第69話 ギルド 24
「はぁはぁはぁ・・・」
ドラゴンとの攻防を始めてから、もうどの位経過したのだろうか。集中のあまり時間の感覚が曖昧になってきていた。迫りくる尻尾や爪による攻撃を掻い潜りながらも、足やお腹を切り裂いていくのだが、ドラゴンの体表を覆っている火の粉の影響で、瞬時に傷が癒されてしまう。
しかも、あまり長い時間間合いの内側にいると、熱すぎて呼吸ができず、その場に留まることも出来なくなってしまうのだ。体感で1分以上その場にはいられないし、手に持つ剣も父さんの鍛えた物でなければ溶けてしまうのではないかと思わせる感覚だった。
熱から逃れるために距離を開けると、間髪入れずに炎のブレスを放ってくるため、全くと言って良いほど息つく暇がないのだ。
(遠距離は火のブレスで、中距離は鞭のような尻尾、近距離では爪による攻撃か・・・しかも自動的に回復する火の粉付きで、万全かよ!)
心の中で今の状況に毒づきながら、打開策を検討する。最大の問題は僕の攻撃深度だろう。刃渡り1m少しの剣では、体長にして20mはあろうかと言う巨大なドラゴンに致命傷を与えることはほぼ不可能だ。
唯一の手段は、”
そうなると、母さん直伝のあの魔術だが、僕が使うには隙が大きいので、その時間をいかに稼ぐかが問題だ。しかも、闘氣を解除すると、あの火の粉が熱過ぎて耐えられないかもしれない。
(さすがにSSランクと言われるだけあって、一筋縄ではいかないか・・・)
大きさが違いすぎるせいもあって、攻撃を逸らして相手のバランスを崩すのは難しい。しかも、ドラゴンの鋭い爪は、人剣一体の状態であっても切り飛ばすことが出来なかった。まさに全身凶器のドラゴンに、どう対処すべきか悩んでいた。
「うおっ!!」
思考に意識を割いていたためか、意識の
「このっ!!」
迫る尻尾を、剣を下から掬い上げるようにして切り落とそうとするが、まるで尻尾の先に意思があるようにその剣戟を避けて、全く逆の方向から横薙ぎに襲いかかってくる。
「っ!くそっ!」
咄嗟に力を逸らそうと構えるのだが、意識が尻尾に向いていた僕の頭上から、炎のブレスが迫っていた。
「くっ!」
その場での防御を諦め、勢い良くバックステップをして攻撃範囲からの脱出を試みたのだが、ドラゴンは巨大な翼をはためかせて、自ら放ったブレスを広域に拡散し、逃げ場を無くしてきた。しかも、翼で起こされた突風と相まって炎の威力が格段に増している。それはまるで、圧倒的な速度で迫りくる巨大な炎の壁だった。
(逃げ道を完全に塞ぎにきたか!やるしかない!!)
拡散したブレスを防ぐ手立ての無い僕は、バックステップ中に剣を大上段に構え着地と同時に垂直に振り下ろし、迫る炎ごとドラゴンを斬る。
「神剣一刀!!」
『ズバンッ!!』
剣を振り抜いた軌道上にある炎の壁は左右に切り裂さかれ、更にその奥の元凶であるドラゴンへと斬戟が殺到する瞬間、奴は辛うじて身を翻して僕の攻撃から難を逃れた。
『GYUUUU・・・』
ただ、全くの無傷ではなく、左の肩口付近から垂直に斬戟が通り、左の手足を身体ごと斬り飛ばしていた。回復させる隙を与えるわけにはいかないので、今の一撃で使い果たした闘氣を再度纏い直し、奴の間合いの内側まで一気に踏み込もうとするのだが、危機を機敏に感じ取ったのか、ドラゴンは翼をはためかせ、遥か上空へと逃れてしまった。
「間に合わなかったか・・・」
ドラゴンは手足が無いせいか、フラフラしながらも上空を旋回してこちらを窺っている。一応は神剣一刀の射程範囲ではあるが、距離がありすぎて躱される可能性が高く、次に使えば闘氣は枯渇してしまうだろう。超高温の火の粉を纏うドラゴンに対して、闘氣を失うことは敗北に直結してしまう。
攻撃の意思を見せてこないドラゴンに対し、自分の今の状態を考えてポーションを1つ飲み干しておいた。重症を負っている訳ではないが、全身が軽い火傷状態になっていたからだ。
聖魔術を使用しても良かったが、戦いがどの程度長引くかも分からない状況だったので、魔力の無駄使いをするわけにはいかない。
そして、上空のドラゴンはというと、体表に纏う火の粉の輝きが一層増し、失った手足が徐々に再生されていっていた。
(やっぱり、それぐらいは出来るか・・・完全に消し飛ばさないと、生半可な攻撃じゃあこっちが消耗するだけだな)
ドラゴンの能力を再確認したところで、今後の方針を検討していると、手足の再生を終えたドラゴンの火の粉が集束しているのが見えた。
(何だ?なにするつもりだ?)
