第165話 動乱 12
襲撃者達を取り逃がしたものの、僕は村の人達から驚くほど多くの感謝の言葉を貰った。
それは、訓練を積んだ騎士でさえ手も足も出なかった襲撃者達を逃走に至らしめたという事と、重傷を負い、ポーションでも完治していなかった人を、聖魔術であっという間に治してしまった事もあるだろう。
おかげでこの村の住人達にとって僕の存在は、元々のミレアの影響もあってか、英雄を飛び越えて、神のように崇め奉られてしまうほどになってしまった。そのこと事態に悪い気はしないのだが、どうにもみんな大袈裟で困ってしまう。
また、前回の反省を活かして、何か別の事に集中していても常に周囲の気配を感知し続けられるように鍛練も欠かさない。今はまだ1つの事に集中すると、気配の感知を疎かになってしまう時があるので、何とかこの弱点を早急に改善していきたい。
それから、既に襲撃があってから10日経っていたが、彼らが再度襲ってくるようなことはなく、村は徐々に平穏を取り戻していた。
元々この村に派遣されていた騎士の2人は、セグリットさんが製作した報告書を王都に届けるためにリンクレットへ出発して村を離れており、今は交代の人員が派遣されている。
大きな都市まで辿り着けば、最近導入されたという通信魔道具もあるらしいので、早ければもう数日ほどで追加の指示があるだろうとの事だった。それまでは今まで以上に警戒しつつも、たまに作物の収穫などの手伝いもしており、比較的穏やかな生活を送っている。
これはそんなある日の出来事で、農作業によって汚れた身体を綺麗にするため、いつもより早くお風呂に入った。少し
◆
side ミレア・キャンベル
私はこの村に来てから、いつも同じ時間に湯船に浸かることが日課になっていました。この日もいつものように夕方になると、一日の疲れを洗い流すべく、鼻唄を歌いながら脱衣所に入って上半身の服を脱いでいると、姿見に映る自分の体型が目に入ってきました。
「はぁ・・・おかしいですわね。どうして全く成長が見られないのでしょうか・・・」
私は自分の寂しい胸を見つめながら、ため息と共に成長してくれない胸について嘆きを呟きました。
「フェリスちゃんから聞いた通りに、毎日ミルクを飲んで、欠かさずマッサージしておりますのに、1mmも育っていない感じです・・・」
エイダ様の女性に対する趣味趣向のなかで、胸は大きい方が良いとの情報を入手していたために、ここ数ヵ月頑張っていたのですが、一向に成長の余地が見られません。お母様の話では、女性の二次成長期は10歳前後からという事でしたのに、このままではこの慎ましやかな胸でエイダ様を篭絡する他なくなってしまいます。
(先日、エイダ様からの呼び出しを受けた際の勘違いについては、私とした事が少しばかり成果を焦って先走ってしまいましたね・・・今後は、慎重にじっくりいかなくては・・・)
先日の一件は、エイダ様も私の失態を気にしておらず、無かったことにしている様子でした。挽回する意味でも、私の胸の成長は急務だと思っているのですが・・・
「やはり現実は、そう思い通りになってはくれませんね・・・」
私のお母様も、どちらかというと胸が慎ましいですし、お姉さまも私と良い勝負の大きさです。2人を見ていると、私の胸が大きく成長することは無いだろうという諦めの思いも抱いてしまうのですが、諦めきれないのも現状です。
「そういえば・・・この村の奥様達からは、男性にしてもらうとより効果的だと言っていましたね。とはいっても、さすがにエイダ様にそんなことを頼むのは、はしたなさ過ぎますし・・・かといって、エイダ様以外の男性には肌に触れて欲しくありませんし・・・」
どうしたものかと悩んでいると、誰も居ないと思っていた浴室から、聞こえてはならない方の声がしたのです。
『あ、あの、ミレア!?お風呂・・・入ってるんだけど?』
「っ!!!!!!そ、その声は、エイダ様!?」
その声に、私は心臓が止まってしまうのではないかと思うくらい驚き、はしたなくも飛び上がってしまいました。脱衣所をよく確認すると、確かに別の篭の上にタオルが置いてあり、中を見るとエイダ様の服が折り畳んでありました。
私としたことが、いつもこの時間は自分が使っていたからという先入観で、全く確認していませんでした。
(・・・しかし、エイダ様の脱いだ服ですか・・・凄いそそられてしまいます!!)
