第122話 遺跡調査 17

 この遺跡に到着してから早一ヶ月。遺跡周辺には特に変化も見られず、まるでキャンプをして遊んでいるような日常だった。


アーメイ先輩達は温泉に魅了されているようで、時間があれば朝・昼・晩と楽しんでいた。その度に僕とセグリットさんは周辺の警戒に駆り出されるのだが、湯上がりで頬が上気した先輩はとても魅力的で、そんな先輩の姿を見れるので全然苦にならなかった。


ただ、僕がそういった先輩の姿ばかり見ていたせいか、エイミーさんから意味ありげな笑顔で見られていたので、あまり先輩のそういった姿を凝視しないように自重しようと思った。


そうして今日も、特に何もない一日として終わるはずだったーーー



「あれ?誰だ?」


「どうしましたか?エイダ殿?」


 夕飯の準備をしながら、何気なく周囲の気配を探っていると、人の気配が3人分、おそらくは馬に乗りながら移動してきている気配を認識した。そんな僕の呟きに、隣で鍋をかき混ぜていたセグリットさんがどうしたのかと聞いてきた。


「いえ、誰かがこの遺跡に近づいてきているようで・・・」


「っ!!敵ですか!?」


僕の言葉にセグリットさんは即座に警戒した姿勢になって、腰の魔術杖を握り締めた。


「この気配・・・まさか!」


「だ、誰か分かったのですか?」


「・・・多分あの村の村長の孫、フレッド君ですね・・・他に2人一緒に来ていますが、仲間のようですね」


「まさか、本当にここまで来るとは・・・」


以前村へ補給に戻った際に、僕らの依頼に協力したいような申し出をしていたのを思い出す。併せて、僕に向けられた明確な敵意も。いくらアーメイ先輩に想いを寄せているかといって、こう考え無しに行動されたのでは、いよいよ直接的な方法で僕の実力を実感してもらった方が良いのではないかと思うほどだ。


(一応お世話になっている、あの村の村長の孫ということで穏便に済ませようと思っていたんだけど、さすがになぁ・・・)


ちょうど今はアーメイ先輩とエイミーさんは、日課の遺跡周辺の変化の確認に行っていてこの拠点にはいない。先輩の姿を見られる前にさっさと彼らを追い返した方が良いだろうと考え、行動を起こすことにした。


「セグリットさん、ちょっと行ってお引き取り願ってきます」


「お待ちください。なら、私も行きましょう。正直ああいう輩はいくらこちらが正論を言っても聞く耳を持っていないですからね。荒事になった場合、近衛騎士の私がどちらに非があったか証言できた方が良い」


セグリットさんにはこの場に残って、戻ってくる先輩達に伝言を頼みたかったのだが、彼の言わんとしていることはもっともで、もし直接的な行動に出た場合に、近衛騎士という肩書きを持つ彼が証言してくれれば、多少荒事になっても安心だ。


「すみません。では、お願いします」


「お任せください。それではすぐに参りましょう」


温めていた鍋を竈から外し、その上に「すぐに戻ります」という書き置きを残して、接近してきている気配に向かって足早に移動を開始した。



 そうして拠点から少し離れた場所で、僕は馬上から睨み付けてくるフレッド君と対峙していた。


「こんな所で、ターフィル村の村長のお孫さんが何用ですか?」


僕は少し威圧するような態度でそう問い掛けると、彼は激怒したように罵声をあげてきた。


「貴様、無礼だぞ!ノアで平民のお前ごときが俺にそんな口の聞き方をするなんて!卑怯な手を使って王女殿下とエレイン殿の弱味を握っているのは分かっているんだぞ!!」


まったく謂れの無い誹謗中傷なのだが、彼のこれは今に始まったことではないし、何度違うと言ってもまるで聞き入れようとしないので、僕としては既に諦めていた。ただ、いつの間にか彼は、様と敬称を付けていた先輩の呼び名を、殿と改めていたことに精神的な近寄りを感じて、その事に少なからず僕は不快感を持った。そんな憤慨している彼に、セグリットさんは極めて冷静に対応してくれた。


「フレッド殿。その件に関しましては何度も説明しましたように、貴殿の勘違いでございます。王女殿下はエイダ殿の実力を高く評価しておいでです。これ以上の暴言は、王女殿下のご慧眼を疑うという事になりますぞ?」


「それは・・・こ、この男に弱味を握られているからだろう!俺は王女殿下とアーメイ殿をその悪魔から解放しようとやって来たのだ!!何故それが理解できん!?近衛騎士のあなたにとっても行幸なはずでしょう!?」


セグリットさんの言葉に若干狼狽えはしたが、彼は自分の考えを曲げようとはしなかった。その言葉にセグリットさんの呆れた表情を見た彼の引き連れてきた後ろの2人が、顔色悪く後ろでヒソヒソ話し合う声が聞こえてきた。


「(なぁ、これってやっぱりフレッドの勘違いなんじゃないか?)」


「(俺達、こんなところまで押し掛けて来ちゃったけど、大丈夫かな?怒られないか?)」


「(俺達はフレッドの言う通りにしただけだから大丈夫じゃないか?というか、このまま夜になれば危険で帰れないぞ?)」


「(どうしよう・・・俺達だけでも謝って、一緒に居させてもらおうか?)」


「「((・・・・・・))」」


どうやら後ろの彼らはフレッド君の暴走に巻き込まれたのだろう、現状からなんとなく昔から言いなりになってきたんだろうなという姿が想像できる。こうなれば、後ろにいる2人にも協力してもらって、セグリットさんと3人で暴走を諌めてもうらおうかと考えたところで、唐突に嫌な気配が全身を駆け巡った。



