第115話 遺跡調査 10

 その女性は僕の顔を見るや、狂ったように「男が!男が!」と叫びだし、目は見開かれ、涎を垂れ流し、明らかに正気でないことが窺えた。


「い、いったいこの人は・・・」


その様子に困惑していると、女性の隣に寄り添うエイミーさんが苦々しく口を開いた。


「おそらく彼女は、興奮剤を飲まされてこんな状態になっていると・・・」


女性の容態を告げるエイミーさんはいつものような軽い口調は鳴りを潜め、拳を握りしめながら怒りを圧し殺しているようだった。


「興奮剤ですか?」


「一種の麻薬ね。嫌がる女性を・・・その気にさせる、女にとって最低最悪の薬よ!」


そう言って説明するエイミーさんの悲痛な面持ちの理由は、それだけでは無いような気がした。


「それ以上に、何か副作用があるんですか?」


「・・・この薬の効果が切れても、本人は自分がしたことをハッキリ覚えてるの。自ら男を求めるような言動をしたことも、その最中の事も・・・。そして正気を取り戻すと、その事実に耐えれずに自ら命を絶つ人も・・・」


「そんな・・・」


エイミーさんとアーメイ先輩の表情の理由は、その為だったのかと合点がいった。こんな人の尊厳を踏みにじるような薬を使われていることへの怒りと、彼女を治療した際に想像できる行動を考えてのものだったのだろう。


「エイダ君。捕らわれた少女の中にはこの方の娘さんがいるんだ。だから、出来れば私は娘さんのためにもこの人には助かって欲しいんだ」


「アーメイ先輩・・・分かりました。全力でこの人を助けます!」


「治療が出来たらこの方の口に布を噛ませるわ。手足を封じてはいるけど、自分の舌を噛み千切って、自害を選ぶ可能性もあるから・・・」


僕が魔術杖を構えると、エイミーさんがハンカチのようなものを準備してそう言った。そこまでの事なのかと内心驚くが、男の僕では辱しめられた女性の気持ちなど完全に理解することは出来ないので、彼女の判断に異論は無かった。


「では、聖魔術を発動します」


僕は未だに目を血走せながら叫んでくる女性の頭部に触れ、聖魔術を発動した。どのくらいであれば麻薬の効果を完全に消し去れるか分からなかったので、可能な限りの魔力を注いで、どんな重傷者でも治せるくらいの威力で治療を行った。


「ぐ、うぅぅぅ・・・」


眩いまでの聖魔術の純白の輝きがこの天幕内を照らすと、女性は先程までの錯乱した状態が嘘のように大人しくなり、ぐったりと気を失ってしまった。


「これで身体の方はもう大丈夫だと思います。問題は・・・」


「心の方ね・・・この女性が目を覚ました時に、男の人が視界に入ると、どんな反応をするか分からないから、悪いけど念のため、エイダ殿は別の場所に待機してもらってもいいですか?」


女性の口を布で縛りながら申し訳なさそうに言うエイミーさんに、僕は素直に従った。


「それは当然の心配ですね。それじゃあ外にいますので、何かあれば言ってください」


「ありがとう。その、建物の方に3人の少女を休ませているんだけど、衰弱も酷いし、何か消化の良い物を食べさせたいと思ってるんだけど・・・」


エイミーさんの言葉に先輩が口を開いた。


「でしたら、私とエイダ君で用意しましょう。丁度朝御飯のサンドイッチとスープを作っていましたので、それを持ってきます。それに、彼女達に接するにも、女性の私が居た方が良いでしょう」


「そうね。私はこの女性を見てるから、2人はそちらをお願いね!」


「「分かりました!」」



 天幕から出ると、3人の少女の対応を先輩に任せ、僕は足早に野営地へと戻った。それは僕が単独で走った方が早いということと、不安にしているであろう少女達をあまり長時間そのままに出来ないだろうという判断からだった。


野営地に戻った僕は、スープが入った鍋とサンドイッチの他にも、果物等の食料と着替えをリュックに詰めて全速力で戻った。盗賊の拠点に戻ると、僕は素早く開けた場所で、その辺の石を積んで簡易的な竈を作った。さらに、近くに倒れていた倒木を切り刻んで薪にし、火魔術を利用してスープを温め直した。