私は手にとって匂いを嗅ぎたいという欲求を必死に抑え、先ずは今の状況に対処することを考えます。大きな問題は、ずっと浴室にいたというエイダ様が、私の独り言を聞いていたのかということです。さすがに、胸の大きさを気にしてマッサージをしているなんて知られては、恥ずかし過ぎて死んでしまいます。
『あ、うん。湯船に浸かりながらウトウトしちゃって・・・脱衣所に入った時点で注意出来ればよかったんだけど、気づかなくてゴメンね』
「い、いえ、私の方こそきちんと確認すべきでした・・・あの、寝ていたということは、私の独り言・・・聞いていませんよね?」
寝ていて聞いてないという一縷の望みをかけて確認したのですが、その返答はどちらか判断つけがたいものでした。
『そうだね。ぼんやりしていて、ミレアが何を喋っているのかは分からなかったよ?まぁ、何かを大きくしたいって聞こえたくらいかな・・・』
「っ!!」
(これはどっちですの?どこから聞いていていたのでしょう!?でも、直接胸の話題を出すことも出来ません!仮にその部分を聞いていなかったとしたら、自分で胸の大きさに悩んでいることを暴露することになってしまいますわ!)
恥ずかしさで熱くなる顔を両手で覆いながら、どうしたらいいか悩んだ結果、私はある事を思い付きました。
(そうだ!この際エイダ様に聞いてみましょう!人伝の情報ではなく、本人から直接胸の大きさの好みを聞くのです!もしかしたら情報が間違っている可能性もありますし、裏取りは重要ですわ)
この瞬間の私は混乱していた為か、現実逃避気味な思考で正常な判断能力が無かったのでしょう、何故か以前お姉様から聞いた事があった、男性がどのくらいの大きさの胸を好みとしているのかの心理テストをすることにしてしまったのです。
「・・・そうですか。ちなみに、エイダ様?桃はお好きですか?」
『は?え?も、桃?』
エイダ様は、急な私の質問に面を食らって驚いているようです。
「はい。果物の桃です」
『えっと、それはまぁ好きだよ?』
「では、エイダ様?あるかないかは別として、同じ美味しさの桃であれば、食べるのにはどのくらいの大きさが良いですか?」
『え?そうだな・・・まぁ、片手で掴める位の大きさかな?そんなに大き過ぎても食べきれないし、小さ過ぎても物足りないし、適度な大きさかな?』
その答えを聞いた私は、自分の胸を掴んで確認しました。
(やっぱりエイダ様が理想とされる胸の大きさには足りていないわ!!)
私は残酷な現実に打ちのめられながらも、決意を固くして口を開きました。
「・・・分かりましたわ!私、頑張ります!!」
『え?あの?いったい何を頑張るの?』
エイダ様は私の決意表明に困惑した声をしていましたが、私は素早く服を着込みながら一言だけ返事をしました。
「ナイショです!」
そんな私の返答に、浴室からは呆気にとられたような声が聞こえてきました。そんなエイダ様を残し、私はそそくさと脱衣所をあとにしました。
◇
翌日ーーー
リンクレットから早馬を飛ばしてきたのか、2人の騎士が焦りの表情を浮かべながら村に駆け込んできた。
「エ、エイダ殿!エイダ殿はおられますか~!!」
駆け込んできた騎士の一人が、大声をあげながら僕の名前を連呼してきた。緊急の要件なのだろうと考え、急いで騎士の方まで移動した。
「エイダは私ですが、どうかされましたか?」
「おぉ、あなたがエイダ殿ですか!私はリンクレット駐在の騎士、ゴルドと申します!陛下からのご伝言をお預かりしておりますので、至急目を通していただきたい!」
馬から降りた騎士は頭を下げながら簡単に自己紹介すると、懐から蝋封のされた手紙を僕に差し出してきた。騒ぎを聞き付けたエレインやミレア、村人達も集まってきて、みんなの注目が集まるなか手紙を確認した。
「・・・・・・これって!」
国王からの手紙の内容を読み進めていくにつれて、僕は眉間にシワを寄せながら驚きのあまり声を漏らした。その様子に、エレインが声を掛けてきた。
「エイダ?陛下からは何と?」
「その、どうやら今回の襲撃騒動が他の場所でも起きているようで、かなり騒ぎが大きくなっているようです」
「何だと!?ここだけでなく、他の場所まで・・・別の襲撃場所の被害については何か書かれているか?」
僕の言葉に目を見開いて驚いたエレインは、被害状況を聞いてきた。
