第68話 ギルド 23

 闘氣を纏い、常人には消えるような速度でドラゴンへと接近するが、さすがにSSランクの魔獣だけあって、その瞳は僕の動きを捉えているようだった。


(やっぱり、そんなに簡単にはいかないよな・・・)


SSランクであるドラゴンがどの程度の実力か不明な僕は、その実力を両親と同程度と想定して相対することにした。


(最初から全力全開だ!様子見なんてしてたら殺されると考えてなきゃ、父さん母さんの相手なんて勤まらないんだから!)


そう決意し、限界近くまで闘氣を身体に纏う。先ずは第一目的であるドラゴンを街道から退かして、アーメイ先輩やアッシュ達の退路を確保することだ。そのため、攻撃を一点に集中する突き技を避け、武術でもって吹き飛ばす。


僕が間合いに達する直前に、ドラゴンは左の腕を頭上から振り下ろしてきた。その様はまるで、邪魔な羽虫を払い除けるような仕草だったが、相手がドラゴンだけあって攻撃速度は圧倒的だ。


(クッ!!)


カウンター気味に繰り出されるドラゴンの鋭い爪を、相手の左側面に回り込むように躱す。ただ、完全にこちらの動きは見えているようで、巨大な顔ごと回り込んだ僕の姿を捉えている。


それに構わず両の腕を引き絞り、攻撃姿勢に入ろうとするが、尻尾が鞭のようにうねりながら迫ってきた。


(クソッ!)


咄嗟に身を屈めて避けようとするが、まるでそれを読んでいるかのような地面すれすれの軌道に変化した。


『バチィィン!』


(ぐぅぅぅ!攻撃が重い!)


咄嗟に右肘を使って尻尾の力を上方へと逸らすが、あまりの質量の違いのせいで、逆にバランスを崩されそうになる。これでは単純な体当たりや、上からのし掛かられるだけでも圧倒的な威力の攻撃になってしまう。


(って言っても、ここで弱音を吐くわけにはいかない!それに、多分このドラゴンは・・・)


ドラゴンと交戦して感じたのは、おそらく圧倒的に父さんよりも弱いだろうという確信だった。反射速度、攻撃速度、威力、どれをとっても父さんを越えるものはなかった。ドラゴンが放つ殺気も父さんに比べれば耐えられない事はないもので、それこそ鍛練の時に感じていた父さんとの絶望的な力量差をこのドラゴンからは感じなかった。


(とはいえ、だから確実に勝てるかと言えば、断言は出来ないんだけど、ねっ!!)


尻尾が上空に逸れたことで、無防備になったドラゴンに渾身の速度で踏み込む。街道はその反動で蜂の巣状に陥没してしまうが、一気に大岩のような逞しい足へ到達し、両の手のひらを使った掌底を打ち込む。


「セヤァァァァァ!!!」


『ズドンッ!!』


重い衝撃音が辺りに響き、数十m程吹き飛ばせれたが、それでもまだ街道に近すぎる。威力が足りないと判断した僕は、瞬時に闘氣を吸収して腰の魔術杖を抜き放って火魔術に込められるだけの魔力を込めて、一軒家ほどもある大きさの火球を形成した。


火竜と言われるドラゴンに、火魔術では効果が無いだろうと分かっているが、今は相手に攻撃が通じるかどうかよりも、その単純な衝撃でもってこの場から離れてくれればいい。


「喰らえっ!!」


『ドゴーーーン!!』


『GYAAAAAAAA!!!』


直前に受けた掌底の攻撃により体勢が崩れていたドラゴンは、まともに火球を喰らって吹き飛んだ。悲鳴の様な咆哮をあげるドラゴンは、あるいは油断していたのか、火魔術と見て侮ったからなのかは不明だが、まともな防御姿勢をとることはなかった。


「おぉぅ、意外と吹っ飛んだな・・・」


目測にして300m程後退させることが出来たことに内心ホッとしながらも、ここで街道まで戻ってこさせるわけにはいかないので、また闘氣を纏ってドラゴンへと肉薄する。


近づいて視認すると、身体の所々が火魔術で黒く焼け爛れており、想定以上のダメージを与えていたようだった。


『KYURURURURURU・・・・』


すると急に、ドラゴンは空に向かって甲高い声で咆哮をあげ始めた。


「何だ?何かの攻撃動作か?」


その行動に警戒しながらドラゴンを注視していると、体表が深紅に輝く火の粉に覆われ、瞬く間に焼け爛れていた鱗が癒され、元の綺麗な状態に戻ってしまった。


「嘘だろ!?ドラゴンって自己治癒まで出来るの!?」


その事実に驚きながらも、更に驚愕したのはそのまま火の粉が消えること無く体表を覆い続けていることだ。しかも、その火の粉の影響なのかドラゴン自体がやたらと高温になり、近づくだけでも火傷しそうになる。


