第176話 開戦危機 10

 ミレアと今後の行動についての話し合いをしていると、扉がノックされてメイドさんが入室してきた。どうやら今回の騒動について、共和国としての方針が決まったとの事で、それを伝えるために来て欲しいとの事だった。しかも、僕を呼んでいるのはエレインの父親であるグレスさんだった。


ミレアも同席する旨を連絡に来たメイドさんに伝えると、そうなることは分かっていたかのように即座に了承された。そして、僕たちはメイドさんの案内のもと、そのまま会議室へと向かった。


その部屋は、6人掛けのテーブルがあるだけの小ぢんまりとしたもので、窓すらない部屋だった。ミレア曰く、部屋の中の音が全く外に聞こえないように設計された防音室という場所とのことだ。



「よく来てくれた。座ってくれ」


 部屋に案内された僕とミレアを、グレスさんは感情が読めない表情で出迎え、席に着くように促した。


「失礼します」


「失礼いたします」


僕とミレアは一言断ってから席に座ると、案内したメイドさんは退室し、この部屋には三人だけとなった。


「時間もない。さっそくだが本題に入らせてもらう」


グレスさんはそう前置きすると、先の会議で決まった国としての方針を僕達に語って聞かせた。内容としては、事前にミレアから予想を聞いていたので、別段驚いたり、それほど怒りを感じる事もなかった。


ただ、自分の娘であるエレインを見捨てるという事を、父親であるグレスさんの口から聞かされるのは、何とも言えないやりきれない思いがした。本当なら、この国の決断に異議を唱えたいという思いもあるはずだろうが、淡々と決定事項を伝えてくるグレスさんからは、どう思っているかの感情が全く読み取れなかった。


(ミレアも言っていたけど、これが貴族になるっていうことの意味か・・・自分の真意を悟られないようにするのは、貴族家の当主として当然の技能ということか・・・)


自分の娘を見殺しにするという事が、グレスさんにとってどれほど心砕くことなのか、僕には分からない。諦めているのか、他に策を巡らせているのかは不明だが、僕はグレスさんの考えを確かめずにはいられなかった。



「・・・というのが国王陛下のなされた決定事項だ。何か質問はあるかね?」


 一通りの説明が終わったあと、グレスさんは確認するように問いかけてきた。普通なら、国の決定事項を伝えて行動に移すよう迫ってくるはずと思っていたが、最後のグレスさんの一言に、彼の想いが集約している印象を受けた。


「3つ、お聞きしてもよろしいでしょうか?」


「ほう・・・なんだね?」


僕が冷静に対応しているのに驚いているのか、グレスさんは目を細め、僕を測るような視線を向けてきた。


「1つは、僕がその決定を無視した場合、国は僕に対してどうするつもりですか?」


「・・・武力で君をどうこうすることは不可能だと思っている。君が我が娘、エレインを選び、この国難にあって何も行動しないとなれば、国家権力を使い、市民権を剥奪する事くらいはするだろう」


