第77話 予選 2

 能力別対抗試合の予選が今日から始まる。各個人の予選を行う日時については、各学年が使用している寮の掲示板に朝一番で貼り出されていた。


みんな自分の予選が何日の何時から行われるかの確認のために集まっており、掲示板の前は今まで見たこともないような混雑した状況で、中々自分の名前が確認できずにいた。


順番待ちのように掲示板の前で待っていると、周りからは対抗試合について話をしている生徒が多く、様々な情報が耳に届いてくる。


どうやらこの対抗試合は、学年別に催される全員参加の行事なのだが、2、3年生で、ある程度将来の進路が決まっている人達は、予選の段階で手を抜いて、決勝には行かない人がほとんどらしい。


建前の上では、自分以外の将来が不安な者達にチャンスを譲るためという事になっているらしいが、本音は面倒だという事と、下手に負けて無様を晒したくないという事のようだ。


逆に将来が決まっていても、自分の実力を誇示するために決勝まで出場して、意気込む相手に敗北の屈辱を味わせることに愉悦を感じている者もいるのだという。


皆その人物の名前を出してはいないが、話を聞いているとなんとなくアッシュのお兄さんの事だなと分かってしまった。



 しかし、今回の対抗試合で一番の注目を浴びることになったのは、やはり複合クラスの生徒が剣武術部門と魔術部門の両方に出場することだろう。つまり僕の事だ。


そのせいもあってか、先程から掲示板を見終わって僕とスレ違う数人の生徒達が興味深げな視線を向けてきたり、呆れとも言えるような侮蔑の籠った視線を向けてくるものもいた。


(しまったな、勢いで両方出場するようにしちゃったけど、思ったより悪目立ちしているか?でも、アーメイ先輩の期待には応えたいし・・・)


好奇の視線に晒されながらも、あまり気にしないようにして、掲示板の前の人だかりが入れ替わるのを待っていると、後ろの方からざわめきが聞こえてきた。


(ん?何だ?)


後ろを振り返ると、人混みを割るようにして現れたのは、取り巻きを数人引き連れ、不快げな顔で腕を組みながら仁王立ちをして僕に視線を飛ばしているアーメイ先輩の妹さんだった。


(名前は確か、ティナさんだったっけ?今までほとんど話したこともないし、何か僕に用か?)


内心、不快げな表情を向けられる理由が分からないと首を捻るが、彼女がそんな僕の心情を気にするわけもなく、ズンズンと近づいてきて僕の目の前で立ち止まった。身長差のせいで彼女を見下ろすようになってしまうが、これは何か話しかけた方が良いのだろうかと悩んでいると、相手の方から口を開いてきた。


「ねぇ、あんた!エイダ・ファンネルっていう身の程知らずは、あんたで間違いないわけ?」



高圧的な態度で身長差をものともせずに、見下げるように視線を向けてくる彼女に戸惑いつつも返事を返す。


「はぁ・・・エイダ・ファンネルというのは確かに僕ですが、何か?」


「はぁ?何その態度?平民のくせして、目上に対する態度がなっていないわね!これだから無学でノアの平民は嫌なのよ!」


不機嫌を全身で主張してくる彼女に同調するように、傍らにいる彼女の取り巻き達も口々に僕に対して非難の声をあげてくる。


「そうよ、そうよ!あんた、ティア様に向かって失礼なのよ!」


「平民のノアごときが、分をわきまえなさい!」


「こいつ、ちょっと騎士団と一緒に居たからって、自分も活躍した気になってるのよ!」


「・・・・・・」


彼女達はまるで、責めてくるように口々に囃し立ててくる。そのあまりの勢いにたじろぐ僕は、何と言えばいいか分からず、ただ黙って聞いていた。


「ふん!これだけ言われて何も言い返せないなんて、やっぱりただの身の程知らずだったようね!姉さんの評価もとんだお門違いよ!」


僕が何も反論せずに黙って聞いていると、ティアさんがそんなことを言い出した。彼女のお姉さんと言えば、アーメイ先輩の事なので、何かしらの話を先輩から聞いているのだろうと分かった。


(どう聞いているのか分からないけど、彼女の口ぶりからすると、悪い評価ではないようだな!)