「くっ!あの火の粉は回復も出来て、そのまま攻撃にも使えるってわけか!」


既にドラゴンの足元周辺の草は、その火の粉の影響で灰になってしまっている。おそらくは闘氣をしっかりと纏った状態でなければ、近づく事もできないだろう。そんな分析をしている僕に、ドラゴンはゆっくりと視線を向け、憤怒を含んだ様な威嚇する声を発してきた。


『GURURURURURURU・・・』


「・・・ここからが本番ってことかな?僕はまだ父さん母さんには及びもつかないけど、どこまでやれるか君で測らせてもらう!」


左腰から剣を抜き放って構えると、大きく息を吐いて集中する。


「・・・人剣一体じんけんいったい


構える剣の刀身まで闘氣を纏わせると、その剣を警戒するようにドラゴンが目を細めた。奴にも知性はあるようだったので、この武器の状態を脅威と感じ取ったのかもしれない。


しばしの間、膠着状態のように見つめ合うと、僕とドラゴンの間を一陣の突風が吹き抜ける。すると、まるでそれが合図であるかのように互いに動き出した。


「行くぞっ!!」


『GYUAAAA!!』




 side エレイン・アーメイ



 ドラゴンの咆哮を耳にした瞬間、死を意識した私は、唐突に過去の記憶が呼び覚まされたーーー



 幼い頃、母親から眠る前に読み聞かされた絵本が何冊もあった。今考えれば内容はどれもありふれたもので、所謂よくあるおとぎ話だった。


不幸な境遇の女の子を王子様が救ってくれるとか、危機に陥った姫を颯爽と助け出す勇者とか、国を救った英雄と姫が添い遂げる話などだ。


幼心に、私はその物語の登場人物である女の子に憧れを抱いていた。いや、女の子ならば誰しも思うだろう、助けを求める自分を救ってくれる王子様がこの世界の何処かにいるのだと。



 しかし、成長と共に現実を知っていき、そんな王子様など夢物語でしかないことをやがて理解していく。特に上級貴族の跡取りでもある私にとって、絵本に出てくるような王子様との恋物語など存在しないことは、かなり早い段階で気付かされていた。


上級貴族にとっての婚姻など、家をより繁栄させるための手段の1つでしかなく、そこに当人の幸せといった感情など邪魔でしかないのだ。


10歳を過ぎる頃には、毎日のように他家のパーティーに顔を出し、様々な貴族の子供に紹介させられたものだ。その意味も既に理解していた私は、必死に愛想笑いを浮かべながら、イヤらしい笑みを浮かべる男の子からダンスに誘われて、嫌々相手をしていた。



 そんな私の日常に変化が訪れたのは、お母様を戦争で失ってからだ。


お母様は結婚されて私を生んでからも、騎士団の第二部隊隊長として活躍されていた。私は高潔で曲がったことが嫌いなお母様を尊敬していて、いつしか自分もああなりたいと憧れを抱いていた。


そんなお母様を私から奪った戦争を憎んだ。


この大陸で戦争がよくあることは知っているし、それぞれの国に譲れぬ主張があるという事も知識として理解している。その争いを国として対処するために、騎士団が駆り出されることも分かっている。


それでも、と思う。何故戦争は無くならないのだろうかと。だからこそ私は、この大陸から戦争を無くす事を理想に掲げている。その為、戦争が起こった背景などの知識や、実際に争いを抑止できるだけの実力を付ける為に、日々努力を欠かしたことはない。


更に、私は自分の理想を達する日が来るまで結婚をするつもりはないとお父様に公言し、今まで参加していたパーティーを全て断った。それでも尚もたらされる他貴族からの縁談の話しも、その尽くを拒否した。


お父様はお母様を亡くし、精神的に塞ぎ込んでいたこともあって、私の行動に一定の理解を示してくれていたが、それも最近では婚姻を拒絶し続けている事に良い顔をしなくなってきていた。



 お父様の気持ちも分かっている。伯爵家を継ぐからには婚姻は最優先事項だ。子を成し、家を存続させる必要があるし、もっと言えば婚姻を結ぶ相手は当家にとって利益をもたらす家でなければならない。そこに私の感情は不要で、家の繁栄を考えればもっとも望まれる今の縁談は、ジョシュ・ロイドとの婚姻だろう。


(あんな奴が、私の求める王子様なわけないだろ!あんな高潔さのない、貴族の腐った部分を凝縮したような存在と、誰が婚姻など結びたいと思うものか!)


