第178話 開戦危機 12

 ジーアとの確認作業を終えると、彼女に礼を言って救援要請のあった村に急行することにした。


ジーアはアッシュの現在置かれている状況について心配していたが、少なくとも今回の騒動が終わるまで処罰は下させないようにミレア経由で手を回しているので、大丈夫だよと言っておいた。


また、ジーアから出来ればカリンを救い出してあげて欲しいともお願いされたので、僕からは正確な居場所が分かれば何とかできると伝え、さらに精度の高い情報を要求すると、ジーアは笑みを浮かべながら二つ返事で「任せとき!」と息巻いていた。



 そして僕はジーアと別れると、認識阻害の魔道具を発動した状態で、全速力で王都を出る為に疾走した。いくらエレインの命は大丈夫だろうと言っても、僕の動きを牽制するために、腕の1本も切り落として送りつけてくる可能性が無いわけではない。


最悪の場合も考慮して、組織の要求通りに今回の戦争が起こるかもしれない騒動には姿を見せないように動く必要がある。


”害悪の欠片”を取り込んだ魔獣を討伐する際にも、近くに監視している組織の構成員がいることを前提に立ち回る必要がある。そういった繊細さが要求されるこれからの行動について、僕は走りながら対応策を熟考していった。


そうして王都を囲んでいる外壁から出ると、僕は闘氣を濃密に纏って一気に加速し、今までとは比べ物にならない速度でもって街道をひた走る。僕が走り去った後には、竜巻のような疾風が巻き起こってしまっているようで、たまたま近くを移動していた馬車や歩行者達は、さながら突然発生した突風に悲鳴をあげているのが背後から聞こえてきたのは申し訳なかった。




side エレイン・アーメイ



 私の世話役というナリシャに案内されて通された一室には、重厚な執務机に座る一人の人物の姿が目に入ってきた。その人物は室内だというのに目深にフードを被っており、どのような顔をしているのか伺い知ることは出来なかった。おそらく私に自分の顔を知られたくはないのだろう。


私は執務机の対面まで促されるままに進むと、ナリシャは私の背後に控えた。その位置取りと彼女の雰囲気から、仮に私が眼前の人物に襲いかかってもすぐに制圧できるようにしているのだろうと察した。


「初めまして、エレイン・アーメイ伯爵令嬢。私はザベク・アラバスと申します。この度は少々乱暴な招き方をしてしまったことに、まずは謝罪しましょう」


「・・・ご丁寧にどうも。アラバス殿は、この組織の主導的地位に有る人ですか?」


その声から推察するに、目の前の人物は男性だということが分かった。また声質や雰囲気から、40代から50代位だろうということも察することができた。


「ははは、さすが魔術騎士団団長の娘さんだ。このような状況下においても、肝が座っていらっしゃる。取り乱すよりも情報収集ですか。冷静な判断能力は称賛に値しますね」


私の質問に目の前の人物は、まったくそう思っていないだろう軽薄な声音で、私を評価すると言い放ってきた。


「あなたに誉められたところで嬉しくはないですが、私の質問には答える気は無いということで、よろしいですか?」


「そうですね、情報というのは貴重だ。たった一言の私の失言で、組織を危機に晒すこともあります」


「そうですか・・・それで、私をここに呼んだのはどういった用件ですか?」


その返答に、おそらく聞きたい情報は得られないだろうと諦めた私は、自分が攫われた理由を確認した。


「貴女であれば既にお分かりかと思いますが、エイダ・ファンネルという少年を御するための人質としてお招きしました」


ことも無げに理由を話す彼に、やはりかという思いでため息を吐いた。


「私一人の為に、彼が国の危機を救わないとでも思っているのか?彼は共和国の英雄となったのだぞ?」


自分の人質としての価値を下げようと、嘲笑うように言い放つが、そんな私の言葉に相手は鼻で笑っていた。


「ふっ、そうかもしれませんねぇ・・・では、あなたの指の一本、腕の一本でも送って差し上げれば、少しは行動が制限できますかね?」


躊躇いが見えないその言葉に、私は自分の背中を冷や汗が伝っていくのが分かった。おそらくこの男は、必要とあれば私が死なない程度に容赦無く身体を切り刻み、エイダに揺さぶりをかけるだろう。だが、私とて幼少から騎士としての心構えを学んできたのだ、覚悟がないわけではない。


「どうせなら、私の首でも送ったらどうだ?」


私が挑発的にそう言うと、彼は大きなため息を吐きながら口を開いた。


「残念ながらそうしてしまうと彼を制御するどころか、我々の最終目的すら危うくなってしまいそうですのでね・・・貴女は彼の暴力から我らを守る防波堤として、最低でも生きていてもらわなければ困るんですよ」


