第78話 予選 3
嵐のようなスライ君の登場に面を食らっていたが、彼が去ってからその
曰く、彼の家は男爵の家系だそうで、スライ君自身、次期男爵なのだそうだ。剣術を嗜む家系だけあってなのか、どちらかというと脳筋と表現される部類で、良い意味で面倒見のよい熱血漢。悪い意味で空気の読めない自己中だという。
ただ、それでも彼を慕うものは多くいるらしい。腕も確かで信頼も厚く、今回の対抗試合の1年剣武術部門の優勝候補筆頭なのだそうだ。
そんな彼が、どういう理由で僕に一方の出場辞退を促しに来たのかは不明だ。本当に僕の身体を気遣っての事かもしれないし、あるいは何か別の思惑のがあっての事かもしれない。
とはいえ、彼の考えは本人しか分からないので、今はそれよりももっと大事なことを話そうと切り替えた。
「ところで、皆の予選のはいつあるの?」
「俺はこの後、11時からだ!」
「私は明日のお昼過ぎ、13時からよ?」
「ウチも明日の15時からやったな。エイダはんは?」
思ったより皆の予選日時はバラバラだった。そもそも全生徒参加のため、緻密な時間管理の元にこなしていかないと、相当時間が掛かってしまう。演習場も魔術と剣武術別々の場所を4つに区切って行われるが、それでも1次予選が終わるのに1週間の時間を要するものだった。
「僕は剣武術部門が2日後の10時から、魔術部門が同じ日の13時からだったよ!」
「わざわざ同日に組まれるなんて、ついてないなぁ。まぁ、この試合の期間中は原則ギルドの依頼は受注不可だし、時間が合えば皆の応援でもするか?」
アッシュの提案に、カリンとジーアは冴えない表情だった。
「応援って言っても、きっと私達は1次予選でさよならよ?エイダは別だろうけど・・・」
「せやね。予選突破には最低でも第三楷悌には到達してへんと不可能やしね。・・・エイダはんは別やけど」
「確かにエイダは別だが、俺は持てる全力を尽くすだけだ!」
3人のやり取りに何となく疎外感を感じてしまう僕は、この状況でどう言っていいか分からず、おずおずといった感じで口を開いた。
「いや、みんな一緒に予選突破を目指して頑張ろうよ!この半年、一緒に鍛練も積んできたんだし、きっと良い結果が得られるんじゃないかな?」
「ははは、ありがとな!俺達だってもしかしたら、1次くらい突破できるかもしれないな!」
「確かに半年前より魔術の精度や威力は上がったけど、それでも一般的に見れば私達はまだまだ実力不足だと思うわ・・・」
「エイダはん、応援しとるで頑張ったってや!」
僕の言葉にアッシュは前向きな姿勢を見せたが、カリンとジーアはどこか達観したような遠い目をしていた。
「ははは・・・。と、とりあえずこの後にやるアッシュの予選の応援に行こうか?」
その提案にカリンとジーアは賛同してくれて、アッシュは照れ臭そうに頬を掻きながらも嬉しそうな顔をしていた。
剣武術演習場は、多くの生徒達でごった返していた。予選を見ながら声援を送る者、観察しながらメモを取る者、予選そっちのけでただ友人と話しているだけの者など、その様子は様々だった。
4つに区切られた演習場からは、至る所から威勢の良い掛け声と共に斬戟音が響いてくる。予選を行っている生徒の手には木剣が握られており、ほとんどの生徒は第三階層以上の闘氣を纏っていた。
的になっている標的は、近くに居る先生が土魔術によって作り出しており、出現場所や時間は完全にランダムになっているようだ。ただ、的自体にはそれほどの強度を持たせていないようで、少なくとも第二階層程度の闘氣で、十分な精度があればアッシュでも目標を破壊出来そうだった。
「確か1次予選は、5分以内に出現する10個の的を破壊するんだよね?」
「そうだな。的は結構な強度があるってことだから、威力と精度が重要になる。逆に2次予選じゃ、10分で100個の的を7割以上破壊する必要があるから、闘氣の持続力が求められる内容になってるな!」
アッシュの言葉に、「おやっ?」と思う部分もあったが、自分を基準にしてはいけないと思い直して話を続ける。
「アッシュなら大丈夫だよ!日頃の鍛練を思い出して、闘氣を精密に制御できれば、的の10個くらい簡単に破壊できるって!」
笑顔でそう告げる僕に、アッシュも笑顔になって応えてくれた。
「ありがとなエイダ!いっちょ、やってくるぜ!!」
白い歯を輝かせながら演習場へと向かうアッシュに、カリンとジーアも声援を送って見送った。
アッシュの予選が始まるまでの間、他の生徒の様子を眺めていると、出現した的を10個全て破壊できているのは全体の半数未満だった。
皆5個目までは比較的スムーズに破壊していくのだが、数をこなし続けることで闘氣の密度が薄れていき、制御も崩れて維持できなくなっている者も多く見受けられた。
(第三階層に到ってはいても、制御はまだまだ甘いな)
確かに階層が上がれば飛躍的に精密な制御が可能となっていくのだが、だからといって鍛練しなければ、それ以上の緻密な制御は出来ない。それを考えると、学院の生徒達は階層を上げることに躍起になっているだけで、基礎的な部分を疎かにしている事が分かった。
(落ち着いてやればアッシュも1次予選くらい突破出来そうなんだけど、大丈夫かな・・・)
そうして演習場の方を見ていると、その一角にアッシュの姿が現れた。少し緊張したような面持ちだったが、それでも筋肉が固まって動けないと言うほどではなさそうだった。
「アッシュ!頑張んなさいよ!!」
彼の姿を認めたのだろう、いち早くカリンが声援を送っていた。その声に気づいたアッシュは振り返ると、少し照れ臭そうに拳を上げていた。その様子に、僕とジーアは2人でこそこそと話をした。
「ジーアさん?ジーアさん?」
「はいはい、エイダはん?」
「僕らの応援は必要ないですかね?」
「そのようやね。ウチらの応援よりも、カリンはんの声援の方が、何倍も力になってそうやね!」
「これが噂に聞くリア充ですか?」
「せやで!エイダはんも頑張りいや!」
そんなことを話していると、隣からカリンがジト目を向けてきていた。ただ、その頬はほのかに色付いており、照れ隠しだろうということが窺えた。
そして、アッシュの予選が始まると、みんな固唾を呑んでその様子を見守った。未だ薄い赤色の闘氣を不定形な状態で纏っているが、最初の頃よりかは大分安定している。
彼は木剣を手に、出現する的を1つ2つと無駄の無い動きで破壊していく。しかし、3つを越えたところで急にスタミナが切れたように闘氣の制御が崩れてしまった。
それでもアッシュは歯を食いしばって、4つ5つと時間は掛かりながらも破壊した。しかし、7つ目を壊したところで時間切れとなってしまった。
(的の強度に対して闘氣の量が少なかったな。途中から制御が乱れたせいで、かなり無駄に闘氣を垂れ流していたし、要改善だよ!)
