第五章 能力別対抗試合

第76話 予選 1


 side ジン・ファンネル

    &サーシャ・ファンネル



 温泉郷と言われるレイク・レストを訪れていた2人は、神殿の一室である人物との接触を持った。


「久しぶりだな、アリア!元気にしていたか?」


「お久しぶり、アリア!・・・相変わらずのようね?」


神殿での重要人物を招く豪華な一室にて、紅茶を啜りながら待っていたジンとサーシャは、ノックと共に入ってきた人物に気軽に片手を上げて挨拶をした。


挨拶をされた人物は、クリーム色のロングヘアーを靡かせ、純白の羽衣はごろものような衣装に身を包み、静謐な雰囲気を醸し出す女性だった。彼女はにこやかに笑みを浮かべているのだが、その頬はどこか引き攣っており、それは彼女の視線からサーシャの挨拶について思うところがあるような雰囲気だった。


「お二方とも、お久しぶりです。しかし、サーシャ様?私の左手を見ながら相変わらずと言うのはどういう意味ですか?」


「ゴメンゴメン!他意はないのよ?同い年の友人として心配しているだけよ」


「ぐっ!わ、私が行き遅れていると言いたいの?」


「いやね、そんなこと言って無いでしょ?ただ、神殿において聖女の役職に就くあなたは忙しいから、仕方ないわよね?顔は悪くないのに・・・あぁ、仕方ない、仕方ない」


サーシャは薄ら笑いを浮かべながら口許に手を当てて彼女を見つめていた。2人のそのやり取りに、ジンはため息を吐きながら我関せずといった様子で紅茶に手を伸ばしていた。


「も、もう!あなたって人は昔からちっとも変わってないわね!!学生の頃だってそうやって私を馬鹿にしてーーー」


「あらあら?良いの?聖女ともあろうお人が、人前でそんなはしたない言葉遣いして?」


サーシャはアリアの後ろにいる人物に目を向けながら悪い笑みを浮かべてそう問いかけた。


「まったく、よくあなたの性格で貰い手が居たものね。まさに神の奇跡よ!」


「・・・聖女のあなたから言われると重みがあるわね。まぁ、彼じゃなかったら私を嫁にしようなんて男は居ないでしょうね・・・」


「あなた学生の頃から、自分に釣り合うのは地位とお金と実力を兼ね合わせたイケメンに限るって言ってたもんね・・・」


「っ!!い、今そんなこと言わなくて良いでしょ!?」


アリアの言葉に動揺するサーシャは、横目で隣に座るジンを覗き見たが、彼は特に気にするでもなく紅茶を飲んでいた。


「冗談よ!それより、せっかく来てもらったんだし、あなた達に伝えておくべき事があります」


自分もやり返して満足したのか、今までの砕けたやり取りとは打って変わって真剣な表情になると、アリアは後ろに隠れていた人物の背中を押して、自己紹介をするように促した。


「は、はじめまして、ジン・ファンネル様、サーシャ・ファンネル様!私は聖女見習いのシフォンと申します。以後お見知りおきを」


遠慮しがちに挨拶をするその少女は、綺麗な銀髪が目を引く可憐な容姿をしている。アリアと同じ純白の衣装を身に纏っていたが、見た目に年齢は10歳前後と言ったところだった。


「随分若いな。それに、その銀髪は・・・」


彼女の容姿に思い当たる事があるジンは、シフォンを凝視しながら顎に手を当てて、その正体を誰何すいかしていた。


「はい、ジン様のご明察通りです。さすがに本名でここには居られませんし、神殿では私の身分は関係ありませんので」


「そうか・・・聖女の使命は大変かもしれんが、頑張れよ!」


「ありがとうございます」




 互いの挨拶を済ますと、4人は席について現状についての情報交換を行った。


「・・・そう、やはり封印が弱まってきているということね?」


「ええ、近年あった戦争の影響もありますが、それ以上にあの破滅主義者の活動も活発になってきているの。聖女としての能力だけでは、押さえきれなくなってきているわ」


サーシャは現状について確認すると、その言葉を肯定するようにアリアが事態の深刻さを窺わせるように頷いた。


「だから聖女を増やすのは分かるが、こんな小さい子まで巻き込むのか?」


ジンは少し心配そうな表情でシフォンを見ながら問いただそうとするのだが、その質問に答えたのは当人であるシフォンだった。


「ジン様、お気遣いありがとうございます。ですが、この道を選択したのは私自身の意思です。家としての立場もありますが、聖女足りうる能力があるのです。この国のために、世界のために役に立てようと決意しただけです」


