第168話 開戦危機 2

 国王に謁見をしている最中、駆け込んできた騎士からもたらされたグルドリア王国からの宣戦布告の知らせにより、僕への話は一時中断された。それは【救済の光】への対処よりも、国として優先すべきことが新たに出来てしまったからだ。


そのお陰もあってか、国王が僕に頭を下げたことは有耶無耶になり、国王と主要大臣達は会議室へ籠り、僕は王城の部屋で待機するということで、しばらくの間待たされることになった。


「しかし、戦争か・・・きっとエレインは国の為、平和のために動くだろうな。もしかしたら、最前線に立つことになるかもしれない。その時、僕はどうすれば・・・」


エレインを守る為ならば戦場に立つことも厭わないが、それは多くの人を殺すということにもなる。しかも、戦場で相対することになるのは、他国の騎士や兵士であって犯罪者などではない。まだ犯罪者であれば、たとえ殺したとしても心の整理もつくだろうが、相手は相手なりに自分達の正義を信じて戦う人達だ。そんな人達を殺しても良いのだろうか。


「学院の時もそうだったな・・・覚悟しないといけないと分かってはいても、本当の意味で覚悟している訳じゃない。いざその時になると、どうしても躊躇ってしまう・・・」


広い部屋の高級そうなテーブルで頭を抱えてこれからの事を考えていると、扉をノックする音が聞こえた。


「はい?」


『エイダ様、王子殿下並びに王女殿下が面会を求めておいでです。お時間を頂けないでしょうか?』


ノックに応答すると、メイドさんが扉越しに用件を伝えてきた。面会を求めてきている人物が人物なので断るわけにもいかないだろうが、何となく話される内容が想像できてしまう。


「・・・分かりました。面会に伺います」


『ありがとうございます!では、準備が整いましたらお声を掛けてください』


彼女はそう言うと、部屋の外で待機するようだ。正直、準備もなにも国王との謁見が中断され、そのままの服装だったので着替えも必要ない。ただ、おそらくは王子と王女からもたらされるであろう話に、どう返答しようかの考えを纏めておく時間は欲しかった。


「はい。少し待って下さい」


外にいるメイドさんに向けてそう声をかけると、僕は自分自身のこれからの身の振り方について深く考えるのだった。




「お時間を頂き感謝いたします、エイダ・ファンネル様」


「私からも感謝の言葉を伝えよう。面会に応じてもらい嬉しく思う」


「いえ、こちらこそお招きに預かり光栄です、王女殿下、王子殿下」


 しばらく部屋で考え込んだ後、僕は外に待機していたメイドさんの案内のもと、王城の応接室に通された。そこには革張りの豪華なソファーに座る王子と王女が僕を待っていた。2人の背後には護衛としてだろう、近衛騎士がそれぞれ2人づつ背後に待機しており、王子の方は誰か知らないが、王女の方にはアッシュのお姉さんのエリスさんとエレインが居た。


定型文の簡単な挨拶を済ませ、ローテーブルを挟んだ対面のソファーに腰を落とすと、早速といった様子で王子が口を開いた。


「早速だが、あまり時間も無いので本題に入らせてもらおう。君を呼んだのは他でもない、我が国が宣戦布告を受けたことについてだ」


半ば予想していた話に、僕は固唾を飲んで耳を傾けた。


「先程グルドリア王国の使者からもたらされた宣戦布告状には、我が国が【救済の光】と共同して”害悪の欠片”を研究し、悪用していると指摘されていた。当然ながらそのような事実などないが、王国は確証に足る物証と証言を得ているとのことだ」


「我が国としては、外交ルートで王国の指摘に異議を唱え、可能であれば戦争を回避する道を模索するという方向性を考えています」


王子の説明に付け加えるように、王女が共和国が取ろうとする動きについて教えてくれた。


「共和国は戦争回避に動くのですね?それは・・・実現しそうなのですか?」


2人の説明に頷いた僕は、戦争を回避できそうなのかの実現性を問いかけた。


「・・・正直言って厳しいだろうな。王国はかなり確信を持ったような書き方をしていた事もあって、私としては開戦は避けられないだろうと考えている」


王子としては戦争は不可避だろうと考えているようで、難しい顔をしながら僕の質問に答えた。


わたくしとしては最後まで諦めず、話し合いで誤解を解きたいところなのですが・・・実は妹からの情報によると、オーラリアル公国も我が国に対する同じような考えを持っているようで、そちらの方も対処しなければなりません」