そうして、辺りにスープの良い匂いがしてきたところで、建物からアーメイ先輩に先導されるように3人の少女が姿を見せる。先輩のすぐ後ろにいる少女は10歳位だろうか、少し汚れが目立つが、金髪のショートヘアーで整った顔立ちをしている。


さらにその後ろには、金髪の子よりももう少し幼い位の、どちらかというと素朴な顔立ちの茶髪の子と黒髪の子が連れだって歩いてきていた。3人に共通しているのは、こんな経験をしたからか、何かに怯えるようにキョロキョロと周りを見ながら3人とも手を繋いで固まっていた。


僕の作った竈の近くまで先輩が誘導してくると、なるべく少女達を怖がらせないように、片膝立ちになって視線の高さを合わせ、努めて笑顔で自己紹介をした。


「初めまして。僕はエイダ・ファンネルと言います。このお姉さんの仲間だよ?ご飯を用意したから皆で一緒に食べてね?」


そう告げると、ショートカットの金髪の子が前に進み出てお辞儀をした。


「この度は、私達への御助命に感謝致します!私はキャンベル公爵家が次女、ミレア・キャンベルと申します」


「あ、ど、どうも」


急な淑女然とした挨拶に呆気にとられて、間の抜けた返事をしてしまう。まさか助けた少女の中に、公爵家の令嬢が居るとは予想外だった。僕が目を丸くして驚いていると、幼い2人の少女も挨拶をしてくれた。


「た、助けてくれてありがとうございます!私はソーニャと言います」


「ありがとうごじゃいます・・・私はネアと言います」


茶髪の子がソーニャちゃんで、黒髪で言葉を噛んでしまった子がネアちゃんと言うようだ。お互いに簡単な挨拶を済ますと、さっそく食事にすることにした。どこで食べるか迷ったが、皆一様に外で良いということだったので竈を囲むようにした。


椅子が無かったので、手近な立ち木を”人剣一体”の状態で輪切りにすると、簡易な椅子に見立てて並べた。その様子に少女達は唖然としていたが、食欲の方が勝っていたようで、輪切りにした木を置いていると、お腹の音が合唱をしていた。



 ソーニャちゃんとネアちゃんは余程空腹だったようで、スープを掻き込むように食べて喉に詰まったのか咳き込んでいた。キャンベルさんは貴族令嬢らしく上品に食べているが、彼女も空腹だったのだろう、スープを運ぶ手が止まることはしばらくなかった。


しばらく彼女達がお腹を満たしていると、彼女達から見えない位置でセグリットさんが手招きして僕を呼んでいた。僕は先輩に一言断ってからそちらへと向かうと、彼は深刻そうな表情で報告した。


「すみませんエイダ殿、盗賊達の処分は済んだのですが、周囲に血の匂いが充満しておりまして、魔獣がそれに釣られてくるかもしれません。ですので、警戒をお願いしたいのですが・・・」


「嫌な役回りをさせてしまったようで、すみません。魔獣が来ても僕が討伐しておきますので、セドリックさんは少し休んで下さい」


「いえ、これから盗賊達の持ち物を確認して、組んでいた商人との取引の証拠を確認しなければなりませんので、それまでは・・・」


セドリックさんは疲れを見せない表情でそう言うと、すぐに仕事に向かおうとしたので、その前に返り血で汚れた外套は脱ぐように伝えた。


「さすがに、彼女達がそんな血だらけの服を見たら卒倒するかもしれませんし、僕が水魔術で洗い流しておきますよ」


「それは・・・そうですね。すみません、お願いいたします」


「気にしなくて良いですよ。追加で食事の用意をしておきますので、時間が出来たら摘まんでください」


「重ね重ね感謝致します!では!」


そう言うと彼は颯爽と建物の中に入っていった。そんな彼の背中は、真面目で責任感もあって信頼できる騎士の姿に見えた。


彼から受け取った血だらけの外套を、神魔融合から応用した水魔術で洗い流すと、乾かすように近くの木に掛けておく。同時に、周囲を警戒するように気配を探ると、セグリットさんの嫌な予感が的中したようで、遠くから少しづつ魔獣達がこちらの方へと向かっていているのが分かった。


(数は・・・30匹前後か。移動速度からいって飛行型の魔獣もいるか。面倒だな!)


