第118話 遺跡調査 13

 盗賊に捕らえられていたキャンベルさん達と別れてから3日後、予定よりも少し遅れたが、無事に僕らは目的の遺跡の手前にある村へ到着した。


この村は人口にして約500人程の小さな村で、村の外周を木で出来た柵でぐるりと囲われていた。周辺は草原になっており、ここから1日程の距離の場所にある森林には強力な魔獣もいるとのことだが、この村までは滅多に現れないらしい。その為か、どちらかというと辺境の村であっても、のんびりとした雰囲気が漂っていた。


僕らは先ず、この村の村長に挨拶に行き、これから約一ヶ月半に及ぶ依頼をこなす上で、定期的にこの村から食料の補給をお願いしたい旨を伝えた。すると、既に連絡がいっていたようで、村長はにこやかに了承してくれた。


村長は既に70歳を越える年配の方で、髪も髭も真っ白な人だった。目は長く伸びた眉毛のせいで開けているのか閉じているのか分からないが、発せられる声は人の心を落ち着かせるというか、穏やかになるというか、そんな不思議な声質の持ち主だった。


村人からの信頼も厚く、村長が一声掛ければ皆が動き出すような、そんな一致団結したような村だった。ただ、村長は足腰が悪いらしく、食料の補給などの諸々の事に自分ではすぐに動けないということで、村長のお孫さんが基本的に動いてくれるらしい。



「初めまして。ターフィル村の村長の孫、フレッド・ターフィルです。よろしくお願いします」


村長の屋敷の一室のテーブルに座っている僕達に、丁寧な挨拶をする彼は、見た目は僕と同い年位だった。短い茶髪は逆立っており、がっしりとした体型は剣術師を思わせるような出で立ちだ。顔も整っており、所謂イケメンだった。


「私は騎士のエイミー・ハワードです。こちらこそよろしくお願いします」


「同じく、セグリット・ヴァモスです。よろしくお願いします」


「アーメイ伯爵家が長女、エレイン・アーメイです。よろしくお願いします」


村長さんが顔合わせのためにお孫さんを呼んでくれたので、今一度自己紹介と挨拶を行った。


「エイダ・ファンネルです。よろしくお願いします」


「・・・ふ~ん」


お孫さんの彼は、僕以外3人の挨拶の時には姿勢を正して真剣な表情をしていたのに、僕の挨拶の番になると、途端に横柄というか、見下したような態度をしていた。その様子に少し疑問を感じたが、僕が何を言う前に彼の隣に座る村長が軽くお孫さんの頭をはたいていた。


「こりゃ!客人に向かってなんという態度をしておる!」


「イテッ!だってじーちゃん、あいつは貴族じゃ無いんだろ?だったら、こっちが下手に出るのは間違いじゃないか!」


「バカもん!殿下からの手紙にもあっただろう?エイダ殿は将来を有望される逸材であると!」


「でも、うちは準男爵家なんだし、舐められないようにしないと・・・」


「はぁ・・・申し訳ない皆様、息子夫婦には子供がこやつ一人でしてな。甘やかされて育ったために、世間を知らんのです」


村長さんは、孫の態度について僕らに申し訳なさそうに頭を下げてきた。それを快く思わなかったのだろう、フレッド君は唇を尖らせて不満を口にした。


「何だよ、じーちゃん!あいつよりも絶対俺の方が実力は上だよ!殿下の手紙にもあったけど、あいつはノアなんだろ?」


彼は僕に指を差し向けながら、見下すような視線を向けてきた。その表情からは納得できないという感情がありありと伝わってくる。


(いや、確かにノアなんだけど、だからと言ってノアである人達が全員弱い訳じゃないと思うんだけどな・・・いや、常識的には彼の言う通りなのか・・・)


僕は複雑な思いで彼の様子を眺めていると、少し苛立った様子のアーメイ先輩が口を開いた。


「失礼ですが、君は彼の偉業をご存じないのですか?」


「アーメイ様。偉業と言われても、ドラゴン撃退は騎士団と協力して成した事らしいではないですか?であれば、彼がどの程度貢献したかは押して知るべしでしょう?」


どうやらフレッド君の見立てでは、僕はその場に居た程度の認識なのだろう。ある意味それが常識的な物の考え方ではあるのだろうが、だからと言って王女からの手紙を読んでいる上で尚、その相手に悪感情を隠すこと無く不遜な態度をとるのはどうなのだろうか。


「フレッド殿、世の中には自分の常識を越えるような出来事や存在など、いかようにも有ることです。凝り固まった思考は身の破滅を招きますよ?」


アーメイ先輩は眉間に皺を寄せながら、テーブルから身を乗り出して彼に詰め寄った。そんな先輩の迫力に息を呑むように、彼は語気を強める先輩の顔をじっと見つめていた。


「・・・・・・美しい」


「・・・は?」


彼の小声の呟きに、先輩は理解できないといった様子で首を傾げた。すると、彼は先程までの僕を見下していた顔から一変して、惚けたような表情で先輩を見つめながら語りだした。