「つまりエイダ様は、今後この国で仕事に就けないだけでなく、家を買うことも借りることも出来ず、お店で日用品や食料を買うことも認めないということですね?」


グレスさんの返答に、ミレアが具体的な事例を交えて市民権を剥奪するということの意味を教えてくれた。それは実質的な国外追放を意味するものだろう。


ただ・・・


「私は王国や公国から誘われていますので、市民権を剥奪されても特に問題ありませんよ?」


挑発的な口調でグレスさんにそれは無意味だと伝えると、ため息を吐きながら口を開いた。


「もう少し頭を使いなさい。国家という一つの組織として考えたとき、制御できない強大な力を取り込むことの危険性を考えないわけはないだろう」


「つまり、私が共和国の方針を裏切るようにして他国に向かっても、門前払いされるということですか?」


「伯爵家を運営する当主としての考えだが、輪を乱されるくらいなら取り込まないという選択をするのが当然だと思うがね・・・」


グレスさんは僕を諭すような口調で、そう指摘してきた。


「なるほど。では2つ目ですが、グレス様はエレインさんが最悪死ぬかもしれないという決定に納得しているのですか?」


「エレインは次期当主としていたが、我が家には次女であるティアがいる。万が一の事があれば、ティアが次期当主になるだけだ。アーメイ家として、何も問題ない」


「それはアーメイ伯爵家としての考えですよね?グレスさん自身の想いはどうなのですか?」


「・・・私はエレインの父親である前に、伯爵家の当主だ。私の肩には、我が伯爵家に仕えている大勢の人間の人生も預かっている。国家の存亡に関わる問題に、私情を持ち込むような愚かな選択をする事などない。それに、あの子は既に成人して近衛騎士として立派に勤めているのだ。覚悟はあろう」


グレスさんは、一瞬苦悩に満ちたような表情をしたが、次の瞬間には能面のような顔になり、自分の責務とエレインの覚悟を語っていた。


「そうですか・・・では最後ですが、国の平和とエレインさんの救出、両方の目的を叶えられる可能性があるとしたら、グレス様はどうしますか?」


「っ!?なんだと?そのような都合の良い事などーーー」


若干声を荒げるグレスさんの言葉に被せるように、僕は話を続けた。


「確かに、成功する可能性は低いかもしれません。ですが、私はエレインさんを諦めるということも、彼女が目指したこの国の平和を諦めることも、どちらもしたくありません。それに、私にはこの我が儘を実現するだけの力があります。そして、それに必要な情報収集能力も」


「・・・君は・・・」


僕が隣に座るミレアに視線を向けながら、自分の能力を誇示して見せると、グレスさんは目を見開きながら驚きを露にしていた。


「どちらか諦めるのではなく、どちらも諦めない!それが私の選択です!子供の戯れ言に聞こえるかもしれませんが、私は本気です!!」


僕は真っ直ぐにグレスさんの目を見つめながらそう宣言した。例え何者であっても自分の考えは覆さないという強い意思を籠めた視線に、グレスさんはたじろいでいるようだった。


「無茶だ!そのような都合の良い夢物語など、現実では起きるわけがない!」


「いいえ、実現して見せます!その為にもグレスさん、あたなの協力が必要です」


「っ!わ、私に何をさせるつもりだ?」


僕の言葉に、グレスさんは警戒した表情を向けてきた。


「別に難しい事ではありません。ただ、私がこれからとる行動を、国に報告してくれれば結構です」


「これからの行動?君はいったい何をするつもりなんだ?」


「言ったはずです。私はエレインの救出も、この国の平和も諦めないと。今の私の全てをもって、どちらも実現します!」


「そんな・・・無茶な・・・」


グレスさんは呆れたような表情をしながらも、希望を見つけたような顔をしていた。ミレアが言っていたように、やはりグレスさんにも思惑があってこの部屋に僕らを案内したようだ。


「私はこれから国の指示に反して単独で動きます。グレスさんは説得が失敗して、王城から私が姿を消したと報告してください。あ、グレスさんへの責を無くすために、実力行使で私が王城を去ったと言っても構いません」


「・・・そんなことを報告すれば、君は国家反逆罪として罪人になるぞ?君の言うように、平和もエレインの救出も実現したとして、その後、君は追われる身になってしまう。それは君の本意ではないのではないか?」


そんなグレスさんの指摘に反論したのはミレアだった。


「いえ、直ちに陛下がエイダ様を国家反逆罪にすることはないでしょう。昨日、国家の英雄として宣言した者が、翌日には国家の意思に反したとなれば、陛下の人を見る目が疑われます。それを避けるために、おそらく陛下はエイダ様の動向についての箝口令を敷くでしょう」


「・・・それは、そうかもしれんが・・・」


ミレアの説明にグレスさんは、それでも納得しかねるといったような表情をしていた。


「とは言え、人の口に戸は建てられません。何処からか情報が漏れることもあるでしょう。そこで、逆にこちらから率先して情報を流します」


「っ?どういうことだ?」


グレスさんはミレアの言葉に、理解できないといった表情を浮かべていた。


「エイダ様は想い人を人質にとられ、動くことが出来なくなってしまったらしいという噂を、フレメン商会を介して広く国民に知らせるのです。これでエイダ様が表舞台に姿を見せなくても、まず国民から糾弾されることを防げます」


