第166話 動乱 13

 急いで王都へと戻る準備をした僕達は、村の特産品や道中の食料などを大量に渡され、熱烈な見送りを受けながら村をあとにした。


王命という事もあって、かなりの強行軍で王都へと移動し続け、村を出発してから5日目の夕刻には到着することができた。約一ヶ月ぶりに訪れた王都だったが、前回とは雰囲気が異なり、街中を完全武装した騎士達が巡回して物々しい様子が伺えた。


「王都でもこれだけ警戒しているってことは、今回の騒動は国中に波及しているってことなのかな?」


王城に向かう馬車の中、窓から街を眺めていた僕は、王都の現状の様子について感想を口にした。


「それだけが理由ではないだろうな。もしかしたら今回の騒動は陽動で、戦力を分散した隙をついて、直接王城に攻め込んでくる可能性を危惧しているのかもしれない」


僕の言葉に、エレインが別の可能性を口にした。その指摘に、例の組織がこの国の転覆を図るなら、確かにあり得そうな話だと頷いた。


「それと、住民を安心させる目的もあると思いますわ」


「安心?」


続くミレアの指摘に、僕は首をかしげた。どこを向いても騎士の姿が目に入るこの様子は、安心どころか危機感を抱かせるのではないかと思っていたからだ。そんな僕の疑問に、ミレアは理由を説明した。


「王都の住民には貴族も多いですわ。そんな方達にとって、武装した騎士達が巡回している様子は、自分達は国から守られているという印象を強く抱かせます。その事実が人々の心を落ち着かせるのでしょう」


「・・・なるほど。そういう思惑もあるのか」


彼女の説明に納得すると、僕はもう一度窓から街の様子を眺めた。確かに彼女の言う通り、王都の住民達からはそれほど焦りや不安などの様子が見られない。どちらかというと、いつもの日常を過ごしているような感じだった。


そんな様子を眺めながら、僕達の馬車は王城へと到着した。事前に先触れを出しておいたこともあってか、エイミーさんが門番との短いやり取りを終えると、今日は王城にて泊まり、明日の朝一番に国王との謁見がなされる予定との事だった。


馬車を降りると王城のメイドさん達が足早に現れ、それぞれの部屋に案内してくれるということで、エレイン達とは別々になった。近衛騎士である彼女は、どうやらこれからまだ仕事があるらしく、明日の謁見の為に簡単な報告書を製作するのだという。


ミレアには特にそういったことは無いようで、2人のメイドさんに連れられて、にこやかな表情を残しながらこの場を去っていった。


対して僕には3人のメイドさんが宛がわれた。公爵令嬢であるミレアよりも多いのはどうかと思うのだが、それを誰も気にする人はこの場にはいない。メイドさん達は僕の荷物や装備、外套などを全て持ちながら先導してくれて、僕一人が使うには広すぎる部屋へと案内された。



「・・・凄いなぁ」


 案内された部屋は、見るからに高そうな家具で統一されており、とてもじゃないが気軽に使う気にはなれなかった。何かの拍子で壊してしまったら、とても弁償が出来ないのではないかと思わせるほどの美術品まであり、僕を歓待してくれているのはわかるのだが、これでは逆に落ち着かない。


「では、ご用がありましたらベルを鳴らしてお呼び下さい。それでは失礼いたします」


案内してくれたメイドさん達が僕の荷物等を整理した後、一礼して部屋を退出すると、隣の部屋へ入っていくのが気配でわかった。どうやらいつ呼ばれても良いように、隣室で待機しているようだ。メイドさんの仕事は大変だなと感心しながら、3人で寝てもまだ余裕がありそうな巨大なベッドに腰掛けた。


「明日はまた王様との謁見か・・・例の組織の起こしている騒動も気がかりだし、どうなるんだろうな・・・」


僕は明日の謁見を心配しながらも、手紙に記されていたこれからのことについて考える。


「確かに単独で動いた方が早く到着出来るけど、そんなに各地で”害悪の欠片”を取り込んだ人達が蔓延っているのか?父さんと母さんも動いているようだし、早く落ち着いて欲しいものだな」


