第125話 遺跡調査 20
剣を逆袈裟斬りに振り抜いた僕は、その姿勢のまま消滅するベヒモスの姿を見つめていた。そして、ベヒモスの巨体が消え去ったその先の空を見て、目を見開いた。
「えっ!?雲が!!」
空に掛かっていた雲が全て消え去っており、オレンジ色の夕焼け空が際立つように、綺麗な景色を見せていた。もし、今の僕と父さんの斬戟によって雲が掻き消されたとしたら、父さんがこの一撃を上空に向けて放った理由が理解できる。
(これは・・・下手すれば、斬戟線上に味方が居たら巻き添えにしちゃうな・・・)
この白銀のオーラを完璧に制御できるようになれば違うのだろうが、現状の僕の実力では、ほとんど全力でもって放つ事しか出来ないので、もしこの力を使って剣術や魔術を放つのなら、相当な注意が必要だ。
(そうだ!父さんは?)
先頭を走ってきたベヒモスを倒した父さんは、僕が戦いやすいようにその討伐後、距離を取ってくれていたので、避けていった方を見ると、そこには剣を地面に突き刺し、それに寄りかかるように片膝立ちになりながら肩で息をしている父さんの姿があった。
「なっ!?父さん!?」
すぐに駆け寄って声を掛けると、「大丈夫だ」と笑みを浮かべながら返答するのだが、その表情はまるで大怪我をしているのを歯を食いしばって我慢しているように見えた。
そんな、今まで見たこともない父さんの様子に僕は動揺してしまい、何をして良いか分からなくなってしまった。
「・・・やっぱり、あの技はかなり負担が掛かるわね」
父さんの様子に混乱していると、母さんがやって来た。
「そうだな。本来適正の無い魔力を無理矢理取り込むみたいなもんだからな。多少の支障はしょうがないだろう?」
「あまり心配させないでよ?」
母さんはやるせないといった表情をしながら、聖魔術を父さんに施していた。するとすぐに呼吸が整った父さんは、先程までの様子が嘘のように軽快に立ち上がった。
「大丈夫だ!俺達の息子は、俺達の期待以上に成長しているんだからな!」
そう言いながら父さんは、笑い声をあげて僕の頭にポンと手を乗せた。
「僕なんてまだまだ父さん母さんには及ばないよ・・・2人が来てくれなかったら守れない人も居ただろうし・・・」
俯きながら力無くそう言う僕に、父さんは重々しく口を開いた。
「エイダ、どれだけ実力があろうとも、大切な人を守れないことはあるだろう。俺がお前に言えることは、後悔しない生き方をしろって事くらいだ」
「後悔・・・」
「そうだ。あの時ああしていれば、こうしていればなんて思いたくないだろ?例え、それが自分にとって恥ずかしい事だったとしても、相手が居なけりゃ恥をかくことも出来ないんだ。時期を探るのも良いかもしれんが・・・見誤るなよ?」
父さんは優しげな表情で、僕にそう語って聞かせてくれた。言葉の節々には戦う前に話していた、僕が好意を抱いている人に関するような口振りだったが、伝えようとしてくれていることは何となく理解出来る。もしかしたらこの先、今のベヒモスのような異常な魔獣と戦うことも有るかもしれない。今回は両親が居たから良かったものの、もし居なければエイミーさんは死んでいただろう。
状況が違えば、それがアーメイ先輩だった可能性もある。そう考えたとき、父さんの今の言葉がスッと自分の中に入ってきた気がした。
ただ、だからと言って今すぐ先輩に対して何か行動を起こせるかは別問題だが・・・。
「ところで、父さんも母さんも何でこの遺跡に?」
会話が途切れたところで、ずっと気になっていたことを2人に聞いてみた。
「偶然と言う訳ではないけど、色々複雑な事情が有ることは確かね」
「そうだな。そろそろエイダにも話しておくべき事かもしれんな・・・」
2人とも、どこか遠くを見ながらそんなことを言い出したので、僕は学院で入学した当初に聞いたことが関係しているのではと考えた。
「もしかして、第五段階に至った剣術師や魔術師は、この大陸に一人づつしかいなくて、父さんと母さんがその力を隠していた2人目の実力者って事と関係あるの?」
僕は知っているんだぞ、というどや顔で2人にそう言い放ったのだが、何故か微妙に呆れた表情をされてしまった。
「いや、そうじゃないんだが、全く違うわけでもないな。何と言うか・・・なぁ、母さん?」
父さんは上手く説明できないようで、母さんに丸投げするように困り顔を向けていた。
「はぁ・・・少し長い話しになるわ。それに、国家機密に関わる部分もあるから、今この場でっていうのは難しいかしらね・・・」
そう言いながら母さんは、遺跡の方へ視線を向けた。国家機密という大層な言葉が出てきたことに驚きを隠せないが、あまり他人に聞かせられる話ではないようだ。それに、このままアーメイ先輩達の事を放っておく訳にもいかないので、とりあえず父さんの言う「話しておくべき事」については後回しにして、先に遺跡の方へと3人で向かった。
遺跡に近寄っていくと、慌てた様子のエイミーさんとセグリットさんが駆け寄ってきて、僕達の前で右手を胸に当て、騎士の礼をとってきた。その表情は非常に緊張しており、父さんと母さんに萎縮している様子だった。
「この度の我々へのご助力に感謝いたします!私は近衛騎士団所属のエイミー・ハワードと申します!」
「同じく、セグリット・ヴァモスと申します!御二人のご高名はかねがね!お会いできて、誠に光栄であります!」
両親に向かって突然仰々しい挨拶をし出す2人の行動に訳が分からずいると、母さんが口を開いた。
「そう、あなた達は近衛騎士だったのね。それも、あの王女殿下に近しい者達のようね・・・私達の事については他言無用よ?自分達の口から息子には話してあげたいし、無駄な騒動にしたくもないからね」
「「はっ!!了解しました!!」」
2人は冷や汗を流しながら異口同音に了承の返答をすると、サッと身を引いてフレッド君達の方へと全速力で駆け出していった。母さんの迫力に呑まれたのか分からないが、まるで蛇に睨まれた蛙のような言動に苦笑いしてしまった。
(なんだか本気で怒った母さんに怒られている父さんみたいな様子だったな・・・というか、僕の両親はいったい何者なんだ?)
