第72話 ギルド 27
目が覚めると、真っ白い天井が視界に入ってきた。視線を動かすと、どうやら僕はベッドで寝ているようで、未だに意識がぼんやりとする中、自分の今の状態について思い返す。
(えぇと、確かドラゴンと戦って、なんとか討伐したところまでは覚えてるな・・・その後は・・・そうだ!アーメイ先輩が駆け寄ってきて、後の事をお願いしたんだった!)
意識を失う直前の事を思い出し、身体を起こして周りを確認すると、カーテンの隙間から眩しい光が差し込んできていた。部屋の奥には以前見たことがある机が置いてあり、その記憶を辿ると、どうやらここは学院の保健室のようだ。
(大森林で気を失って保健室に運び込まれたんだとしたら、結構な時間意識が戻らなかったんだな・・・)
大森林から馬車で学院まで戻ったとすると、あれから少なくとも半日から1日近くは気を失っていたことになる。いくら闘氣と魔力が枯渇したからといっても、そこまで長い時間気絶したことなんて今までなかったので、この状況に僕自身驚いている。
「さすがにこんなに意識を失っていたなんて、先輩に迷惑かけちゃったかな・・・?」
ため息を吐きながら俯くと、僕が寝かされていたベッドの端に顔を突っ伏して眠っている人物が居ることに気づいた。
「は?え?ア、アーメイ先輩?」
この艶やかな黒髪に整った顔立ちは、間違いなくアーメイ先輩だった。この状況に驚きのあまり固まっていると、保健室の扉が静かに開いて、メアリーちゃんが入ってきた。
「あっ!エイダ君!良かった!ようやく目を覚ましたのね!!」
「あ、どうも、ご心配を掛けたようで・・・そ、それで、この状況を説明してもらってもいいですか?」
僕は、椅子に腰掛けながらベッドの端に顔を埋めているアーメイ先輩に視線を誘導しながら問い掛けた。
「ふふふ!エレインさんが起きたら、ちゃんと感謝を伝えるてあげてね?君は3日間気を失っていて、その間、エレインさんが付きっきりで君を介抱してたんだから!」
「・・・えっ!?3日間!!?えっ!?付きっきり!!?」
メアリーちゃんからもたらされた情報に、驚きのあまり一瞬脳が停止してしまい、アーメイ先輩が寝ているにもかかわらず、つい大声をあげてしまった。
「そうですよ!はぁ・・・私も、もう少し若かったら負けないように頑張ったんですけどねぇ・・・あっ、別にそれほど年は離れてないですから、誤解しないでくださいね?あくまでも、もう少しってだけですから!」
そう言うとメアリーちゃんは、妖しい笑みを浮かべながらズイッと顔を近づけてきた。
「ところで、エレインさんが寝ているからって変なことしてないですよね?」
「えぇ!?いえ、そんな事してないですよ!それに僕は今、目が覚めたばかりで、状況を確認するのに精一杯でしたから」
「ふ~む・・・嘘はついていないようですね。年頃の男の子が劣情に任せてっていうことも心配ですからね。もし女の子の身体に興味があって、どうしてもと言うのなら・・・私が特別に教えてーーー」
「ふぁ~あ・・・」
話しながらにじり寄ってきたメアリーちゃんの表情は、更に妖しさを増していたのだが、言葉の途中でアーメイ先輩が目を覚ました。寝惚け
「・・・っ!!?」
そして段々と覚醒してきたのか、ボンヤリした様子で僕と目が合うと、急にハッとした表情になり、すぐに顔を真っ赤にして目を逸らされてしまった。
「あ、あの、アーメイ先輩・・・おはようございます」
きっと僕に寝起きの顔を見られて恥ずかしかったのだろう、いつもと違う様子の先輩になんと声を掛けていいか分からなかったので、とりあえず無難な挨拶をした。
「えっ?あ、お、おはよう・・エ、エイダ・・・君」
