第179話 開戦危機 13
王都を出立して一昼夜走り続け、明け方近くにようやく救援要請のあった村の付近まで到着することができた。対外的には、僕は共和国の命令に逆らって王城から逃亡し、エレインに危害を加えられることを恐れて王都に隠れ潜んでいるという事にする。
ミレアの考えでは、おそらく僕が国に対して命令を拒否したように動いたことに対しては箝口令が敷かれ、極一部の立場の者しかその事実を知らされることはないだろうということだ。しかし、その状態がいつまでもつか分からない以上、素早く事態を解決したいのが本音だ。
それに、”害悪の欠片”を取り込んだ存在を討伐できるのは、この世界で僕と両親の3人しか居ないことを考えると、救援要請のあった村を襲う魔獣を討伐すれば、誰がそれを成したかなど考えるまでもない。
そこでミレアと共に、如何にして僕が動いていることを敵に悟られないようにするかに重点を置いて考えを巡らせた結果、ある方法を思い付いた。その方法が成功するか否かで、これからの行動方針が変わってくる。
(さて、上手くいくかどうか・・・)
僕は認識阻害の魔道具の外套を脱ぐと、王都を出発する直前にジーアから受け取った布袋から魔術師然とした紺色のローブに着替え、剣をリュックに隠し、魔術杖の特徴的な六面体の魔石の上から、一般的な魔石に見えるように作られたガラスを被せて偽装を施す。
更に、目元がくり貫かれ、顔の凹凸がしっかりと施された銀色の仮面を取り出す。目元付近には黒の幾何学模様が細工してあり、見た目にも結構な高級感が溢れ出ている。少し厚みのあるその仮面を着けてみると、意外に息苦しくはなく、視界もそれほど制限されなかった。
「あ~、あ~。おぉ、凄い!」
仮面から通して聞こえる自分の声に、僕は驚きを禁じ得なかった。事前に説明を聞いていたとはいえ、こうして自分の声が女性の甲高い声になって聞こえてくるのだ。きっと初めてこの魔道具を使った人達は、皆僕と同じような反応をするだろうと思えるほどの衝撃だった。
最後に艶やかな黒い長髪のカツラを着けて、名も無き女性魔術師の完成だ。例の組織がどこから監視しているか分からない以上、小細工かもしれないが、連中の目を眩ませる為の策の一つだった。
(これからは闘氣を使うのは厳禁だ。言動も女性っぽくすることを心掛けて、慎重に行動しよう)
僕は今一度自分に言い聞かせ、例の異常な魔獣を捜索すべく、周囲の気配を集中して探っていった。
そうしてしばらく、街道から別れた細道を通って森の中を歩いていると、この先に数人の人達が集まっているのを感知した。
(ん?まだこの辺りに村や町は無いはずだけど・・・もしかして、村を魔獣に追われた難民か?)
僕はこの辺りの地理を頭に思い浮かべながら、この先に居る人達の正体に考えを巡らせた。足早に人の気配のする方へ歩みを進めると、そこには大怪我を負っている人々が憔悴した表情で横たわっていた。
「み、みなさん大丈夫ですか?」
負傷者達が横たわっている近くまで歩みより、僕はことさら女性らしい口調を意識して声をかけた。
「・・・あ、あんたは?」
まだ時刻は明け方ということもあってか、僕の声に反応したのは、大木に寄りかかるようにして座っている、頭部から血を流している青年だけだった。
「あ、えっと、僕は旅の魔術師でして、武者修行の為にあちこち放浪しているんです」
弱々しく口を開いた青年の問いかけに、僕は予め考えていた設定を語って聞かせた。
「・・・僕?あんた女だろ?変な話し方だな?それにその仮面・・・何者だ?」
青年は僕を警戒しているようで、怪訝な表情を向けていた。仮面型の魔道具のお陰で僕の声から女性だと信じているようだが、その仮面自体と自分を表す一人称で警戒感を与えてしまったらしい。
(しまったな・・・一人称について、そこまで考えてなかった)
とは言え、一度発した言葉を変えようとすれば余計不審がられるだろう。とりあえず事情確認と警戒感を解くために、魔術杖を腰から抜いた。
「自分の事を僕って言うのは、昔からの癖なんです。それにこの仮面は幼い頃、顔に負った酷い怪我を隠すためなんです。それよりも、僕は聖魔術が使えるので、良ければその傷を治しましょうか?」
「・・・そうか。あんた教会の人なのか?聖魔術が使えるのは凄いが、生憎と俺にはその報酬を払う金がねぇ」
