第116話 遺跡調査 11

『『『ブモォーーー』』』


『『『オ゛ァーーー』』』


 辺り一帯を横一線に薙ぎ払った僕の一撃は、眼前に迫っていた魔獣の群れを短い断末魔と共に一瞬で消滅させた。今までは、最高威力の一撃でも相手を消滅させることはできず、広範囲に斬戟の影響を及ぼすだけだったが、やはりドラゴンと戦ってから実力が上昇しているようだ。


(父さんみたいに視界に映るもの全てというわけにはいかないけど、それでも少しは近づいたかな?)


父さんなら地平の彼方まで影響を及ぼすが、僕では100m位の間合いの存在を消滅させるのが今の限界のようだ。とは言え雑魚は片付いたので、あとの相手は未だ上空からこちらを窺っている2体のグリフォンだ。


上空を見上げると、何となくだが落ち着きなくこちらを警戒しているような雰囲気が漂ってくる。グリフォンの知能は高いので、他の魔獣への対処で隙が出たり、獲物が負傷した隙に横から盗みとっていくとも聞くので、一瞬で他の魔獣が消滅したのに驚いているのかもしれない。


(まぁ、魔獣の考えなんて分からないけどな)


こちらを警戒して、滞空したまま動きを見せないグリフォンに対し、僕は剣を納めて魔術杖を構える。いつまでも上をとられているのも困るので、先ずは地面に引きずり下ろそうと考えたのだ。


「翼が無けりゃ飛べないでしょ!喰らえっ!!」


小さな槍状に形状変化させた火魔術を、上空にいる2体のグリフォンに向かって連続発動する。まるで空が真っ赤に染まるほどの勢いで縦断爆撃を敢行すると、グリフォンは風魔術で対抗しようとしたようだが、僕の攻撃密度に圧倒され、成す術なく身体中を撃ち抜かれた2体のグリフォンが炎をあげながら落下してきた。


更に追い討ちをかけるように、神魔融合の応用の土魔術を発動して、落下地点に鋭く尖った石槍をいくつも発動しておいた。


『『グリュゥーーー』』


落下速度とその巨体も相まって、2体のグリフォンは轟音と共に地面に墜落すると、それを待ち構えるように設置されていた石槍に全身を串刺しにされ、何も出来ぬままその命を散らしたのだった。



「す、凄い・・・」


 他の魔獣が来る気配もなかったので、安全であることを伝えようと建物の側で警戒していたアーメイ先輩達の方へと歩み寄ると、セグリットさんは目の前の光景に呆然としながらそんな声を漏らしていた。この拠点の目の前にあった林は、手前の方が土が剥き出しの荒野となり、そこに2体のグリフォンが血の海に沈んでいる。しかも、大挙して押し寄せていたミノタウロスとトロールは跡形もなく消え去っているので、その感想も当然かと思った。


「まさかあの魔獣の群れを鎧袖一触とは・・・エイダ君、また強くなったんじゃないか?」


アーメイ先輩は先程までの不安な表情からは一転して、驚きと称賛の声をかけてくれた。


「ははは、まだまだですよ。父さんならグリフォンごと一刀のもとに消滅させていたでしょうし、母さんも視界に入る前に一方的に終わらせていたでしょうしね」


「・・・君のご両親には、是非ともお会いしてみたいものだよ」


「学院の長期休暇の際に帰れれば会えると思いますよ?」


「そ、そうか。良ければ私も同行したいものだ」


「勿論良いですよ!」


先輩のお願いに、僕は笑顔で了承した。


「ありがとう。・・・ただ、君のご両親とお会いするのは、私の心の準備が整ってからでもいいかな?」


何かを想像したのか、急に先輩は「あっ!」と声を上げると、顔を赤らめてそんなことを言ってきた。僕にはその表情の意味が分からずにとりあえず頷いておいた。


「分かりました」



 先輩とのやり取りのあと、安全になったことを伝えるために建物の中に入ると、未だ意識の戻らない女性を看病しているエイミーさんの近くでソーニャちゃんが不安な表情をして見守っていた。ネアちゃんとキャンベルさんは、窓の外を見ていたようで、建物に入ってきた僕に振り返って、唖然とした表情をしていた。