「ほぅ・・・その最終目的とは何なんだ?」


「ふふふ、さすがにそれを教えることはありません。まぁ、今後は我々と行動を共にしてもらいますので、もしかしたら達成する瞬間をその目で見れるかもしれませんよ?」


「・・・私をどこに連れて行く気だ?」


「それも秘密ですよ」


どこまでも手応えのない会話に業を煮やした私は、苛立ちを滲ませながら口を開いた。


「・・・こうして私を捕らえたところで、お前達の目的などエイダが潰すさ。彼は私の夢を代わりに実現すると言ったのだ。私への言葉を反故にするような男ではない!」


「ふむ、平和の実現ですか?そうですね・・・一つ良いことを教えてあげましょう。我々にとって、彼が要求通りに静観しようが、動こうが、どちらでもいいのですよ」


「なにっ?」


目の前の人物の発言に、私は理解できないものを見るような心境だった。


「静観するならそれでよし、動いたとしても、それは少なくとも彼の感情を無視して共和国が命令を下しているはずでしょう。おそらくは共和国の方針と彼の方針は、目的は同じでも手段はたがえているはず。となれば、共和国上層部と彼との間に溝が出来上がる。まぁ、キャンベル公爵家の令嬢が上手く取り持つかもしれませんが、それでも彼には国家に対する不信感を、共和国は有事の際に彼を制御出来ないという不安の種は蒔けるはずだ」


「お、お前はいったい何を・・・」


「ふふふ、あとはその種を育てて花咲かせ、実がなるタイミングで上手に誘導してあげると・・・彼はこの共和国を自分から去っていくでしょうね。そして、邪魔物が居ない共和国は我らのものだ」


「っ!!ま、まさかお前らの目的は、この国を乗っとることか!?」


「国を乗っとる?はっ、そんな小さい目的なわけないでしょう?もっと壮大で、もっと大それた事ですよ!」


「・・・・・・」


国家を乗っとることを小さいことだと言ってのける彼に、私はそれ以上の言葉が浮かんで来なかった。ただ、これから共和国だけでなく、世界中を巻き込んだ大きな何かが引き起こされるのだろうという事は理解できた。


「あぁ、そうそう。忠告しておきますが、ここから抜け出そうと勝手な行動はしない方がいいですよ?」


「・・・ふん、私が逃走するのを警戒しているのか?だったら鎖でも着けておけばいい」


「いえいえ、そうではありません。あなたがジョシュ君に見つかると大変なことになると思っての親切心での言葉ですよ」


「っ!ここにジョシュが居るのか!?」


「さぁ、どうでしょう。ただ、もし貴女がジョシュ君に見つかると、きっと貴女の事を補食してしまうと思いますので気を付けた方がいいですよ?」


「ほ、補食だと?」


理解できないその言葉に、私は思わず聞き返していた。


「ええ、ある程度貴女も情報を有しているでしょう?”害悪の欠片”を取り込んだ者の習性を・・・」


「・・・本能に忠実になるということか」


「その通りです!特に貴女はジョシュ君から酷く執着されているようですし・・・彼に見つかると、我々が制止する間もなく貴女は組み敷かれ、犯されながらその肉を貪られるということです。見たところ貴女は胸に立派なものを2つ持っているようですし、さぞ食べ堪えがあるでしょうね」


「・・・・・・」


嫌らしいその声音に私は身震いしたが、実際に襲撃された村を訪れた際に自分の目で見た”害悪の欠片”を取り込んだと思われる村人の姿を思い出した。更にはジョシュのありえない様子も脳裏に過り、もし自分に向かって来られたとしたら、魔術杖の無い今のわたしでは、魔術の詠唱をする暇もなく捕らえられてしまうだろう。そう考えると、恐怖を感じて思わず生唾を飲み込んだ。


「大丈夫です。そちらに居るナリシャの指示通りに行動していただければ、そのような事にはなりませんよ」


その言葉に私は背後に控えている彼女の方に視線を向けると、相変わらず無表情なまま私を見据えていた。


「・・・そうですか。忠告ありがとうございます」


言い知れぬ不安に、私はそう返すので精一杯だった。


「ふふふ、素直なのは良いことです。では、話は以上です。次に貴女を呼ぶ時は、彼が動きを見せたときですね。動きを牽制するために、貴女の身体の一部を切り取らせていただくでしょう」


「そうですか。なら、早めに呼ばれることを期待しておきましょう。それは、エイダが私へ宣言した言葉を守っているという証拠ですからね」


「おやおや・・・ナリシャ、下がって良いですよ」


「はっ!失礼いたします」


精一杯の啖呵を切った私は、ナリシャに連れられて部屋をあとにした。


(目ぼしい情報は聞けなかったが、私を囚えたこの組織が【救済の光】だというのは分かった。それに、かなり壮大な目的があることも・・・)


しかし現状、私にはどうしようもない状況に歯噛みするしかない。私はこの時ほど、自分の力の無さに嘆いたことはなかった。何もできず、ただ流れに身を任せるしかない今の自分の実力に、ただただ悔しさを滲ませることしか出来なかった。


(すまないエイダ・・・私のせいだ・・・)


これから彼の身に降り掛かるかもしれない苦難に対して、私は心の中で謝ることしか出来なかった。


そんな私の頬を、一筋の涙が流れていった。

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