最近は色々な騒動が起こり過ぎて、自分の将来について考える時間があまり持てないでいた。エレインとのこともあったので、なるべく早めに結論を出したいところだったが、なかなかどうして上手くいかないものだ。


ミレアが僕の事を持ち上げ、その影響もあって出会っていく人達が僕の事を英雄視してくるのは悪い気がするわけではないのだが、どこに行ってもそういう視線で見られるのはプレッシャーを感じてしまう。


「やっぱり静かに暮らしたいかなぁ・・・」


人を助けて感謝されるのも、充実感を得られて良いのだが、その後に英雄視されたり崇められるよりかは、出来ればアッシュ達みたく友人のように気軽に接してくれた方が僕にとっても気が休まる。そういう意味で言えば、どこか片田舎でのんびり暮らしたいという欲求も確かにある。


「でも、それだとエレインは・・・」


彼女の夢を考えれば、片田舎でのんびりとはいかないだろう。僕の勝手な考えでその夢を諦めさせる事はしたくない。


「平和な世の中を実現したいか・・・どうやったらこの世界の争いは無くなるんだろうな・・・」


今まさに争いが起きている現状で、答えの見えないその問いを真剣に考えてみるのだった。



 翌日、朝食を食べ終えてから着替えを済ますと、そのタイミングを見計らったかのように迎えの騎士が僕の滞在している部屋を訪れた。


そして、前回同様に2人の騎士に先導されながら謁見の間へと向かった。


「エイダ・ファンネル様をお連れしました!!」


先導した騎士の一人が扉の前で声を大にして伝えると、内側から扉が開かれ中に入った。


(・・・今日は少ないんだな)


予め気配を感知して分かってはいたが、謁見の間には国王とその専属近衛騎士、王女と王子、宰相と軍務大臣、近衛騎士団長のエリスさん、エイミーさん、セグリットさん、エレイン、ミレアの11人がいるだけで、前回のような30人を超える騎士達はいなかった。


(まぁ、今の国内の情勢を考えれば、こんなところで騎士を遊ばせておく余裕も無いんだろうな)


謁見の間の様子からそんなことを考えながら王族達が座る壇上の近くまで歩み寄り、指示された場所で臣下の礼をとった。


「国王陛下、エイダ・ファンネル殿が参りました」


宰相が僕の事を紹介すると、国王が頷くのが雰囲気で分かった。


「面を上げよ」


国王の言葉と共に顔を上げるが、視線は合わせないように注意しながら襟元の辺りに目を向けた。


「国王陛下のご尊顔を拝謁する栄誉を再び賜り、心より感謝申し上げます。本日は陛下のご命令により馳せ参じましたが、如何様なご用向きでありましょうか?」


僕は予めメイドさんから渡されて練習しておいた前口上を口にすると、国王が重々しく口を開いた。


「うむ。既に聞き及んでいるだろうが、この国で暗躍している【救済の光】なる組織の者達が仕掛けている騒動の解決についてだ。現在貴殿に動いて貰っている依頼内容の、一部変更ということだな」


「はっ!事前に受け取りました手紙で確認しております。この国の各地で同じような騒動が起きていると・・・」


「そうだ。貴殿の報告書にもあったが、”害悪の欠片”を悪用した事件が起きておる。別の場所の騒動は、貴殿の両親が事の沈静化に尽力して貰ったが、主犯の者達の行方は未だ不明だ。よって、今後はより機動性を重視する為に、貴殿に単独で動いて貰いたい」


国王は手紙に書かれていた内容について、再度確認するような話しぶりだった。


「承りました。しかし、さすがにこの共和国全土をとなりますと、中々に厳しいものになるのですが・・・」


エレインのためにも、この国の平和のために尽力するのに否はないが、それでも広大な国の全土を僕一人の責任において守りきるのは無謀な話なので、あらかじめ被害が出てしまった場合の責任の所在を確認しておきたかった。


「それは余としても重々承知しておる。貴殿一人に責任を負わすような事はない。貴殿も王都の変化に気づいているだろうが、今回の騒動に対処すべく、既にこの国の保有戦力の大半のリソースを費やしておる。この状態でも国民に被害が出るとは考えたくないが、基本的にその責任を負うのは国の役目だ」


