第177話 開戦危機 11
◆
side グレス・アーメイ
「大変です!国王陛下!!」
「どうしたというのだアーメイ卿?そんなに取り乱して?それにその姿・・・」
エイダ殿とミレア殿の話し合いを終え、私はすぐさま行動に移した。先ずは陛下に、彼が国家の命令を無視して王城を強行に去ったことを伝える必要がある。
私が焦った様子で陛下の執務室へと飛び込むと、陛下は目を丸くしてしてこちらに視線を向けていた。普段私が取り乱すことなど無いので、多少なり驚いているようだ。
更には攻撃を受けたように、今の私の姿はボロボロな格好をしているのも驚いている理由の1つだろう。その影響か、陛下の背後に居る近衛騎士のルドルフ殿は、警戒して剣の柄に手を置いていた。
「エイダ・ファンネルが陛下からの指示を無視し、制止も聞かずに部屋を破壊して、王城から去ってしまいました!!」
「っ!何だと!!?それは真か!?」
「間違いありません!その場にはキャンベル公爵家のミレア殿も同席しており、彼は私から共和国の方針を聞くなり、ミレア嬢の諌める言葉虚しく、激情のままどこかへと消えてしまいました!」
「むぅ・・・所詮、精神は未熟な子供か・・・すぐに騎士団を総動員して連れ戻せ!!」
私の報告を聞いた陛下は、怒りに顔を充血させながら指示を出した。
「恐れながら陛下、彼を力ずくで連れ戻すのは不可能ではないでしょうか?彼の実力は、私など及びもつかないほど抜きん出ております。説得により連れ戻すべきかと愚考いたします」
陛下の指示に異議を唱えたのは、背後で待機しているルドルフ殿だった。
「言葉で説得出来るくらいならば、最初からこのような行動などせぬだろう!それに奴は昨日、余が民衆に英雄として宣言したばかりだぞ!まったく、余に恥をかかせおって!!国家反逆罪に相当する行為だ!!」
「お怒りは分かりますが、彼を犯罪者としてお触れを出すのは、それこそ愚策でしょう。陛下の人物眼を疑われます。ここは、彼が離反した事について箝口令を敷くべきかと・・・」
「ぬぅ・・・では、強行手段ではなく、水面下で交渉できるように居場所の特定だけ急がせろ!アーメイ卿、この失態の責任は後程覚悟せよ!今は卿の信頼できる騎士を動員して、奴の足取りを掴め!!」
陛下とルドルフ殿はありがたいことに、こちらの思惑通りに話を進めてくれた。
「王命、確かに承りました!アーメイ伯爵家の名誉に懸けて、エイダ・ファンネルを見つけてみせます!」
「分かっているだろうが、失敗は許さんぞ!これは国家の命運を左右する事態になるかもしれん!くれぐれも、連絡は欠かすことなくするように!!」
そう言いながら陛下は、私に対する命令書を直々に製作すると、ルドルフ殿に目配せをして、その意を汲んだ彼が完成した書類を私に手渡してきた。
「頼むぞ。貴殿の働きが、この共和国の将来を決めると心得よ!」
「はっ!お任せ下さい!!」
陛下から受け取った書類を手渡しながら、ルドルフ殿が私にそう声をかけてきた。私は命令書を受けとる瞬間に、小さく折り畳んだ紙をルドルフ殿に渡し、恭しく一礼して陛下の執務室をあとにした。
(これで下準備は済んだ。陛下まで巻き込むのだ、絶対に失敗は許されない!!)