今の状況では手出しが出来ないため、相手のすることを黙って見ているしかない。すると、火の粉はドラゴンの周りの空間3ヶ所に集束され、青白く輝きだした。
(っ!!あれはヤバイ!直撃したら僕が消し飛ぶ!)
青白い球体からは、異様なまでの圧力を感じる。どんな攻撃がくるか想像もつかないが、父さんと対峙した時と同じような汗が、背中を伝っていくのが感じられた。
僕は防御に専念するため、闘氣が枯渇する事も構わず、絞り出せる全ての闘氣を身体に纏った。すると、青白い球体がドラゴンの口許へと飛んでいき、三角形の頂点を結ぶような形で浮かんだ。
(・・・来るっ!)
そう感じた直後、ドラゴンは少し高度を下げ、大きな口を開けると、特大のブレスを球体に打ち込むように放った。
(っ!!嘘っ!)
球体を通したブレスは、紫がかった閃光迸る鞭のようなしなりを見せながら、僕へと殺到してきていたのだ。
「ぐっ!!」
闘氣を最大限活かした瞬発力でもって即座に回避するのだが、まるで意思を持っているかのように、僕に向かってそのブレスが追いかけてくる。
「追跡してくるのかっ!!」
躱せども躱せども、変幻自在、縦横無尽のそのブレスは執拗に迫ってきて、まったくもって消える気配がしなかった。遮蔽物の影に回り込んだりするのだが、そんなものはお構い無しとばかりに、遮蔽物ごと貫通して一直線に迫ってくる。
「熱っ!!」
そんな攻防の中、追跡してくるブレスを躱し損ない、腕をかするように攻撃を受けてしまった。ありったけの闘氣を纏っているはずのその腕を確認すると焼け爛れてしまっており、腕の可動に支障をきたす程のダメージを受けてしまった。
「ちぃ!」
すぐにポーションを飲んで治療したいところだが、いかんせんブレスを躱すのに手一杯で、とてもそんな余裕がない。このままではジリ貧の上、いつか直撃を受けてしまうと焦燥感に駆られたその時、上空のドラゴンに向かって槍のような形に形状変化させた水魔術が後方から放たれた。
「っ!?なっ!誰が?」
ドラゴンに集中するあまり、周りの気配を探ることを怠っていた僕は、その時になって初めてこちらに向かってきている人の気配に気づいた。ドラゴンに直撃した水魔術だったが、相手は全くの無傷で、ほとんどダメージが通っていないことが窺える。しかしーーー
(注意が削がれて、鞭のようなブレスの制御が甘くなった!これらな少し余裕が持てる!)
攻撃の制御が甘くなっている隙にポーションを取り出して一気に飲み干し、腕に負った火傷を治療する。同時に、誰がこんな死地に助けに来てくれたのかと気配を探ると、僕としては今一番この場所に来て欲しくない人物のものだった。
(アーメイ先輩!?何故ここに!!?)