「いえ、教会とは関係ないですよ。それにお金は不要です。僕は武者修行中の身ですから、とにかく魔術を使って楷梯を上げていくのが目的です」
「・・・教会とは無関係なのか・・・本当に金は良いのか?」
聖魔術が使えるのに教会と無関係と言ってしまった事が悪いのか、無償で良いと言った事が悪いのか、青年は逆に不信感を強め、眉間の皺を深めながら鋭い視線を投げてきた。これではまずいと思った僕は、あとで聞くつもりだった情報を対価として要求することにした。
「本当に金銭は不要ですよ。これでも聖魔術が使えるので、それなりに儲けてるんです。ただ、何があったのかの情報は聞かせてください。上手くすればその情報自体がお金に変わりますから」
以前ジーアから、「タダより高いものはあらへん!」と聞いたことがあった。恩を売る代わりに、後でとんでもない要求をされることがあるというのだ。
そういった面では、自分が傷だらけなこの緊急時であっても、無償の善意には警戒感を抱いてしまうのだろう。そこで僕は、自分の行動について偽善的に振る舞うことで、青年の警戒心を下げようと試みた。
「そりゃそうか。聖魔術が使えりゃポーションも作れるし、金には困らんだろうな。それに、お嬢さんが言うように情報は金になる。どっかで商人とでも会えりゃ、良い値段で買ってくれるか・・・」
青年は僕の言葉を反芻するように呟くと、その顔からは警戒心が少しだけ薄れているようだった。
「それで、治療をしてもいいですか?」
「・・・頼む。俺はそんなに重症じゃないが、他の連中は・・・正直、このまま目を覚まさないかもしれない」
「分かりました。では・・・」
青年から承諾を得ると、僕はゆっくりと歩み寄り、彼の肩に手を触れて聖魔術を発動した。
「っ!お、おぉ!痛みが引いていく!!」
彼は信じられないといった表情をしながらも、自分の手のひらを見つめて、開いたり閉じたりしていた。
「もう大丈夫でしょう。他の方々も治療して大丈夫ですか?」
大丈夫だとは思うが、勝手に治療して後で文句を言われても、目の前の青年が了承したからという逃げ道を作るために確認した。
「あ、あぁ、もちろんだが・・・結構な重傷者もいるんだ。出来る範囲でかまわないぜ」
青年は、近くで横たわっている人達に視線を向けながら、寂しげに呟いた。僕が負傷者達を完治できなくても気にしないように、という心遣いなのだろう。
「分かりました。可能な限りやってみますね」
そう言うと僕は、手近に倒れている者達から順番に治療を施していった。どうやら倒れている人達はみんな重症のようで、身体に大きな裂傷があったり、手足が欠損していたりと、酷い有り様だった。正直、骨折が軽傷の部類だと思えるくらいの状態だった。
今の僕の聖魔術では、骨折や裂傷までなら何とかなるが、部位欠損までは治せない。あの白銀のオーラを纏えば何とかなるかもしれないが、あれは僕の代名詞みたいに知られている危険性が高いので、葛藤の末に通常の聖魔術で可能な限りの治療をすることに決めた。
10分程でここにいた全員に治療を終えた僕は、情報を確認するために青年の方へ歩み寄った。
「治療は終わりました。みなさん顔色も良くなっているので、命に別状はないでしょう。ただ、僕では部位欠損は治せませんし、失った血も戻ってはいませんので、しばらく安静にするようにして下さい」
「あ、あぁ・・・」
僕がそう言うと、彼は呆気にとられたような顔をしながら未だ横たわっている人達を見つめていた。
「・・・どうしました?」
「どうしたって、凄すぎだろ!?俺は聖魔術なんて初めて見たけど、あんなに重症を負っていた皆があっという間に治っちまったんだぞ!?驚かないわけないだろ!!」
唖然としていた彼に話しかけると、興奮した様子で詰め寄ってきた。
「いや、だから部位欠損は治せてませんし、完治とは言えないですよ?」
「いやいや何言ってんだ!部位欠損を治せるなんて、伝説の魔神様くらいしか出来る人いないだろ!?瀕死だった皆の命が救われたんだ!本当にありがとう!!」
そう言うと彼は、興奮したまま僕の手を強引に握ると、両手で包み込みながら地面に着くんじゃないかという勢いで頭を下げて感謝を告げてきた。
「ど、どういたしまして。それより情報ーーー」