私は廊下を歩きながら窓から見える王都を眺め、決意を新たにした。
(・・・この国の未来も、私の娘の運命も、彼次第だな)
そんな事に思いを馳せながらも、私は信頼する部下を選抜して命令を下すため、足早に移動するのだった。
◇
グレスさんとの確認も終わり、必要な書類等も受けとると、僕はすぐさま行動を移すことにした。認識阻害の魔道具の外套を着込んでから、協力してもらう2人には悪いが、少しでもグレスさん達の叱責を防ぐために僕の攻撃を受けてもらった。かなり手加減してのものだったが、それでも苦痛に顔を歪める様子を見るのは申し訳なかった。
ただ、何故かミレアは僕の攻撃を受けてもらった次の瞬間には、恍惚に顔を赤らめて熱っぽい視線を向けてきていたのを見て、もしかして打ち所が悪かったのかと本気で心配した。本人曰く、「全然大丈夫!むしろご褒美です!!」との事だったが、一応僕が作ったポーションを持たせて、後で飲むように言っておいた。
そのまま部屋の扉を吹き飛ばした僕は、異変に気づいて集まってきた騎士達を振り切り、僕が王城を脱出した姿を目撃してもらってから、白銀のオーラを纏い、一気に加速して姿を消した。
その後、ミレアに指示されていた王都の裏通りにある小さな屋敷に向かうと、灰色の外套を着込み、目深にフードを被った一人の人物が僕を待っていてくれた。
「待たせたかな、ジーア?」
「問題ないで、エイダはん。大まかな話はミレア様から連絡されて、頼まれた品物も全て準備できとる。ウチも伝えとく情報があるし、そっちのこれからの行動を詳しく聞いておこか。こっちやで!」
僕が軽い調子で挨拶すると、彼女は笑顔で応じてくれた。事の重大性も分かっているはずだが、彼女は殊更明るく振る舞っていた。それはもしかしたら、僕に気を使ってのことだったのかもしれない。
屋敷の中に通されると、リビングのテーブルに座るよう案内された。そこのキッチンでは既にお湯が沸騰しているようで、ヤカンがポコポコと音を立てながら湯気を上げていた。
「そこのテーブルに座っとってや?すぐ紅茶を淹れるたるで、話はそれからにしよか?ウチの情報も伝えなかんから、少し長なるで?」
「分かった。ジーアには結構大変な事を頼むことになるな・・・巻き込んでゴメン」
言われた通りにテーブルに座ると、紅茶を淹れるジーア向かって僕は申し訳ないと最初に謝罪した。
「別に気にせんでええよ?ウチにもメリットあっての事やし・・・それに、ウチの友人達が大変な目にあっとるんやから、協力するのは当然のことや!」
手早く紅茶を淹れ終わったジーアは、カップを僕の前に置きながら、協力するのは当然といった様子で笑みを浮かべていた。
そして対面にジーアが座り、紅茶を一口飲むと、彼女は真剣な表情をしながら口を開いた。
「今からウチが話す内容は、フレメン家の商人としての繋がりを最大限利用したものや。確たる証拠が有るわけやないけど、かなり精度の高い情報だと断言できる。それを踏まえて落ち着いて聞いてや?」
「分かった。聞かせてくれ」
ジーアがそう前置きして、カリンの事、エレインを拐った【救済の光】の動きについての情報を教えてくれた。
曰く、カリンは本来なら学院が休校になることで、アッシュと共に王都にあるロイド侯爵家の屋敷に向かうはずだったらしい。
しかし、学院から王都に向かう途中、彼女の身柄は王都ではなく、別の場所へ移されてしまったらしい。おそらくその際に接触してきたのは【救済の光】の構成員で、アッシュに今回の騒動の指示をしたのではないかという事だった。
カリンの身柄については正確性に欠ける可能性があるが、どうやら王都から南に馬車で5日ほどの距離にある、レイク・レスト近くの村か町に囚われているのではないかということだ。
聞いたことのある都市の名前だったが、今はその疑問は置いておき、ジーアの話に集中する。
エレインの行方については、具体的に今現在どこに囚われているのかまでは絞りきれてはいないが、公国方面に向かったという情報が有力らしい。
つまり、僕が組織の脅迫を無視し、共和国の方針通りに動くとなれば王国との国境付近で活動することになるので、場所的に正反対の方へ向かったということなのだろう。
