第170話 開戦危機 4

 翌日ーーー


昼過ぎの王城前広場には、貴族や平民を問わず、王都に住む多くの住人達が詰めかけていた。それというのも、国王による国民への演説を行うというお触れを数日前から出していたからだ。


その演説がどんな内容なのかについては情報を伏せていたのだが、耳敏みみさとい者達の間では既に、王国から宣戦布告状が届いたというのは周知の事実のような状態になっているので、広場に集まっている住民達の表情は一様に暗いものだった。そして、そんな住民達の心情を反映してか、どんよりとした雲が空を覆っていた。



『皆の者、よく集まってくれた!本日これより、グルニア共和国国王陛下から、そなた達への重要な知らせがある!心して聞くように!!』


広場を見渡せるようになっている王城のバルコニーの一画、そこには少し高くなった舞台が設けられており、広場を見渡しやすくなっている。このバルコニーには他にも王女と王子の両殿下、軍務大臣、近衛騎士団長、剣術騎士団長、魔術騎士団長が顔を揃え、護衛とする騎士達も20人ほどが集まっている。


そんな中、声を拡張する魔道具を使って、宰相が集まった人達に今から国王が演説を始める旨の言葉をかけた。すると、ざわざわとしていた広場の喧騒は鳴りを潜め、水を打ったように静まり返った。そんな人々の様子に満足げに宰相が頷くと、言葉を続けた。


『では、ドウェイン・ガゼル・ウル・クルニア国王陛下よりのお言葉を賜る!』


大仰な仕草と共に宰相は数歩下がって端によると、恭しく頭を下げて臣下の礼を取った。そして、バルコニー奥に控えていた国王が立ち上がり、ゆっくりとした歩みで壇上にあがった。


その堂々とした姿は王と表現するに相応しく、黄金の戴冠を乗せ、高級そうな赤いローブを羽織っている。その手には人の顔くらいの大きさのある魔石が取り付けられた王笏おうしゃくを持っており、コツコツと杖を鳴らしながら歩みを進めていた。


『民達よ!我がクルニア共和国は、グルドリア王国より謂れの無い誹謗と共に、宣戦布告を伝えられておる!現在、要職に就く主要大臣と共に、平和的解決を模索している状況ではあるが、楽観は出来ぬ!!』


国王が伝え始めたこの国の現状についての説明に、集まっている人々からは、ため息と共に陰鬱な雰囲気が感じられた。


『我が国は他国から見れば、資源豊富な国として栄えているように見えるのだろう。しかし、それを妬む王国と公国からは定期的に戦争を仕掛けられ、断続的に国力を削がれているのが現状である。更には、この共和国内で不穏な動きを見せる組織の存在も確認されておる!』


国王の話は、戦争理由から現在の国が直面している状況を住民達に対して明らかにするもだった。そんなことまで伝えては、余計な不安を抱いてしまうのではないかと疑問に思いつつ演説を聞いていたが、続く国王の言葉から、前段の話は布石だったのだと気付いた。


『しかしだ!!案ずることはない!我が共和国には、新たな英雄が誕生しておる!!みな、既に耳にしたことがあるだろう・・・闘氣と魔力、2つの能力を扱える存在でありながら、騎士団と共にドラゴンの撃退という偉業を成した少年の話を!』


国王がそう前置きすると、演説を聞いている人々は、近くの人と何かを確認しているのか、騒然とした声が聞こえてくる。ただ、国王はそんな様子を気にすることなく、少しだけ声を大きくして言葉を続けた。


『その少年こそ、かつてこの世界に名を轟かせた剣神、トール・グレイプルと魔神、シヴァ・ブラフマンの息子、エイダ・ファンネル殿である!!』


「「「・・・・・おぉぉぉぉぉ!!!」」」


声高らかに伝える国王の言葉に、集まった人々は、一拍遅れて歓声が上がっていた。それは両親の正体を聞いた事への安堵から出た叫びだったのか、驚きから出た叫びだったのか、はたまた雰囲気に呑まれただけだったかは分からないが、それほど僕に対して否定的な雰囲気は感じられなかった。


『我々にとって想像の埒外の力を持つ剣神殿と魔神殿だが、その息子もまた我らの想像の遥か上を行く実力を保有しておる!しかし、諸君達が今までノアという別称をもって蔑んでいたはずの存在が、それほどまでの実力を持っているというのは、言葉だけではにわかに信じられまい・・・そこで、皆の者には彼の実力をその目で確かめてもらいたい!』