おまけに最近では私の身体を見つめては、ニタニタと下卑た笑いを浮かべているのだ。奴の視界に入っていると分かっただけで全身に鳥肌が立ってくる。だからこそ冷たくあしらっていると言うのに、奴はあろうことか私が恥ずかしがっているだけだろうという勘違いをして迫ってくるのだ。


(所詮、絵本の中の王子様など、ただの理想そのものだ)



 半ばそう諦めていたある日、私は一人の少年と出逢った。学院の1年生の護衛と言うことで嫌々参加した私が見たのは、ノアという不運な境遇にもかかわらず、まるでそんな思いを感じさせない少年だった。


彼に比べると、今までの知識にあったノアという存在が根底から覆されているようだった。更に、同年代の貴族の男の子と比べると、彼なりのしっかりした考えを持っているようで、年上であるはずの私が逆に頼りにしてしまうほどの器量を備えていた。


貴族の子供など、親の権力を逆手にとって大体の者達は我が儘放題だ。そのくせ、自分が引き起こした問題も親に後始末を頼み、いつまでも脛を噛り続けるも者も珍しくない。恥ずかしながら、私の妹がまさにそれだ。


自分一人では何も出来ないくせに、自分に力があると勘違いしているのだ。そんな者達と見比べれば、彼を頼りに思ってしまうのも仕方のないことだろう。



 しかし、さすがに今回は頼るわけにはいかない。


相手はドラゴンなのだ。襲撃されれば、都市一つなど簡単に滅ぼされると言われている、あのドラゴンなのだ。多少腕に自信があったところで、人間一人の力では絶対に敵うことのない存在なのだ。都市に駐留している全ての騎士を総動員して、ようやく撃退が出来るかどうかという脅威なのだ。


(死ぬ・・・死んでしまう!ドラゴンに挑もうものなら、間違いなく死んでしまう!)


彼を失いたくなかった私は必死に引き留めたのだが、彼は心配させないようにか、朗らかな笑顔を浮かべて、消えるようにドラゴンへと向かってしまった。この時ばかりは、ドラゴンの殺気を伴った咆哮で動けなくなってしまった自分の弱さを嘆いた。しかしーーー


「なっ!!?」


直後に彼が見せた光景は、私の理解を越えるものだった。美しく輝く深紅の闘氣を纏った彼は、あろうことかドラゴンを素手で吹き飛ばしていたのだ。更に追い討ちをかけるように火魔術を使用して、街道から数百mも後退させてみせた。


その様子に、直前まで生を諦めていた騎士達も希望の火が灯ったかのような表情をしていた。そして、恐怖の対象であるドラゴンが離れたことで、殺気によって動けなくなっていた身体の自由が戻ってきた。


「よし・・・動ける!彼を、エイダ君を助けに行かなければ!」


そう私が決意すると、大森林から多数の足音が聞こえてきた。エイダ君が言っていた魔獣の討伐に向かった者達だった。しかし、その人数は目に見えて少なく、総勢500人で森へと入っていった者達は、今や満身創痍の者達の姿を数百人程しか確認できなかった。


そんな中、先頭を歩いている騎士に目が向いた。この作戦における総指揮官である騎士団第2部隊隊長だ。


私は彼に駆け寄り、現在の状況の情報共有を行った。思った通り、魔獣の討伐に向かった部隊は、突然現れたドラゴンによって混乱に陥り、少なくない人数が犠牲となってしまったようだ。逃げ惑い、散り散りになりながらも、辛うじて撤退してきたようだった。


情報を共有した後、私はすぐさまドラゴンの相手をしているエイダ君の救出と援軍を提案した。了承は貰えたものの、優先事項はこの場からの撤退で、ドラゴン出現の知らせを都市に持ち帰る事だった。その為、志願者のみでドラゴンに向かうことになった。


しかし、残念ながらほとんどの騎士達はドラゴンの脅威に心が折れており、私の呼び掛けに応じて向かってくれることになったのは、僅かに5人だけだった。それでも、一縷の望みを掛けてこの人数で向かおうとした私に、一人の冒険職の女性が声を掛けてきた。


「あ、あの、私もその救出に同行させてもらっても良いですか?」


「ええ、勿論です!しかし、命の保証は出来ませんが、よろしいのですか?」


「はい。彼にはドラゴンから助けてもらった恩がありますし、以前ギルドの依頼で一緒になったことがありますから」


「そうですか。ありがとうございます!あなたのお名前を聞いても?」


「私は、レイ・ストームと言います」


「よろしく頼みます、レイさん!」


「こちらこそ!」


握手を交わす彼女の瞳には、ドラゴンに対する恐怖や怯えはなく、使命に燃えているような強い眼差しがそこにあった。

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