「しっかりしてるわね!うちの息子にも見習わせたいものだわ!」


「いや、あいつも歳の割にはだいぶしっかりしてるだろ?」


「そうね、あなたの金銭感覚と比べたら、天と地ほども違うかもね!」


「あ、いや、母さん?ここでその話しはしなくても・・・」


「あのね、どれだけ私が苦労したかと思っているの!?あなたの借金を完済させたのは、どこの誰でしたっけ?」


「・・・その節は、大変ご迷惑をおかけしました・・・」


「ふん!あなたは私が居ないと、生活もままならないんだから!」


急に目の前で繰り広げられた夫婦喧嘩に、アリアとシフォンは目を点にして固まっていたが、ハッと我に返ったアリアが話に割って入った。


「う、う゛んっ!あなた達の仲睦まじい様子は分かったから、本題に戻ってくれない?」


その言葉に、若干バツが悪そうな表情でジンが口を開いた。


「本題か・・・を完全に消滅出来るかって話か?」


「はい。実現できる可能性はありますか?」


意を決したような表情で問いかけてくるアリアに、少し考え込むような仕草を見せて答えたのはサーシャだった。


「可能性はゼロではないけど、まだ時間が必要ね。こちらも色々準備はしているけど、そんなにすぐには無理よ?」


「いえ、こちらも急き立てるようなことはありません。それに、可能性がゼロでないと分かっただけでも御の字です」


安心した表情を見せるアリアに、ジンは付け加える。


「あいつが俺達の域に達するまでは、もう少し経験が必要だろう。それまでにこっちも準備は整えるから、もう少し頑張ってくれよ?」


「分かっています。その為の聖女なのですから」


「私も微力ながら、ご尽力致します!」


アリアの言葉に、使命感を燃やすシフォンが力の籠った目でそう言うと、ジンとサーシャは柔らかい笑顔で、まだ小さい少女に言葉を掛ける。


「無理はするなよ?」


「無茶しちゃだめよ?」


「はい、ありがとうございます!」


シフォンは2人からの自身を心配する言葉に、見た目に似合わない、何かを悟っているような笑顔を返すのだった。





 アーメイ先輩に対抗試合での活躍を約束してから、僕はフレック先生に相談をしていた。最初に説明を聞いた時には大して興味がなかったこともあり、内容をあまり聞いていなかったのだ。


「魔術部門は基本的に、威力、正確性、速度を競うものだな。土魔術を使ったランダムに出現する的を射抜く、所謂射的ゲームみたいなもんだ」


先生の説明に、理解したとばかりに僕は頷く。その様子を認めた先生は、更に話を続ける。


「予選はそんな感じで、いかに早く正確に的を壊せるかだが、決勝トーナメントになると対戦形式になる。魔術師は後衛が基本だから、自分の陣地に前衛に模した10体の土人形を相手に破壊されることなく、逆に相手の土人形を全て破壊すれば勝利だ」


「なるほど、試合とは言っても、生徒自身に危険は無さそうなんですね」


「確かに危険は少ないかもしれんが、狙いを焦って相手生徒に魔術がぶつかるなんて事はざらだし、剣武術部門はもっと直接的に危険だからな」


「というと、直接模擬戦をするということですか?」


「そうだ。予選は魔術と同じく個人で行う。闘氣の習熟を確認するために、ランダムに出現する的を正確に素早く破壊するものだ。だが、決勝トーナメントは木剣を用いるとは言え大怪我する可能性もある模擬戦だ。うちの学院にはメアリー先生が居るから、よほど大怪我でもしない限り大丈夫だろうが、騎士を目指す者や力を誇示したいものは血の気が多い奴も居るから気を付けろよ?」


