第172話 開戦危機 6

 エイダがエレインを中庭に呼び出して話をしている同時刻、ミレアは王城に割り当てられている自身の一室にて、学院の友人であるフェリスからの手紙を確認していた。



side ミレア・キャンベル



「・・・これは・・・どういうこと?」


 フェリスちゃんから送られてきた手紙の内容を読み進めていくうちに、私達は重大な思い違いをしていたのではないかと気づきました。


「学院でエイダ様を襲撃した犯人は12人居た?でも、誰も最後の一人が誰か知らないなんて・・・」


その手紙には、以前学院内でエイダ様の襲撃を企てた者達の証言を纏めたものが報告されていたました。今ではエイダ様親衛隊として教育し終わった彼らではありますが、自分達のしたことの罰はきちんと負わせるべく、彼らがしでかした事の詳細を国に報告するつもりでした。


特に彼らは襲撃の際に、認識阻害の魔道具を使用していたことから、その出所を確認するべく詳細に聞き取りをしていたのですが、捕らえた11人は自分ではない誰かが用意してくれたと言うばかりで、肝心の用意した人物の存在が分からないというのです。


「押収した魔道具は、かなりの高性能でした。それなりのつてがないと入手できないはず」


あの魔道具は犯罪に使用される可能性が高いものとして、一般には出回らない禁製品です。それをあの数揃えたとなると、それなりの貴族の家柄か、かなり大きな犯罪組織との繋がりがあるはずです。それこそ、騎士団の関係者か、例の組織のような。


「最後の一人、かなり用心深く動いているようですね・・・顔も名前も分からないけど、襲撃する前に集まったときには確かに居た・・・認識阻害とはまた別の魔道具を使っていたということ?」


考えるほどに謎は深まっていくばかりで、決定的な手がかりを欠いている今の状況では、最後の一人が誰か特定するのは困難です。


「エイダ様にかなりの恨みを持っていて動き回っている人物?でも、あの襲撃の後には私が徹底的に、エイダ様にそのような感情を持っていそうな人物は調査し尽くしました・・・その調査を掻い潜れるほどの人物が、まだ残っていたと?」


テーブルの上にフェリスちゃんからの手紙を置き、私は頭を抱えて考え込んでいた。すると、私の部屋の扉がノックされました。


『ミレア様、グロービアです。紅茶をお持ちしました』


「ご苦労様。入っていいわよ」


『はい。失礼します』


入室の許可を出すと、メイドのグロービアは静かに扉を開いて、私の座るテーブルへ紅茶とお菓子が乗ったワゴンを押してきました。


「お待たせしました。こちらがご所望のものでございます」


「待っていたわ」


彼女はテーブルに紅茶とお菓子を並べ、最後に1枚の封筒を置きました。彼女はこの王城内で、キャンベル家の情報員として働いているメイドの一人です。王城には国内外のありとあらゆる情報が集まり、その情報は奉仕職として働く彼女達メイドの耳にも入る事が多く、メイド達の内輪の中では世間話のように話されています。そういった現状に目を付けたお父様が、数年前から情報員として雇っていました。もちろん、多少の危険を犯して情報を集めることもあります。


私はテーブルに置かれた手紙を手に取ると、さっそく内容を確認しました。


「・・・これは!どういうこと?何であの方はエイダ様に嘘を?」


私は、エイダ様から聞いていた話しとは違う情報が書かれたその報告書の内容に、驚きの声をあげてしまいました。


「待って・・・もし、あの方を例の組織の一員だと仮定するなら、話しは違ってくる・・・」


私は、頭の中である仮説を考えました。もしあの方が昔から例の組織の一員だとして、エイダ様を邪魔に思った組織が、あの方を使ってエイダ様の排除を試みても、本人をどうこうするのは不可能です。この世界でエイダ様を押さえられる存在は、ご両親しかいませんでしょう。


(となれば、本人ではない別の弱味を探すはずです。それは物か人でしょう・・・っ!!まさかっ!!)


