第173話 開戦危機 7

 王城の中庭でエレインと大切な話をしていると、焦った様子の騎士が走り込んできて、またどこかの村が襲撃を受けていると報告してきた。しかも、今から準備して急いで向かって欲しいと懇願されてしまった。


僕はエレインにも促されるままに部屋に戻ると、テーブルには騎士の人の言う通りに地図が置いてあり、その隣には蝋封された羊皮紙があった。こちらは国王直筆の協力要請を書き記した命令書らしい。更に、いつの間に準備してくれたのか保存食や飲料水も置かれており、後はそれらをリュックに詰めれば出発できるくらいには下準備が整っていた。


しかも、自分でリュックに詰めて準備しようとしていると、メイドさん達が現れて、あっという間にテーブルに置いてある品々や、クローゼットにしまっていた服なども次々リュックの中に収納していってくれた。傍目に見ていても、それだけの荷物がどうやって全部入ったのだろうというくらいメイドさんは収納上手だった。



 準備が整ったところでメイドさん達にお礼を伝え、剣と魔術杖を腰に装備し、漆黒の外套を着込んだときだった、城内の気配に異変を感じた。


(っ!?何だ?城内が慌ただしい?いや・・・エレインの気配が!?)


以前の反省もあり、最近は鍛練の為に絶えず周囲の気配を感知していたのだが、中庭にいたはずのエレインの気配が急に途絶えたのだ。


(直前までアッシュが側に来ていたはず・・・アッシュの気配も消えているし、2人に何かあったのか?)


今みたいに急に気配が消えるとすれば、【救済の光】が使っていた魔道具が原因だろう。となれば、王城に直接例の組織が乗り込んできたということなのだろうか。


(でも、何でエレインとアッシュの2人が?目的は何だ?)


アッシュは仲の良い友人だし、エレインは僕の大切に想う人だ。もしかしたら2人を誘拐して、僕の行動を制限する考えなのかもしれない。


「くっ!そうはさせるか!!」


僕のせいで、2人の身を危険を晒させるわけにはいかない。僕は2人の救出に向かうため、部屋を飛び出した。この王城の出入り口は、正面にある城門の一つしか出入りすることは出来ないはずなので、そこに先回りすべきだと考えた。


城門に向かっていると、甲高い炸裂音が聞こえてきて耳に少し違和感が出たが、すぐに聖魔術で治療しながら城門に到着し、出入り口を塞ぐような場所で敵を待った。相手は気配を遮断しており、今の人の少ない王城で認識阻害に対抗するためには、敵の行動する際の音に集中する必要がある。


(・・・いつでも来い)


僕は目を閉じ、剣を水平に構えながら敵がここまで来るのをじっと待った。


そしてーーー



「って、さすがにそんなに甘くないか」


 聞こえる若干重い足音から、相手はおそらく人を背負って走っていると考えていた。段々と近づいてくる足音に、剣を握る手に力を込めると、僕の正面、5m位手前で立ち止まるため息混じりの声が聞こえた。その声音に、思わず僕は驚きの声をあげた。


「っ!その声はアッシュ?何でアッシュがその魔道具を・・・」


僕はあまりの状況に混乱しつつも、疑問を口にした。


「悪いなエイダ。こっちにも色々と事情があってな・・・見逃してくれないか?」


「っ!ば、バカ言うな!アッシュが担いでいるのはエレインだろ!?いったい何の目的で!?どうしてアッシュがこんな事を!?」


アッシュの物言いに混乱の極みにある僕は、ただひたすら理由を問いかける事しかできなかった。


「理由については、たぶんミレア・キャンベルが知ってるだろうぜ?」


「ミレアが?いったい、どういうことだ?」


「すまんな。長々話してる時間はないんだ。ただ、俺は自分の行動に後悔はしていない。俺にも守りたい大切なものがあるからな・・・」


「・・・アッシュ?」


彼の言葉から、切羽詰まったような事情を感じ取ったが、だからといって、このままみすみすエレインを奪わせるわけにはいかない。


大きく息を吐き出して闘氣を纏うと、剣を握る手に更に力を込める。すると、アッシュの方から服の中を探るような音がした。僕はその音を手掛かりに、足元の方を狙ってアッシュがいるであろう場所に向かって踏み込み、横凪に剣を振り抜く。