そう思うと少し心が弾んで、今の雰囲気に似つかわしくない笑顔が自然と溢れてしまった。そんな僕の様子に彼女は眉を潜めた。


「キモッ!!よくこの状況でにやけ面なんてしていられるわね!あんたなんて、姉さんに相応しくないのよ!あんたが姉さんの近くに居ると思うだけでも虫酸が走るわ!」


嫌悪感で満たされたような表情を僕に向けてくる彼女は、どうやらお姉さんである先輩が大好きなようだ。落ち着いてよく聞いていると、言葉の節々から彼女の先輩に対する想いが聞こえてくるようだった。


ただ、ここで僕がその事を指摘すると、話がややこしくなるどころか、収拾がつかなくなりそうだと考えて、とりあえず黙ったまま立ち尽くしていた。すると、彼女は指を指しながら不快な表情で口を開いてきた。


「ふん!万が一、奇跡的にもあんたが対抗試合の決勝トーナメントまで進んでくるようなことがあれば、この私が直々に引導を渡すから覚悟しておくことね!!」


自分の言いたいことを言い終えた彼女は、取り巻き達を引き連れて、颯爽と僕の前から去っていった。その場に取り残された僕は、周りからのいろんな感情を伴った視線にため息を吐きつつ、掲示板の表を見るまで肩身の狭い思いをするのだった。




「エイダ!朝は災難だったそうじゃないか!?」


 自分の予選の時間を確認して教室へと赴くと、まるで僕の事を待っていたかのようにアッシュが話しかけてきた。


「朝のあの場に居なかったのに、よく知ってるな?」


僕はあきれたような表情でそう聞くと、彼は苦笑いをしながら答えてくれた。


「そりゃもう1年の中では話題だからな!ちょっと廊下を歩けば、皆その話題で持ちきりだぜ?」


「・・・ちなみに、どんな形で話題になっているのか確認していい?」


「ふっ!ふっ!ふっ!それはやな、アーメイ家の天才魔術美少女が、巷で話題になったノアの鼻っ柱をへし折るんだって言うてるで?」


アッシュとの会話に割り込んできたのは、今教室に入って来たばかりのジーアだった。


「天才魔術美少女って・・・自分で言ってるの?」


「さぁ?ウチらはそう噂しとるのを聞いただけやしなぁ。でも、本人が否定しとらんっちゅう事は、そういう事かもしれへんなぁ」


「それはまた・・・凄いね」


自己顕示欲の塊なのかと思っていると、ジーアに続いて教室に入ってきたカリンが口を開いた。


「私に続いて、今度はエイダが目を付けられたようね?ご愁傷さま!」


彼女は他人事のように面白がって、僕に向けて手を合わせてきた。そう言えば、彼女と初めて遭遇した当初はカリンに突っかかっていたのを思い出す。そういった事もあって、カリンは彼女の厄介さが分かっているようだった。


「あんまり大事になって欲しくないんだけどね・・・」


正直、このまま噂が広まり続けて注目を集めた状況で彼女と対戦することになった場合、とても厄介なことになりそうだと今から憂鬱だった。


「無理でしょ?既に1年生の間ではこの話題は持ちきりだし、あの子、あの先輩の妹ってことで上級生にも顔が知られてるしね」


「あ~・・・もし僕と対戦することになって、大衆の面前で負かしちゃったらヤバイかな?」


「そりゃあね・・・きっと対抗試合の後もネチネチと絡んできて、嫌がらせされるかもしれないわよ?」


カリンの予想に辟易しながら、貴族の情報について詳しそうなアッシュに助けを求めるような視線を送った。


「いや、そんな目で俺を見られても困るぞ?カリンの言うように、彼女はその界隈では、我儘が服着て歩いてるって言われてるし、今回の対抗試合は魔術コース首席の座を狙ってるってもっぱらの噂だ」


どうしようもないというアッシュの話に打ちのめされるも、一縷いちるの希望を抱いて、情報に精通しているジーアに視線を向けた。


「エイダはん・・・がんばやで!!」


ウィンクしながら笑顔で突き放してくるジーアに、僕は天を仰ぐはめになった。そんな僕の様子を面白がっていたジーアは、真面目な表情になり続けた。


「あの子には、ウチとカリンもちょっと嫌な思いしてんねん。ここでエイダはんが、ウチらの鬱憤もついでに払ったってや!」


「そうそう!ここでエイダがあの子にノアでも出来るんだって事、思い知らしてやってよね!」


2人からの励ましを受けて、この際とことんやってやろうかと考えていると、突然教室の扉が乱暴に開かれた。


「失礼!ここにエイダ・ファンネル君という人物は居るかい?」


みんな一斉に声のする入り口の方を見ると、そこに立っていたのはアッシュと同じくらいの身長で、赤髪短髪のガッチリした男の人だった。


「え、えぇと、エイダ・ファンネルは僕ですが・・・」


おずおずといった感じに前に出ていって名乗りをあげると、彼はツカツカと歩み寄ってきて話し掛けてきた。


「君が前代未聞の、両部門の対抗試合に出場する者か!?」


「えぇ、そうですね」


「悪いことは言わない!ノアという立場の者達の地位を向上するためと考えたのかもしれないが、負担が大き過ぎて無理だ!どちらか辞退すべきだ!」


「え、えぇぇ・・・」


彼はいたって真面目な眼差しで僕を見据えてきていた。そこには相手を見下しているとか、不快に思っているとかいう感情が一切読み取れず、親切心から言っているのだと思わせる雰囲気があった。


