第70話 ギルド 25

 □回想□



「違う違う!魔力の扱いはもっと丁寧にって言ったでしょ!!」


「ちょっと待ってよ!5つの事を同時に意識しないといけないんだから、そんな簡単にいかないよ!」


 家の裏庭で母さんからの猛特訓を受けている僕は、神魔融合のあまりの難しさに降参状態だった。


「感覚的にやるんじゃないの!これは神経を磨り減らして、完全に調整しないと発動しないのよ!」


「理屈は分かってるけど、身体から放出した後の魔力を完全に制御するなんて、まだ再現できないんだよ!」


「へぇ・・・つまり、もっと母さんとの鍛練の時間が必要ってことかしら?」


「っ!!ち、違います!今のままで大丈夫です!」


母さんから溢れ出る嫌な気配に、どっと冷や汗が流れてくる。正直これ以上の鍛練は御免被りたい僕は、何故か敬語になっていた。


「はぁ・・・いい?もう一度言うわよ?自然界には魔力が飽和した状態で漂っているの。つまり、全ての属性の魔力がそこに存在していると言う状態よ?」


「でも、魔力の状態なら属性なんて付いてないんじゃないの?」


僕は前回説明を聞いたときから疑問に思っていたことを尋ねた。


「体内にある魔力は、ね。体外に放出する際は基本的に属性を付けるでしょ?じゃあ、体外に放出し終わった魔術はどうなると思う?」


「え・・・?消えるんじゃないの?」


母さんの質問に腕を組みながら考え込み、正解と思う答えを返した。


「違うわ!放たれた魔術はね、その属性を残したまま魔力となるのよ!そして、自然界にはそんな属性が残っている魔力が膨大に飽和しているの」


「う~ん・・・でも、魔力なんて感じないんだけど・・・」


「それは、飽和しているからよ。その飽和した状態の魔力を感じとり、取り込み、混ぜ合わせて放つのが神魔融合よ!」


母さんがドヤ顔で以前聞いた内容と同じ説明をするのだが、難しすぎて理解するのも一苦労なのだ。しかも、自然界に飽和している5つの属性を持っている魔力を分離させるように取り出して、全て均等になるように取り込んで混ぜ合わせるなんて、今の僕からは途方もないほど隔絶した制御を必要とする技術なのだ。


「はぁ・・・もう集中力が枯渇しそうだよ・・・」


「大丈夫よ!集中力は無くならないわ!なんなら、母さんがあなたの集中力を高めてあげましょうか?」


ニヤリと悪い笑みを浮かべる母さんに戦慄が走った。


「い、一応聞くけど、どうやって?」


「ふふふ・・・人間、死を間近に感じると、想像以上の力が発揮できるらしいわよ?」


「っ!!や、やっぱり集中力は大丈夫だよ!今、物凄い集中してるから!」


これ以上追い詰められては堪らないとばかりに、僕は母さんに集中していることを猛アピールした。


「まったく・・・弱音なんて吐いてないで、いつか大切な人が出来たときの為に、もっと強くなりなさい!」


母さんの言葉に少し思案するが、今の僕にはよく分からなかった。


「そんな人なんて出来るのかな・・・」




 友人の居なかった当時の僕には、母さんの「大切な人」というものがピンとこなかった。だけど、実家から出て学院に通い、多くの人と出会ったことで大切な人がどういうものか理解できた気がする。


そして、僕の為にこの危険な場所に駆けつけてくれたアーメイ先輩に対しては、アッシュ達に感じる「大切」以上の想いを感じていた。


(だからこそ、目の前のこのドラゴンは僕が倒して先輩を守る!!)


