第126話 遺跡調査 21

「まず始めに言っておくわ、封印されている存在に明確な名前は無いの。その為、私達は便宜的に“世界の害悪”と呼んでいるわ」


「世界の害悪・・・」


 母さんはそう断ってから、遺跡に封印されているものの存在について語りだした。



 その存在が始めて確認されたのは今から15年前、公国と王国とが争う戦場に突如として現れたのだという。その姿を見た者は、人としてその存在を認めがたい強烈な嫌悪感を抱き、一目で敵という認識を持たされるような存在だったらしい。その為、近くにいた全ての者達は戦争中であるということも忘れるように、その存在に攻撃を集中させたのだという。


しかし、その存在の持つ力は強力無比で、禍々しい暗い緑色の粘液のようなオーラは、あらゆる攻撃を阻み、そのオーラにただ触れるだけでも致命傷となりうる、手のつけられない存在だった。


ただ、その存在は自ら積極的に攻撃してこようとはせず、自らに向けて実際に害そうとした者のみを選別して反撃をする習性があった。そんな、こちらから手を出さなければ攻撃してこない存在ではあったが、何故か人々は極大まで刺激された嫌悪感に抗えず、狂ったように攻撃し続けてしまったらしい。


いつしか戦争は中断され、各国の騎士団を派遣してその存在を滅ぼそうという動きに変わっていったのだが、それが事態をさらに悪化させることになる。


各国から攻撃を続けられていたその存在が、段々と肥大化していったのだ。それは攻撃を受ける度に、悪意を向けられる度に成長していき、やがて各国はその存在に対して最大限の危機感を募らせていった。


このままこの存在の対処に集中してしまうと、人類は攻撃を繰り返し、やがては絶滅してしまうのではないかという可能性が囁かれ始めたのだ。


そこで各国は、この世界において最も実力を有する存在に協力を求めることになる。それは当時、各国から国家反逆罪として指名手配されていたーーー



「私と父さんだったってわけ!」


母さんは少し誇らしそうに胸を張ると、父さんも説明に加わった。


「あの時は三カ国の大使が、国旗と白旗を掲げて土下座しながら依頼に来てたなぁ。俺や母さんは騎士と見るや問答無用で返り討ちにしてたから、余程の恐怖ったんだろうな」


両親の武勇伝のような微妙な話に苦笑いをしていると、母さんが続きを話してくれた。


「で、結局世界存亡の危機もあって、私達はその依頼を受けたのよ。もちろん見返りは十分に要求してね!」


「いやぁ、母さんの交渉に、各国の使者達の顔色は、青を通り越して白くなっていたのが印象的だったなぁ」


「あら、世界を救うんだから、あれくらい要求して当然でしょ?」


いったい母さんが何を要求したのか、僕にはその内容が怖くて聞く勇気がなかったので、話の続きを促した。


「・・・それで、結局どうなったの?」


「・・・残念ながら私達の力でも、その存在を完全に消滅することが出来なかったのよ。さっきの闘氣と魔力を練り合わせた白銀のオーラの力でさえ、私達ではその存在を弱体化させるのが精一杯だったわ」


父さんと母さんが倒せない存在がこの世に存在していることに驚きを隠せないが、つまりはこの遺跡に人間の嫌悪感を掻き立て、この世界で最強の実力を保有する両親の力をもってしても倒せないような存在が封印されているということなのだろう。


「・・・でも、封印してるなら安心なんでしょ?まさか、封印が破られるなんて事はないんだよね?」


僕の両親でも勝てない様な存在には出来れば相まみえたくない僕は、確認の意味を込めて母さんに尋ねた。


「今は、ね?未来永劫、完璧にこの存在を封印するのは、おそらく不可能よ」


僕の質問に、母さんはため息を吐きながらそう答えた。


「この”世界の害悪”を完全に消滅できなかった俺達は、その存在を3つに分割することで封印することが出来たんだ。こいつは何故か聖魔術を浴びると動きが止まる性質があってな、分割した肉体に頸木くびきを打ち込み、聖魔術を流し続けることで封印しているんだが・・・」


「その内の1つは、封印が弱まってきているのが確認されたの。そこで、私達は他2ヶ所の封印の状況を確認するために行動していたのよ?既にもう一ヶ所は確認してきて、ここが確認する最後の封印の場所って訳」


父さんの説明を引き継ぐように母さんが説明を代わり、この遺跡に現れた理由を説明してくれた。ここに突然両親が現れた事に対しては理解した僕は、もう1つの疑問を確認する。


「父さんと母さんがここに来た理由は分かったけど、あのベヒモスはいったい何だったの?」


「あれはおそらく、【害悪の欠片】を取り込んだ魔獣ね」


「・・・【害悪の欠片】?」


「詳しいことは私にも分からないけど、”世界の害悪”の禍々しいオーラに触れて死んだ生き物の心臓が、結晶化した物らしいわ。学者の調べでは、その欠片は人の憎しみや恨み、殺意などの悪意を吸収して強力な力を蓄え、欠片を取り込んだものにその力を与えるらしいの。ただ、その欠片を取り込んだものは、ほぼ例外無く正気を失い、本能のままに行動する意思のない獣へと成り下がってしまうそうよ?」


