どのくらいの住民がいたんですか?」


「それなりに大きい村でして、200人ほどいたと聞いています。しかし、生き残れたのはほんの数人で、ほとんどの住民は魔獣に食い散らかされてしまったのか、死体すら見つからなかったようです」


村長は青い顔をしながらも、魔獣に襲われた村のことについての詳細を教えてくれた。壊滅したという情報だけを聞いていた僕にとって、具体的な被害者数の話を知って驚いた。


「そんなに酷い状況だったんですね・・・それは皆さんも不安に思うわけですね」


「えぇ。一応騎士様がこの村にも派遣されているのですが・・・」


そう言葉にする村長は、どこか言い難そうに口ごもっている。確か国の方針としても、各町村に護衛の騎士を配置しているような事を聞いていたのだが、僕がこの村に来てから未だに騎士の姿は見ていない。普通は外部の者が現れたら、警備のために真っ先に駆けつけてきそうなのだが・・・


「その騎士様なら、この村には飲み屋がないって言って、大きな町に行っちまったよ!」


言い難そうな村長さんに変わって、ずっと僕の事を警戒しているイオナさんが不機嫌そうに口を開いた。


「え?この村の警護はどうなっているんですか?」


「なんでも、問題が起こったら俺を呼びに来てくれと言われたよ。馬車で1日掛かる距離の町にね・・・」


村長さんを呼びに行ってくれたリオさんが、呆れたような表情で僕の疑問に答えてくれた。


「そ、それはまぁ、何と言いますか・・・」


騎士の中にはその立場に胡座をかいて、真面目に仕事に取り組まない存在も一定数いるという話は聞いていた。そもそも騎士になるのは貴族家において家督を継げなかった者がなることが多い。


豊富な資金でもって学院で学びつつ、教師とパイプを作り、実家のコネでもって騎士団に採用されることも多いのだという。その為、大抵は学院を卒業して成人となった際に実家の貴族籍から外れ、準男爵となって配属されるのが一般的らしい。


そもそもが甘やかされて育っている貴族家の子供なので、成人して仕事をするにしても、子供の感覚が抜けないままになってしまっているようだ。


まさかその弊害が今目の前で起きていようとは驚きだが、僕には乾いた笑いを返すことしかできなかった。そんな僕の反応に、村長さんは申し訳なさそうにしながらも、苦言を呈してきた。


「可能であれば、公爵様にご報告していただいて、そこから抗議していただけませんか?」


「分かりました。今は開戦も間近に迫っている不安定な状況ですからね。この村に派遣されている騎士の勤務態度をしっかり報告しておきます」


「ありがとうございます」



 そうしてこの村の警備についての話が終わると、僕は近隣のどの村で人攫いがあったのかの場所を、地図を提示しながら聞き取った。場所の確認を終えると、被害のあった村に向かおうと思ったが、その前にこの村の防衛体制を整えておこうと村長に確認する。


「ところで村長さん。この村も今後、近隣の村同様に魔獣が襲ってきたり、人攫いが来るかもしれません。僕の魔術でこの村を囲う外壁を作っても大丈夫ですか?」


「えぇ?確かに我々も、日夜不安な日々を過ごしているのが現実ですが、ここも小さな村と言えど、それなりの広さはあるのですよ?それに、そのような事をされてもお支払できる報酬など我々にはありません」


僕の提案に怪訝な表情を浮かべた村長さんは、否定的な言葉を返してきた。それはこの場にいる他の人達も同様のようで、みんな僕に対して疑いの眼差しを向けている。事ここに至っても、彼らから僕は信用されていないようだ。


「報酬は既に情報という形で頂きましたので不要です。それに僕は武者修行の身ですから、これも修行ということでやらせてください!」


「は、はぁ・・・まぁ、そう言われるなら・・・」


村長さんは半信半疑といった表情を浮かべながらも、この村を囲う外壁を作ることを了承してくれた。僕が去った後に襲撃されたんでは後味が悪いし、何より僕としても確認しておきたいことがあった。


「それでは、ちょっと失礼しますね」


そう言うと僕は、彼らから少し距離をとって魔術杖を構える。上空から見た限りでは、この村の大きさはせいぜい直径にして1㎞ほどで、そこをぐるりと木製の柵で囲っているだけだ。畑等の日当たりも考え、その柵の更に5mほど外側を囲うように高さ5mの外壁を土魔術で作り出す。


(ふぅ・・・自分の本来の属性じゃないけど、これくらい出来ないと後々作戦を変えないといけないからな・・・よしっ!!)


集中したところで僕は魔術杖を地面に突き刺し、かなりの魔力を使用して土魔術を発動する。


そして・・・


『ゴゴゴゴゴゴゴ・・・・・・』


お腹に響くような地響きと共に、村の周りに石製の外壁が聳え建っていく。強度を補強するために、素材を圧縮強化しているので問題ないと思うが、後で耐久性を確認しなければならない。


「は?」


「え?何これ?」


「し、信じられん・・・」


あっという間に外壁が出来上がっていく状況を目にした3人は、呆気にとられたようにその様子をただ呆然と見つめているだけだったが、他の村人達は急な出来事に驚いているようで、あちらこちらから悲鳴が上がっていた。


(あ~、しまったな。村長さんに周知してもらってからやった方が良かったか。まぁ、時間も無かったし、しょうがないか・・・)


僕は自分の中でそう納得すると、出来上がった外壁を見て満足げに口を開いた。


「こんなものでどうでしょうか?」

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