第169話 開戦危機 3

「っ!良いのか?エイダ?」


 国の英雄として宣言されることを了承した僕の言葉に、最初に反応したのはエレインだった。


「はい。のんびり平穏に暮らしたいという理想も確かにありますが、それは住む国があっての事です。そして、平穏にというのは一人で暮らしたいというわけでもありません。隣に居て欲しい人が居てこそ、ですから」


「エイダ・・・」


僕は王女の背後に立つエレインの瞳を見つめながら、自分の考えを伝えた。そんな様子に、僕とエレイン以外は何も言わずに黙って様子を見守っていた。


「う゛、うん!両殿下、話を先に進めませんか?」


しばらくの沈黙の後、部屋の雰囲気に堪えかねたように、エリスさんが咳払いをして話を進めることを促してきた。


「あっ、すみません。それでは1週間後、王国からの宣戦布告の事実を周知すると同時に、エイダ様を共和国の英雄として国民にお披露目しましょう」


「分かりました。それで大丈夫です」


王女はハッとした表情になると、いつ国民に僕の事を伝えるのかの時期を話してくれた。思っていたよりも早いと思ったが、既に宣戦布告が済んでいることを考えれば、国の動きとしては早い方なのかもしれない。


「エイダ殿、良ければ今回のお披露目に併せて、爵位を受け取ってくれないか?」


「爵位、ですか・・・」


王女の話の後、畳み掛けるように王子から爵位の話を持ち出されてしまった。正直に言えば、国に対してあまり責任を持つような立場には居たくない。ただ、そんな僕の思いを察しているのだろう、王子は更に言葉を続けてきた。


「無論、貴殿を共和国に縛り付ける意図はない。国の運営に携わる事も領地経営も考えなくていい、名誉貴族としての爵位だ」


「それは・・・何か意味があるのですか?」


王子のした説明に、あまり意味が分からなかった僕は、疑問を口にした。


「何も仕事がないのだから、実務的には無意味な肩書きだ。ただ、貴族社会、国際社会にとって肩書きというものは、時に重要な意味があるのだよ」


「・・・つまりその肩書きがあれば、対外的に共和国での僕の立場をより明確に示せるということですか?」


「全くもってその通りだね!一応最初は名誉男爵位という扱いにして、今回の事態を終息した暁には名誉伯爵位にする準備もある。それに、当然貴族扱いになるので、国から毎月の給与も出るぞ!」


王子からなされた説明に、僕はしばらくその肩書きについてのメリット、デメリットを考える。何も仕事がなく、給料だけ貰えるというのは魅力的だが、実際のところは僕の持つ力や存在を利用して、国内に対しては安心感を、他国に対しては威圧感を持てるという点を考えての事だろう。


「・・・確かに僕にとってそれほど大きなデメリットは無さそうですね」


「あぁ、正直破格の条件を提示している自覚があるよ。それに、もし将来的に君が貴族位を辞めたいという考えになれば、その意思を申し出てくれるだけで名誉貴族位から抜けてもらって構わない」


「・・・本当に破格の条件ですね」


「それだけ共和国が貴殿に期待して・・・いや、頼っているという事だよ」


「それは・・・本音のようですね」


「当然!私としても貴殿からの信頼を得たいのだ!隠し事などしないさ!」


「な、なるほど・・・」


明け透けな王子の言葉に、僕は苦笑いを浮かべてしまった。


「それでエイダ殿、名誉貴族位の話はどう考える?」


「・・・確かに利益と不利益を考えれば、話を受けても良さそうですね」


僕はそう口にしながら、周囲の様子に目を光らせた。僕の判断が正しいのか間違っているかをここに居る人達の反応から図ろうと考えたからだ。


(・・・エレインも王女も特に否定的な表情もしていないようだし、やっぱり受けても問題なさそうかな・・・)


