第119話 遺跡調査 14

「ここが遺跡か・・・何だこの外観?それに、大きいな・・・」


 直前の村で補給を終えた翌日の夕刻、僕らはようやく目的地である遺跡へと辿り着いた。


その遺跡は、大森林の中にまったく草木が生えていない荒野にポツンと佇んでいた。何故この場所にだけ植物が全く育っていないのか分からないが、遺跡を中心として半径1km近くはこのような状態だった。


そんな奇妙な場所に建てられている遺跡は、石造りで出来ており、大きな石の柱が特徴的で、まるで神殿のような外観をしている。ただ、純白の神殿とは違って、毒々しい深緑色をしており、周りの様子も相まって、近づくのは危険な雰囲気を醸し出している。


そんな感想も含めた僕の呟きに、馬車から降り立ったアーメイ先輩も同じような思いなのだろう、遺跡の感想を口にした。ちなみに、例の村でのストレスは、全て吐き出されたようで、翌日にはスッキリした表情をしていた。


「何と言うか・・・禍々しい遺跡なのだな」


事前に今までこの遺跡について調査した報告書を確認してはいたが、文章で表現されていた外観と、実際に見る外観では、やはり印象が違って見えた。


「そうですね。報告書には、毒々しいとか近寄りがたいとか書いてありましたけど、本当にそう感じますね」


先輩の言葉に賛同していると、エイミーさんとセグリットさんも遺跡を見つめながら口を開いた。


「遺跡の中の調査まで指示されなくて、良かったんですけど」


「どう見てもいわく付きの遺跡のようですし、こんな少人数では内部の調査まで無理でしょうね・・・」


どうやら皆がみんな、この遺跡に対して心理的に受け付けないようで、中に入らなくてもいいということに安堵しているようだった。



「とりあえず野営の準備をしてしまいましょうか!」


 しばらく遺跡を見た後、陽も沈みかけてきたので、完全に夜になる前に野営の準備をしようと提案した。


「確か、今までの調査の時にもこの周辺で野営してるから、どこかに・・・あっ!あったんですけど!」


エイミーさんが周囲を見渡しながらある場所を指差すと、そこは整地されており、竈などが用意されている場所だった。


「なるほど、今まで調査に来た人達もここで野営していたんですね。これなら準備は早く終わりそうですね」


エイミーさんが見つけた場所へ移動しながら、アーメイ先輩がある程度設備が整っているのを見て感心していた。


「では、私とエイダ殿がテントを設営しますので、2人は夕食の準備をお願いします」


「「「はい!」」」


セグリットさんの指示のもと、僕らは準備に取りかかった。既に整地され、竈や水場などもあるので、時間もそれほど掛からずに準備することができた。そして夕食後、今後の遺跡調査についての方向性について焚き火を囲み、紅茶を飲みながら確認を行った。


今までの遺跡の調査報告書から、森林をここだけくりぬいたようなこの場所には、不思議と魔獣が寄り付かないことがわかっている。更に温度についても、体感ではあるが本来森林内の方が涼しいにもかかわらずこの遺跡周辺の方が気温が若干低く感じる。


とまぁ、これ以上の周辺環境との違いは無いということで、これまでの調査以外の状況が確認できれば報告すること、ということになっている。


そうセグリットさんが依頼内容の確認の意味も込めて話してくれたので、僕は手を上げて質問した。


「つまり、この遺跡周辺まで魔獣が寄ってきたり、体感温度が逆に暖かくなったりしたら報告すべき事になるっていうことですか?」


「そうですね。分かりやすい変化で言えば他にも、突然草木が生えてきたとか、遺跡の扉が勝手に開いたとかでしょうかね」


僕の質問にセグリットさんは他にも具体例を上げながら返答してくれた。そこに更にアーメイ先輩も口を開いた。


「逆に、何も変化や異変が無かった場合は報告することも無いですが、その場合は変化無しということで報告しても?」


「勿論それで構いません。そもそも本来のこの依頼の目的は別にありますからね・・・」


そこまで確認したところで、今まで黙っていたエイミーさんが唐突に口を挟んできた。


「まぁ、依頼についての確認はこのぐらいでいいんじゃない?それより、この依頼において一番確認しておくことは別にあるんですけど?」


ニヤニヤした表情でそう指摘するエイミーさんに、いったいそれは何なのだろうと、訝しげな表情で彼女を覗き込んで言葉の続きを待った。


「この遺跡の裏手には、天然の温泉があるんですけど!!」


「温泉ですか?」


「そう!しかも、源泉かけ流しの贅沢仕様なんですけど!」


彼女の浮かれた様子から、その温泉に入る事が目的で、そのためにここまで来たのだと言わんばかりの迫力が伝わってきた。依頼の事が眼中になさそうなエイミーさんに苦笑いを返しながら、どうしたものかとアーメイ先輩を見やると、いそいそと自分の鞄からタオルと石鹸を手に取っていた。