「っ!!!な、なんだこの気配!!?」


今まで感じたことがないような禍々しい気配に、つい声を上げて驚いてしまった。


「ど、どうしたのですか?エイダ殿?」


僕のただならぬ様子に、セグリットさんが慌てて駆け寄ってきた。


「分かりませんが、何か良くないものがこちらに近づいて来ています!」


要領を得ない僕の説明だったが、セグリットさんはすぐに状況を推測して、どう行動すべきかの判断を下そうと考えていた。


「エイダ殿がそう感じるなら、よほどの存在なのでしょう。相手は人ですか?魔獣ですか?」


「大きさから、おそらく魔獣ですね。しかも、多分2体がこちらに近づいて来ています」


「では、すぐに避難いたしましょう!テント等の荷物は破棄し、最低限の物だけ持ってすぐに撤退すべきです!」


「そうしたいんですが、この早さ・・・もうあと数分でここに来ます!」


「っ!それほどの・・・ここでエイダ殿に万一の事があっては殿下に顔向け出来ません!私が少しでも時間を稼ぐので、その隙に皆さんと出来るだけ遠くに退避を!」


セグリットさんは覚悟を決めた表情で僕に向かってそう言うと、空気を読まないフレッド君が憤慨したように声を荒げた。


「おいっ!お前達!俺を無視するな!!なんの事を話しているか知らんが、俺を脅かそうとしても無駄だぞ!俺は村一番の剣の達人だ!お前ごとき下銭なノアなどーーー」


「今はそれどころではない!!すぐにここに強大な魔獣が来るぞ!君達も避難したまえ!!」


フレッド君の言葉を遮って、セグリットさんが大声を上げた。その尋常でない様子に、後ろの2人は目を丸くして驚き、周囲をソワソワと警戒しだした。ただ、フレッド君はその話を信じていないようで、変わらぬ様子で口を開いた。


「ふんっ!そんな手が俺に通用すると思っているのか!誰がそんな嘘に引っ掛かるものか!」


時間が無い中、まるでこちらの言葉を信じようとしない彼に苛立ちを覚えるが、魔獣はそんな僕らの事を当然待ってはくれない。


(っ!!砂煙が!くそっ!もうお出ましか!!)


フレッド君の後方に上がる砂煙が視界に入り、同時に段々と地響きがしてきた。


「・・・ん?なんだ?」


彼もさすがに違和感に気づいたようで、後ろに視線を向けて状況を確認していた。相手の移動速度を考えれば、もはや逃げる事は叶わないだろう。ここで迎え撃つしかない。


「セグリットさん、僕はここで迎撃します!セグリットさんはすぐにアーメイ先輩達にこの状況を知らせて、遺跡の陰に隠れるように退避してください!」


「っ!!しかし、それではエイダ殿が!!私もご一緒します!!」


「ダメです!あなたではおそらく足元にも及ばない相手です!!」


「・・・私では足手まといでしょうか?」


「すみません。先輩達をお願いします!」


「・・・了解しました!お任せください!!」


僕はセグリットさんの質問に申し訳なさそうに返答すると、彼は納得したとばかりに僕に向かって敬礼をして、すぐに行動をおこした。


「ヤ、ヤバイ!フレッド!!何か来てる!何か来てるぞ!!」


「で、でかい!!に、逃げよう!!」


「な、何だあれ・・・見たこともない魔獣だぞ・・・」


フレッド君が連れてきた2人は、後ろから迫り来る魔獣に完全に怯えてしまっており、フレッド君自身も呆然とその様子を見つめるだけだった。


「おい君達!私と共に来いっ!ここは危険だ!遺跡を遮蔽物として利用するぞ!!」


「えっ?あっ、う・・・」


彼らは現状に認識が追い付いていないらしく、セグリットさんの言葉にすぐに反応できずにいた。業を煮やしたセグリットさんは、フレッド君の馬に飛び乗り、他の馬も誘導するように操った。


「エイダ殿、ご武運を!」


すれ違い様、セグリットさんはそんな言葉を残しながらこの場を去ると、いよいよ魔獣の姿が見えてきた。


「・・・ベヒモス、か?」


その姿は15mほどの巨体をした四足獣だった。頭部に生える2本の立派な角が特徴的で、土魔術すら操るAランク魔獣のベヒモスだと思うのだが、一つだけ今まで見たことも聞いたこともない外見的特徴があった。


「何だ?あの暗い深緑色のオーラみないなのは?」


そう、ベヒモスからは得体の知れないオーラのようなものが纏っており、粘り付くようなそのオーラから禍々しさが感じられていた。本来ベヒモスは焦げ茶色の毛皮だったはずだが、今ではその禍々しいオーラのせいで、別の生き物のようにも感じられた。


「・・・様子見は考えない方が良いかも。1体づつ全力で討伐した方が良さそうだ!」


今の僕の実力であれば、Aランク程度の魔獣なら苦もなく討伐できるだろうが、目の前の異常なベヒモス相手には全力を出さないといけないような直感がした。


僕は魔術杖を前方に構え、意識を集中させると、大量の魔力を注ぎ込む。最悪の事態も想定して余力は残すが、それでもドラゴンさえ消滅させた技だ。確信を持って、眼前にまで迫ったベヒモスの内の1体に狙いを絞った。


「神魔融合!!」


六色に彩られた破壊の奔流が、勢いよくベヒモスに向かっていった。

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