そう考えが至ったとき、私は傍らで待機していたグロービアに、焦りの感情を圧し殺しながらあることを確認しました。


「グロービア!エレイン様は今どこに?」


「エレイン様でしたら、中庭の方でお見かけしたと、メイドの者達が話しているのを聞きました」


「中庭?一人でそこに?」


「いえ、エイダ様と一緒だということです」


彼女のその返答に私は胸を撫で下ろしましたが、すぐに2人にも情報を共有しなければならないと考え、私は席を立ちました。


「ご苦労様。もうここはいいわ。私は中庭に向かいます」


「畏まりました。失礼します、ミレア様」


一礼して部屋を出ていく彼女を見送ったあと、数枚の書類を持って私もすぐに部屋をあとにしました。


「中庭で2人っきり、何をしていたか気になりますが・・・今はそれどころではありませんわ」


私はそう呟きながら、王城の廊下を足早に中庭へと向かった。明日、エイダ様が単独で行動される前にこの情報を伝えなければならない。場合によっては、エイダ様の行動方針を変更する必要性すらあります。


「早く、早くしなければ・・・」


私は焦る気持ちを押さえながら、エイダ様にどう説明すれば信じてもらえるか、頭の中を整理していると、遠目に中庭が見えてきました。




side アッシュ・ロイド



 王城の中庭から騎士と共に去っていくエイダの背中を見送ってから、俺は一人その場に残っているアーメイ先輩に近づいた。


「どうも!アーメイ先輩!」


「ん?君はアッシュ君か?そんな格好でどうしたんだ?」


俺が気軽を装って声をかけると、彼女は怪訝な表情を浮かべてこちらを見ていた。それもそうだろう、なにせ今の俺の服装は軽鎧の上から外套を着込み、腰には剣も提げている。


他人が見れば、これから騎士団の演習にでも行くかのような出で立ちをしているのだ。本来、王城内で武器を携行した格好で動き回るのは警備に携わっている騎士か、特別な許可を得ているものだけだ。どちらでもない俺に対して怪訝な顔を向けてくるのは当然だ。


「ははは・・・この格好は、ちょっと特別な任務の最中なんですよ。おかげで、まだ学生なのにこんな時間までこき使われてます・・・」


ため息混じりにおちゃらけた雰囲気で答える俺に、彼女の表情は少し和らいだようだった。


「そうか、昨日エイダから聞いたが、開戦すればどこかの部隊に配属されて、後方支援にまわるらしいな?」


「そうなんですよ。さすがに未成年の俺が戦争の前線に立つのは、色々と外聞もありまして・・・今の厳しい状況のロイド家を建て直そうと躍起になっている父上は、大変なんです」


「まぁ、ジョシュの事もあるからな。共和国の上層部では、頭の痛い話だろう。ところで、カリンとは仲良くやっているのか?」


彼女は以前、レストランで俺達が一緒に居る場を見ていたからだろう、優しげな表情を浮かべながらカリンについて聞いていた。その何気ない気遣いに、俺は少しだけ心が痛んだ。


「え、ええ、あいつならきっと元気ですよ」


「きっと?確か学院は休学になっているのだろう?一緒に王都に来てはいないのか?」


「一緒ではないんですよ。でも大丈夫。あいつは安全な所にいますから」


「・・・アッシュ君?大丈夫か?何か雰囲気が変だぞ?」


俺の様子を不審に思ったのか、彼女は心配した顔で俺を見つめていた。


(はぁ・・・次にエイダに会う時は、俺を殺しにくるかもしれないな・・・同じノアとして良い友人になれたと思ったんだが、お前があんな力さえ持ってなけりゃ、俺もカリンもきっと平穏に過ごせていたはずなのに。どうせなら、もっと早くお前と会いたかったよ・・・)


俺は俯きながら、これまでのエイダとの事を思い出していた。初めて学院で会った時から普通じゃないとは思っていたが、まさか一国の英雄に祭り上げられる存在になるとは思わなかった。


それも、あいつの両親があの剣神と魔神と聞いた時には妙に納得できたが、それなら俺らノアにはもっと別の可能性があったのではないかと思い知らされ、あの組織から距離を置こうと考えたのだが、世の中そう甘くなかった。


(もう後には引けない!俺はどうなってもいいが、カリンだけは守らないと!)