何故か先輩は耳まで真っ赤にして、しどろもどろに答えていた。それは今まで見たこともない先輩の様子で、もしかして女性が寝顔を見られるというのは、それほどまでに恥ずべき事だったのかと心配になってしまった。
「その、ご心配をお掛けしました。ずっと看病してくれていたそうで・・・ありがとうございます!」
「い、いや、君のお陰で助かったのだ、と、当然の事だよ・・・」
やはり先輩は目も合わせてくれないので、正直に寝顔に見惚れていたことを謝罪する。
「す、すみません!無遠慮に先輩の寝顔を見てしまったようで・・・不快に思いましたよね?」
「ふぁ?ね、寝顔っ!?あっ、いや、それは・・・ふ、不快ではないが・・・つ、つまらないものを見せてしまったようだな」
「い、いえ、つまらないなんて、そんな!良いものを見せてもら・・・って、何言ってんだろう・・・」
何故か微妙に会話が噛み合っていないように感じるが、そこをこれ以上指摘するのはなんだか薮蛇のような気がした。すると、メアリーちゃんが少し頬を膨らませながら僕達の間に入ってきた。
「う、う゛ん!それでは、エイダ君も目を覚ましたということで、私は学院長に報告してきます。エイダ君?」
「は、はい。何ですか?」
「特に目立った外傷はありませんでしたが、まだ本調子ではないでしょう。しっかり休んでくださいね!」
「わ、分かりました。ありがとうございます」
「うんうん。じゃあ、またね!」
メアリーちゃんが保健室を出ていき、アーメイ先輩と二人っきりになると、微妙な空気が漂っていた。とりあえず差し障りのない話をした方が良いかなと考えて、あの後に何があったのか聞くことにした。
「と、ところで、僕が気を失った後の事を聞いても良いですか?」
「えっ!?あ、そ、そうだな、君には伝えておくべきだな。実は・・・」
それから聞かされた先輩の話しは、驚くべきものだった。
ドラゴンの脅威が去ったことが確認されると、先輩は引き連れてきていた騎士を二手に分けて指示を出し、素材の確保と馬車の確保に向かわせたのだと言う。
ただ、騎士が居なくなったタイミングで魔獣の群れが向かってきたため、僕と顔見知りだということで一緒に来ていたレイさんと共に討伐するため、僕をその場に残して移動したという。
しかし、実はレイさんは誰かからの依頼を受けた暗殺者だったようで、アーメイ先輩を亡き者にしようと襲いかかってきたらしい。
先輩の身が危なかったのだという話を聞かされて驚きの表情を浮かべる僕に、先輩は更に驚くべき話を言って聞かせたのだ。
「ぼ、僕が暗殺者から先輩を守った?」
「そうだ。君は意識を失いながらも、私の窮地に駆けつけてくれたのだ。あ、あのときは、本当に嬉しかった・・・ぞ?」
話しながら段々と小声になっていき、最後の方は辛うじて声が聞き取れるくらいだったのだが、上目遣いに恥ずかしがって話す可愛らしい先輩に、僕の鼓動があり得ないくらい加速した。
「せ、先輩が無事で良かったです。気を失った僕は、ちゃんと先輩を守っていましたか?」
意識が無い僕にその時の記憶は当然無いので、失礼がなかったか不安に思って聞いてみた。すると先輩はまた目を逸らして、しどろもどろになりながら口を開いた。
「っ!!あっ、それは、その、ち、力強く守って・・・くれて、いたぞ・・・」
「???あの?本当に何もなかったですか?何か先輩に失礼な事をしなかったですか?」
先輩の様子から心配になって再度聞き返すのだが、まったく僕と目を合わせてくれない先輩は、ただ「大丈夫」と繰り返すだけだった。
先輩が落ち着くまで少し時間を要したが、その後の事についても話を聞いた。
僕が助けに入ったことで暗殺者は無力化され、戻ってきた騎士に拘束、連行されたらしい。あのレイさんが暗殺を請け負うような仕事をしていたなんて驚きだったが、もっと驚いたのは、レイさんが男性だったと言うことだ。