「・・・アーメイ先輩も、温泉が楽しみだったんですね?」


「っ!そ、そんな事ないぞ!私はちょっと長旅の疲れを癒したいだけで、それほど楽しみにしていたわけでは・・・」


タオルと石鹸を握りしめながら、視線を逸らしてモゴモゴと言い訳する先輩は、とても微笑ましく可愛らしいのだが、その言葉に説得力は皆無だった。


「まったく、君は女心を分かってないんですけど!女の子は大体お風呂好きなんですけど!特にそれが滅多に無い温泉ともなれば、この反応は当然なんですけど!」


そんな先輩の様子に、エイミーさんは仁王立ちしながら、先輩同様両手にタオルと石鹸を携えて、今にも走り出しそうな勢いだった。


「そ、そうなんですね。女の方がそれほど温泉が好きなんて知りませんでした・・・ところで、入浴中の警戒体制とかはどうすれば?」


僕は温泉に入るということで、思い浮かんだ危険性を指摘する。さすがに入浴中は丸腰なので、遺跡近くには魔獣は寄ってこないといえども、想定外に魔獣が襲ってきたときの対処を確認したかったのだ。


「ここの温泉は丸太で囲って柵にしているらしいから、私達が入浴中は周辺警備よろしく!」


エイミーさんはまるで危機感の無い様子で、親指を立てながら僕に宣言してきた。そんな彼女の様子に諦めの意味も込めてため息を吐き出した。


「は、はぁ・・・分かりました」


「あっ、それと・・・」


僕の返答にエイミーさんは急に声のトーンを下げて、下から僕の顔を覗き込んできた。


「もし、うら若い女の子の裸を覗こうなんて考えたら・・・」


まるで感情が読めない表情で僕を睨み付けながらそんなことを言ってくるので、即座に首を振って否定する。


「しませんよ、そんなこと!」


「・・・ふ~ん、なら良いんですけど」


彼女はジト目でしばらく僕の表情を確認したあと、納得したのか先輩と連れ立って遺跡の裏手にあるという温泉へと歩きだした。その後ろを僕とセグリットさんが一応武装しながら付いていくのだった。


「すみませんエイダ殿、あの人はちょっと自分の欲望に忠実すぎるんですよ・・・」


彼女の部下であるセグリットさんは色々と苦労しているのだろう、そう言葉を溢す彼の表情から、そんな場面がありありと想像できた。


「セグリットさんも苦労してるんですね・・・」


僕の掛けた言葉に力無く笑うセグリットさんには、少しだけ同情してしまった。




side エイミー・ハワード



「あ゛、あ゛~~~。生き返るんですけど・・・」


 私は乳白色に染まっている、この依頼において最大の楽しみである天然温泉に浸かりながら、ここに来るまでの疲れを声と共に吐き出した。丸太の柵で囲われた広々としたこの温泉は、脱衣スペースと繋がっている場所以外は、外から完全に見えないようになっている。浴槽は魔術師が頑張ったのか、岩を組み合わせた仕様になっており、自然に溶け込む露天風呂となっていた。


「う~~~。少し温度は高めですけど、とっても気持ちいいですね!」


掛け湯をしてお湯に浸かってきたのは、この依頼における重要人物の一人であるエレイン・アーメイさんだ。例の彼のことで若干巻き込まれるような状況に陥ってしまってはいるが、案外楽しそうに依頼を遂行しようとしている。


(まっ、それは彼と一緒に旅が出来ているからなんでしょうけど・・・良いわよねぇ、若いって!)


自分の思考が年寄り臭くなっているのは自覚しているが、それも全てはこの子のせいなのだ。


「それにしても、アーメイさん肌綺麗~!瑞々しくて羨ましいんですけど!」


「そ、そうですか?あまり意識したこと無いんですが・・・」


私の言葉に照れながら自分の肌を確認するこの子は、とても女の子らしくて可愛らしい。しかもスタイルも良く、未成年でありながら私より胸が大きいという部分はちょっとだけ殺意を覚える。そんな事もあってか、彼女と彼の関係に少し探りを入れたくなってしまった。


「それで、エイダ殿とは上手くいってるの?」


「えぇ?何ですか、急に!?」


慌てふためく彼女の様子に口元を緩め、更に突っ込んだ話を振ってみる。


「女2人で裸の付き合いしてるんだから、大体話題は恋バナになるものなんですけど!で、もう求婚はされたの?」


「えぇ、えぇ?そ、そんな、きゅ、求婚だなんて・・・」


顔を真っ赤にして恥ずかしがり、湯船に隠れるように鼻の辺りまで沈む彼女は、見ていて保護欲をそそるというか、お節介を焼いてあげたくなるような思いを抱く。


(普段は結構しっかり者のお姉さんって感じなのに、あの子の事になると途端に女の子になっちゃうなんて、可愛いとこあるんですけど!)


ただ、2人の様子を見れば互いに好き合っているのは瞭然なのだが、まだお互いに自分の想いを口にしていないということは、それなりに障害があるということなんだろうと推察する。


(まぁ、彼はこの国にとっても既に重要人物になりつつあるし、この子も伯爵家の次期当主として家の事をある程度優先して考える必要があるものね・・・)


魔術騎士団を預かるアーメイ家にとって、彼ほどの手練れを取り込めるのは利点だろうけど、一つの家が力を持ち過ぎることに対する他の貴族への根回しを先に済ます必要があるし、何よりアーメイ家はまだ王子派閥だ。一見して王女派閥に所属したように見える彼との関係を進めるには、色々と体裁を整えてからでないと、いろんな場所から横やりが入ってしまうだろう。


「これから色々大変かもしれないけど、困ったことがあればお姉さんが相談に乗るから、任せて欲しいんですけど!」


「は、はぁ、ありがとうございます」


湯船で口からブクブク泡をたてている彼女に、私は笑顔で協力を約束した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る