 地面に落下するまでにドラゴンの肉体再生は間に合わなと踏んだ僕は、奴が落下したと同時に放てるように杖に魔力を込め始めた。


(集中しろ!火、風、水、土、聖・・・五つの属性を完璧に均等に取り込み、自分の魔力を繋ぎのように混ぜ合わせて融合させる・・・)


今一度、自分の中で技の性質を読み解き、ドラゴンに向かって掲げている魔術杖に、群青色の僕の魔力を集束していく。


そして、ドラゴンが地面に衝突する寸前、集束しきった魔力を解き放つ。


「喰らえ!神魔融合!!」


杖の先端の魔石から、群青色に染まる一条の本流が放たれる。そして、自然界の飽和した魔力から5つの属性の魔力を均等に取り込んでいき、赤・青・黄・緑・白・群青の6色に色付いたと思うと、同時に爆発的に膨れ上がったかのように、巨大な本流となって地面に落ちるドラゴンに殺到した。


『GYUUーーーー』


迫り来るその魔術に、驚いたように目を見開くドラゴンは、ブレスを放とうと口を開いたようだが、短い断末魔だけを残して、初めからその存在が無かったかのように、一切の生存した欠片を残すこと無く、ドラゴンの肉体を完全に消滅させていた。


「・・・・・・・・」


「や、やった・・・」



 ドラゴンを倒したことを確認すると、唐突に身体を抗い難い虚脱感が襲ってきた。只でさえ闘氣は枯渇寸前で、魔力の方も今の一撃でほとんど残っていないため、意識を保つにもかなりギリギリの状態になってしまった。


(やっぱり、またまだ母さんには及ばないな。にしても、さすがに今回は全力を出し尽くしたって感じだな・・・ここまで力を出し尽くしたのは父さんと母さんとの鍛練以外では初めてだ)


眼前に広がる抉り取られたような地面が続く景色を、以前母さんに見せてもらった神魔融合と比較すると、だいぶ規模は小さい。そんな事を思いながら、片膝を着いて肩で息をしていると、アーメイ先輩が息を切らしながら駆け寄ってきた。


「ぶ、無事か!エイダ君!?」


「アーメイ先輩。なんとか約束は守りましたよ?」


虚脱感にさいなまれながらも、なんとか精一杯の笑顔を向けて先輩を見上げる。


「なっ!?や、約束って・・・」


「先輩のことを助けるって言いましたから!」


「っ!!ば、ばかっ!私は君が死ぬんじゃないかと、本気で心配したんだぞ!!」


先輩は僕の言葉に少し顔を赤らめながらも、涙目になりながら頬を膨らまして怒ってきた。怒られているのに、こんな事を思うのは失礼かもしれないが、先輩の表情は、怖いというより可愛らしいと思ってしまった。


「このくらい全然平気ですよ・・・と言いたいんですが、さすがに魔力も闘氣も枯渇寸前で、意識を保っているのも精一杯なんです」


僕は苦笑いをしながら今の自分の状態を伝えた。


「SSランクのドラゴン相手に、あんな神話のお伽噺で聞くような光景の戦闘をしていたのだ、それも当然だろう。後の事は私に任せて、今はゆっくり休め!」


「す、すみません。そう、させて・・もらいます・・・」


「エイダ君!」


片膝を着いている状態も出来なくなり、地面に倒れ込もうとしたその瞬間、アーメイ先輩が地面に膝を着きながら優しく僕を抱き支えてくれた。ふわりと漂ってくる先輩の良い香りに気恥ずかしさを感じて、自分の顔が赤くなるのが分かった。


「す、すみません。少しの間、意識を、手放しますので、あとは・・頼みま・・・」


言い終わらない内に僕の意識は、暗闇へと呑み込まれていった。


「・・・まったく。格好良すぎだぞ、君は・・・」


僕を見つめながら呟いた先輩の声は、残念ながら意識を無くしていた僕には聞くことが出来なかった。




 side レイ・ストーム



 私の目の前で繰り広げられていたこの世のものとは思えない戦いの光景に、私はただ唖然とするしかなかった。本来であればドラゴンなど、都市に居る何百という騎士達が総動員されて対処するほどの強大な存在だ。下手をすれば都市一つが灰塵に帰してもおかしくないような相手に、一人で奮闘するどころか討伐してしまったのだ。


(いったいこの少年は何者なの!?剣術もそうだったけど、魔術の規模も尋常じゃない!欠片も残さず相手を消滅させる魔術なんて聞いたこと無いわ!何よ最後のあのとんでもない魔術は!?)


