第124話 遺跡調査 19

『『GYAOOOOOOO!!!!』』


 轟音と共に放たれた圧倒的な威力の魔術と剣術の技に、ベヒモス2体は叫び声をあげながら吹っ飛ばされていった。ただ、禍々しいオーラはそのままで、おそらくは放たれた攻撃の勢いで弾き飛ばされていったのだろう。こんな事ができる人を、僕は自分の両親しか知らない。僕に背を向けて降り立った目の前の2人は、片や漆黒の魔力を纏いながら六面体に加工した魔石を取り付けた魔術杖をその手に構え、片や魔石が練り込まれているであろう、赤みがかった剣を上段から振り抜いた姿勢で残心をとりつつ、黄金の闘氣を纏っていた。


「っ!!母さん!父さん!」


「久しぶりねエイダ!学院に行って少しは成長したようね?」


「危なかったな、エイダ!間に合って良かった!」


僕の驚きの声に、母さんと父さんは顔だけ振り向きながら、久しぶりの再開に笑顔を浮かべていた。しかし、遠くに吹っ飛んだベヒモスはやはり無傷のようで、体勢を整え、またこちらに突進してきている姿が見えた。


「母さん!父さん!あのベヒモスは異常なんだ!あの禍々しいオーラには普通の魔術や剣術は効かない!だから、母さんと父さんでもーーー」


「大丈夫だ!あれが何なのか、父さん達には分かっているからな!ただ、今は説明している時間がない。俺が足止めしておくから、母さんの指示に従え!」


僕が異常な個体であるベヒモスについて説明しようとすると、父さんは僕の言葉を遮って言いたいことだけ言い残すと、向かってくる2体のベヒモスへ姿を消すような勢いで駆け出して行ってしまった。


「か、母さん!父さん、本当に大丈夫?」


「当たり前でしょ!?あの人があの程度の相手にどうこうされることなんてありえないわよ!」


この場に残った母さんに、父さんのことを心配して聞いたのだが、まったく心配してないという表情で、自信満々にそう言われてしまった。


「わ、分かった!母さん、僕はどうしたら良い?」


「ちょっと待ちなさい」


父さんの言葉通り母さんの指示に従おうとしたのだが、母さんは僕から視線を逸らして、アーメイ先輩達へと顔を向けた。


「あなた達!ここは危ないから遺跡の陰に行きなさい!あの魔獣のことは私達に任せなさい!」


母さんの指示に最初に反応したのは、近くにいたアーメイ先輩だった。


「い、いえ、私も騎士を目指すものとして手助けを!」


「悪いけど、あなた達は邪魔よ?巻き込まれたくなければ退避しなさい!」


「「「・・・・・・」」」


母さんの厳しい言葉に、この場の誰も何も言えずに黙り込んでしまった。そんな状況で母さんは先輩の方へ少し歩み寄ると、声を掛けていた。


「騎士になるなら、状況把握は必須よ?納得出来なくても理解しなさい!」


「す、すみません・・・分かりました。私達は遺跡へ退避します。その、エイダ君のお母様なのですね?彼の事をお願いします」


申し訳なさそうな表情で頭を下げる先輩に、母さんは優しく語り掛けていた。


「あの子の行動に思うことがあったかもしれないけど、力があろうとあの子はただの14歳の男の子ってことを忘れないでね?」


「っ!!はい。どうかご無事で」


先輩は母さんに一礼すると、僕に一瞬視線を投げ掛け、身体を反転させてセグリットさん達と共に足早に移動を始めた。そして、母さんが僕に歩み寄ってきて、乱暴に頭を撫でてきた。