周囲に視線を走らせていると、僕の明確な答えを聞くべく、王子が身を乗り出して促してきた。


「では?」


「はい。名誉貴族位の話、慎んでお受け致します」


「そうか!そうか!ありがとう!では、その様に話を進めさせてもらおう!」


僕の返答に気を良くしたのか、王子は満面の笑みを浮かべていた。その様子から、何となく名誉貴族云々の話は、彼が発案した考えだったのかもしれない。



「それではこれからの事について、もう少し具体的なお話を致しますね・・・」


 王子との話が一段落し、王女がこれからの予定についての話を始めた。


曰く、現状は宣戦布告に対する国の基本方針や対策等を1週間以内に纏め、王女が王国へ返答するための大使として向かうという事だ。その出発前日に、国民へ今回の宣戦布告の周知と、僕を国家の英雄並びに名誉貴族位とすることの布告を行うというものだ。


更にその際、より国民の安心感を増すために、僕の実力の一端を見せるパフォーマンスをして欲しいとの事だった。


「・・・パフォーマンス、ですか?」


「はい。何か国民が一目でその実力を納得するような事はできませんか?」


王女の質問に、僕は腕を組ながら天井を見上げて考え込む。僕の本気の力だと威力が大きすぎて、王都の建物や通りなどを破壊してしまいそうだ。どうしたものかと考え込んでいると、エレインがおずおずといった様子で口を開いた。


「その、エイダ?以前、王女殿下の依頼で、”害悪の欠片”を取り込んだ魔獣に止めを刺したあの一撃・・・上空の雲を斬り裂いていただろう?あれをやってはどうだ?」


「っ!?く、雲を斬り裂くだと!?」


エレインの言葉に驚きを露にしたのは王子だった。彼は目を見開きながら、王女の背後にいるエレインに振り返っていた。


「はい、王子殿下。彼の白銀のオーラを纏っての一撃は、空高くある雲でさえも斬り裂き、吹き飛ばしておりました」


「・・・信じられんが、それが本当なら確かに素晴らしいパフォーマンスだな!エイダ殿、それは可能なのか?」


王子の視線に晒されたエレインは、恭しくその時の様子を答えると、彼は目を輝かせながら僕にできるかの確認をして来た。


「前提条件として上空に雲がなければなりませんが、可能です」


「おぉ、凄いな!」


感嘆の声を洩らす王子を他所に、王女はニコやかに話を進めた。


「では、エイダ様にはその様にお願いしますので、それまではこの王城にて身体をお休め下さい。緊急の用件が入ればすぐにお伝えします」


「分かりました」


2人の殿下との話が纏まった僕は、またメイドさんに連れられて、貸し与えられている部屋へと戻った。



 それからは慌ただしく日が過ぎ去っていった。王城では、王国にどのように返答し、どのような対処をするかの会議が連日開かれているようで、ピリピリとした雰囲気が漂っている。


その間にも【救済の光】の情報を集めているのだろう、情報収集に精通しているミレアも忙しく動き回っており、その報告に来る騎士達の出入りが激しい。また、エレインも忙しそうで、中々言葉を交わすことが出来ないでいた。


ミレアは僕が英雄として宣言されると聞いて目を輝かせて喜んだようで、その後の情報収集の指揮は、他の人達が引くほどのやる気を見せていたとメイドさんから聞くほどだ。



 僕はといえばそんな皆を尻目に、基本的には豪華な部屋の中でのんびり過ごしているかといえば、残念ながらそうもいかなかった。事あるごとに両殿下とミレアから呼び出され、組織についての情報や、僕を英雄として宣言するセレモニーの段取りなどの話し合いに時間を取られていた。


現状、組織の動きは沈静化しているようで、主だった新しい情報はもたらされていないようだが、それは組織としての作戦が次の段階に入ったからだろうとの見解を共和国として出していた。


そして様々な情報を元に、今回の一連の騒動についての仮説がなされた。すなわち、僕が王女の依頼で相対した”害悪の欠片”を取り込んだ魔獣から始まり、共和国内の村人が襲われるという事件、そして今回の王国による宣戦布告は、【救済の光】によって計画された騒動なのではないかということだ。


その最終的な目的についての推測は多岐にわたっていたが、一番有力視されているのは、今回の戦争による混乱に乗じた”世界の害悪”の封印を解こうとしているのではないか、という考えだった。


封印を解いた後の目的については、世界を征服したいのか、それとも人類を滅亡させたいのかは分かっていない。何故なら、”世界の害悪”の封印が解かれた場合の世界に及ぼす影響が未知数だからだ。