先生の説明を今一度よく考え、自分が出場する種目について考えるが、先輩に言われた「期待している」という言葉に引っ張られて、あることを先生に確認してみる。


「ところで先生、2つの部門に同時に出場することは可能なんですか?」


「は、はぁ?両方に出場だと?」


僕の質問に困惑するように、先生は驚きの声をあげた。


「はい。僕達ノアは両方の能力を保有しているので、別段おかしな事ではないと思いますが?」


「い、いや、確かにそうだが・・・前例がないからな・・・」


先生は天井を仰ぎ見ながら考え込むような仕草をとると、ウンウンと唸りながら何事か考えているようだった。


「ルールで出場できないように規定されているんですか?」


「たぶんそんなルールは無いと思うぞ。というか、そんなことを想定していないと言った方が正しいか。ちょっと待ってくれ、確認しておく」


「分かりました。よろしくお願いします!」


「しかし、仮に両方出場できたとしても、かなり過密な予定になるが、大丈夫なのか?」


「問題ありません!ちょっとこの対抗試合で、僕の活躍を見せたい人が居ますので!」


「おぉう、そうか・・・青春してるね~。よし!先生に任せとけ!ノアでもやれるんだって事を見せつけてやれ!」


先生は何やら吹っ切れたような笑顔を浮かべながら、サムズアップしてきた。その言葉を聞いて僕も笑顔で感謝を告げる。


「はい!ありがとうございます!」



 結果として、僕の両部門に出場する件は問題なく認められた。他の先生の中には良い顔をしなかった者もいたということだが、そういった人達は、どうせ僕が予選で落ちるだろうと考えているんじゃないかという事だった。


ドラゴン撃退の件で、僕がノアにしてはある程度の実力を有していることは周知の事実かと思っていたのだが、実際には極一部の者しか信じていないらしく、大抵の反応はたまたまその場所に居合わせて、奇跡的に手助けが出来ただけのラッキーボーイと思われているらしかった。


その話を先生から苦笑いしながら聞いたときには、未だにギルドランクの調整に手間取っている背景には、そんな事情もあるのかと妙に納得してしまった。


(世間から見ればノアは落ちこぼれらしいから、そんな人物が手柄を挙げる事自体が信じられないんだろうな・・・)


この対抗試合には貴族達も観戦に来るということだし、凝り固まっている世間のノアに対する評価を覆す良い機会になるかもしれないと考えると、人知れず笑顔が浮かんできた。


(特にアッシュなんかは、ノアということで貴族社会で肩身が狭いだろうし、友人の為にも既存の価値観をちょっと壊してやるか!!)


アーメイ先輩との約束以外にもやる気を見出だした僕は、両方の部門に出場することを皆に告げると、みんな一様に驚きの表情を浮かべたが、すぐに応援してくれた。


ジーアやカリンは、「やっちゃえ!!」とばかりに好戦的な表情で楽しげに笑っていたが、アッシュは少し心配そうにして僕に話しかけてきた。


「エイダ、大丈夫なのか?たぶんほとんど休憩もなく試合が組まれるかもしれないぞ?」


「それも先生に予め指摘されてるし、その上で問題ないと判断したんだから大丈夫だよ!」


僕がそう伝えても、彼の表情は不安なままだった。


「エイダは良い意味でも悪い意味でも目立っている。何もないとは思うが、お前の事を良く思っていない連中からの横ヤリがあるかもしれない。くれぐれも気を付けろよ!」


正直、僕はそこまで頭が回っていなかったこともあって、アッシュの言葉に少し驚いてしまう。ただ、それを含めても何とかなるだろうと、僕は楽観的に考えていた。言い方は悪いが、アッシュのお兄さんが3年の首席と考えれば、それよりは実力が劣るであろう1年生に遅れをとる事態が想像できなかったのだ。


「心配してくれてありがとう!分かった!当日は十分気を付けるよ!」



 そうして、対抗試合まであと1週間と迫っている中、僕はみんなにいつも通り鍛練をつけながら当日に備えるのだった。

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