「ぐあぁ!」


アッシュの苦痛に満ちた叫び声と共に、ドサッと地面に倒れ込む音が2つ聞こえた。剣には闘氣を纏っていないので、精々骨折くらいのものだろう。担がれているエレインの事も心配だったが、下手に加減して僕の知らない魔道具を使って逃げられでもしたら事だったので、申し訳ないが少々乱暴にさせてもらった。


「悪いけど、逃がすわけにはいかなかったんだ・・・」


友人に刃を向けてしまったことに少し後悔を滲ませながらも、仕方ないと割りきって剣を納めた。そして、呻き声の聞こえる場所に手を伸ばして、魔道具の外套を剥ぎ取った。


「なっ!?」


そこには脂汗をかきながら、足を抱えるようにしてうずくまるアッシュと、その傍らに、中身であろう砂が溢れた麻袋が転がっていた。


「はは、すまないエイダ。俺は囮だ。アーメイ先輩は今頃、別の同志が運んでるよ」


僕が転がっている麻袋に絶句していると、アッシュが痛みを堪えながら、エレインが別の者の手によって運ばれている事を告げてきた。


「ど、どうやって・・・」


「お前は知らないだろうが、王城からの出入り口は一つじゃない。限られた者だけが知る、別の道もあるのさ」


「エレインをどこに連れていった!?」


アッシュの言葉に、僕は怒りを圧し殺しながら問い詰めた。


「あの中庭で別の同志に彼女を渡し、囮として時間を稼ぐまでが俺の任務だ。それ以外の事は聞かされていない。悪いな・・・」


「くそっ!」


その言葉が嘘である可能性もあったが、不思議とアッシュの表情を見るに、本当の事を言っているのだろうと直感した。だからこそ僕はすぐにその場を離れ、王城にある見張り塔に駆け登って、王都を見渡しながら気配の感知を行った。


「・・・ダメだ!エレインの気配が無い!!」


日中の人混みの多い王都の中であの魔道具が使われれば、認識が向けられない意識の穴に気づけるのだが、既に遅い夜の時間帯で、人混みも疎らな現状では手も足も出なかった。この広い王都の中、何の手掛かりも無い状態で捜索するのは困難だが、やるしかない。敵がいくら闘氣の扱いに長けて素早く動けたとしても、まだ王都内にいるのは確実だ。


「絶対に見つけてみせる!!待っててくれ、エレイン!!」


決意の言葉と共に、僕は見張り塔から王都の街へ駆け出した。




side エレイン・アーメイ



 目を覚ますと、暗い部屋の中に私は横たわっているようだった。未だ意識が混濁しているようで、朦朧としながらも上体を起こすと、腹部に鈍い痛みが走った。


「っ!!い、いったい何が・・・」


鈍痛が響くお腹を押さえながら呟くと、自分の置かれている状況を確認するため、周囲の様子を見渡した。しかし、今は夜中なのか、窓からうっすら差し込んでくる月明かりを頼りに目を凝らして見ると、どうやら私はベッドとテーブルが置かれているだけの狭い部屋に寝ていたようだ。


「・・・私は確か王城に居て・・・エイダに中庭に呼び出された後・・・そうだっ!」


徐々に覚醒してきた意識の中、自分の直前の記憶を必死に思い出すと、アッシュ君に襲われたのを思い出した。


「・・・この部屋、どう見ても王城ではないな。となると、私はどこかに拐われたということか?」


ぼんやりと自分の置かれている現状が理解できてきた私は、大きなため息を吐きながら、落胆に肩を落とした。


「あれだけエイダに啖呵を切っておいて、この体たらくでは・・・顔が合わせられないな・・・」


中庭で私はエイダに告白をされた。それ自体は歓喜にうち震えるほどの嬉しさだったが、続くエイダの言葉にどうしても納得できなかった。彼は私が傷付くことを極端に恐れているようで、安全な場所で見ていろというのだ。私の夢は、彼が代わって成すからと。


私にもプライドがあった。信念があった。誇りがあった。だから彼の言葉をすぐには受け入れることが出来なかったのだ。客観的に考えれば、彼の言っている事は正しい。彼にはそれを成すだけの実力があり、私には無い。いくら私が声高に平和を叫んだところで、貴族の小娘の戯れ言では、何も世界は変わらない。