「あのなぁ、ヘンドリクソン君、いきなり来て挨拶も無しにそんなこと言っても混乱するだけだろう?」


彼の言動をみかねたのか、アッシュが間に入ってくれた。その口調から、彼がどの様な人物なのか知っているようだった。


「これは私としたことが!スライ・ヘンドリクソンだ!スライと呼んでくれ!剣武コースの1年で、家は剣武騎士団の団長をしている!」


スライと名乗った彼の家が騎士団の団長をしているという言葉に疑問を感じた僕は、確認するように聞き返した。


「えっと、騎士団の団長って、アーメイ先輩の家とはまた違うんですか?」


「あぁ、彼女の家は魔術騎士団の団長だ!君は騎士団の構造をあまり知らないようだが、騎士団は2つに分かれていて、指示系統として頂点に軍務大臣が置かれているんだよ!」


彼の言葉に納得した僕は、先程の提案の返事を返す。


「そうだったんですね。あの、先程の話ですが、僕は自分で問題ないと判断して両方に出場することを決めましたので、辞退することはしませんよ?」


僕の返答に心底驚いた表情を浮かべたスライ君は、僕の両肩を掴んで、前後に揺さぶるように問いかけてくる。


「何故だ!君だってノアである自分の実力の事はよく理解しているだろう!?偶々たまたま騎士団と行動を共にしただけで得た名声を重圧に感じているのか?自分の事をよく考えるべきだぞ!?」


悪気が有るのか無いのか分からないが、彼は的外れな理論で僕を諭そうとしてくる。


「いや、ですから、自分でよく考えて決めたんです!」


「そうか、そうか、言葉に出せないほどの重圧なのだな・・・大丈夫だ!私は君の味方だぞ!」


「・・・・・・」


あまりにも話が通じなさすぎて頭を抱えそうになった僕に、ジーアが助け船を出してくれた。


「まぁまぁ、スライはん?既に対抗試合の予選が今日から始まってるんやから、今さら変更しようとしたら、周りにも迷惑かかってまうで?」


「む?それは、そうだな!しかし、不参加にするだけならば問題ないだろう!?」


「それが、結構エイダはんの事は話題になっとるんよ?どの程度の実力か確認したいゆう人達が、ウチの周りにもようけ居るからな。今さら出場せえへん言うたら、ちょっと騒ぎになりそうやねん」


「確かに、彼の噂は広まっているが・・・それでも、体調を考慮するということなら、その者達も理解するだろう!?」


なかなかジーアの言葉に納得しないスライは、どうあっても自分の言葉を曲げようとしない。そこでジーアは、少し声を潜めながら耳打ちするように彼に話した。


「実はな、さる身分のお方が、先のエイダはんの活躍の真偽を確認したいゆうとるらしいんや。その機会を止めるようなことは、ウチはお薦めできへんで?」


「・・・さる身分のお方だと?」


「そうや!ウチも商人としての情報網には自信有るんやけど、その筋からの信頼できる情報のようやで?」


「むむぅ・・・そうなってくると、私が表だって彼を止めるのはマズイのか・・・」


「せやね。けど、大丈夫や!ウチらが無茶せんようにエイダはんの事は見張っとるさかいな!」


「うぅむ、では仕方ない!彼の事、よろしく頼んだぞ!!」


そう言い残して、彼は颯爽と教室をあとにした。嵐のような出来事に少し呆然とした僕は、ハッと意識を取り戻してジーアにお礼を告げた。


「ありがとうジーア助かったよ!あの人まったく僕の話を聞いてくれなくて・・・」


「ええよ、ええよ!ああいう自分よがりな熱血漢には、直球でダメなら、搦め手で丸め込まんとな!」


僕のお礼に、何て事無いと笑顔で応えたジーアに、怪訝な表情をしながらカリンが問いかけた。


「ところでジーア?さっきの、さる身分のお方って本当なの?」


「ははは!嫌やわカリン!ウチの事分かっとらんようやね?」


「???」


ジーアの反応に、カリンは首を傾げて続く言葉を待った。


「商人の口から出た言葉は、どんな時でも疑って掛かれやで?」


ウィンクしながら悪びれる事もなく胸を張るジーアに、アッシュは苦笑いしていた。


「いや、そんな自信満々で言う事じゃないだろ?」

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