「あの子、良い子そうじゃない!大切にするのよ?」


「っ!か、母さん!?アーメイ先輩とはまだ、そんな・・・」


「ふ~ん、学院の上級生なのね?しかも、アーメイ伯爵家のお嬢さんか・・・あんたこれから頑張んなさいよ?」


抗議の声を上げる僕に、母さんは大変さの実感が籠っている表情でそう言ってきた。


「そ、そんなことより、僕はどうすれば良いのさ?」


話が脱線してしまったので、僕はこの状況でどうすべきかをもう一度母さんに確認した。


「エイダのその魔力と闘氣を練り合わせた状態は、まだ未完成ね?」


「あっ、この紫のオーラみたいなもの?うん。たぶん同量の魔力と闘氣を合わせないといけないんだろうけど、どれだけ均等にしても頭痛や倦怠感が残るんだ・・・」


「簡単よ!量は同じでも、質が同じじゃないのよ!」


「し、質?」


母さんはこのオーラについて何か知っているのか、あっさりと問題点を指摘してきた。


「そう。あなたは感覚で教えるお父さんの剣術よりも、理論的に教える私の魔術の方が得意だったわ。だから2つを合わせたときに、微妙な差が出るのよ!」


母さんはどや顔で、何故か嬉しそうだった。どうやら、自分の教える魔術の方が父さんの剣術より僕が得意としていることが嬉しいようだった。


「じゃあ、もっと闘氣の量を増やせば良いってこと?」


「そんなに単純ではないはずよ?もっと闘氣の密度を上げなさい!同じ濃さの紅茶を2つ混ぜ合わせても、結果として紅茶の濃さは変わらない様なイメージで魔力と闘氣を制御なさい!」


「・・・わ、分かった」


母さんの指摘の元、僕は自分のオーラの調整を始めた。



「・・・ダメよ!それは闘氣の量が多いだけ!もっと収束するように練り上げなさい!!」


「・・・ぐっ!」


「違う!魔力はそのままに、闘氣の密度を上げなさい!」


「・・・くぅ!」


「ダメダメ!今度は魔力の制御がおざなりよ!」


「・・・うぅ」


実家にいた頃の鍛練のような厳しさで、僕はこのオーラの制御術を身に付けようと試行錯誤を繰り返した。たまに父さんは大丈夫かと視線をそちらに向けると、僕の心配が必要ないほどの無双をしていた。ベヒモスを倒せはしないが、父さんが負けることもなさそうだった。



そしてーーー


「そう!その感覚よ!今の魔力と闘氣のバランスと制御を身体に叩き込みなさい!!」


母さんのその言葉に、僕はいっそう集中するために閉じていた目を開けると、揺らめく白銀のオーラが僕の身体を包み、頭痛や倦怠感も完璧に消えていた。


「・・・前の状態とは段違いに身体の調子が良いよ!これなら行ける!」


僕の言葉に母さんは杖を掲げ、上空に火魔術を放って爆発させた。それを合図にするように、父さんは一瞬で僕達の元に駆け寄ってきた。


「母さん、エイダはいけそうか?」


「私が教えたんだから当然でしょ!」


父さんの確認の言葉に、母さんは胸を張ってどや顔をきめていた。


「さすが母さんだ!エイダ、今からあのベヒモスの内の一体は父さんと母さんが倒す。お前は残るもう一体を倒すんだ!」


「えっ?僕が一人で?」


「出来るだろ?今のお前なら?」


父さんは僕の頭に手を置き、優しい声でそう言ってきた。父さんのその声には、僕の力を信頼する気持ちが籠っているようだった。今まで父さんからそんな事を言われたことがなかった僕は、やる気を滾らせた。


「分かった!任せて!」


「それでこそ、俺と母さんの息子だ!」


そう言うと父さんは僕の頭から手を離し、母さんの方へ歩み寄っていった。前方からは父さんが相手をしていたベヒモス達が相変わらず単調な様子でこちらに突進してきていた。僕は大きく深呼吸して剣を正眼に構えた。そんな僕の様子に母さんは、少しだけ唇を尖らせて聞いてくる。


「あら?剣術であれを迎え撃つの?」


「うん。何となくだけど、単体相手ならこの方が良い気がするんだ」


僕の返答に母さんは少しだけ面白くなさそうな表情をしていたが、隣の父さんは満面の笑みを浮かべていた。


「そうだろ、そうだろ!剣術こそ最強だよな?」


そんな父さんの軽口に、母さんは殺気が籠ったような視線で父さんを見つめると、重々しく口を開いた。


「あなた?これから作る食事には、全て春菊を入れるわよ?」


「っ!!ま、待ってくれ!今のは冗談じゃないか?魔術も素晴らしいってことは俺も分かっている!」


「春菊は健康にも良いし、安いから大量に使えるわねぇ」


「や、止めろ!あんな草の味と臭いしかしない物が健康に言い訳ないだろう!」


「さぁ、どうしようかしらねぇ~」


こんな状況にあって、まるでいつもの食卓での会話のような母さんと父さんの会話に、僕の肩の力がふっと抜けた気がした。相変わらずの両親の様子を見て、逆に集中できたようだ。


