第123話 遺跡調査 18

『キィィィィィィン!!!』


 僕の放った“神魔融合”がベヒモスに接触瞬間、空気をつんざくような耳障りな音が周囲に響き渡った。


「・・・くそっ!」


本能が警鐘を鳴らしていた通り、嫌な予感が現実のものとなってしまった。ドラゴンさえ葬った一撃が、禍々しいオーラに阻まれるように本体には届かず、ベヒモスは無傷で佇んでいた。ただ、攻撃の勢いまでは無効化出来なかったようで、眼前まで迫っていたベヒモスを100m程後退することが出来ていた。


しかしーーー


「今の感覚だと“神剣一刀”でも効果が無さそうだな・・・どうしよう・・・」


決定打が打てない状況を把握し、次善の策を思案するが、僕の最高の一撃である神魔融合さえ効かないとなると、いったいどんな攻撃が有効なのか検討もつかない。


『GYAAAAAAAAAA!!!』


そんな考える隙は与えないとばかりに、後退した個体とは別のベヒモスが砲口をあげて突進してきた。大口を開けるその口元には血で染まった灰色のローブが引っ掛かっており、既に犠牲者が出ていることが窺えた。


「くっ!見過ごすことはできないが、有効な攻撃手段が無い・・・」


杖を収めて剣を抜くと、闘氣を纏って正眼に構える。突進を真っ正面から受ける気はなく、受け流せるか試してみようと考えたのだが、剣に接触する刹那、受け流せずに踏み潰される自分の姿を幻視してしまい、寸前のところで回避を選んだ。


「ぐあっ!」


回避したにもかかわらず、禍々しいオーラが身体を掠めただけで、勢いよく弾き飛んでしまった。


「何なんだよあいつ・・・痛っ!」


弾き飛ばされても、何とかバランスを保って着地し、剣を握り直そうとしたとき、右手に鈍痛が走った。


「これは・・・」


全力で闘氣を纏っていたので、かなりの防御力を有していたはずなのに、僕の右腕はまるで高熱で焼け爛れたようになっていた。


「もしかして、あの禍々しいオーラの効力なのか?この密度で闘氣を纏ってこの結果となると、接近戦は無理だ。しかも、魔術も効かないとなると・・・不味い、勝てる未来が想像できない」


左手に杖を持ち、聖魔術で腕を治すと、僕に向かって突進してきたベヒモスは、その巨体を反転させて地響きと共に再びこちらに向かってきていた。さらに、最初に後方に吹っ飛ばしたベヒモスもこちらに向かって突進してきており、挟み撃ちの状態になってしまった。


その状況に、僕は大きなため息を吐いて俯く。攻撃は効きそうになく、こちらの防御を無視してダメージを与えてくる理不尽な存在を前に、ふと、剣を持つ自分の手が震えていることに気づいた。


「・・・こんなん、どうしろって言うんだよっ!何だよこいつ!魔術も剣術も効かないって、ありえないだろ!!!僕の後ろにはアーメイ先輩だっているんだぞ!!!!」


僕は腹の底から力一杯の声量で理不尽な存在達に向けて叫び声をあげた。それは弱気になっている自分自身を叱咤するためと、現状を言葉にすることで問題を再確認するためだ。


それでこの窮地がどうにかなる訳ではない。ただ、まだ実家にいた頃父さんから教わった、どうしようもない強敵に遭遇して心が折れそうになった場合の対処方法だ。それは、自分が何を置いてでも守りたい者の存在を思い浮かべることで、不退転の決意を自分自身に強制するんだと言っていた。



 そんな叫び声をあげている僕に向かって、ベヒモス達は速度を緩めることなく両方とも僕を補食しようと大口を開けて迫っていた。


『ガキィィィィィン!!』


ベヒモス達は僕を挟み込むように襲ってきていたため、大口を開けていた互いの牙がぶつかり合い、牙とは思えない甲高い音を鳴らしていた。その様子を、僕は少し離れたところから地面に片膝を着きながら見つめていた。


「さすがに同士討ちすることは無いか・・・」


僕は頭痛に顔をしかめながらあの速度でぶつかり、更には互いの禍々しいオーラが接触しても無傷だったベヒモスに落胆した。


あの瞬間、闘氣と魔力を混ぜ合わせ、紫のオーラを発動することで、通常より圧倒的な速度を出して難を逃れた。同士討ちを狙ったのだが効果は無く、奴らは意に介することなく体勢を立て直して、また僕に向かって突進してきた。この紫のオーラの状態での攻撃が効くかは分からないが、これでダメなら本当に手詰まりになってしまう。


(あいつらさっきから単純な突進しかしてこないな・・・なら、躱して斬りかかってみる!)


