第117話 遺跡調査 12

「え、英雄って、そんなつもりはないんだけど・・・」


「まぁ、ご謙遜を!都市フォルクの多くの住民を救ったのですから、英雄と表現するのは普通ではありませんか?」


「は、はぁ・・・」


「それに私、ノアの方々の境遇には心痛めておりましたの。単一の能力者達から蔑まれ、無能とまで罵られる姿を見たことがあります・・・ですが、ドラゴンを撃退した立役者がノアの方だと聞いて、今までの常識が間違っていたと分かりましたの!」


キャンベルさんは興奮した面持ちで段々と僕に近づいてきて、更に熱く語ってきた。


「私、それを成した方はどんな人物なのだろうとずっと考えていたのです!きっとどんな境遇にも負けず、努力を怠らない勤勉な方で、弱き者を助け、悪を挫く正義感に満ちた存在・・・まさしくファンネル様は、私の想像通りのお方です!!」


「・・・・・・」


既に彼女は僕の目の前まで来て、憧憬の眼差しで僕を見つめてきていた。どうしたものか困っていると、エイミーさんが口を開いた。


「えっと、キャンベル様は彼に憧れているのですか?」


「そんな!憧れなんて言葉では言い表せません!まるで物語の中の英雄のような逸話に、私のことも実際にお救いになってくださったのです!それに、魔獣の群れに一歩も引かない勇気と、グリフォンすら寄せ付けない圧倒的な実力!更に、周りに的確な指示を与える聡明な頭脳!そしてーーー」


延々と語り出す彼女の演説に、僕は内心頭を抱えていた。それほどまでに僕を評価してくれるのは嬉しいが、彼女のその狂信的なまでの瞳に寒気を感じてしまうほどだったのだ。


「(エ、エイダ君?彼女はその・・・大丈夫だろうか?)」


「(僕も心配ですけど、相手は公爵令嬢ですし、敵対している訳でもないですからね。むしろ逆というか・・・)」


彼女がどこか遠くを見ながら演説している隙に、アーメイ先輩が小声で話しかけてきた。先輩の不安も理解できるが、王族に次ぐ最高位の貴族に対してどう対応して良いか分からないのが現状だ。


「(エイダ君、彼女が君を公爵家で召し抱えたいと言ったらどうする?)」


「(えっ?・・・当たり障り無く断れますかね?)」


そう聞いた僕の言葉に、先輩はどこか安心した表情をしていた。


「(そうか!断りたいんだな!それなら、私に任せると良い!)」


何故か勝ち誇るような表情になった先輩を尻目に、キャンベルさんの僕を持ち上げる演説はしばらく続いたのだった。



 結局、キャンベルさんからは特に召し抱えたいといった話しもなく、ただひたすら、いかに僕が素晴らしいかの話をする独演会みたいになっていた。正直、勘弁してほしいところだが、相手が相手だけあって、皆何も言えずに時間だけが過ぎていった。


そうして結局、今日はもう1日ここで野営をする事になり、それぞれの役割や寝床等を決めていった。テントは2つしかないが、頑張れば4人は寝れるだけのスペースがあるので、テントの1つには未だ精神的に心配なソーニャちゃん親子とエイミーさんが、もう1つに残りの女性陣が、そして僕とセドリックさんは馬車で寝ることになった。


公爵令嬢のキャンベルさんがどんな反応をするか不安だったが、特に彼女は忌避感もなく、テントで寝ることに嬉しそうな反応だった。もしかしたら立場的にこういった野営をするという経験が無く、この状況を楽しんでいるのかもしれない。


見張りについてはソーニャちゃんのお母さんのこともあるので、僕とセグリットさんが交代で行うことにした。アーメイ先輩も加わろうとしたのだが、キャンベルさんへの対応もあって、そちらの方を優先するようお願いした。