共和国からは、そういった危機感を持って組織に相対して欲しいと言われている。そして、組織に所属している者はもちろん、与している者達も生死を問わず無力化すべしという命令書も直接渡されていた。


おそらくこれは、最悪僕が人を殺しても罪悪感を抱かなくてもよくする為のもののようで、近衛騎士団長であるエリスさんが、命令書として交付すべきだと強く主張していたらしい。きっと、僕が初めて盗賊を殺したときの反応を覚えていたのだろう。


また、通信魔道具を渡され、その使い方についての説明も受けた。その魔道具は分厚い本の様な形をしており、中を開くと左側に丸いダイヤルとペン、小さな赤いボタンがあり、右側に真っ白な板が貼り付けられている。


どうやら専用のペンで板に文章を書き、ダイヤルを伝えたい相手の番号に合わせて赤いボタンを押すことで、自分が書いた文章を送ることが出来るらしい。動力にはそれなりの魔力が必要のようだが、僕なら問題なく使うことが出来るだろうと言われた。


試しに使ってみると、問題なく僕の書いた文章が送れたし、逆に文章を受けとることもできた。詳しい理屈は分からないが、その便利さに驚いた。



 そうして時間は過ぎ去っていき、明日には僕の英雄としてのお披露目が控える日となった。そんな折り、学院に居るはずのアッシュが、王城の僕の部屋を訪れた。


「アッシュ!?こんな所までいったいどうしたんだ?」


アッシュの姿を見て驚きの声をあげる僕に、彼は笑いながら口を開いた。


「父上からの呼び出しだよ。軍務大臣の跡取り息子として、開戦の可能性があるから部隊に加わるように指示されたんだよ」


「っ!アッシュも戦うってことなの?」


彼が王都に来た理由を聞いて、僕は更に驚いた。


「いやいや、さすがに俺の実力じゃあ足手まといだよ。俺の仕事は、主に連絡や装備の手配なんかの後方支援だ」


「なるほど。いくら軍務大臣の息子だからって、学生なんだから最前線に出るなんてことはあり得ないか」


仕事内容の説明に納得して頷く僕に対し、彼は苦笑いを浮かべていた。


「それを言ったらエイダなんて最前線どころか、重要任務に単独で動くんだろ?しかも、国の英雄としての看板背負ってなんて・・・俺だったら重責に耐えられないぜ」


「ははは、それはまぁ、成り行きというか何と言うか・・・」


アッシュの指摘に、僕は頭を掻きながら色々あったことを匂わせるように答えた。


「まぁ、騎士団でも対処できない”害悪の欠片”を取り込んだ人間でも魔獣でも、苦もなく対処できるんだから、国としては何とかしてお前を取り込みたいと思うわな」


今回の事件について、アッシュは既に情報を聞いていたようで、村人が自らの村を襲う原因について話していた。また、国の考えについても、歯に衣着せない表現で皮肉めいた口調をしていた。


「だろうね。僕も国の思惑は分かっているつもりだけど、悪い条件じゃなかったし、今後の事も考えて覚悟を決めたってところかな」


「・・・そうか。いつから動き出すんだ?」


「あ~、たぶん明後日からになるかな?明日は国民に対してのお披露目があるし・・・」


「なるほどな・・・まぁ、俺から言えるのは一言だけだ。頑張れよ!」


僕の言葉に何故かアッシュは一瞬悲しそうな表情を浮かべていたが、次の瞬間には笑顔に戻り、僕の肩を叩きながら激励してきた。


「あ、あぁ、ありがとう!」


「そうそう、そう言えばジーアも王都に来てるぜ!」


「えっ?学院の授業は大丈夫なの?」


「開戦が噂されている状況だからな。しばらく学院は休学になるそうだ。それに伴って、生徒の大半は実家に戻るようだよ。ジーアは逆に開戦の話を聞きいて、装備やポーションの商売チャンスとか言って息巻いてたよ」


「ははは、ジーアらしいね」


「だろ?それから・・・」


そうしてしばらくの時間、僕とアッシュは世間話に花を咲かせていた。

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