第71話 ギルド 26


 side エレイン・アーメイ


 私はエイダ君の状態を考慮して、この場に馬車を持ってくるようにお願いをすると、騎士の皆は快く承諾してくれた。そんな彼らの瞳には、エイダ君に対して尊敬や憧れにも似た感情を抱いているようだった。


それは、あのような筆舌に尽くしがたい戦闘を見れば当然の事だろう。騎士たるもの、誰でも強さに憧れを持っているものだ。その理想の実現のために本来は鍛練を欠かすことなく努力を重ねるのだが、中にはその肩書きに胡座をかいて、惰性で過ごす者もいる。


そんな者達を、私は嫌悪する。騎士たるもの、常に清廉潔白な考えの元、人を守るために最善を尽くすべきだ。そして、彼が行った偉業は評価されてしかるべきだ。ドラゴンを単独撃破したものなど、かの剣神や魔神でしか成し得なかったものだ。


であれば、そんな偉人達と同等の実力を持つ彼には、それに相応しい地位でその実力を振るうことこそ、この国のためになるだろう。


(よし!帰ったらお父様に直談判して、なんとしても彼に叙爵させるよう、国王陛下へのお口添えをお願いせねば!)



 そこまで考えると、自然と自分の口許が緩むのを感じた。彼がそれなりの爵位を得るということは、私との身分の差が問題にならなくなるということだ。しかも、彼の実力を考えるのならば、国を護る要である騎士団になくてはならない存在になることは間違いないだろう。


(そう!これは騎士団のため、国のためなのだ!彼をしっかりと繋ぎ止めるために必要であるというなら、私が彼と縁を結ぶのも吝かではないな・・・)


それに、エイダ君程の実力者が隣に居るのであれば、私の夢が現実になる可能性だってある。とは言え、それ以前に一人の女性として彼に惹かれ始めているということは認めざるを得ないところだ。


(ふふふ。まさか私が初めて恋心を抱く相手が年下の男の子とは、人生とは何があるか分からないものだな)



 気を失っている彼を膝枕しながら介抱している私に、危険なこの場に一緒についてきてくれたレイさんが「魔獣が接近してきている」と声を掛けてきた。彼女の指差す方を確認すると、確かに十数匹の魔獣達がこちらに迫ってきていた。


見たところ、精々Dランク程度の魔獣の群れだったので、私とレイさんだけでも討伐は可能だろうと判断したが、万が一にも気絶している彼を巻き込むわけにはいかないと判断した私は、この場から少し離れて迎撃することをレイさんに提案し、彼女も承諾してくれた。


そして彼をその場に残し、レイさんと共に接近してきている魔獣の群れの方へと向かう途中、私は唐突に冷たい殺気をその身に感じた。そう、隣で私と並走する彼女から・・・


「くっ!」


咄嗟に彼女から距離を取るために飛び退こうとするのだが、相手は既に懐から深緑色の液体が滴る鈍色の短剣を私の胸元目掛けて振り抜こうとしてきていた。


「死ねっ!!」


「っ!!」


短剣の切っ先が私の胸に突き刺さろうとしたその瞬間、自分の周りの時間がいやに遅く流れていることに気がつく。それはきっと、自分がこれから死ぬことを理解してしまったからだろう。


(ああ、ここで私は死んでしまうのか・・・こんなところで夢も叶えられず、理由も分からず殺される・・・せめて彼に自分の気持ちを伝えたかった・・・)


お父様は騎士団長という職に就いていることで、我が伯爵家には政敵が皆無というわけでは決していない。むしろ、お父様の失脚を目論む者は多いだろう。それゆえ私も、幼い頃から暗殺の危険性を口酸っぱく注意されていたというのに、最後の最後で油断してしまった。


(すまないエイダ君・・・せっかく君が守ってくれた約束だったのにな・・・)