「っ!?それじゃあ、王国と公国の両方から宣戦布告されるかも知れないんですか!?」


王女の言葉に驚くあまり、王族に対する言葉遣いを忘れて聞き返してしまったが、2人とも特に気にした様子はなく、王女は僕の質問に深刻な表情で返答してくれた。


「今までの国内の襲撃場所を精査すると、どれも国境付近の村々で発生しておりました。おそらく組織がこうなることを狙っていたのでしょうが、戦線を二つも抱えることだけは避けねばなりません。その為、戦争を回避するための最低限の条件としては、我が国は【救済の光】との関係が無いことを証明する必要があります」


「証明ですか?いったいどうやって?」


王女の言葉に、僕は疑問を呈した。


「まずは宣戦布告状の返答の書面にて関係性を否定しますが、より信憑性を高めるためには・・・」


「【救済の光】という組織そのものの壊滅が必要だ。最低でも何処かにある拠点を潰すか、幹部を捕縛、あるいは殺すかだな」


王女の言葉の続きを引き継ぐように、王子が組織そのものの壊滅か打撃を与える事を、僕を見つめながら提案してきた。


その理由は・・・


「つまり、共和国が外交努力をして時間を稼いでいる間に、僕に組織をどうこうして欲しいと?」


「そうだ。基本的に王女であるクリスティナが外交努力のため、大使として王国と公国へ赴くことになる。そして私は、開戦に備えて国内の騎士団を動員し、戦力を集結させて陣頭指揮を執る」


わたくしとしても最善の努力は致しますが、それでも何も進展がなければ、開戦まで2ヶ月の時間を稼ぐのが精一杯でしょう。その時間の中で公国とも交渉しなければなりませんし、かなり余裕がありません」


王女の言葉に、宣戦布告されたからといってもすぐに戦いが始まるのではないということを初めて知った。おそらくは、国同士の外交的なやり取りの後に戦争が始まるという外交儀礼でもあるのだろう。


「つまり、2ヶ月以内に僕が【救済の光】を何とかしないと、戦争が始まってしまうと言うことですね・・・」


そんな国の命運を、僕に任せられても困ってしまう。先程の、謁見の間でなされたような組織からの被害を食い止めるような事とは話の規模が違う。そんな僕の心情が表情にも出てしまっていたのだろう、王女が気遣わしげな声をかけてきた。


「もちろん、開戦の責任をエイダ様に押し付けるわけではありません。しかし、戦争を回避するための手段として、エイダ様の協力が必要不可欠なこともご理解して頂きたく・・・」


おそらくは、国としても今回の【救済の光】による騒動については、僕に頼らざるを得ないという結論に至っているのだろう。なにせ、”害悪の欠片”を使用した魔獣や人間に対抗し得る力を持つ者は限られているのだ。


「理由は理解しています。そうなると、僕と両親の3人が組織を壊滅に追い込むために動くということですね?」


「はい、仰る通りです。エイダ様のご両親には、連絡が取れ次第ご協力を仰ぐつもりです。世界の害悪絡みであればお二人に動いてもらっても、協定違反にはなりませんから」


僕の確認の言葉に、王女は大きく頷きながら両親に助力を乞う根拠も併せて話してくれた。


「それにしても、何故王国は【救済の光】と共和国が協力関係にあるなんて糾弾してきたんですかね?現実には、共和国はその組織のせいで被害を受けている立場なのに・・・」


僕は、そもそも今回の宣戦布告の王国側の大義名分の部分について疑問を持っていた。現実問題として、組織のせいで共和国内の住民に犠牲者が出ているのに、その国が手を貸しているというのはおかしいと考えないのだろうか。被害が出ているのだから、他国が協力して共和国で騒動を起こしている、という考え方の方がしっくり来るのではないかと思っている。その事について王女達はどう考えているのか聞いてみたかった。


「王国の主張は、我が国が実験の為に組織に村を提供しているような事を書いていた。当然そのような事実など無いが、問題は我が国が主体となっていない時だな・・・」


僕の質問に、王子が眉間に皺を寄せながら答えた。ただ、その内容に僕は首を傾げた。


「それはどういう事ですか?」


「つまり、どこぞの有力貴族、あるいは資金力のある商会が関わっていた場合だ。そうなってくると身内への身辺調査にも時間を取られ、とても人手が足りない。最悪、開戦までの2ヶ月を掛けても調査が終わらない可能性もあるな」