「・・・アッシュ君?本当に大丈夫か?」


俺が何も言わずに俯いていたからだろう、彼女は心配した声で俺に近づいてきた。俺は懐の魔道具の感触を確かめて、彼女が手に届く範囲に来るのを待ち構えていた。


そんな時だった。


「エレイン様!離れて!!」


中庭に響き渡るその声に、俺は声の主を探そうと周囲を見渡すと、この中庭を見下ろすように、王城の廊下の窓から顔を出している人物を見つけた。


(っち!ミレア・キャンベルか!やはり、もう俺の事に気付いたか!?)


ここから辛うじてその表情を伺い見れる彼女の顔は、焦りの表情を浮かべていた。それはすなわち、俺の正体に感づいたと考えて良いだろう。本当はエイダがこの城を離れてから行動を起こすはずだったが、俺の正体を嗅ぎ回る存在がいると連絡があり、一刻も早く行動を起こすしかなくなってしまったのだ。


「ミレア様?どうしたんだ?」


状況が分かっていないアーメイ先輩は、困惑した表情をミレア・キャンベルに向けていた。この中庭の周囲には今のところ他に人はいない。ミレア・キャンベルがここまで来るか、あるいは今の声に反応して王城の騎士達が来るまでには若干時間がある。動くなら今しかない。


「ふっ!!」


「っ!?アッシュ君?なに・・ガッ!!」


俺は近くまで来ていたアーメイ先輩に、懐に忍ばせていた筒状の魔道具を腹部に押し付けた。すると、彼女は目を見開き、小さな叫び声を残して膝から崩れ落ちた。すぐにその使い捨ての魔道具を放り投げつつ闘氣を纏うと、地面に倒れ伏している彼女に認識阻害の外套で包んで担ぎ上げる。


「エレイン様!誰か!!中庭の不審者を取り押さえなさい!!」


「ちっ!」


ミレア・キャンベルが大声をあげて俺を捕まえようと指示を出しているのを横目に、俺もフードを被って認識阻害の効果を発動した。


そのまま中庭を突っ切って王城からの脱出を試みる為に、全力疾走で駆け抜けた。


「どこかにいるはずだ!必ず探し出せ!!」


「絶対に逃がすな!ここで逃がせば騎士団の恥だぞ!!」


「出入り口に封鎖の指示を出せ!急げ!!」


中庭に集まってきた騎士は、俺の姿が認識できていない為に、唾を吐く勢いで怒声をあげていた。確かに、こんな警備の中で誘拐事件を許したとなれば、騎士団の面目丸潰れだろう。


(今さら俺の知ったことじゃないし、これでロイド家が叱責されようと良い気味だけどな!)


俺は王城の正門に向かって走りながら、懐から小さな玉を3つ取り出すと地面に投げ落とした。


『キーーーーーーーン!!!』


「ぐぁ!何だこの音は!?耳が!!」


「くそっ!何も聞こえん!」


(よしっ!)


その効果に安堵すると、城門に向かって足を早める。姿を認識されないといっても、音で感ずかれる可能性があったため、それを考慮しての魔道具だ。耳栓をしていないと、数分間は音が聞こえにくくなる効果がある。


目論み通り集まってきた騎士達は、顔を歪めながら耳に手を当てて、音が聞こえないことに混乱している。その隙に俺は与えられていた任務を遂行し、王城の正門付近まで辿り着いていた。あとは王都にいる同志と合流すれば、俺の任務は終了だ。


「って、さすがにそんなに甘くはないか・・・」


俺の視線の先、王城の正門には通路を塞ぐように通路の中央で剣を水平に構え、目を閉じて集中しているエイダの姿があった。

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