私は自らに迫る死を覚悟し、目を瞑ってその時を待った。その頬を、私の心残りが一筋の涙となって流れていくのを感じて・・・。







『キィィィン!!』


「っ!!?」


「なっ!?」



 死を覚悟したその時、私の耳に届いたのは肉を切り裂く音ではなく、硬質な物をぶつけたような金属音だった。更に、刺客であろう彼女からは驚きの声が聞こえてきた。


恐る恐る目を開けると、そこには根本から折れた短剣を手に驚愕の表情をしている彼女と、私達の横合いから手刀を振りきった体勢をしているエイダ君の姿があった。


「エ、エイダ君!?だ、だいじょーーー」


大丈夫か、と声を掛けようとした瞬間、彼は私を抱き抱えて、暗殺を企ててきた彼女から距離を取るべく、その場を飛び退いた。


図らずもお姫様抱っこをされる形となった私は、その状況にドキドキしながら彼の腕の中で動けないでいた。


(こ、これがお姫様抱っこというものか・・・思っていたより悪くない・・・)


直前まで死の淵に瀕していたとは思えないほど、私の頭の中は安堵に満ちていた。それはきっと、私の彼に対する信頼の現れなのかもしれないし、あるいはもっと別の感情によるものなのかもしれない。


そんなエイダ君に対して、彼女はまるで幽霊でも見るような表情で声を絞り出していた。


「ど、どうやって・・・確かにあの場で意識を失っていたはず・・・しかも、この短剣を素手で折るなんて・・・しかも、何?その見たこともない闘氣のようなものは?」


彼女の言葉に、私は改めてエイダ君を見ると、白銀の闘氣のようなものを纏っていた。


(こ、これは?闘氣は階層が上がると鮮やかな赤色になり、第五階層に至ると金色に輝くと聞くが、この白銀はいったい?)


彼の状態に疑問を浮かべていると、魔獣の唸るような声が聞こえてきた。元々この場に魔獣達が接近しているからと場所を移動していたのだが、色んな事があって頭の中から消えていた。お姫様抱っこをされたまま頭を後ろに傾け、彼の腕越しに魔獣の声がする方を見ると、勢いよくこちらに疾走してくる魔獣達が目に映った。


「ま、不味いぞエイダ君!魔獣の群れがここに・・・エイダ君?」


私の声に全く反応を見せない彼に違和感を感じた。そもそも助けに来てくれてから彼は、一言も言葉を発していない。何か変だと彼の顔を覗こうとすると、急に浮遊感を感じた。


「きゃっ!!」


『チンッ!』


突然の事に小さく悲鳴をあげてしまった私は、気がつくとまた彼の腕の中にり、驚いた拍子に彼の首にしがみつくような体勢をしていた。


間近に彼の顔が迫っていたことに、つい恥ずかしさを感じて視線を彼の肩越しの後方に向けると、そこにはいつの間に討伐されたのだろう、魔獣の群れが物言わぬ骸へと変わっている光景が目に入ってきた。


「は?えっ?い、いったい何がどうなって?」


もはや混乱の極みにある私は、今何が起こっているのかの現状認識すらできなくなっていた。目の前に呆然と佇んでいる、刺客の女性を除いて。


「はは・・・嘘でしょ?何、その馬鹿げた早さ・・・鞘に納剣した音しか分からなかった・・・」


彼女はそう言うと、全てを諦めたような絶望した表情で地面に崩れ落ち、大きくため息を吐いて俯いてしまった。その様子は、先程までの死を覚悟した私のようだった。どうやらエイダ君は、私から手を離した一瞬の間に剣を抜き放って、背後にいた魔獣達を一掃してしまっていたようだ。


おそらくはドラゴンとの戦いで見せていたような、飛ぶ斬戟を放ったのだろうと推測した。もはや彼の武力ランクは、Sランク相当の力を有していると見て間違いないだろう。それは、今は行方知らずとなっている剣神と魔神を除けば、ただ一人のSランクの実力者ということになる。