今の状態ではあまり細かい作戦を立てたり、精密な動きというのは出来ないが、躱して斬るくらいの大雑把なことなら問題ない。


「フッ!・・・シッ!!」


あの禍々しいオーラに触れないよう大きく距離をとって突進を躱し、次いですぐに駆け寄って袈裟斬りに剣を振り下ろした。


『GYAOO!!』


僕の一撃はベヒモスの禍々しいオーラを切り裂き、体表に僅かな斬り傷を付けた。ただし、剣戟の威力はかなりあのオーラに減衰されたようで致命傷には程遠く、せっかく与えた傷も、みるみるうちに塞がってしまった。その様子を確認して一旦距離をとると、紫のオーラを解除して考える。


「くそっ!連続で斬り刻むか?いや、あのオーラは斬り裂いても水のようにすぐ元に戻るから、常に威力が削がれてしまってそれほど深手を負わせられない。となれば・・・」


今の攻防を分析して、次の攻撃手段を見極める。少なくともあの禍々しいオーラに、僕の紫のオーラは有効なことが確認できたが、威力に欠ける。そうなると、次の手段は紫のオーラを纏った状態での”神剣一刀”か”神魔融合”を喰らわせることだ。魔力のことを考えると、神剣一刀を放つことが望ましい。


「よしっ!」


行動が決まったところで、また突進してきているベヒモスを睨みながら紫のオーラを展開する。そして、まるで先程のデジャブのように突進を躱し、首の辺りに狙いをつけて袈裟斬りに剣を振るった。


「神剣一刀!!」


『GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!』


「・・・くっ、浅いかっ!」


ベヒモスの首から勢いよく飛び散る血を後方へ避けながら相手の状態を確認するが、斬戟は首の半分ほどまで達したところで止まっており、それを確認しているうちにも傷が塞がっていってしまった。


僕の腕が未熟だからか、相手の防御力が常軌を逸しているのか、あるいはその両方かは判断できないが、対処法が全く無いと言う事ではなさそうだった。


(僕がこの闘氣と魔力を混ぜ合わせた状態が完璧に制御できるなら、いけるかもしれない!ただ、この状況下でそんな試行錯誤している暇はない。どうする・・・)


幸いなことに、あのベヒモス2体は連携した動きを見せておらず、ただ目の前のエサに食いつこうと突進しているだけに見える。そのため、土魔術も何もない単調な動きをしていて、僕一人で相手をするのであれば、現状倒せはしないが、時間を稼ぐことは可能だった。


(もしかしたら、あの禍々しいオーラも僕の紫のオーラと一緒で、体調に異変をきたして複雑な思考や動きができないとかなのか?)


そうであるならば、あとは僕とベヒモスの根比べになるだろう。当然、体力という面においては魔獣が圧倒的に有利だろうが、なんとか体力が尽きる前に有効な方法を見つけることができれば勝機はある。



 状況が見えてきたことで少し落ち着きを取り戻した僕は、迫りくるベヒモス達の突進を躱しながら、この状況であの紫オーラをどう完全制御するかの手段を模索し始めた。


(何がダメなんだ?均一に混ぜているのがダメなのか?いや、不均一だと頭痛と倦怠感が酷すぎて立っていられない。だから、均一にするというのは合っているはず。となると、混ぜ合わせ方か?)


イメージ的には、闘氣と魔力を紅茶に注ぐ牛乳にそれぞれ見立てて混ぜているのだが、もっと激しく撹拌するようなイメージなのだろうかと考える。


「・・・おっ!」


試してみると、薄紫色だったオーラが更に薄くなり、それに比例するように頭痛も和らいだ。ただ、感覚的にまだ完全ではないようで、頭痛や倦怠感は少なからず残っている。


(まだだ!まだもっと上があるはずだ!集中しろ!集中、集中、集中・・・)


完全な制御を目指して、攻撃を躱しながらも闘氣と魔力の扱いに集中していくが、そのせいで周りへの注意が疎かになり、信じられない失態を犯してしまった。



「エイダ君!!」


「っ!!?アーメイ先輩!?・・しまった!!」


 僕は回避とオーラの制御に集中するあまり、自分が徐々に遺跡の方へ後退していたことに気づけなかった。先輩が僕の名前を呼ぶ声に気づいて後ろを振り返ったときには、既に遺跡が目前に迫っていた。


(不味い!こいつらの標的が皆に移ったら守りきれない!!)