とりあえず万が一のことがあっても僕に責任は無いという言葉を、国王から直接聞けた事で胸を撫で下ろした。


「私としましても、可能な限り被害は出したくないと考えておりますので、今回の騒動を収めるため、最善を尽くします」


「うむ、頼んだぞ。事は”害悪の欠片”が絡むことから、貴殿の両親にも応援の要請を出しておる。貴殿らの家族に頼る形になってしまうが、この国を導く者としてよろしくお願いしたい」


そう言うと国王は、僕に向かって軽く頭を下げてきた。その姿に、この謁見の間に居た全員にどよめきが走り、その動揺が手に取るように感じられた。


本来、一国の王である存在が軽々けいけいに頭を下げることなどあってはならないはずだ。その相手が平民であれば尚更だろう。


それほど今回の騒動を重く見ている現れだと感じたが、その様子を見ていた周囲の人の中には、そう捉えなかった者もいる。その筆頭は宰相だった。


「っ!!へ、陛下!!このような平民の子供に頭を下げるなどあってはなりませんぞ!!そもそも、この国に住まうものが国の為に尽力するのは当然の責務ですぞ!」


「陛下、恐れながらそのような態度をとるのは如何なものかと。我が国の力が弱まっていると侮られかねません!」


宰相の指摘に同調するように、アッシュのお父さんである軍務大臣も苦言を呈していた。そんな2人からの指摘も、国王はどこ吹く風といった様子で受け流していた。


「そなた達、余が見据えておるのは現実だ。今回の件を解決できるだけの力を持っておるのは、そこにいるエイダ・ファンネルとその両親だ。しかも両親に至っては、各国との約定もあるゆえ、【世界の害悪】絡みでなければ協力も頼めぬような存在だ。我が国に住んでいるとは言っても、国民の一人として扱うことは出来ない約定なのだ。そのような人物に、国として誠意を示すのは当然だろう?」


「し、しかし、陛下には立場というものがあります!剣神や魔神と謳われた2人は、各国との約定が有りますのでともかく、この少年については立場的に一般の平民です!」


「そうですぞ陛下!我らには我らの立場、彼には彼の立場があります!それを無視しては、秩序が乱れるというものです!」


国王の返答に、宰相と軍務大臣は折れることなく反論していた。軍務大臣に至っては秩序が乱れるとまで言い出しており、飛躍しすぎなのではないかと思えた。国王がした事なので、それほど反発しなくてもいいと思うのだが、この状況で僕が口を挟むと、余計面倒な事になりそうな状況になるのが予想できるし、事の成り行きを見守ることしかできなかった。


それは壇上に座っている王女や王子も同様のようで、2人は真面目な表情を崩すことなく、宰相達のやり取りを見つめていた。


(それにしても、国王は柔軟な思考の持ち主なんだな。協力を得るためなら、平民で子供な僕に頭を下げることも平気でやってるし、結構良い王様なのかもしれないな)


言葉を交わしたのは今日で2回目ではあるが、ノアである僕を見下すような言動もとらないので、特段嫌な感情は抱かなかった。もっともそれが僕を取り込むための策であるかもしれないが、だとしたら宰相と軍務大臣のこの態度も、事前になんとかしておいて欲しいものだ。



 そんな、僕をそっちのけで議論している状況がいつまで続くんだと思い始めた時、謁見の間に一人の騎士が駆け込んできたことで、事態は急変した。


「で、伝令に、ございます!!」


駆け込んできた騎士は、汗をびっしょりかきながら、息も絶え絶えといった様子で声を荒げていた。その様子から、余程の緊急事態なのだろうと伺えた。


「騒々しい!陛下の御前であるぞ!」


その騎士に、宰相が真っ先に苦言を呈していた。


「いったい何事だ?共和国の騎士あろう者が、それ程までに慌ておって」


軍務大臣は彼の様子に眉を潜めながらも、何があったのか報告を促していた。


「さ、先ほど、グルドリア王国の大使より、我が国に対して宣戦布告が伝えられました!!」


「っ!何だとっ!!!」


騎士の言葉に、この部屋の誰もが驚きの声を上げていた。それは国王も同様で、もたらされた報告に目を見開きながら厳しい表情を浮かべていた。

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