第164話 動乱 11

 村を襲撃してきた者達が撤退した後、手早く周辺の状況をエレインと共に確認して、エイミーさん達の元へと戻った僕らは、情報を共有するために現状を確認し合った。


「村の被害状況は?」


村の中央広場にて、村人の避難誘導や怪我をした人の治療に当たっていたエイミーさん達に確認すると、セグリットさんが代表して答えてくれた。


「村人の中には重傷者もおりましたが、既にポーションを使用して応急処置は終わっていますので、命に別状はありません。また、軽傷を負っていた人達も治療済みです。たまたま近くを騎士団員が巡回していて、発見が早かったことが功を奏したのでしょう。村に大きな被害はありませんでした」


「良かった。重症だった人については、後で僕が聖魔術で治療します。ところで、襲撃者3名の素性が誰だか分かりますか?」


今回の襲撃者は3名で、前回よりも2人増えていた。その事から、増えた2人が何者だったのかを確認した。


「村の方達の話によれば、3人共この村の住人だったようです。ただ、一人は例の青年で、残りの2人については行方知れずだった訳でもなく、朝に畑の様子を見に行き、帰ってきたらあの様な状態になっていたらしいのです」


最初の青年は少なからず行方不明の期間があってあのような状態になったと考えると、変貌するにはある程度時間が掛かると思っていたのだが、これでは時間を要せずに変貌するということだ。分からないことは多々あるが、一先ずこの話は置いておく。


「・・・そうですか。こちらは襲撃してきた3名を無力化したのですが、その際、全く意志疎通が出来ないような状態でした。それに、途中で邪魔が入り、結果的には取り逃がしてしまいました・・・」


セグリットさんの報告に対して、僕は捕縛に失敗してしまったこともあって、申し訳なく思って状況を伝えたが、その言葉に騎士団の2人は目を丸くして驚いていた。


「わ、我々が手も足も出なかったあの襲撃者達をお一人で無力化ですか・・・」


「凄いですが、いったいどうやって?彼らには魔術も剣術もまるで通用しなかったのですが・・・」


騎士の2人は、自分達が通用しなかった相手をどうやって僕が無力化したかに興味があるようで、真剣な眼差しで疑問を口にしていた。


「皆さんの力が通用しなかったのは、おそらく”害悪の欠片”のせいでしょう。以前、僕はそれを取り込んだ魔獣を討伐したことがあるのですが、それを取り込んだ魔獣の表皮には、剣術や魔術を受け付けないオーラの様な膜で包まれていたんです。ただ、彼らが纏っていたのは不可視のオーラのようなものでしたから、皆さんが遅れをとったのはそれが原因でしょう」


「なんと、そのような理由が・・・」


「対処法は、如何様いかようにすればよろしいのですか?」


「・・・現状では”害悪の欠片”を取り込んだ存在に対処することができるのは、僕と僕の両親くらいでしょう。あれには闘氣と魔力を混ぜ合わせた力が有効ですが、それが出来る存在を僕は他に知りません」


「そうですか・・・」


僕の言葉に、騎士は落胆したように暗い表情をしてしまった。騎士団では対処不能と宣告しているようなものなので、何も出来ないことが歯痒いのかもしれない。


「それで、邪魔が入ったということですが、エイダ殿から逃げおおせるなど、いったいどれほどの手練れだったのですか?」


セグリットさんが僕の話した報告について疑問を感じていたようで、騎士との会話が終わったのを見計らって確認してきた。


「それが・・・介入してきたのはジョシュ・ロイド、ロイド侯爵家の長男だったんです」


「っ!?ジョジュ・ロイドが!?何故こんな所に?・・・いや、そもそも彼ではエイダ殿をどうこうする程の実力など無いのでは?」


ますます疑問に拍車が掛かったような表情をしながら、セグリットさんは僕の返答に質問を重ねてきた。


「・・・どうやら彼もーーー」


「待て、エイダ!!」


僕が彼と対峙した際に感じたことを伝えようとしたところで、エレインが割って入ってきた。


「エレイン?」


「ここでは多くの人の目と耳がある。その話については、場所を移して話をした方がいい」


彼女の指摘に周りを見渡すと、多くの村人達が僕らの話しに聞き耳を立てて、こちらの様子を伺っていることに気がついた。確かにあまり聞かせられる内容ではないだろうと考えて、彼女の言葉に頷くと、僕らは村長の屋敷にある会議室の方へと場所を変えた。