「・・・というのが、ミレア嬢に頼まれて収集しといた情報や。短時間でやってくれ言うて、めっちゃ苦労したんやで?」
「そうだったのか。無理言ったようでゴメン!でも、まるで手掛かりがなかったから助かるよ!ありがとう!!」
ミレアの手際の良さに管を巻きつつも、結構無茶なことをお願いしていたんだなと申し訳なくなった。
ジーアの話では、エレインが拐われて半日ほど経っているが、おそらくはまだ移動中なのかもしれない。出来るだけ僕から遠ざかろうとする思惑が、透けて見える感じだった。
「ところで、これからエイダはんはどうするつもりなんや?」
彼女の方の話は終わったとばかりに、今度は僕のこれからの行動を聞いてきた。
「・・・僕はこれからエレインの居場所の特定が出来るまで、救難要請のあった村に急行して、魔獣を討伐してくる」
「ふ~ん・・・エイダはん、あんたアーメイ先輩よりも国をとるんか?」
ジーアは僕の言葉に、冷たい眼差しを向けてきた。彼女からしたら、僕がエレインの為に動かないことに、思うところがあるのだろう。
「・・・実は、エレインが拐われる直前、僕は彼女に告白したんだ」
「っ!!エイダはん、あんた遂に告白したんかい!?いや、ってことはもしかして、フラれたからアーメイ先輩を後回しに!?いやいや、あの人が断るとは思えへんし・・・いったいどうなっとるん?」
ジーアは僕の話に驚愕した表情をしていたが、状況を整理しようとしてか、ブツブツと独り言を呟きながら、何があったのかを確認してきた。
「フラれたわけじゃない。ただ、お互いに譲れない信念みたいなものがあって、返事が貰えなかっただけだ。それに村を助けに行くのは、エレインがそれを望んでいたからだ」
「・・・どういうことや?」
「エレインの夢は、この国の平和だった。僕は告白の時に、彼女の夢を代わりに実現すると宣言した。だから、国の平和も守ってエレインも救い出す!それが彼女に対する僕の誠意だ!」
「・・・・・・」
僕の言葉に、ジーアはしばらく目を見開いたまま沈黙していた。
「愛した女の夢を代わりに背負って、その人自身も救いたいなんて・・・下手したらどっちも叶えられへんかもしれんで?」
「エレインを救えたとしても、その時この国が戦争をしていたらきっと彼女は悲しむ。僕はエレインの悲しむ顔を見たくないし、自分の言った言葉には責任を持つ!」
「・・・まったく、ええ男になったなエイダはん。しゃーない、ウチも全力で協力したるわ!!」
ジーアは、先ほどまで僕に向けていた冷たい視線から一変して、優しい笑顔を向けてきた。その表情はどこか嬉しいというか、羨ましいというか、羨望のような感情が入り交じっているようだった。
「ありがとう、ジーア!」
そうして僕らは短時間でお互いに保有している情報を共有し、フレメン商会としてやって欲しいことや、今後の連絡方法、組織の目的やこれからの動きについての意見を交わした。
ジーア曰く、僕が多少目立つような形で組織の動きを妨害したとしても、おそらくエレインを殺すという選択はまず有り得ないということだった。彼女は僕からの脅威を防ぐための唯一の対抗手段として確保しておく必要があるため、命の心配はないだろうと。
ただ、こちらの心情を揺さぶってくるために
身体的に傷つけられる可能性はあるということで、慎重な行動を求められた。
それからジーアは布袋を取り出し、お願いをしてあった品物を渡してくれた。短時間で用意するのが大変だったと、疲れた表情をしながら苦労話を聞かされ、申し訳なさで何度も感謝を口にした。
また、ジーアから認識阻害の魔道具の無効化手段を教えてもらうことが出来た。あの魔道具は普通の小雨程度の防水性は有しているが、豪雨に晒されたり、水の中に漬け込むような扱いをすると不具合が生じるということだった。
何故そんな情報をジーアが知っているのか疑問に思って聞いてみるも、「ヒ・ミ・ツ!」と妖艶な表情で言われ、それ以上突っ込むことが出来なかった。
とはいえ、これで一先ず出立の準備は整った。
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