しかし、世界に影響力を及ぼす力を持っているエイダであれば話は別だろう。彼がその気になれば、発言一つで世界が変わるかもしれない。それは武力という恐怖による支配かもしれないが、まず争いを止めて、その後に平和的な話し合いで互いの国の妥協点を探っていき、最終的に各国共に安心できる条約を結んでいけば、本当の意味での世界平和を成すことが出来るかもしれない。もちろん多大な時間は掛かるだろうが、これが一番現実的な方法だろう。


私なんかが何もしなくても、彼なら出来る。出来てしまうんだ。分かっている。そう、分かっているんだ。


「・・・幼稚だな私は・・・まるで自分の夢を彼に取られると思って、癇癪を起こしている幼子のようだ・・・」


冷静になって考えると、自虐的な思考しか浮かんでこない。きっとミレア様なら言うだろう、エイダの言う通りにすべきだと。主要な部分は彼に任せて、自分はサポートに回ればいいと。協力して成したとしても、それは自分が達成したことに変わり無いと。


「その通りだ・・・人1人の力で世界が変わるものか。平和を目指すなら、多くの人々の協力があってこそだろ。何故私は、あの時張らなくてもいい意地を・・・」


いや、分かっている。私は怖かったんだ。英雄と称えられるようになった彼の隣に立つには、それくらいの功績がなければ立つ資格がないと思ってしまった。だから、あんなに意固地になってしまった。


「バカだな私は。彼の告白を受け入れていれば、こんな状況になることも無かったかもしれないのに・・・」


あの時、彼の告白を素直に受けていれば、今頃自分は幸せな時間を過ごしていたかもしれない。ともすれば、手の一つも握っていたかもしれない。


(いや、もしかしたら・・・キ、キスくらいしていたかもしれないな)


最近では、ミレア様の積極的すぎる行動も目に余っていた。寝ぼけたフリをして、婚約もしていない男性に裸体で迫り、そのまま既成事実化してしまおうなどと、破廉恥にも程がある。おそらくは彼女としても出遅れている事を実感しており、なりふり構っていられなかったんだろうが、それでも限度と言うものがある。


(とはいえ、ここで囚われていてはミレア様に先を越されてしまいそうだ。何とか私が居る場所を外部に知らせる手段を考えないと・・・)


月明かりが漏れてくる窓には、目の細かい鉄格子が嵌められているし、部屋の中にはベッドとテーブル以外には何もない。自分の持ち物を確認してみても、そもそも王城内に居たこともあって、武器となる杖も何も持っていなかった。詠唱で魔法の発動自体は可能だが、一発放てば次の発動までに時間を要してしまう。それでは、詠唱している間に取り押さえられてしまうのが目に見えている。


ただ、拐われる直前にエイダから渡された腕輪はそのままだった。どうやら相手は、これをただの装飾品と思ったのだろう。これを使うタイミングは、慎重に選ばないといけない。切り札として使う為に。


(・・・何とかなるか?いや、何とかしなければ!)


そう決意した時だった、部屋の外からコツコツと足音が聞こえてきたのだ。足音の人物はこの部屋の前で立ち止まると、ご丁寧にドアをノックしてから扉を開けた。


「失礼します。エレイン・アーメイ様、お目覚めでいらっしゃいますね?」


「・・・ええ、あなたは?」


「あなたのお世話係のナリシャと申します。あなたをここにお連れするよう指示された方が呼んでおられます。一緒に来ていただけませんか?」


入ってきたのは妙齢の女性だった。無機質な表情で、私が目を覚ましていたことを確信するように話すその女性は、私を誘拐するように指示を出した人物に会わせたいと、自分に同行して欲しいと言ってきた。


「私に拒否権など無いでしょう?」


「さすが次期伯爵。ご理解が早くて助かります」


ナリシャと名乗った女性は皮肉げに口許を歪めると、背を向けて部屋から出た。どうやらさっさと付いてこいと言っているようだ。


「はぁ・・・これから私はどうなるんだろうな・・・」


相手の目的はうっすら理解している。私を使ってエイダの行動を制限するつもりなのだろう。問題は、相手の最終的な目的だ。いったい何を考えてこのような行動をしているのか。これから会う人物から少しでも聞き出してやると考えながら、女性のあとを付いていった。


歩きながらナリシャと名乗った女性と少し会話を交わすと、驚いた事に私は丸2日眠っていたとの事が分かった。

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