おそらく2人は僕の戦いを見ていたのだろうが、今は彼女達の事を気に掛けるよりもやるべき事があった。


「終わりました。これでしばらくは大丈夫だと思いますが、これからどうしましょうか?」


エイミーさんの方がセグリットさんより階級が上で、こういった不足の事態においても訓練していて適切な判断が下せるだろうという考えの元、確認した。


「さ、さすがね!でも、うん、えっと・・・私にそんなこと聞かれても困るんですけど・・・」


「・・・・・・」


エイミーさんの返答に無表情になった僕に、慌てて彼女は言葉を続けた。


「いや、ほら、私は案内するのがメインで、こういった想定外の出来事の判断を仰がれても・・・その・・・ねぇ?」


ほんの少し前までは頼れるお姉さん的雰囲気を醸し出していたというのに、どうやらこの人は想定外とか不意に起こる出来事には弱いようだ。


(こんなタイミングで、いつもの残念さなんて出さなくても良いのに!!)


心の叫びを上げていると、僕と一緒に入ってきたセグリットさんが口を開いた。


「エイダ殿、僭越ですが本日は体制を整えるために一日費やして、街への移動は翌日にした方がよいと考えます」


セグリットさんの提案に思案していると、アーメイ先輩もその意見に賛同した。


「彼の言う通りだ。今は想定外の事が起こりすぎている。救出した女性達の体調の事もあるし、ここの盗賊と繋がっていた商人との証拠も回収する必要がある。それらの時間を考えると、今日はこれ以上進めないだろうな」


先輩がここに留まる理由を細かく説明してくれたことで納得がいった僕は、セグリットさんの提案に了承した。


「では、アーメイ先輩とエイミーさんは彼女達の事をお願いします。セグリットさんは証拠の捜索を。僕は討伐したグリフォンの解体を行いますので、僕が必要になったら知らせてください」


「はっ!」


僕の言葉に何故かセグリットさんは敬礼で返答するので苦笑いしてしまう。そのやり取りにエイミーさんはいたたまれない様な表情をしていたが、気付かない振りをしてあげるのも優しさだろうと、彼女から視線を逸らした。


すると、逸らした視線の先にいるネアちゃんとキャンベルさんが何故かキラキラした瞳をしていて、まるで憧れの感情を抱いているかのような眼差しを僕に向けてきていた。


(???)


彼女達の眼差しの意味は理解できないが、一先ず僕は自分のやれることをするために建物を後にした。



 グリフォンからは牙と爪を剥ぎ取り、その肉も数キロ単位で確保した。魔石は残念ながら片方は砕けてしまっていたので、1つしか採れなかった。それでも、20㎝程の大きさがあるので中々良い値段になりそうだ。残りの部分は周りに溜まっていた血ごと焼却して、これ以上血の臭いで魔獣が寄ってこないように処理しておいた。


セグリットさんの方も商人と繋がる証拠を確保したようだった。どうやらこの盗賊達は、大規模な人身売買組織とも繋がっていたようで、この証拠を元にして一気に捕縛出来るはずだと息巻いていた。


3人の少女の方は、アーメイ先輩が水魔術を利用して身体の汚れを落としていた。身綺麗になった少女達は少しぶかぶかではあるが、僕が馬車から持ってきた服に着替えていて見違えるほどになった。特に公爵令嬢のキャンベルさんは、汚れているせいで僕と同じような暗い金髪だと思っていたが、かなり明るい金髪だったのには少し驚いた。


そして、一番の懸念は気を失っていたソーニャのお母さんなのだが、あの後目を覚ますと急に奇声を上げて頭を地面に打ち付けてしまい、ポーションも断固として飲もうとしなかったので、僕が聖魔術を使って治療するしかなかった。当然そんな母親の姿を子供に見せることは出来なかったので、アーメイ先輩が彼女達3人を遠ざけるようにしてくれていた。


幸いだったのは、どうやら聖魔術には精神を落ち着ける作用もあったようで、治療を繰り返すごとに次第に女性は正気を取り戻して落ち着いていった。数時間経つ頃には、女性は憑き物が落ちたように静かになっていた。