現状は攻撃を加えている僕にベヒモス2体の意識が集中しているが、このままだとどちらかの個体が、人が多い遺跡の方へ向かう可能性もある。最も危険なのは、僕の援護に誰かが加勢し、その人に攻撃の目標が移ることだ。


「アーメイ先輩!!皆を引き連れて遺跡の陰に入るように離れて下さい!絶対に誰も加勢しないように!!」


「し、しかし、苦戦しているじゃないか!?私だってーーー」


「絶対ダメだっ!!」


「っ!!」


先輩の言葉に、僕がハッキリとした拒絶の意思を乗せた声で一喝すると、先輩は驚いたように身体を竦めたが、今はそのことに意識を向ける余裕がない。


『『GUOOOOOOOOOO!!』』


「くっ!こっちだ、魔獣ども!!」


先輩達がいる方へ顔を向けようとしていたベヒモス達の意識を、僕以外に向けさせないよう火魔術を絨毯爆撃のように撃ち込む。残念ながらその攻撃は、禍々しいオーラを少し減衰させているだけのようで、本体はまったくの無傷だ。


「・・・そんな・・・」


「まさかっ!あの密度の攻撃で無傷だと!?」


先輩はその光景に呆然と呟き、セドリックさんも信じられないといった声を溢していた。


「くっ!全員、彼の指示通りに遺跡の陰へ退避!!ここに私達がいたら、彼の足手まといなんですけど!!」


「なっ!足手まといだと?俺だってあのくらいーーー」


「いいから、さっさと動けっ!!」


エイミーさんの号令にフレッド君は異論を唱えていたが、彼女は聞く耳を持たず、彼の尻を蹴飛ばしながら行動を促していた。


しかし、最悪なことにベヒモスの内一体は、僕の攻撃を意にかえさずにアーメイ先輩達の方へ狙いを変えてしまった。更に悪い状況な事に、僕の方へ突進してくるベヒモスとの直線上にエイミーさんとフレッド君達が、もう一体の進路上にアーメイ先輩とセグリットさんが位置している。


「ヤバいんですけど!!」


「う、うわ~!こっちに向かって来てるぞ!」


ベヒモスの動きを見て、エイミーさんとフレッド君が叫び声をあげて恐怖していた。


「くっ!これでは・・・」


「アーメイ殿!お逃げください!ここは私が何とかします!!」


先輩も焦燥感を募らせた表情で杖を構え、それを制して逃げるようにセグリットさんが叫んでいた。


仮にベヒモスの突進を躱してアーメイ先輩達の救出に向かえばエイミーさん達が危うく、そうしなければアーメイ先輩達が危ない。今までの攻防でも、連携していなかったので、なんとか個別に対処することで拮抗を保てていたが、只でさえ規格外の防御力を持つベヒモスの異常種の両方を一度に対処することは無理だ。


(しまった!この状況では両方は守れない!!)


どちらかを優先すれば、どちらかを見殺しにしてしまう、そんな状況に陥ってしまった。僕の中で優先すべきはアーメイ先輩だが、だからと言ってエイミーさんを見殺しにしたくもない。そんな葛藤で一瞬身体が硬直してしまった僕に、アーメイ先輩が声を荒げた。


「エイダ君!私は騎士だ!民を守れ!!」


「っ!!」


僕は先輩がこの状況で、自分の身の危険を顧みない言葉をしたことに驚く。それが騎士の家に生まれた者の覚悟なのだろう。


だがーーー


「アーメイ先輩!!」


僕の身体は、先輩を助けるために動き出していた。自分の後方にいたエイミーさん達を見殺しにする決断をして・・・。


「・・・・・・」


そんな僕の行動を見た先輩は、嬉しいとも悲しいともいえない、複雑な表情をして見つめていた。



 そして、僕が先輩の方へ向かって駆け出したその時、頭上から聞き慣れた2人の声が、凄まじい威力の攻撃と共に降ってきた。


「神魔融合!!」


「神剣一刀!!」

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