そうして何事もなく翌朝を迎えると、僕達は次の街であるベルグロンドへと出発した。客車には少し窮屈ではあるが6人は乗れるので、御者席に2人座れば問題なく移動できる。さすがに女性だけの中で一人だけ男が混じることに抵抗があった僕は、セドリックさんと共に御者席へいこうとしたのだが、「お話を聞かせて欲しいです!」とキャンベルさんに懇願されてしまった。


やんわりと断っていたのだが、エイミーさんが「公爵令嬢のご意向なんで、頼みたいんですけど?」と半ば面白がっているような表情で背中を押され、結局御者席はエイミーさんとセグリットさんが座ることになった。


次の街への道中は、ほとんどキャンベルさんの質問責めだった。出身から両親のこと、どんな鍛練をしてきたのか、友人関係や学院生活、今までこなした依頼の内容についても根掘り葉掘り聞いてくる。僕はそれらに答えられる範囲で当たり障り無く返答していたのだが、それでも興味津々といった表情で楽しそうにしていた。


僕としては、隣に座るアーメイ先輩と常に肩が触れていたために、そちらの方に意識が向いてしまっていた。途中、馬車が大きく揺れた時に先輩がしがみついてきて、腕に柔らかい感触が感じられたときには、キャンベルさんへの返答も忘れてしばらく硬直していたなんていうこともあった。


そんな様子に、ソーニャちゃんのお母さんはぎこちないながらも笑顔で聞いていて、ソーニャちゃんも対面に座るネアちゃんと楽しそうに話しをしていた。アーメイ先輩は僕とキャンベルさんとの話に時折入ってきてくれて、僕が言葉に詰まったり、どう返答しようか迷ったときにさりげなくフォローして話を盛り上げてくれた。


そして陽が沈みかけてきた頃、ようやくベルグロンドへと到着したのだった。




 僕達はまず、ベルグロンドの騎士団の駐屯地へと赴き、保護していた女性達を引き渡した。こちらには近衛騎士と魔術騎士団団長の娘であるアーメイ先輩がいるということで、駐屯していた騎士の中で最も偉い人が対応してくれたからか、豪勢な応接室へと通された。事情を伝える間、保護した4人は待合室で話が終わるのを待つこととなった。


対応してくれたのがお偉いさんのお陰もあって話はトントン拍子に進んでいき、この駐屯地に来てから僅か30分程で説明と引き渡しを終えることとなった。主にはセグリットさんが対応してくれていたので、僕らは特にすること無く様子を見ているだけだった。


「では、我々はこれで失礼します。後のことはよろしくお願いします」


エイミーさんの言葉に、僕らは対応してくれた騎士に頭を下げて部屋を後にした。彼女達の家族への連絡等については騎士団が引き受けるということになったので、僕達は最後に待合室にいる4人に挨拶をしていこうと言うことになった。



「というわけで、後のことは騎士団の方へ引き継ぎましたので、皆さんの家族には追って連絡が入ると思います。それまでは、こちらでお待ちください」


エイミーさんが先ほどの話の内容を掻い摘まんで説明すると、4人は安心した表情をしていた。そんな中、座っていたキャンベルさんが立ち上がると、僕らの方へ歩み寄ってきた。


「この度は盗賊に捕らわれていた私たちをご助命頂き、誠にありがとうございます。そして、この都市までお送りくださり、更には手厚いご対応くださりましたこと、キャンベル公爵家の者として決して忘れません」


彼女はズボンを履いていたのだが、スカートの裾を持つように両手で少し摘まむと、軽く頭を下げて淑女然とした様子で感謝を伝えてくれた。


「いえ、我々は騎士として当然の事をしただけですから」


彼女の感謝に、代表してエイミーさんが答えてくれた。


「それでも、人として恩人に感謝を告げることは当然ですから。それに、エイダ様は単なる学生の身であるということにもかかわらず、危険を顧みずに人を助ける姿に私は感銘を受けました!」