 そうして、この拠点は彼女達にとって精神的にもあまり良くないだろうということになり、僕達は大量の荷物をリュックに背負い、野営地に戻ることにした。ソーニャちゃんのお母さんは言葉を失ったかのように無表情だったが、娘のソーニャちゃんが手を握った時に僅かに見せた笑顔から、何とかなるかもしれないと少し安心した。


野営地に戻った頃には既にお昼近くになっており、色々あって僕らは朝食もまだ食べていなかったため、さっそく火を起こしてグリフォンのお肉を頂いた。脂身が少なくサッパリとした味わいだが、噛めば噛むほど肉の旨味が感じられ、とても美味しかった。


救出した4人にも振る舞ったところかなり好評で、皆が笑顔になり、精神的にも落ち着いている事を見計らって、状況を確認することとなった。聞けば、ソーニャちゃん親子は行商人の移動に便乗するような形で馬車に同乗していたところを襲われたらしい。


ネアちゃんは、これから僕らが向かう街の子供らしいが、街中で両親とはぐれた際に奴らに連れ去られてしまったらしい。そしてーーー


「私はお父様の仕事の関係で、この先にあるベルグロンドに滞在していたのですが、お父様の目を盗んで街に一人で遊びに出てしまいましたの。そこを・・・」


公爵令嬢であるキャンベルさんは、どうやら好奇心に負けてしまったことが仇になったようだ。当然ながら護衛も居たらしいのだが、わざわざその護衛を撒いて自由気ままに街を見たかったらしい。


俯きながら話すも、ネアちゃんとキャンベルさんの精神的な傷は浅いように思えた。それは彼女達2人はあの拠点に連れ込まれてからまだ2日しか経っていなかったという点と、暴力などの直接的な被害を受けていなかった事が要因だろう。


逆にソーニャちゃん親子は既に一週間ほど捕らわれていたらしく、お母さんの方はその間、盗賊達に良いようにされ、日々様子がおかしくなっていってしまう母親に、ソーニャちゃんは恐怖を感じていたようで、この2人の心の傷はとても深そうだった。


彼女達の事情を確認した僕達は、こちらも開示できる部分の素性を明かした。エイミーさんとセグリットさんは騎士であること。この4人で依頼をこなしている最中だということ。次の目的地がベルグロンドであるということ等だ。一通り説明すると、キャンベルさんが首を傾げながら質問してきた。


「エイミー様とセグリット様が騎士なのは分かりましたし、アーメイ様は魔術騎士団団長であるアーメイ伯爵家のご息女ですよね?では、その方々と行動を共にしていらっしゃるファンネル様はいったい・・・?」


そう指摘されると、僕以外の3人の肩書きが際立ってしまっていて、傍目には僕という存在が浮いているようだと感じた。


「別に大した正体の人物ではないですよ?学生で平民ですし・・・」


「ですが、ファンネル様のあのお力は・・・もしや!今後、共和国の秘密兵器となるお方なのでしょうか?」


どうやら僕が魔獣と戦っている場面を見ていたようで、彼女の突拍子もない想像に呆気に取られていると、隣からアーメイ先輩が助け船を出してくれた。


「キャンベル様?彼は以前騎士団と協力の元、ドラゴンを撃退した功労者でございます。その実力を見込んで、今回騎士団から依頼をお願いしたのです」


先輩は相手が公爵家の人間だからだろうか、かなり丁寧な口調で説明していた。ただ、さすがに王女からの依頼ということや、そもそもの目的などは話せないので、先輩は上手いことその辺をぼかして彼女に伝えてくれた。


「まぁ!その話なら私も知っています!ノアでありながら、その常識を超えた実力を身に付けていらっしゃる英雄!確かに先程の戦闘では闘氣も魔術も使用していましたものね!その上、あのグリフォンをあっという間に討伐してしまう真の実力者!そうですか、この方が・・・」


彼女は胸の前に手を組ながら、まるで熱に浮かされたように上気した顔で僕を見つめてきた。そんな様子に先輩は、何とも言えないような表情で彼女を見つめていたのだった。

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