落ち込んだように、少し肩を落として演習場を去っていくアッシュの姿を見ながら、彼の今後の鍛練の方針を考えていた。
皆を見ると、ジーアは仕方ないといった顔をしていたが、カリンは本当に残念といった表情をしており、アッシュが帰ってくるのを心配そうに待っているようだった。
少しして演習場からアッシュが戻ってくると、僕とジーアが先に声をかけた。
「お疲れ!良いとこまでいってたけど、後半の闘氣の扱いが雑だったから、要改善だね!」
「おつかれさん!もうちょっとやったのに、惜しかったなぁ」
「ははは、まぁ今の俺の実力じゃあこんなもんだろ?仕方ないさ」
言葉とは裏腹に、アッシュは悔しそうな表情を滲ませていた。そんな彼に対して、僕もジーアもいつものように接していた。
「疲れたやろ?ウチらはちょっと飲み物取ってくるから、カリンとここで待っとってや?」
「あ、あぁ、すまない。ありがとう!」
「ほな行こか?」
アッシュをその場に残して、僕とジーアが離れると、それを待っていたかのようにカリンがアッシュに駆け寄っていった。2人の事をジロジロと見るのもどうかと思ったので、ジーアの言った通り飲み物を調達するため、足早にその場を離れたのだった。
アッシュとカリンの2人の時間を作るために、僕とジーアは他の生徒の予選を見ながら時間を潰すことにした。今の時間帯は主に1年生が予選を行っているらしく、その様子を眺めながらジーアが演習場に居る人物の情報を教えてくれた。
何でそんなことまで知っているんだろうというような情報さえもジーアの口から出てくるので、正直彼女の情報網はどうなっているんだろうと驚くほどだ。皆それぞれに事情があって、この対抗試合で功績を残したいと考えている人や、既に将来が決まっていて、それほどこの試合を重要視していない人、ただ単に力を誇示したい人など様々な話を聞かせてくれた。
そんなジーアからもたらされる情報に、「よくそこまで知ってるね?」と素直に感心しながら思った事を伝えると、「情報は商人の基本やで?」と悪そうな笑みと共に返された。
そんな感じでしばらく演習場を見ていると、魔術演習場の一画から一際大きな声援が聞こえてきた。何事かとそちらの方へ行ってみると、演習場には今朝僕に絡んできていたアーメイ先輩の妹、ティア・アーメイが不敵な笑みを浮かべながら仁王立ちして予選の開始を待っているようだった。
「・・・アーメイ先輩の妹さんって人気あるのかな?」
先の声援といい、普段は数人の取り巻きを引き連れている事といい、彼女には何か人を惹き付ける魅力でもあるのだろうかとジーアに問いかけた。
「う~ん、あれを人気と表現するんは難しい思うわ」
「ん?違うの?」
僕の言葉にジーアは苦笑いしながら口を開いた。
「彼女は確かに魔術の才能はあるし、実力もウチらと同年にしては頭一つは飛び抜けとるんよ?取り巻きの連中は、そういった力ある者を上手く利用して、学院生活を快適に過ごしたいっていう魂胆と、もしかすればアーメイ家に取り入れる可能性を考えてると思うで?」
「・・・つまり、純粋に彼女を慕って行動を共にしたり、応援をしているって訳じゃないってこと?」
「ははは、まぁ、はっきり断言は出来へんけど、大雑把に表現するとそんなところやね!」
ジーアの言葉に、何となく彼女を見る目が変わってしまう。あれだけの応援があって、あれだけ多くの人達と行動を共にしているにもかかわらず、その中には実際に友人と呼べる存在は居るのだろうかと考えてしまう。
そんな僕の彼女に向ける悲しげな視線に気づいたのか、ジーアが言葉を続ける。
「まぁ、貴族の人付き合いなんて、そんなもんやで?心の底から信頼できる存在なんて、ほとんど居らんのが普通や。実際、あの子もその事を気に掛けることは無いやろうな」
貴族をそう表現するジーアの声からは、どこか同情や憐れみを含んだ感情が見え隠れしていた気がした。
「貴族って寂しいんだね・・・」
ポツリと呟く僕の言葉に、ジーアは苦笑いを浮かべるのだった。
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