「本能のまま・・・それであのベヒモスは僕らを補食しようと突進しかしてこなかったのか・・・じゃあ、あの禍々しいオーラは【害悪の欠片】を取り込んだことで得た力ってわけか」


「そうよ!さすが私の息子!理解が良くて助かるわ!じゃあその上で、今回の騒動の危惧すべきことは分かるかしら?」


母さんの指摘に少し考え込むと、思い付くことを口にした。


「危惧すべきは、今回の騒動が人為的なものか、それとも偶然かっていうこと?」


「60点の回答ね。こういった場合、危惧すべき最悪を考えなさい!」


母さんは僕の答えに、眉間にシワを寄せながら厳しい視線を向けてきた。どうも僕の考えの甘さに呆れているような気がする。このままではアーメイ先輩の前で、お説教が始まってしまうと焦った僕は、頭を全力で回転させて最悪の状況が何なのか想像した。


「・・・最悪は、今回の騒動は人為的で、この遺跡の封印を破壊し、“世界の害悪”を利用して、更に力を得ることが目的だった?」


「80点ね。ギリギリ及第点!更に別の可能性もあるでしょう?」


母さんの言葉に、僕はハッと息を飲む。


「・・・狙いが、僕達だった可能性があるってこと?」


「そうね。あるいは、遺跡を確認して回っていた私達が目的だったか、この騒動それ自体が目的なのか・・・どちらにしても、あまり良くないことが起きようとしている事は確かね」


悲観的な話しに、今までずっと聞き役に徹していたアーメイ先輩が、緊張した様子で口を開いた。


「その・・・お二人は今後も、このような騒動が続くと考えていらっしゃるのですか?」


「ふふふ、別に私達に対して緊張しなくても良いのよ?」


「い、いえ、それは・・・」


「まぁ、しょうがないか。そうね・・・弱まった封印の存在に、救済の光と名乗る破滅主義者達が活発に動き出したこと、更には【害悪の欠片】を取り込んだ魔獣の出現・・・全て偶然で片付けるには、出来過ぎたタイミングだと思うのよね」


「・・・・・・そうですね」


母さんの推察に、先輩は愕然としたように押し黙って俯いてしまった。そんな先輩の心情を心配しつつも、聞いたことのある組織名が母さんの口から出たことに少し驚いていた。


「母さん、救済の光って組織を知ってるの?」


「まぁね。15年くらい前から現れた組織で、人々に安らぎを~とか、救済だ~なんて言ってるけど、その裏で良からぬ事を企んでる連中ね!“世界の害悪”を復活させるだの、【害悪の欠片】を利用しているだの、不穏な噂が絶えない組織よ」


「へぇ~・・・」


「ん?何よ?」


母さんの話しに、僕は感心したように相づちを打つと、そんな僕の様子に母さんは眉を潜めながら聞いてきた。


「いや、あんな田舎で暮らしていたのに、そんなことまで知ってるなんて、何でだろうと思って」


「ふっ!まぁ、母さんには独自の情報網があるからね!どこにいても色んな情報は集まってくるのよ!けど、3か国との協定もあって、あまり表立って動くことはないけどね!」


母さんはどや顔をしながらそう言ってきた。その中で僕は、気になる言葉を聞き返した。


「協定?」


「そう。私やお父さんの力は、個人でありながら一国を打倒する実力を有しているわ。そんな存在が枷もなく自由に行動できるのというは、国として見過ごせないものよ?まぁ、色々と交渉をして、どの国にも属さず、介入も行わないということで平穏な生活を手に入れたのよ」


「ただし、【世界の害悪】についてはこの世界の危機だからな!この脅威を排除するためなら、俺達は国家間を越えた行動も認められる。それこそ、国家反逆罪で指名手配された故郷に戻ってもな!・・・って、母さんが各国と交渉したんだ」


父さんも話しに入って自慢したかったのか、母さんのようなどや顔を披露したが、最後は母さんからの視線で尻窄みになってしまっていたのは、いつもの父さんらしかった。



 そうして、大まかな説明を父さんと母さんから受け終わると、時間も時間だったので、一先ずは夕食を食べようということになった。人数も増えたので女性陣が食事の準備を、男性陣が食器や食事場所の準備をすることになった。


ちなにみ両親は明日、遺跡の内部調査をして、何事もなければそのままここを離れるということだった。




「おいっ!エイダ・ファンネル!俺の話しはまだ終わってないぞ!」


異常な魔獣の襲撃も過ぎ去り、のんびりと食事の準備をしているところに、鼻息荒く歩いてきたフレッド君が僕に突っかかってきた。そんな彼の言葉に、心当たりの無い僕は、首をかしげて聞き返した。