「伯爵家のご長女でありながら、平民にも気さくに接する心の広さ!ノアである弱者にも気遣いをされるその心の優しさ!何より、美しい黒髪に類い稀なるその容姿!」


「・・・・・・」


彼がテーブルから身を乗り出して語らいを始めると同時に、先輩は引きつった表情で、自らの身体を抱き締めながら後ずさった。


「あぁ!エレイン様!あなたはまるで女神のようなお人だ!今回、殿下から受けていらっしゃる依頼、是非とも俺の力もあなたのお役に立たせて頂きたい!」


「・・・・・・」


彼は左手を自分の胸元に当て、右手を先輩に向けて伸ばしながら、自分も依頼に協力したいと申し出てきた。その様子に先輩は、未だ引きつった顔のまま固まっていた。そんな彼の暴走を止めたのは、彼の隣にいる村長さんだった。


「この、バカたれがっ!!」


『ゴンッ!!』


「イッテ~~!!!」


村長さんは、見た目にそぐわない威力の拳骨をフレッド君の頭上に落とすと、彼は頭を抱えて床を転げ回っていた。


「皆様、申し訳ない!この孫は、今まで一度もこの村以外の町に行ったことがなく、世間というものを本当に知らんのです!どうかご容赦を・・・」


テーブルに頭をぶつける勢いで平謝りしてくる村長さんに、先輩はため息を吐き出して床で転げ回っているフレッド君を見下した。


「今の話は聞かなかったことにしておきます。お互いに立場というものがあるでしょうが、彼には今一度よく言い聞かせておいて下さい」


刺々しい言葉を吐き捨てるように伝えた先輩は、もうそれ以上彼を見ることはなかった。



 その後、村長さんの執り成しでなんとか話は進み、今日はこの村の集会場を借りて身体を休めることになった。それまでの時間は物資の補給として、飲み水や食料等、消耗品を中心にこの村唯一の商店で必要物資を揃えた。


そんな中でも事あるごとにフレッド君が現れ、自分が有能であるとアピールしたいのか、頼んでもいないのに村を案内したり、商店では値引きまで請け負った。


ただ、権力を笠に着るような強引な値引きに商店の店主は眉を潜め、村長さんの孫息子に対する態度とは思えないほど苛立たしげな視線を飛ばしていた。


どうやら村長さんの言っていたように、彼は相当甘やかされて育ったようで、まるで自分がこの村のあるじであるかのような振る舞いをしていた。


(・・・なるほど、どうやらフレッド君はこの村の住民から煙たがれているようだな。でも、なんでそんな人物を僕らの連絡役につけようと考えたんだ?)


村長さんの真意は分からないが、僕以外の3人はみんなそこそこの家柄の貴族の出だ。そんな人達から不興を買ったら大変な事になるのではないかと思うのだが、彼はそんなことはお構いなしに唯我独尊な態度を貫いていた。


そして、そんな彼に対して先輩は、終始無言でその存在を無視するかのように振る舞っていた。



 夕刻ーーー


 若干一名の部外者がうろちょろするも、必要物資の調達は無事に終えることができた。


夕食は村長宅へ招かれて食べることになったのだが、フレッド君は夕食の間中しきりにアーメイ先輩に話し掛け、何とか興味を引こうとしていた。


夕食のテーブルには彼の両親も同席していたのだが、2人とも彼の行動を諌めるどころか笑いながら許容していたので、村長さんの言っていた甘やかしているという言葉をその目で確認できてしまった。同時に、既に70を越えた村長さんが未だに息子さんに家督を譲っていない理由が何となく察せられてもいた。


食事中、延々と続く彼の言動に先輩は不快げに眉を潜め、無視を決め込んでいるのだが、彼はまったくへこたれること無く話を聞いてもらおうと詰め寄ってくるのだ。その度に僕が先輩との間に割り込んで、出来るだけ事を荒立てないように優しい態度でお引き取り願うのだが、苛つきを隠そうともせずに忌々しげに睨み付けてきて、村長さんに一喝されて渋々席に戻ることを繰り返した。


エイミーさんとセグリットさんは面倒なことに関わりたくないようで、横目で僕達の様子を見ながらも、黙々と夕食を口に運んでいるだけだった。



 そうして、そんな苦行のような夕食も終わり、村長さんに夕食のお礼を述べて屋敷を後にして集会場へと移動しようとした際に、こともあろうにフレッド君も一緒に集会場で休むようなことを言い出した事で、先輩のイライラは頂点に達したようだった。