「・・・同情か。しかし、国家に同情などという感情論は通用しないぞ?」


「当然、それは結果でもって全てを覆します。国難も、人質にとられたエレイン様も救った真の英雄として、それまでの行動を全て追認してもらいます」


「・・・リスクが高すぎる。下手をすれば、国家反逆罪という汚名だけが残るかもしれんぞ?当然、それにくみしたミレア殿も」


「エイダ様と共に処断されるなら、本望ですわ」


グレスさんの言葉に、満面の笑みで答えているミレアを見て、苦笑いを浮かべるしかなかった。そこまで僕の事を想ってくれている事は素直に嬉しいのだが、彼女の想いは僕にとって少し重い。


「そうか。しかし、エイダ殿が動いた事を組織の連中に知られれば、エレインの身が危ない。そこはどうするつもりだね?」


グレスさんは鋭い視線を僕らに向けてきた。それはおそらく、彼が最も危惧している事なのだろう。


「エイダ様の実力を考えれば、組織にとってエレイン様は正に切り札。ギリギリまで生命を脅かされることは無いでしょう。しかし、危害を加えられることも考慮し、エイダ様の身代わりを用意します」


「・・・エイダ殿の身代わりかね?」


「はい。エイダ様の姿に変装させた人物を複数人用意し、王都の住民に目撃してもらいます。そして、その目撃証言を巡回している騎士に報告させ、あたかもエイダ様はこの王都で身動きできずに隠れているということにするのです。組織の構成員は王都の街中にも、この王城にも潜んでいるという前提で情報を操作するのです」


「・・・なるほど。欺瞞工作をしている隙に公爵家がエレインの居場所を突き止めるということかね?」


「はい。そしてそれまでの間、エイダ様には例の”害悪の欠片”を取り込んだ魔獣を秘密裏に排除してもらいます」


「・・・姿はアッシュ・ロイドから押収した認識阻害の魔道具が使えるか。連絡についてもあの魔道具がある・・・となれば、問題は時間だな」


グレスさんは独り言のように呟くと、眉間に皺を寄せながら問題点となる部分を指摘した。


「仰る通りです。可能な限り素早く動かなければ、後手後手に回ってしまいます。最悪、こちらの思惑に気づかれるかもしれません。その為、彼らの動きを少しでも阻害する必要があります」


「共和国としては昨夜から王都を出る全ての馬車を検閲している状況だ。更に王都の住民に対しても【救済の光】との関わりがないかの捜査が始まるが、エレインを拐った者達は、既に王都を脱出している可能性が高い。残念ながら、今のところ足取りは掴めていない」


「相手もかなりの組織力です。そう簡単にはいかないでしょう。ですが、必ず見つけてみせます!」


ミレアは決意の籠った表情で、力強く宣言していた。いつの間にかグレスさんは、僕達に協力する前提で話をしているようだった。


「分かった。私は私の出来ることをしよう」


「そう言ってくれると思いました。わざわざ防諜設備の整ったこの部屋に私達を呼んだのは、これを見据えての事ですね?」


ミレアは、訳知り顔で口許を緩めてグレスさんにそう言った。


「何の事かな?私は機密性の高い内容だと判断したにすぎないよ」


「ありがとうございます、グレス様」


「ふん。重責をこのような子供に負わせてしまっているのだ。大人として、貴族として、恥ずかしくない行動をとろうとしているだけだ」


ミレアの感謝の言葉に、グレスさんは申し訳なさそうな顔をしていた。そんな彼に対し、僕も口を開いた。


「グレス様。必ずエレインさんを救出し、この国の平和を守るため、【救済の光】は潰します!」


「・・・大変なことを頼んでいるのは分かっているが、何卒頼みます」


グレスさんは席を立つと、深々と僕に向かって頭を下げてきた。握りしめられた拳を見るに、本当なら自分でエレインを探したいという思いが伝わってくる。だからこそ、僕は自信満々に言い放った。


「任せてください!」


そうして僕達は、これからの動きの詳細を確認してから行動を開始した。

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