騎士の誰かだろうと予測していた僕は、先輩がこの場に向かっている事実に驚きを隠せなかった。隙をみて後方に目をやると、遠目に先輩が魔術杖を構えて水魔術を放ちながら近づいてきている姿が見えた。先輩の近くには他に5人が同行しており、その内の3人は魔術師のようで、先輩同様に水魔術を放っていた。
「エイダ君!!」
距離からいって先輩の声が聞こえる近さではない。ドラゴンのブレスから発せられる甲高い音で遮られ、本来だったら聞こえるはずがない。しかし、何故かその瞬間だけはハッキリと先輩が僕の名前を叫ぶ声が耳に届いた。
先輩がこの場に駆けつけてくれたのは、嬉しい反面焦りも感じる。先輩達の水魔術による援護はほとんどダメージになっていないが、ドラゴンにとっては鬱陶しいのだろう。ブレスの制御が甘くなっているのがその証拠だ。となれば、いつ攻撃の対象が先輩達に向いてもおかしくないからだ。
そして、その心配はすぐに現実のものとなる。苛立たしげに目を細めたドラゴンの顔が、後方からこちらに向かってくる先輩達の方に向けられた。
(ヤバイ!!)
その瞬間、今まで執拗に僕に向かってきていたブレスが、突如として方向を変えて先輩達の方へと向かっていってしまう。
(させるか!!)
先輩を守るため、ドラゴンの意識が僕から離れたその瞬間に、右手に持つ剣を左腰に引き絞り、上空に向かって横薙ぎに振り抜いた。
「神剣一刀!!」
渾身の斬戟が、上空のドラゴンに向かって殺到する。その軌道上にはドラゴンの頭があり、このままいけば確実にその頭を両断することが出来るだろう。
そのままいけばーーー
『GYUuuuuuuu!!!』
このタイミングでの僕の攻撃を予見していたかのように、ドラゴンは刹那の内にブレスを操り、僕の神剣一刀の剣戟にぶつけてきた。
『キイィィィィィィン!!!』
エネルギーの塊同士のぶつかり合いに、耳が痛くなるほどの高音が辺りに鳴り響いた。思わず耳を塞ぎたくなってしまうが、そんな隙を見せるわけにはいかない。いつ何があっても動けるように身構えつつ、攻防の行く末を見守る。
そしてーーー
『ズバンッ!!』
『GYAAAAAAA!!!』
僕の神剣一刀は、鞭のようなブレスを切り裂き、ドラゴンを両断していた。しかし、ブレスとの接触で向きが若干ズレてしまい、胴体を上下に斬り飛ばす結果となった。
「くそっ!ミスった!」
欲を言えば、今の一撃で決まって欲しかった。既に今ので闘氣はほぼ使い果たしてしまい、もはや新たに闘氣を纏うことはできない。しかも、胴体を両断したドラゴンは翼も斬り飛ばされ地面へと落下しているのだが、集束していたはずの青白い球体が火の粉に戻っており、上半分になった胴体を覆っていた。
再生速度は遅くなっているようだが、落下中にも徐々に身体が元に戻っていっており、これほどの重傷を負わせたとしても回復することに、理不尽さを覚えてきた。
(なんだよドラゴンって!どんな回復力してんだよ!!というか、身体を再生させるなんてあり得ないだろ!!)
心の中で地団駄を踏みながら悪態をつくが、言っていてあることを思い出した。
(そういえば、母さんは失った四肢でも回復できるとか言ってたな・・・というか、死ななければどんな重傷でも治してあげると、父さんとの鍛練前によく言われていたっけ・・・)
思い返してみればドラゴンの理不尽な力など、僕の父さん母さんの比ではないような気がした。そう思うと何だか笑えてくる。僕から見ればこれほどの強大な存在も、僕の両親の前では鎧袖一触で討伐されそうなのだ。
「僕はまだ父さん母さんには及ばない。それでも、今この目に映る大切な人の一人くらいは守って見せる!」
アーメイ先輩の事を想いながら、左手で右腰の魔術杖を抜き放ち、地面に落下してくるドラゴンに向けて魔術を発動する。
(集中しろ!これで決めなけいと後がない!闘氣も魔力も枯渇すれば、もう打つ手はないんだ!)
大きく息を吐き出し精神を整え、極限の集中状態の中、杖にありったけの残りの魔力を込める。落下中のドラゴンの下半身は未だ全て再生されていない。これが最後のチャンスだ。
「喰らえ!!
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