「陛下からの手紙にはそこまで書かれていませんでしたが、どうやら僕の両親が事態の終息に手を貸したようで、そこから得られた情報と、僕らから報告した内容を加味して、今回の事件は【救済の光】の大規模な国家侵害行為であると認定し、緊急掃討命令を出したらしいです」
「緊急掃討命令ですか!?では叔父様、いえ、国王陛下はどのような指示を?」
緊急掃討命令がどういう事かわからないが、ミレアはその言葉に敏感に反応していた。僕は手紙の続きを読んで、それがどのような指示なのかを確認した。
「えっと、全騎士に対して【救済の光】の構成員の処刑命令を出したようです。また、構成員を匿った一般人も同罪として処罰すると・・・」
かなりの過激な内容に驚きを隠せないが、ここまでしてこの組織を潰しにかかっているということは、かなりの被害が出たのかもしれない。
「エイダ、我々についての追加の指示はあるか?」
「えぇと・・・」
エレインの指摘になるべく早く手紙を読み進めていくと、今回の依頼内容について変更する文言があった。
「僕達には王都への帰還命令が出ています。詳細な情報を共有した後、必要な装備を与えるので、僕が単独で動いて欲しいと書いてあります」
「・・・そうか。おそらく我々が同伴しているよりも、エイダが単身で行動した方が早く動けると考えたのだろうな」
「そうですわね。それに、必要な装備というのは、おそらく通信魔道具でしょう。エイダ様に逐一情報を伝え、襲撃の場所に急行して欲しいのでしょうね・・・」
エレインとミレアは、手紙の内容から国の思惑を推察していた。
「とにかく、陛下からの命令が届いた以上、一刻も早く王都へ帰還しないといけないんですけど!みんな、早く準備して欲しいんですけど!」
一部始終を見守っていたエイミーさんが、語気を強めながらみんなを急かしていた。そこにセグリットさんが待ったを掛けた。
「待ってください!この村はどうするんですか?既に2回襲われ、今も厳重に警戒している状況ですよ?しかも、もし再度襲撃を受けたとしても、エイダ殿が居なければ撃退も出来ません!」
セグリットさんの指摘にみんな押し黙ってしまうが、その沈黙を破ったのは他ならぬこの村の村長だった。
「私達なら大丈夫ですよ。前回の襲撃から日は経ちましたが、また襲ってくる様子も今のところありません。それに、エイダ殿はこの国の英雄です!他の場所でも我々と同じような目に合っている者が居るというのなら、是非お救いに向かって下さい!」
「そ、村長さん?」
深々と頭を下げながら自分達の安全を省みない言葉に、僕は少し驚いた。
「そうですぜ、エイダ様!俺達はもう大丈夫だ!」
「はい!困っている方達の元へ向かってください!」
「エイダ様はこの国を救うお方だ!こんな辺鄙な村に縛り付けるなんて出来ねえよ!」
周りに集まっていた村の人達も、村長の言葉に呼応するかのように次々と声を上げてきた。
「この村の警備は我らにお任せください!襲撃時には足止めに専念し、住民の避難を優先するようにします!エイダ殿から見れば実力不足かもしれませんが、必ずこの村の人達を守って見せます!」
更に、僕の背中を押すように駐在している騎士の一人が、胸を叩きながら笑顔でそう告げてきた。この村に駐在している騎士とは、時間があるときに一緒に鍛練を行っていたので、子供である僕でも尊敬の眼差しで見てくれている。ミレアの影響もあるだろうが、彼らの真っ直ぐな視線が眩しかった。
(あれ?いつの間にか僕は、この国の英雄みたいな立場が定着しつつあるぞ?別に協力するのは良いんだけど、貴族の変な権力争いに巻き込まれないよな・・・?)
少しだけ自分の将来が不安になるも、この熱のこもった雰囲気に浮かされてしまったのか、普段は言わないような言葉を口にしていた。
「分かりました!この村の事はお願いします!今回の事件は必ず僕が解決します!」
何となく雰囲気に流された感じはあるが、僕の言葉を聞いたみんなの表情から、間違っていないのはわかった。
「おぉ~!!さすがエイダ様だ!!」
「この国の英雄!いや、救世主だ!!」
「エイダ様、万歳!!」
僕の言葉に次々と歓喜の声が上がる中、エレインとミレアは誇らしげな表情で僕の事を見つめていた。
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