私は自分の目が見た光景を、未だに信じられないでいる。おそらくは巨大な魔力の塊を放出したんだと推測されるが、その直後に6色に色付いていた原理が理解不能だ。威力に至ってはもはや乾いた笑いしか出てこない。明らかにドラゴンのブレスよりも強力なそれは、もはや個人が保有する力としては過ぎたものだ。


そのせいもあるだろうが、一緒に少年を救出に来ていた騎士達は完全に浮き足立ってしまっていて、少年を今後どう扱っていくべきかに頭を悩ませているようだった。あまりに強大な力をその目にし、無下な対応など出来ないと判断したのだろう。


少年と同じ学院生でもある伯爵家のエレインさんは、地面に膝を着き、気を失った少年をまるで宝物でも抱えているかのように大切に抱き締めながら、今回の少年の功績を国へ報告して勲章を与えるべきと主張しており、周りの騎士達もその意見に同調するように頷いていた。



 少しして、話は纏まったようで、騎士達の輪からは離れた所で事の推移を見守っていた私に、一人の騎士が近寄り、以降の行動について話してくれた。


「失礼します!今回は我々の救出行動に同行いただきありがとうございます!彼の活躍のお陰で既に脅威は去ったと判断いたしましたので、我々はこれから迎えの馬車をこの場に持ってきます。少々お待ちいただけますか?」


「あ、はい、勿論です。えっと、気を失っている彼はどうするのですか?」


「彼はアーメイ様が介抱するとのことです。また、彼が斬り飛ばしていたドラゴンの素材を回収する必要もありますので、3名はその捜索に、2名は馬車を取りに行きつつ報告を行います。その為、良ければあなたにはアーメイ様の護衛を兼ねて残っていただきたいのですが?」


ドラゴンの素材は、僅かな鱗だけでも大金になる。少年が斬り飛ばしたドラゴンの手足のことを考えれば、軽く1億コルは動くことになりそうだ。その確保と、素材や気絶した少年を運ぶための馬車の手配で騎士達が居なくなるのは願ったり叶ったりだったので、私は二つ返事で了承した。


「分かりました。では、あなた方が戻ってくるまで魔獣が来ないか周囲を警戒します!」


「よろしく頼みます!では!」


そう言い残して騎士達はこの場から去っていき、残ったのは気絶した少年を介抱するアーメイ伯爵家の娘と私だけになった。


(少年が気絶している今しかチャンスはないけど、彼女が邪魔ね・・・仕事のために目撃者は消しておかないと!)


私は懐にある短剣の柄を触りながら、どう暗殺するかの行動方針を頭の中で組み立てていく。その時、十数匹の魔獣が遠くからこちらに向かってきていることに気づいた。


(っ!!これは・・・使えそうね!)


少年が起きている内には、生半可な魔獣では全く隙を見せなかったので焦っていたが、この状況であればいくらでもやりようがある。そう考え、私はまず魔獣の接近を彼女に伝えて警告する。


「アーメイ様、あちらから魔獣が接近しています。ご注意しておいてください」


私が指差す方角を目を細めるようにして確認した彼女は、十数匹の魔獣を視認することで驚きを露に警戒していた。


「本当ですね。少し数が多いようですから、協力して倒しましょう!レイさんは確か前衛の剣術師でしたね?」


「はい、その通りです」


「では、私が後方から土魔術で攻撃を加えて、機動力を削ぎつつダメージを与えますので、とどめをお願いできますか?」


「勿論です!どうか、よろしくお願いします!」


「こちらこそ、よろしく頼むわ!」


魔獣の迎撃方針が決まると、彼女はそっと少年を地面に横たえ、愛おしそうに優しく頭を撫でると、真剣な表情で立ち上がって腰の杖を抜き放った。


「レイさん。ここではエイダ君まで巻き込むかもしれません。少し移動しましょう!」


「はい。魔獣も迫ってきています。急ぎましょう!」



 そうして私達はこの場から魔獣の方に向かって移動し、横たわる少年から100m程離れた所で、唐突に右隣を一緒になって走っている彼女に殺意の牙を剥いた。


「っ!!」


私の殺気に気づいたのか、隣を走る彼女は驚愕した表情でこちらを見てくるがもう遅い。毒を塗り込んだ短剣を逆手に持って抜き放ち、彼女の胸に向かってそのまま突き刺す。


「死ねっ!!」

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