王子が言っているのは、王族は関わっていなくとも他は分からないということだろう。最悪の場合、本当にこの国の誰かが組織に協力しているとなると、話は変わってくる。


わたくしとしても信じたいところですが、もし我が国の有力者の誰かが関わっていた場合、公国だけでなくエイダ様のご両親も他国側につくでしょう・・・」


「っ!!そんなっ!そんな事ありえるんですか!?」


王女の話しに、僕は驚きの声を上げずにはいられなかった。2つの国だけでなく、僕の両親も敵に回れば、この国に未来はない。


「えぇ、それほどまでに”害悪の欠片”に手を出すということは、国際的に忌避される所業なのです。今までも他国とは繰り返し戦争をしてきた歴史がありますが、この理由での開戦だけは避けねばなりません!」


王女の話を聞き、僕は今まで以上の事態の深刻さに愕然とした。”害悪の欠片”が絡むということは、他二か国を否応なく戦争に駆り立てるだけでなく、どんな内容か詳細は分からないが、各国と協定を結んで戦争等には不干渉のはずなのに、それを覆すだけの重みがあるのだろう。


そして、そうなってしまえば共和国が滅びてしまってもおかしくない。それは同時に、僕が今まで過ごしてきた場所が無くなってしまうということだ。それだけでなく、エレインも大変な事になるだろう。


(色々な事があったけど、別に今の生活を失っていいと思えるほど不満がある訳じゃない。何より、そんなことになってはきっとエレインが・・・)


そう考え、僕は真剣な眼差しで口を開いた。


「分かりました。私としても、この国が無くなっても良いとは考えていません。全力で協力致します!」


「ありがとうございます。つきましては、エイダ様に1つご了承を頂きたいことございます」


「了承・・・ですか?」


僕の言葉を聞いた王女は、深刻そうな表情で僕にお願いをしてきた。


「はい。我が国に宣戦布告がなされた事については、国民に対し公表せねばなりません。そして、国内の村々が襲撃されたという話も段々と民衆の間に広まっており、民の不安が更に高まってしまうでしょう」


「・・・・・・」


王女は勿体ぶった物言いで、共和国の国民の心情を語りだした。


「そこで、エイダ様を正式に国の英雄として公表したいと考えているのです」


「えっ!?ど、どうして?」


その話については、以前僕が一度断っていたものだ。


「戦争が回避できず、最悪2つの国から同時に攻めてこられる可能性が否定できない中、民の不安を払拭する旗印が必要なのです」


「そこで、剣神と謳われた父親と、魔神と謳われた母親を持つエイダ殿の身の上と実力を国民に周知することで、安心感を与えたいという考えだ」


王女と王子からなされた説明は、理解できないでもない。2カ国から挟まれるように戦争が始まるかもしれないとあっては、国民に対して国は強大な力を持つ者の庇護にあると伝えられれば安心するだろう。だが・・・


「・・・両殿下、思惑はそれだけでは無いのでは?」


そう思ったのは勘に近いものだったが、何となくまだ裏がありそうだったので聞いてみた。


「ふふふ、さすがエイダ様ですね。確かに共和国として、エイダ様を国の英雄とする背景には別の理由もあります。それは、対外的にエイダ様が我が国に仕えていると見せる為です」


「・・・つまり、他国に対して私を戦争を思い留まらせる抑止力にしようと?」


王女の言葉から推測した考えを口にすると、王女は微笑みを浮かべ、王子は苦笑いを浮かべていた。


「勘違いして欲しくないのだが、あくまでもそう発表するだけで、実際にエイダ殿に何か強制するようなことはない。協力要請はあってもあくまで要請で、強制ではないということだ」


王子はなるべく僕に好印象を抱かせようと必死なのか、僕の動きを制限するものではないことを強調してきた。ただ、国をあげて大々的に宣伝するということになると、もう後には引けないだろう。静かで平穏とは無縁の生活が待っている事になりそうだ。


僕は少し考える素振りを見せ、チラリと王女の背後に居るエレインへと視線を向けた。すると彼女は、僕の返答を心配した眼差しで見つめているようだった。


(平穏な暮らしもなにも、そもそも暮らす国が無いと成り立たない。それに、今まで色んなことを体験してきて分かったけど、僕が考えていた平穏な生活は、自分で手に入れる目標というか環境だ。真に心から願う事とはまた違う気がする)


実家を出て、学院で生活しながら色々な事を経験し、世間を知り、常識を知り、ずっと探してきた僕なりの人生はきっと・・・


(ずっと考えていた平穏な生活って、きっと両親と過ごしていたあの時間が根底にあるんだろうな・・・)


思い返せば村外れの森の中、両親からの厳しい鍛練がありながらも、笑顔で過ごしていた。環境も大事かもしれないが、そこに誰が一緒にいるのかということの方が大切なんだと思う。


辿り着いた自分の考えに、決意を固めた。


「分かりました。両殿下からのその申し出・・・受けようと思います」

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