「は、はぁ・・・」


目を閉じてそう語る彼女は何かの情景を思い出しているのか、興奮した口調になっている事に苦笑いを漏らすと、急に目を見開いて素早く僕の手を握り、上目遣いに訴えてきた。


「今後エイダ様がお困りの事がありましたら、是非!キャンベル公爵家を頼ってくださいまし!!必ずやお力になりますわ!!!」


「あ、ありがとうございます」


「エイダ様は将来、この国の英雄となられるお方・・・いえ、既に英雄として歩き始めていらっしゃいます!私は必ずエイダ様を支える存在となってみせますわ!!」


「えっ?えっ?」


グイグイくる彼女に圧倒されながら、どう返答したものか困ってしまう。


(支える存在って、つまりそういうこと?頑張ってなんて言えば僕が受け入れているように受け取られそうだし、かといって要らないですなんて言える雰囲気じゃないし・・・どうすれば・・・)


僕からの返答を欲しているような表情で、じっと見つめてくるキャンベルさんにあたふたしていると、アーメイ先輩が咳払いをしながら間に入ってきた。


「う゛、う゛ん!キャンベル様?このような場所で淑女が男性の手を握って迫るなど、はしたないですよ?」


「まぁ、私ったら!すみません!たった2日ではお互いのこともよく分からないですものね?エイダ様とはいずれまたお会いすると思いますし、その時は是非私のことをもっとよくお知りになってくださいね?」


手を頬に当てて首を傾げている様は、うっかりしていましたと言わんばかりの様子だったが、一瞬、アーメイ先輩へ意味有りげな笑顔を向けると、僕から手を離して後ずさった。そして、そんな彼女にアーメイ先輩も意味有りげな笑顔を向けていた。


(な、何だ?この一瞬の視線のやり取りには、いったいどんな意味があったんだ?)


2人の様子に言い知れぬ胸騒ぎを感じたが、今の僕にはそれを指摘するような度胸など無かった。



 そんなひと悶着はあったものの、4人とは笑顔で別れの挨拶を済ませると、僕らは宿へと向かった。この2日間は色々なことがあって精神的にも疲れたので、出来れば今日はしっかりと身体を休めたかった。


そして、宿を目指して馬車に乗り込むと、何かを察知したようにエイミーさんとセグリットさんは御者台へと静かに向かい、客車の中には僕とアーメイ先輩の二人っきりになった。


「エイダ君?」


「は、はい?」


馬車が動き出してしばらく、沈黙が客車内を支配していた。僕は先輩から発せられるピリピリとした雰囲気に何も話しかけられずにいたのだ。そして、その沈黙を破るように先輩から名前を呼ばれた。


「公爵令嬢の彼女は可愛い顔をしていたね?」


「そ、そうですね。さすが王族に次ぐ貴族のご令嬢でしたね」


先輩の質問にどう答えるべきか必死になって考えた。実際彼女は整った顔立ちだったので、違うというのも嘘になるし、単純に可愛いと認める発言も不味いような気がした。その結果、社交辞令的な答えを選択したのだ。


「そうだな。それに、彼女はエイダ君を物語の英雄のように崇拝しているようだったな」


「た、確かにそんな感じでしたね。いやぁ、驚きましたよ・・・」


「ふ~ん・・・君は自分を慕ってくれる可愛らしい女の子の方が良いのかい?」


「えっ?いえいえ、そんなこと思ってないですよ!」


ジト目で聞いてくる先輩に焦るように否定した。


「では、どんな女性が君の好みなんだ?」


「そ、それは、その・・・」


「それは?」


「じ、自分をしっかり持っているというか、目標に向かって努力を惜しまない、尊敬できる女性です」


僕はぐっと膝の上の拳を握り締め、先輩の目を真っ直ぐ見つめながら真剣にそう伝えると、先輩は何かを考えるような仕草をした後、微笑んだその頬には、ほんのり朱が差していた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る