「よしっ!やるぞ~!」


僕が掛け声と共に母さんと父さんの横に並び立つと、母さんはニヤついた表情で視線を後ろに向けながら、楽しそうに指摘してきた。


「遺跡の陰からあの子が見てるわよ?良いとこ見せてあげなさい?」


「っ!!わ、分かってるよ!大丈夫だよ!」


「何だ?もう好きな女の子が出来たのか?ったく、しっかりアピールしとけよ?」


母さんとのやり取りに、父さんも面白そうな顔をしながら首を突っ込んできた。


「もう!その話しはいいから!ほら、来てるよ?」


自分のそういった話題に堪えられなくなった僕は、両親の意識を切り替えて貰うために、突進してきているベヒモスを指摘した。


「じゃあ、その話しは後でゆっくり聞かせて貰うか!母さん、あれを頼む!」


「ええ、いくわよ?」


父さんの言葉に頷く母さんは、魔術杖を父さんの剣に重ねて”神魔融合”を発動した。6色に色付く魔術が、父さんの剣に渦を巻くように絡み付き、父さんの黄金の闘氣がそれを押さえつけ、剣に定着させているようだった。


「なっ?2人共なにを?」


見たこともない状況に驚くと、母さんが口を開いた。


「いい、エイダ?今からお父さんが手前のベヒモスを討伐するから、あんたは後方のベヒモスをやりなさい!」


「・・・わ、分かった」


2人が何をしているかは教えてくれなかったが、父さんは脂汗を流しながら集中しているようで、話す余裕もないのだということが窺えた。その様子に、僕も剣を握り直して集中する。


すると、父さんの剣が黄金の闘氣を含めた7色に輝いた次の瞬間に、白銀のオーラへと変化した。


(っ!これって!?)


そのオーラに驚く僕に、父さんは短く声を掛けてきた。


「エイダ、良く見ておけ」


それだけ言い残すと、ドンっという踏み込みの音と共に父さんの姿が消えた。次の瞬間、父さんの姿は突進してきている手前のベヒモスに肉薄していて、逆袈裟斬りに剣を振り抜いていた。


「ハァァァァ!」


『GYAーーーーー』


父さんの裂帛の気合いと共に振り抜かれた白銀のオーラの剣は、魔獣の禍々しいオーラなど無いかのようにベヒモスの身体を切り裂き、短い叫び声を残して一瞬でその巨体を消滅させてしまった。そして直後に、父さんはその場を横っ飛びに離れた。おそらく僕の邪魔にならないように退いてくれたのだろう。


「・・・凄い」


僕は父さんのその剣技に、その威力に見惚れてしまった。


「エイダっ!!」


「っ!!」


意識が逸れてしまっていた僕を母さんが一喝してくれた。ハッとして前を見ると、前を走っていたベヒモスが消滅したというのに、後方のベヒモスは相も変わらずこちらに向かって突進してきているだけだった。


「ふぅ・・・よしっ!」


気合いを入れ直した僕は、父さん同様に向かってきているベヒモスの間合いの内側に踏み込んだ。


(凄い!身体が軽い!それに、相手の動きが良く見える!)


白銀のオーラの状態での踏み込み速度は今までの比ではなく、集中を高めると、まるで僕以外の周囲の時間がゆっくり流れているように感じられた。そのせいか、ベヒモスは既に僕が懐に入っているのにもかかわらず、僕の存在を認知していないようにこちらに意識を向けていなかった。


「セアァァァァ!!」


その隙に、父さんの動きをそっくりなぞるように、同じく逆袈裟斬りに剣を振り抜いた。


『ーーーーーー』


最後のベヒモスは、悲鳴を上げることも叶わずに消滅した。

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