 場所を移した僕らは、会議室にて話の続きを行った。この場には騎士団員の2人と、僕、エレイン、ミレア、エイミーさん、セグリットさんの7人だけで、村の人は村長さえも遠慮してもらった。


「では話の続きですが、ジョシュ・ロイドはおそらく”害悪の欠片”を取り込み、人外じみた力を手に入れたのではないかと思います。外見はその副作用の為か著しく変貌しており、以前と比べると背丈は2、30㎝は大きくなっていました。髪も抜け落ち、肉体が不自然に膨張してもいました」


みんなが席について一息ついてから、僕は先程の話の続きを語って聞かせた。推測も混じってはいるが、彼と剣を交えた感覚から、おそらく間違いないような気がする。


「・・・それは本当にジョシュ・ロイドだったのですか?話を聞くに、そこまで変貌していては彼と断定するのは難しいとも感じますが・・・」


僕の言葉に騎士の一人が異論を挟んできたが、それをエレインが一蹴した。


「いや、彼は間違いなくジョシュ・ロイドだった。姿こそ変貌していたが、あの声は確かに彼のものだった。それに、かなり私に対する執着心を見せていたし、まず間違いないだろうな」


「執着心ですか・・・確か以前、ジョシュ・ロイドはエレイン様の婚約者だと周囲に吹聴していましたわね。実際は断られているにもかかわらず、という話は耳に入っていましたわ」


エレインの話に、ミレアが訳知り顔で割って入ってきた。さすが公爵家の情報収集能力なのか、貴族家の婚姻事情の裏話まで集めているとは恐れ入る。


「あぁ、自分で言うのもなんだが、未だ彼は私に強い執着を見せていたよ。正直、背筋が凍る思いだったがな・・・」


エレインが彼の異様な様子を思い出したのか、自分を抱き締めるように腕を抱え込み、小さく身体を震わせていた。その姿に、彼に対して余程の恐怖や嫌悪感を抱いていたのかもしれない。


「そういえば、彼が赤黒い液体を飲んで咆哮を上げたとき、エレインは動けなくなっていましたけど、それはやはり彼に恐怖を感じて、ですか?」


先の戦いの最中、エレインは身体が固まってしまったように全く動けなかったので、その事について聞いてみた。


「・・・いや、正直に言えば恐怖とは違う感じだった。何と言うかこう・・・金縛りにあったように身体が動かなかったのだ。あれは感情から感じるものではなく、もっと人間の本能に呼び掛けるような・・・この存在に敵対してはいけないという、本能からの警告だったのかもしれない」


「本能か・・・」


彼女の考えに少し考え込む。そういった身体の反応は、自分よりも圧倒的な強者に対峙したときに現れる現象だと母さんに聞いたことがあった。彼が学院から姿を消すまで、実力はエレインとそれほど変わらなかったはずだ。にもかかわらず、わずか数ヵ月でこれほどの実力を身に付けているということは、やはり・・・


「エイダ殿、今話にあった赤黒い液体とは何のことですか?」


僕が物思いに耽っていると、セグリットさんが先程の話にあった液体について聞いてきた。


「正直僕もあれが何なのか分かりませんが、彼を無力化しようと足を斬り飛ばした後、彼はその液体を飲むと、あっという間に欠損した足を再生させたんです。特級ポーションかとも思いましたが、それにしては色も違うので、もしかしたらあれが”害悪の欠片”を液状にしたものではないかと・・・」