騎士団も身体検査をして初めて分かるほどに、完璧に女性と
(まぁ、暗殺を生業としているなら正体を隠した方が良いし、女性と言うことで相手も油断するから、そういう理由だったかもな・・・)
そんな事をぼんやりと考えながらも話しは続き、結局スタンピードの鎮圧は一応の成功に終わり、騎士団達は大森林から撤退した。とはいえ、増えた魔獣の何割かはドラゴンの腹の中に収まったらしく、素直に成功と喜べなかったらしい。
その最たる要因は、犠牲者の数だ。今回の討伐部隊には騎士団とギルドの依頼を受注した者を合わせて、総勢700人程が大森林に入ったらしい。しかし、騎士が約100名、受注者が約200名の計300名以上の死者が出てしまい、怪我を負ったものは数知れずということだった。
そのほとんどが、途中から現れたドラゴンの餌食になったということで、昨日はその犠牲者達への慰霊際のために、この都市の住民で冥福を祈ったようだ。
「そうだったんですね。それほどまでに犠牲が・・・」
「ああ、大森林に入った討伐部隊は、それは大混乱だったらしい。騎士達は撤退の
被害の状況を伝える先輩の表情は暗く、その様子からどれ程被害が大きかったのかを窺うことができた。特に先輩は騎士団長の娘だということで、色々と大変だったのだろう。
「それでも、こうして守れた命もあるというのは良かったです。そうだ!アッシュは無事ですか?」
ドラゴンの討伐へと向かう前に、他の学院生と一緒に避難すると言っていたので、大丈夫だとは思うが確認しておきたかった。
「ああ、怪我一つしていないよ。気を失っている君を見た時はとても心配していたから、後で自分の無事を伝えるといい。彼はいつも友人達と夕方に顔を出していたからな」
「そうですか。ありがとうございます!」
アッシュの無事を確認して安堵した僕に、先輩は居住まいを正しながら急に真剣な表情になって僕の瞳を覗き込んできた。
「そ、それでだな、君の意識も戻ったことだし、大事な話を伝えなければならないんだ」
「大事な話ですか?」
何か言いづらい話なのか、先輩は口ごもるように前置きをしてきた。
「今回のスタンピード最大の功労者はエイダ君、君だ!」
「えっ?いや、そんなことないですよ。僕がしたのはドラゴンを一匹討伐したくらいですから」
「君はそれがどれ程の偉業なのか、分かっているのか?」
「いやいや、そんな偉業だなんて大袈裟ですよ」
「・・・やはり分かっていないか。お父様に相談しておいて良かった・・・」
先輩は深いため息を吐きながら頭を抱えていた。そんな先輩に、僕はただただ苦笑いを浮かべていた。
(確かにドラゴンはSSランクだったけど、父さん母さんと比べてもそれほど絶望的な実力差が有ったわけでもないし・・・いや、でもそれは比べる相手が悪いか。ダメだな、まだ判断基準が両親になってる・・・)
一般的な社会常識を、両親を基準に考えてはいけないと、少ない学院生活で学んでいたのに、咄嗟の判断基準がまた両親に戻ってしまっていたようだった。
「それでだ、君の実力を考えてどのような報奨を与えるべきかという問題なのだが、事前に君の希望を聞いた方が良いだろうという話になってな」
「希望ですか?」
「そうだ!その為の説明を今度の休息日にでもしたいのだが、時間はあるか?」
「え、ええ、大丈夫です」
「そうか!では今度の休息日に、この都市にあるアーメイ家の別邸で、私のお父様と会ってもらう。よろしく頼むぞ!」
先輩の言葉が理解出来ずにしばし呆然としたが、理解すると同時に声を荒げてしまった。
「・・・えっ!?アーメイ先輩のお父さんにですか!!?」
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