いくら実力があるといっても、田舎の平民でしかない両親に、貴族であるはずの2人があれほど萎縮している様子が理解できなかった。そんなやり取りを見ていたアーメイ先輩も、おずおずといった様子で僕達の前に進み出てきた。
「あの、先ほどはありがとうございました!その、実はお2人の姿絵を見たことがあるのを思い出しまして・・・」
先輩は歯切れ悪く両親の反応を窺うように切り出すと、それを察した母さんがため息を吐きながら肩を竦めた。
「そう。まぁ、魔術騎士団団長の家の者なら、私達の事を知りうる立場にあるわよね・・・いいわ!あなたにも話しておきましょう!こっちにいらっしゃい!」
母さんは僕と先輩を交互に見ると、何かを決めたように僕らをエイミーさん達から遠ざける為か、遺跡のさらに奥の方へと引き連れて行く。
エイミーさん達から十分な距離を取ると、両親が大きく息を吐き出してから語り始めた。
「さて、先ず何から話すべきか・・・エイダ、お前は学院で剣神や魔神と言った異名を持つ者の存在を聞いたか?」
父さんが少し考える素振りを見せてから、僕に質問してきた。
「先生から聞いたよ。それで、父さんと母さんが世間には知られていない第五段階に至った存在なんだと知ったんだよ」
そう返答する僕に、父さんは頭を掻きながら苦笑いをしていた。
「あ~、その剣神と魔神っていうのは、俺と母さんの事だ」
「・・・・・・・・・・はぁ?何言ってるんだよ!?僕はその人物の名前を聞いたけど、全然知らない人の名前だったよ?」
父さんの突拍子もない言葉の意味が分からない僕は、そんなことはあり得ないと断言した。
「まぁ、そう思うだろうな。俺と母さんがこの国に住み始めたのは今から15年前だ。それまで俺はグルドリア王国で伯爵として、トール・グレイプルとして生きていた」
「剣神トール・グレイプル・・・やはり。では・・・」
父さんの話しにアーメイ先輩は軽く頷くようにして納得すると、その視線を母さんへと移した。
「私はオーラリアル公国の侯爵、シヴァ・ブラフマンだったの」
「・・・???いったい何がどうなって?それに、父さんも母さんも貴族って・・・あぁ、もう!訳が分かんないよっ!!!」
突然の両親からの告白に、僕の頭の中は壮絶に混乱してしまっている。言われた事を整理しようと、頭を抱え込むように落ち着きなく辺りをウロウロする。しばらく歩き回ったところで、ようやく自分の中である程度整理をつけ、両親に話の先を促した。
「それで、結局何がどうなってるの?」
「そうね、順を追って説明していきましょう。と言っても、それほど大した話じゃないけどね」
母さんはそう前置きして、ぽつぽつと語りだした。
15年前、母さんは成人したてでありながら、既に第五楷悌へと至り、魔術の真髄を極めたものとして、公国で魔神と称えられていた。その時既に他国に居た父さんも第五階層へと至り、剣術の真髄を極めたものとして、王国で剣神と称えられていたそうだ。
当時、この2国間では大規模な戦争が繰り広げられており、若くとも圧倒的な実力のある2人は、それぞれの国の切り札として戦場で度々戦い合うようになっていたらしい。お互いに他者を寄せ付けない別次元の戦いを繰り広げるため、基本的に2人の戦いは一騎討ちによってなされていたのだそうだ。
しかし何回、何十回と戦いを重ねても一向に決着が着くことはなく、やがて何度も顔を合わせるうちに、両親は恋に落ちたらしい。
何がどうなってそうなったのかの部分は全然教えてくれなかったが、とにかくそうなったのだそうだ。ただ、2人には互いの国における立場があり、ましてや敵同士であり、普通に考えれば結ばれることなどあり得なかったそうだ。
本来貴族というのは国に忠誠を尽くして、国家の繁栄に努めるものだが、その縛りが邪魔になった2人は、あっさりと貴族の地位を捨てる決断をしたということだった。
この時点で2人はそれぞれの国から国家反逆罪として指名手配させることになるのだが、如何せんそれぞれが単体で国と渡り合えるような実力の持ち主なのに、そんな存在が2人一緒に居るということで、もはや手のつけようが無かったらしい。
実際、何度かそれぞれの国から暗殺者なり軍隊なりが2人を亡き者にしようと襲いかかってきたらしいのだが、尽く返り討ちにしてしまったようだ。とはいえ、2人は平穏な生活がしたいと望んでいたようで、爵位を捨て、国を捨て、名前までも捨てて、このクルニア共和国の辺境に住まうことになったのだという。
「・・・な、なるほど、父さんと母さんの馴れ初めは分かったけど、そもそも何でここに?」
ここまでの話は何とか理解できたが、一番疑問に思っている事について確認した。
「そうね、本題はここからよ。この遺跡に封印されている存在について教えるわ」
母さんは遺跡に視線を投げながら、真剣な表情で話し始めた。
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