さすがは私の認めた男の子だと、満足げな思いを抱きながら再度彼の顔を伺うのだが、やはりどこかおかしい。


「エ、エイダ君、大丈夫なのか?」


彼の身体の状態を心配して声を掛けると、腕に力が込められ、お姫様抱っこというよりも抱き締められるようになってしまった。


「っ!!エ、エイダ君!?そ、その、君の気持ちは嬉しいのだが、さすがに時と場所を考えて・・・エイダ君?」


刺客を前にして私を力強く抱き締める彼に困惑しながら、それとなく諭そうとするのだが、彼の瞳は私を映してはいなかった。いや、その瞳に光はなく、どこも見ていないように焦点が定まっていないようだった。


「ま、まさか、君は今も意識が無いのか?そうまでして私の事を・・・」


その事実を認識したとき、私の心にはこれまで感じたこともないような言い知れぬ高揚感と共に、彼に対する想いが止めどなく溢れてきた。意識を失ってもなお、危機に瀕した私を助けてくれる。これでは本当に、幼い頃に見た物語の中のお姫様のようだと思ってしまった。


 しかし、私が迂闊にも彼の今の状態を口にしてしまったところで、刺客の彼女が敏感に反応を示して、即座に逃げの姿勢を取ろうと僅かに腰を浮かせたところで、彼女は急に動きを止めた。


「っ!!あ、あ、あぁ・・・」


言葉にならない言葉が彼女の口から漏れ、白目を向き、泡を吹きながら前のめりに地面に倒れ付してしまった。


「い、いったい何が?」


何が起こったか理解できなかった私は、周りを確認するも、この場には私達しか居なかった。となれば、この事態を引き起こしているのは意識のない彼なのだろうとその顔を見ても、私には何も感じなかった。


それどころか、焦点の合っていない彼の瞳を見ても、私には胸が温まるような安心感しか感じなかった。


(エイダ君の殺気なのか?しかし、講堂の時のように冷たい感じはしない・・・むしろ私には心地良いくらいだ・・・もう訳が分からないぞ!)



 あり得ない出来事の連続で私の頭の中はパニック状態だ。突然現れたドラゴンについても、そのドラゴンを単独撃破したエイダ君の実力の事も、その直後に刺客から命を狙われた事も、今の私では情報を処理しきれない。


しばらく彼に抱き締められたままでいると、馬車を取りに行った騎士達が戻ってきた。皆、私が置かれている状況に目を丸くして何が起こったかを焦ったように確認してくるのだが、そんな状況でもエイダ君は私を離すことはなかった。


仕方なく私は彼に抱き締められたまま、自分の把握している限りの出来事を説明した。最初、騎士達は呆気に取られたような表情をしていたが、すぐに状況を呑み込むと、泡を吹いて気絶している彼女を拘束した。


私はエイダ君に抱き締められながらその様子を見ていると、彼の様子が次第におかしくなっていった。


「エ、エイダ君?」


彼の呼吸が荒くなり、纏っている白銀の闘氣がユラユラと崩れだしたのだ。ドラゴンを討伐したときには、既に彼の闘氣も魔力も枯渇寸前の状態だった。となれば、彼は本当に最後の力を振り絞って私を守ってくれている状態なのだろう。もしかしたら、このままでは後遺症が残るかもしれないと危惧した私は、なんとか彼を休ませようと語りかけた。


「エイダ君!もう大丈夫だ!仲間も来て、私はもう安全だ!だから、力を抜いてくれ!」


「・・・・・・」


「エイダ君!聞こえるか?私はもう大丈夫だ!」


「・・・・・・」


私がどれだけ呼び掛けても、彼が反応を示すことはなかった。それどころか、ますます息は荒くなり、見るからに顔色も青くなっていた。


(くっ!このままでは・・・)


焦燥感を覚えた私は、なんとか自分の言葉を届けようと、抱き締められながらも彼の頭を抱え込むようにして、優しく頭を撫でて耳元で囁いた。


「(ありがとう。もう大丈夫なんだ。こんなに私の事を思ってくれて嬉しいよ・・・私のこの想いを、どうしたらいいのだろうか・・・)」


言葉を紡ぐ度に、今までの彼との記憶が脳裏に甦ってくる気がした。それは私の抱く彼への想いを更に高めてしまい、気づくと無意識に言葉に出してしまっていた。


「大好きだよ、エイダ君」

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