その言葉に人々のどよめきが更に増したようで、そんな状況が収まらない中、国王は後ろを振り返り、後方に待機していた僕に向かって腕を差し伸べながら紹介の声をあげた。


『さぁ、エイダ・ファンネル殿よ!貴殿の実力の一端を、皆に見せてみよ!!』


その芝居かかった国王の言動に苦笑いを浮かべたくなるが、必死に真剣な表情を浮かべながら、国王の言葉に従うように壇上へと歩みだす。そして、事前の打ち合わせ通りに国王は壇上から下がると、僕は入れ替わるようにバルコニーの壇上へと登った。


すると、そこから見える光景に、僕は身体が強張ってしまった。なにせ僕の視界には、王城前広場に集まった何百人という人々の視線が、僕だけに集中してきたからだ。


(予め聞いてはいたけど、実際に目にすると迫力が違うな・・・)


以前に王女からも、僕は国内だけでなく世界中から注目されている存在だという話は聞いている。他国の情報員が接触してきたことで、ある程度その意味を理解していたと思っていたのだが、こうして実際に何百という人々からの視線を向けられるのは、何というか落ち着かないものだ。


(とにかく、予定通りにやるだけだ!)


大きく息を吐いて心を落ち着けると、腰に差している剣を抜き放ち、下段に構えた。幸いにして今日の天気はどんよりとした曇り空だったので、僕の実力を誇示するのには絶好の天候だ。


今日は腕輪を着けていないので、集中するように目を閉じ、闘氣と魔力を混ぜ合わせ、白銀のオーラを纏う。


「「「おぉぉぉ・・・」」」


すると、その様子を見ていた人達は、僕の纏ったオーラに驚いたような声を漏らしていた。


そして、極限まで集中力を高めたところで今一度剣の柄を強く握り締め、目を見開くと同時に、上空に向かって逆袈裟斬りに剣を振り抜く。


「神剣一刀!!!」


「「「・・・・・・・」」」


ゴウッ!という空気を斬り裂くような衝撃音が辺りを包み込んだ次の瞬間には、上空に漂っていた分厚い雲は全て消し飛び、この王都中を眩しい陽の光が照らしていた。


その様子に、王城前に集まっていた住民達は、呆然としたように口を開けたまま上を見上げているだけで、誰も言葉を発せずに静まり返っていた。



『こ、これが、我が国の新しき英雄の力だっ!!』


しばらくの沈黙の後、正気を取り戻した国王が、声も高らかに民衆に向けて僕の実力を誉めそやした。


「「「・・・う、うおぉぉぉぉぉぉ~~~!!!!」」」


国王の言葉に民衆達も正気を取り戻したのか、一瞬の静寂の後、王都中に大歓声が巻き起こった。それは今まで抱えていた漠然とした不安や、陰鬱な雰囲気を消し飛ばすほどの歓声だった。


(・・・こんなに期待されるとなると、守りきれずに被害が出たらどうなるんだろ?)


僕に向けられた大歓声の中、国民の期待を一身に背負うようになったのだという現実を、僕はこの時初めて実感することになった。


国王からは、責任について国が負うという言葉を貰っているが、実際にそう表明したところで、民衆は被害を防ぎきれなかった張本人を糾弾するだろう。・・・つまり僕だ。


(もっとよく考えて英雄の申し出を受けるべきだったかなぁ・・・ジーアが知ったら、また呆れられそうだ・・・)


民衆からの声援に内心、苦笑いを浮かべながらも、事前に決めていた通りに剣を掲げてその声に応えた。


『そして彼、エイダ・ファンネル殿には、我が国の名誉男爵の位を授けることになった!彼こそが、我が国にとっての希望の光となるだろう!』


「「「おおぉぉぉぉ!!!グルニア共和国万歳!!国王陛下万歳!!エイダ・ファンネル殿万歳!!」」」


国王の宣言と共に、集まっている人々は拳を天に突き上げながら歓声をあげていた。その声に、僕はこの国の英雄として逃げられないところまで来てしまったのだとため息を吐いた。



 僕のお披露目が終わると、会議室のようなところに通され、テーブルの対面に近衛騎士団団長とエレイン、ミレアが座り、今後の国の方針と僕のこれからの行動について最終確認を行うことになった。


「今回の騒動・・・絶対に失敗できなくなりましたね・・・」


僕は席に着くと、さっそく大きなため息混じりに愚痴を溢した。


「エイダ様なら大丈夫ですわ!それに万が一があったとしても、エイダ様お一人が責任を感じる謂れはありません。本来責任というのは、エイダ様に指示した者、作戦を立案した者、その会議に携わった者、最終的に許可した者等の多くの者達が分散して負います。ですので、そんなに気負わないで下さい」