「部位欠損を即座に再生、ですか・・・」


僕の推測にセグリットさんは驚きを露にすると、深く考え込む様子を見せてから、しばらくして口を開いた。


「エイダ殿の話を聞くと、今回の一連の騒動は、【救済の光】が絡んでいる可能性が非常に高くなりましたね」


「ええ、私も同意見ですわ。ジョシュ・ロイドは例の騒動のあと、【救済の光】に匿われているという事も掴んでおりますので、おそらく間違いないかと」


セグリットさんの言葉に、ミレアが公爵家として掴んでいる情報も鑑みて、確信した表情で断言した。そんな彼女の言葉に、対面に座っている騎士の2人は驚いていた。


「まさか、あのジョシュ様が【救済の光】に・・・」


「軍務大臣のご子息だろう?いくら問題を起こしてしまったと言えど、まさか国家に反する組織に身を置くなんて・・・」


小声でやり取りしている騎士達の言葉から、彼らにとっても意外なことだったのだろう。それはそれとして、襲撃してきた者達について情報共有しておくべきことが他にもある。


「それから、襲ってきた3人の者達についてなのですが、僕は彼らの両手足の関節を砕いたにもかかわらず、まるで痛みを感じていないようでした」


「痛みを、ですか?」


僕の話しに、信じられないといった表情でセグリットさんが言葉を漏らした。それはエイミーさん達も同様のようで、怪訝な表情で僕の方に視線を向けてきていた。


「確かに私が見てもそうだった。無力化された3人は、手足があらぬ方向に曲がっていたのに、それを気にせず動こうとしていた。呻き声一つ上げずにな。ジョシュに至っては手足を斬り飛ばされても平然としていたのだ。おそらく彼らにはもう痛覚というものが無いのだろう」


僕の話を補完するように、エレインが当時の彼らの様子を語ってくれた。彼女の言う通り、彼らには痛覚はなく、残っているのは原始的な本能だけなのだろう。


「しかし、痛みを感じないとは厄介ですね。彼らを止めるには物理的に行動不能にするしかない。しかし、それが出来るのは現状エイダ殿とそのご両親のみ・・・他に弱点などは考えられませんか?」


セグリットさんは頭を抱えるように悩みながら、何か打開策がないかと懇願してきた。


「・・・難しいですね。母さんの話では”害悪の欠片”を取り込んだ生物は、原始的な本能に支配されるようです。食欲とか性欲ですね。つまり彼らはその本能に従った動きをするだけなんです。食欲は対処できたとしても、性欲は・・・」


「確かにそちらの対処は難しそうですわね。しかも意思疏通が出来ない方達だとすれば、拘束できたとしても情報は聞き出せない・・・エイダ様?ジョシュ・ロイドはエレイン様に執着を見せていたと仰いましたが、意志疎通が出来たのですか?」


僕が難しい顔をしながら話すと、ミレアが納得した様子で頷いていた。更に彼女は先程の話にあったジョシュ・ロイドの様子について確認してきた。


「はい。それは問題なかったですね。・・・そういえば、彼は自分の事を成功体と言っていました」


「成功体・・・つまり、村人の方達は失敗だったと言うことでしょうか?でも、村人の方は外見的な変貌はほぼ無く、ジョシュ・ロイドはかなりの変貌を遂げていた・・・どういうことでしょうか?」


「そこまでは分かりませんが、例えば理性を残しつつ強大な力を得る事が出来れば成功だとすれば、彼は成功体と言えるでしょう。ただ、例の液体を2本飲んだところで身体が更に変貌し、呂律も怪しくなっていましたので、完全に成功体と言えるかどうかは・・・」


ミレアの疑問に、僕の憶測と実際に見た状況を交えて答えた。おそらく今後鍵となるのは、彼が持っていたあの赤黒い液体だろう。


そんな僕の言葉に、セグリットさんが口を開いた。


「なるほど・・・これまで以上に【救済の光】は危険な組織だということで、大規模な調査が必要ですね。それに、今まで全く正体を掴めなかった今回の事件の全容を考えれば、かなりの進展もありました。今後、彼らがどのような動きをしてくるか分かりませんが、一旦、ここまでに分かった事について、陛下へご報告しておきましょう」


そんなセグリットさんの言葉に、エイミーさんが意見を付け足す。


「そうね。今回判明したことに対して、また追加で指示があるかもしれないし、早急に報告を送りましょう。返答が来るまでは、再度の襲撃に備えて村の警備を強化する方針で。おそらく村の人達も、今は不安でしょうしね」


最後に今後の行動についての方針を打ち出した。みんな彼女の言葉に異論は無かったので、大きく頷いて情報共有を終えた。そんな僕達の方針に、2人の騎士も安堵した様子だった。

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