「お嬢さん!名前は何て言うんだ!?」
僕としては早く何があったかの情報を聞きかたったのだが、興奮している彼には聞こえてないのか、僕の言葉を遮って名前を聞いてきた。
「な、名前はエ・・っと、ファルです」
名前を聞かれ、一瞬本名を言いそうになって焦ったが、すぐに予め決めておいた自分の姓であるファンネルをもじった偽名を伝えた。
「ファルさん・・・いや、ファル様か。無償で負傷者を癒すなんて、教会の金の亡者共とは比べものにならないほどの清い心の持ち主なんだな・・・ファル様は本物の聖女様だよ!」
彼は涙を浮かべながらとんでもないことを言い出してきたので、僕は話題を変えるべく本来の目的の話をする。
「いや、僕も無償じゃなくて、情報が必要なんです。ですから、皆さんに何があったのかを教えてくれませんか?」
「あ、あぁ、そうだったな。いや、まぁ、俺らも信じられない話なんだけど、一応今から言うことは本当に起こった事なんだ」
彼は自分の見たものが信じられないといった表情を浮かべながら、そう前置きして事の次第を話してくれた。
曰く、事の始まりは2日前だったらしい。青年の村は、ここから歩いて半日程度の距離にある小さな村なのだという。そこに突然、今まで見たこともない魔獣が現れたというのだ。
その見た目はDランク魔獣のキラーアントという、体調1m程の巨大な蟻のようだったのだが、その体表を毒々しい暗い緑色のようなオーラを纏っていたというのだ。当初はただのキラーアントだろうということで、それほど危機感を抱くことなく村の男性陣が剣術や魔術で応戦したのだが、その魔獣にはまるで効果がなかったということだ。
さすがに異変を感じ、村人総出で討伐を試みたのだが、たった1匹の魔獣に対して誰一人かすり傷すら付けることが出来なかった。確かにキラーアントの外皮は頑丈だが、第三階層の剣術も、弱点であるはずの火魔術もなにも効果を現さないことに危機感を覚えたときには既に遅く、討伐の為に集まってきた村人達は次々その魔獣の餌食になってしまったのだという。
抵抗虚しく生きたまま魔獣に貪られる様子を見た村の住人達はパニックになり、我先にと村から逃げ出した。しかしその異常な魔獣は1匹だけではなく、逃げようとした先にも待ち構えるようにして襲ってきた。
恐慌状態になった村人達は散り散りになり、その魔獣に怪我を負わされつつもなんとか数名がここまで逃げてくることが出来たということらしい。
「はは、信じられないだろうな、魔術も剣術も効かない魔獣が居るなんてよ・・・」
彼は何があったのか話し終えると、青白い表情をしながら自分の身体を抱き締めていた。きっと地獄のような光景を見たのだろう、彼の身体は小さく震えていた。
「辛いことを思い出させてしまったようですね。教えてくれて、ありがとうございます」
「・・・ファル様は俺の話を信じてくれるのか?」
僕が情報を教えてくれたことに感謝を告げると、彼は少し驚いた表情をしていた。
「当然です。僕はその魔獣を探していたんですから」
「探してた・・・ファル様はその魔獣の事を知ってるのか?」
「いえ、正確には何も・・・あれがどうして存在しているのか、何故そうなったのかは分かりませんが、この世界にとって良くない存在だというのは分かっていますから」
彼に”世界の害悪”や”害悪の欠片”の話をしても知らないだろうと考え、細かいことはぼかしつつ、ただ良くないものを討伐するだけという事にしておいた。
「そうなのか。あんなものが別の場所にも居るのか・・・」
彼は恐怖に染まった表情をしながら、ブルブルと震えてしまった。そんな彼に、僕はその魔獣が出現した村の位置を確認すべく、リュックから地図を取り出して場所を聞いた。
「すみません、貴方の村はこの地図で言うとどの辺ですか?」
「・・・ファル様、止めた方がいい。きっとファル様は凄い魔術師なんだろうが、奴には魔術なんで全く効かないんだ!みすみす死にに行くようなものだ!」
必死で僕を引き留めようとする彼に、僕は不敵に答えた。
「大丈夫!既に奴らを撃退する方法は考え済みさ!」
胸を張りながら宣言した僕に、彼はしばらく目を丸くして固まってしまった。
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