「ただ、国王陛下から責任の所在は国にあると明言されてはいても、矢面に立つのはエイダだからな・・・プレッシャーを感じるのは当然だろう。少しでもエイダの心が軽くなるように、私としても全力で君をサポートする」


僕の溢した弱音に、ミレアとエレインが気遣わしげな表情で励ましてくれた。


「2人とも、ありがとう。そう言えば、アッシュからも僕が英雄として発表されることに呆れながらも励まされたし、自分が出来るだけのことはやってみます」


僕が苦笑いを浮かべながらも決意を口にすると、怪訝な表情をしたエリスさんが聞いてきた。


「ん?アッシュと会ったのかい?いつの事だ?あいつは学院に居るはずだろ?」


「えっと、昨日の事ですね。何でも今回の開戦騒動のせいで、学院はしばらく休学になったらしいです。アッシュについては、お父さんから呼び出しを受けたようで、開戦した際には部隊の後方支援をするらしいですよ」


僕は昨日、アッシュから聞いていた内容をそのままエリスさんに伝えると、彼女は難しい顔をしながら考え込んだ。


「う~ん、学院については聞いているが、呼び出しの件について、私は聞いていないぞ・・・」


「えっ?そうなんですか?まぁ、エリスさんは近衛騎士団ですから、部隊の違いで情報が伝わっていないんですかね?」


僕はあり得そうな理由を口に出したが、それを否定したのはミレアだった。


「さすがにそれは無いかと。開戦直前のこの状況下では、部隊が違うと言えど、情報の連携は緊密にしているはずですわ」


「う~ん、僕はアッシュからそう聞いただけですから、細かい事までは分からないですけど・・・」


腕を組み、頭を傾げてそう返答する僕に、部屋の中は微妙な雰囲気になった。


「まぁ、王都に居るならその内会うだろう」


「・・そうだな。私も確認しておくことにする」


「・・・・・・」


エレインとエリスさんは、そう言うと話題を切り替えようとし、ミレアは一人思案顔で俯いていた。



 そして、僕は主にエリスさんから今後の動きの流れについての説明を受けた。今まで組織からの被害が確認されたのは、いずれも王国と公国の国境付近ということで、僕は王国との国境に面する村々を重点的に見回って欲しいという事を確認し、効率的に見回るルートが記された詳細な地図を渡された。


公国側はどうするのかという僕の疑問には、既に父さんと母さんに依頼しているとのことだった。両親はレイクレストという街に滞在していたようで、その都市でようやく連絡が取れ、了承も貰うことができたのだという。


その話に少し安堵するも、地図を確認すると、僕が受け持つことになる王国側の村の総数だけでも100以上になる。国を分断している山脈の麓を、北から南にかけて横断するように見回らなければならない。


また、村の規模も様々で、住民が100人程度の小さな村もあれば、1000人を越える大きめの町もある。


一応全ての村や町で協力が得られるように、国王直筆の協力命令書なるものを持たしてくれるといい、更に今回の依頼で掛かった食費や宿泊費や雑費などは全て経費となり、国庫が負担するのだという。また、フレメン商会からも援助の申し出があり、各町村のフレメン商会の支店では、無償で必要な装備や薬、武器のメンテナンスを請け負ってくれるとのことだ。


その話に、いつの間にそんな申し出をしていたのだろうと驚くも、ジーアも王都に来ていることを思い出し、彼女ならあり得る話だなと納得するのだった。


また、僕への情報の連絡係としては、ミレアが通信魔道具を使って行うこと、エレインは共和国の大使として王国へ向かう王女の護衛として動くことなどを伝えられた。


どうやら王女の警備には、王女直属の近衛騎士が全員随行するようで、もし道中で組織に襲われたとしても、近衛騎士が足止めしている隙に王女を逃がすための布陣として、約50名全員が出動するとの事だ。


その話に僕は心配した表情でエレインを見つめたのだが、彼女の決意に満ちた瞳を見た僕は、何も言うことができなかった。



 そうして、各種確認事項のやり取りが終わる頃には陽も落ち、ちょっとしたパーティのような豪勢な夕食の後、明日からの旅路の前に済ませるべき事があった僕は、メイドさんに頼んでエレインを王城の中庭に呼び出して貰っていた。


約束の時間に中庭へと赴いた僕の瞳には、既にそこで夜空を見上げているエレインの姿が映った。

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