「えっ?話しなんてしてたっけ?」


「っ!き、貴様ぁ!!」


僕の言葉にフレッド君は激昂したように顔を真っ赤にしていた。そんな彼の様子を見て、セグリットさんは両手で顔を覆ってしまった。また、彼が引き連れてきた2人の取り巻き達も、顔を真っ青にして彼の言動に口を開けたまま動けないでいるようだった。おそらくはセグリットさんとエイミーさんから、何らかの事情説明があったのかもしれないが、フレッド君だけはそれを信じていないような反応だった。


「ん?何だエイダ?何か彼と取り込み中だったのか?」


そんなやり取りに、父さんは面白そうな表情を浮かべながら割り込んできた。


「いや、何もないんだけどなぁ・・・」


「まだ言うか!平民でノアの分際で、俺をコケにしやがって!どうやって近衛騎士まで取り込んだのかは知らんが、この俺は騙されんぞ!決闘だ!!」


「・・・・・・」


フレッド君は僕を指差してきて、高らかにそう宣言した。その表情は自信に満ちていて、自分が負ける可能性など一欠片も想像していないようだった。


(さっきまでの魔獣との戦いを、彼は見てなかったのかな?まぁ、遺跡の陰に隠れるように言ったし、この様子を見れば見てないのは明らかか・・・)


僕はどうしたものか悩んでいると、父さんが勝手に話を進めてしまった。


「なるほど決闘か!良いねぇ、若いってのは!それで、何を賭けるんだ?」


「当然、彼にはエレイン殿を解放してもらう!そして、自らの非を認めて謝罪するのだ!!」


「ほうほう。で、君は何を賭けるんだ?」


「???何で私が何かを賭けねばならないんだ?私は準男爵家の人間だ。対してこの男は平民だ。貴族と平民ではこれが対等だろ!?」


父さんの言葉に、フレッド君は言ってる意味が分からないとばかりに虚を突かれたような顔をしていた。こんな片田舎のギリギリ貴族位の家の人間でさえ、これほどまでに貴族意識が高いのかと頭を抱えたくなる。


「くくく・・・、はっはっはっ!!そうか、そうか!さて、エイダ?お前も今まで学院で同じような連中に会ってきたかと思うが、そん時はどうしてたんだ?」


フレッド君の言葉の何が面白かったのかは分からないが、父さんはひとしきり笑い声をあげた後、僕に向き直って学院でのことを聞いてきた。


「どうって・・・出来るだけ穏便に済ませてきたよ?」


「そうか。それはどうしてだ?」


「いや、だって本気で相手しちゃったら大変なことになっちゃうでしょ?僕も学院に行くまでは自分の実力が世間から見てどの位のものなのか知らなかったけど、さすがに一緒に授業を受けたら分かるし・・・」


「・・・そうか。よし!エイダ!この決闘、受けとけ!」


父さんは僕の顔をじっと見ながら何かを納得したように頷くと、そんなことを言い出した。


「えっ?確かに彼の言動に思うところはあるけど、彼は物資の補給でお世話になってる村の村長の孫だから、あまり事を荒立てない方が良いんじゃないの?」


「だろうな。だが、やれ!」


「っ!」


父さんの有無を言わせない雰囲気に、僕は息を飲んだ。フレッド君は父さんの気迫に呑まれてしまったように、青い顔をしている。


「いいか、エイダ?時には自分の実力を誇示しなきゃならない時もある。お前は自分が我慢して上手く収まるなら、それでいいと思っているだろうが、行動しなかったことで起こりうる状況が想像出来てない!」


「行動しなかったことで起こりうる事?」


「そこから先は自分で考えろ!まぁ、今回の事で言えば、俺の女に手を出すなら覚悟しとけよってことだ!」


父さんはそう言うと、僕の肩をポンッと叩いて離れていってしまった。その動きにつられて振り返ると、アーメイ先輩が心配した眼差しで僕の事を見ていて、それを母さんが止めているようだった。そんな様子に、父さんの言っていた言葉を思い返した。


(もし僕が自分の実力を、誰の目からも分かるように誇示してたら、もっと違ってたってことか?)


例えば僕の事をノアや平民として蔑み、絡んでくる人達を完膚なきまでに叩きのめしていたとしたらどうだろうか。


(・・・いや、余計面倒なことになると思うんだけどな・・・相手は貴族だったし)


しかし、父さんの言葉を思い返せば、常に実力を誇示するのではなく、必要な時もあると言っていた。とすれば、僕がその時々の状況においてもっと熟考して対応する必要があるということだ。


(彼は僕の実力を知らない・・・それがこの騒動を招いている原因だとすれば、実力を誇示することで、もう突っかかって来ることもなくなるのか?)


そんな考えに及んだところで、僕は父さんの言葉通りに彼と決闘をすることを決めたのだった。

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