魔獣の戦力を読み解くと、どう迎撃したものか逡巡する。可能であれば、この拠点から離れた場所で迎撃したいところだが、飛行型の魔獣が僕の防御網をすり抜けてこの拠点を襲撃する可能性もある。


魔獣は食料となる人の多い方へと向かう習性があるので、まず間違いなくそのような行動をするだろう。となると、皆がいる拠点で迎え撃った方が僕としては安心できる選択肢だ。


(救出した人達には建物に入っていてもらい、その周囲をアーメイ先輩達で警戒しておいて、僕が殲滅するのが一番安全だろうな)


自分の中で方針を決めて、即座に先輩の元に戻って現状を伝えた。魔獣の群れが迫ってきているという事実に、食事をしていた少女達は酷く怯えてしまった。


先輩は僕が作戦内容を話すと、承服出来ないといった渋い顔をしていたが、少女達の安全を優先した作戦ですということで押しきった。僕としては守るべき者の中にアーメイ先輩も入っているのだが、それは悟られないように真剣な表情で伝え、何とか了承を得た。


魔獣が到達するまで後10分程しかないので、手早くエイミーさんとセグリットさんに報告と作戦を伝え、例の女性も含めて頑丈そうな建物の方へ移動してもらった。 その最中、茶髪の少女のソーニャちゃんが、エイミーさんが抱き抱えて運んでいる例の女性の手を握って、泣きそうな表情をしながら、「お母さん・・・」と声を掛けている様子を見て、胸を締め付けられるようだった。



 そうして、こちらの準備が整った頃に、感知していた魔獣達が姿を見せ始めた。


「ミノタウロスにトロールか・・・」


拠点近くの林から姿を見せたのは、Dランク魔獣のミノタウロスと、Cランク魔獣のトロールの群れだった。トロールは再生能力があるので、確実に仕留めるには頭部の破壊が絶対条件だ。とはいえ、この程度の相手なら手間取ることもない。


問題はーーー


「グリフォンが2体とは面倒な・・・」


飛行型の魔獣は、Aランク魔獣のグリフォンだった。グリフォンは大きな翼を持った獅子のような魔獣だ。5mにもなる巨大な体躯をして、鋭い爪と牙で相手を切り裂くが、一番注意すべきは風の魔術を使ってくる点だ。


魔獣といえどAランク以上になれば知恵が回り、魔術も使用してくる事も珍しくない。このグリフォンは飛べるという利点を活かし、死角から強襲する事に長けている魔獣だ。その為、別の魔獣の対処に気を取られていると、気づかないうちに殺されてしまうというのはよく聞く話だ。


(まぁ、ミノタウロスやトロールは瞬殺して、グリフォンに集中すれば良いだろう)


対処法を決め、剣を抜き放って闘氣を纏うと、背後からアーメイ先輩が焦った様子で声をかけてきた。


「エ、エイダ君!グ、グリフォンだ!グリフォンがいるぞ!!一人で大丈夫なのか?私達の援護は必要か!?」


「大丈夫です!すぐ終わりますから、そこを動かないでくださいね!」


「あ、あぁ。本当に気を付けるんだぞ!危ないと思ったら私も加勢するからな!!」


そう言いながら杖を構える先輩を見て、苦笑いをしてしまった。そんなことをされると魔獣の攻撃対象が先輩に移ってしまう可能性があるので、絶対に止めて欲しい。それをさせないためにも圧倒的な力で魔獣を殲滅しなければならないと、意識を集中する。


「ふぅぅ・・・」


眼前に迫ってきている魔獣を見据えると、大きく息を吐き出し、剣を水平に構えながら上半身を左に捻って力を溜め、地面が陥没する勢いで右足を踏み込むと、溜めていた力を一気に解放して横薙の一撃を放った。


「神剣一刀!!」

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