幸いにして、その感情を瞬時に読み取った僕は、エイミーさんを巻き込んで懇切丁寧にお断り願った。一応この依頼の1ヶ月半の間には、何度かこの村へ補給しに来なければならないので、関係悪化を避けるために遠回しな言い方をしたのだが、それを勘違いしたように、「遠慮しなくてもいいのだぞ?」というアーメイ先輩に向けて放たれた彼の言葉を聞いた時には頭が痛くなった。


なんとか彼の同行を断ることができ、集会場へ腰を落ち着けたときには、精神的な疲れからか、何とも言えない脱力感が全身を襲った。


しかし今日という日はそれだけでは終わらず、眠りにつくまでのしばらくの間、アーメイ先輩の愚痴にとことん付き合わされることになった。


しかも、いつの間にかエイミーさんとセグリットさんの姿は消え、先輩の愚痴を聞き終わるまでの数時間、ひたすらに相づちを打ち続けるのだった。






side フレッド・ターフィル



「父様!母様!俺は決めました!!」


 夕食が終わり、紅茶を飲んでいる両親に向かって俺は、自分の気持ちを伝えておく事にした。


「どうしたんだね、フレッド?そんなに興奮して?」


「何を決めたのかしら?母さんに教えて?」


俺の言葉に少し驚きの表情を見せつつも、両親は先を促すように興味深げに聞いてきた。


「はい。本日お会いしたアーメイ伯爵家の娘、エレイン様を我が妻とすることです!!」


「ふむ。しかし、相手は伯爵家で我が家は準男爵だ。家柄の釣り合いがとれぬぞ?」


父様のそんな的外れな指摘を、俺は一笑に付した。


「父様!家柄などと言う小さな考えに縛られていたのは昔の話です!今や身分差があろうが、好き合った者同士が結婚するのは当たり前の時代です!」


「まぁ、フレッドちゃんったらいつの間にそんな時代の最先端を学んでいたのかしら?」


母様は僕の言葉を好意的に捉えてくれたようで、嬉しそうに手を叩いて誉めてくれた。


「しかしな、魔術騎士団団長を預かる家柄の子だ、御当主の意向も無視はできまいて・・・」


「ですが、好き合った者が手を取り合って組織や領地を運営した方が、いがみ合う当主夫婦よりも格段に発展させられると思うのです!」


俺の言葉に父様としばし考える素振りを見せると、重々しく口を開いた。


「お前の言うことは一理あるが、殿下からの手紙ではアーメイ殿は同行していたファンネル殿の事を大切に思っておるらしい。そこに横槍を入れて面倒な事になれば不味いぞ?」


「父様!あの男は平民でノアという、単なるゴミです!素晴らしい女性であるエレイン殿が、そんな感情をゴミに抱くはずがありません!おそらくあの男に弱味を握られているのでしょう!」


「うぅむ。そのようには思えなかったが・・・それに、同行の近衛騎士の方も彼の実力は疑っていなかったようだしな」


たしかに夕食の最中にあの男についての評価を聞いたりしていたが、その内容は耳を疑うものばかりだった。突拍子もないあの男への評価は、俺をある考えに至らせた。


「父様、もしやあの男は王女殿下の弱味をも握っているのではないでしょうか?」


「殿下の弱味だと?まさか、そんな・・・」


「いえ、そう考えれば全ての事に説明がつきます。平民でありノアというこの国にとって最下層の人間が、近衛騎士と同行して依頼を遂行しようとすること。そして、あの男に対する過剰な評価。更には麗しいエレイン殿を傍らに侍らせる暴挙・・・その全てに説明がつくのです!」


「う~む。では、殿下は何故あのような手紙まで出されて、彼に依頼を出したのだ?」


父様のその言葉に俺は待っていましたと言わんばかりに自分の考えを披露した。


「この依頼、おそらくは秘密裏にあの男を亡き者にするための策ではないでしょうか?」


「な、なんと!」


「ここは共和国でも辺境と言われる場所で、彼らの目的地はさらに奥地の遺跡です。そんな誰の目もない場所に誘い出したとあれば・・・」


「むぅ、あり得ない話ではないが、万一間違っていたら・・・」


「安心してください父様!俺が完璧な策でもって不貞の輩を排除して見せましょう!そうすれば王女殿下から俺の手腕が認められ、あの男の魔の手から救い出されたエレイン殿は俺に心酔することでしょう!」


「まぁ、フレッドちゃんってば、なんて優秀な息子なのかしら!手柄を立てつつ、アーメイ伯爵家と婚姻が結べられれば、我が家は安泰よ!こんな辺境ではなく、首都にだって屋敷を構えられるかもしれないわ!」


「ふふふ、父様!母様!僕がこのターフィル家の名を共和国中に知らしめて見せましょうぞ!」


「おぉ!さすが我が息子だ!頼もしい限りだな!」


「本当ね、あなた!」


俺の頭の中にはもうエレイン殿を腕に抱き、立派な屋敷を首都に構えて、優雅に紅茶を啜る未来が想像できていた。

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