第63話 ギルド 18
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side ジョシュ・ロイド
父親から、アーメイ伯爵家の長女が今回のスタンピード対応作戦に赴くと聞いた俺様は、その真偽を確かめるために学院でエレインを探していた。
(何でエレインが作戦に?どう考えても、あの生意気な妹の方が適任に決まっているだろう!)
スタンピードに至った経緯は聞いているが、所詮下っ端騎士の怠慢が招いたことだ。その責任を取るのは、騎士を実際に監督する立場であった部隊長や団長であるべきであって、団長の娘でしかないエレインが責任を感じる謂れは無いはずだ。
つまり、今回のエレインの作戦への参加については、当主の意向が強く反映したものに違いない。ならば、一度状況をエレインから確認して、軍務大臣である当家の力を使って妹の方を参加させてやれば良い。そうすれば、あいつもこの俺様に感謝すること間違いないだろう。
「待ってろよエレイン!この俺様が助けてやろう!」
そうしてしばらく学院を探していると、講堂の方から歩いてくるエレインを見つけることができた。
「探したぞ、エレイン!」
「っ!?ジョシュ?何か用か?」
相変わらず俺様に対して素直でない対応だが、まあ良いだろう。今回の件で彼女の事を助けてやれば、俺様に対する態度も様変わりするだろう。
「聞いたぞ!スタンピードの作戦に参加するというのは本当か?」
「ああ、そうだ!今回の件は騎士団の怠慢が原因だからな、騎士団長の娘である私が参加すれば、伯爵家として責任を取ったという言い分も立ちやすい」
「ふむ、思った通りか。エレインよ、やはり当主の命令で嫌々今回の作戦に参加するのだな!」
「っ?何を言っている!作戦に参加するという決定は私自身が決めた事だ!」
「ふっ、耳目を気にしているのだな。しかし、安心すると良い!今この場には俺様達2人しかいない。誰にも気にせずに、本音を俺様に告げると良い!俺様ならエレインを救ってやることができる!」
俺様の言葉に感極まっているのだろう、エレインはしばらく俺様をじっと見つめてきた。そして、ようやく口を開いたかと思うと、予想外の言葉を告げてきた。
「意味が分からんぞ!さっきから言っているだろう、今回の事は自分で決めたのだと!理解したならこれ以上私に構うな!作戦まで日が無い。それまでにやるべき事をしなければならん!」
苛立ちながら吐き捨てるように言い残して、隣をすり抜けるように歩き去ろうとしたエレインの腕を、俺様は強引に掴んだ。
「待て、エレイン!話を聞け!俺様なら、お前の置かれている状況からでも救ってやれると言っているだろうが!」
せっかくの俺様の好意を無下にして、わざわざ危険な作戦に従事しようとしているエレインの考えが理解できない。上級貴族である俺様達は、そんな雑事に煩わされて良いわけがない。俺様達のやるべき事は、作戦を立案して指示を出すくらいで良いのだ。あとの事は下の人間がすべき事で、ましてや直接作戦に赴くなどありえない。
「私は騎士を志す者の一人として、今回の作戦に参加すると決めたのだ!確かに騎士団長を勤める伯爵家の責任を感じるところはあるが、あくまでも私の想いからの行動だ!それを止める権利はジョシュにはないだろう!?」
「ぐっ・・・エレイン、お前のそう言った考えは理想論過ぎる!現実を良く見ろ!大抵の騎士など適当に仕事をこなして、良い暮らしをしているだろうが!」
「理想の何が悪い!?私はただ、そうありたいと思っているだけだ!例え周りがそうだとしても、私まで染まるつもりはない!」
エレインの綺麗すぎる考え方を聞いて、唖然としてしまう。この女は騎士の実態を分かった上での発言をしているのだ。まったく頭が固すぎて嫌になる。何がこの女をそうさせているのか、より詳しく調べる必要があるだろう。
(やはり、数年前のあの出来事のせいか?確かに、彼女の母親が戦死してから人が変わったように鍛練に打ち込み始めたと報告書にはあったな・・・)
以前、エレインの身辺調査をさせたときの内容を思い出していると、思いもよらない人物の名前が彼女から出てきたことで、それまでの思考が吹き飛んでしまった。
「・・・そろそろ腕を離してくれないか?私はエイダ君へ頼んだ物の材料を手配しなければならないんだ」
「っ!!エ、エイダだと!?それは、エイダ・ファンネルの事か!?」
「そ、そうだが?」
「あんなノアごときに何を頼むというのだ!?エレイン!お前は間違っているぞ!頼るべきはあいつではなく、この俺様であるはずだろう!?」
エレインの理解しがたい言動に混乱した俺様は、大声を上げて彼女の行動を非難する。しかし、そんな俺様に対して彼女はまるで侮蔑の籠ったような視線を投げ掛けてきていた。
「少なくとも、今回私が彼に依頼したものについては、彼にしか出来ないことだ。彼ならば事も無げにやってくれるだろう。それほどの安心感が彼にはあるのだよ」
「あ、安心感だと?エレイン貴様・・・」
彼女の返答に怒りのあまりか、ギリギリと歯を喰いしばって、今にも手を上げたくなる衝動をなんとか堪えていた。
(何故奴がこんなにもエレインの信頼を得ているのだ!?意味が分からんぞ!エレインもエレインだ!人間の成り損ないであるノアに肩入れするなど、上級貴族として間違っているというのに!)
実地訓練も終わって、彼女と奴の接点など無いはずなのに、これでは未だに何かしらの交流があるということではないか。そう思うと一層の怒りが沸き上がってきた。
(クソッ!あの者は何をやっている!ノアの暗殺など朝飯前のはずだろう!いつまでたっても成功の報告が来ないばかりか、今も奴はのうのうと学院で生活しているのだぞ!許せん!許せんぞ!俺様のエレインに近づきおって!)
奴に対する憎悪のせいで、少々手に力が入ってしまったのだろう、腕を掴んでいるエレインから短い悲鳴が上がった。
「痛っ!!」
「っ!」
その悲鳴に咄嗟に手を離すと、彼女は俺様が掴んでいた辺りを擦りながらこちらを睨んできた。
(何故俺様がエレインにこんな顔をされなければならない?何故俺様が彼女に敵意を向けられているんだ?俺様はただ彼女を助けようとしただけだぞ?何故だ?なぜ?)
答えの出ない自問自答をしていると、少々騒がしかったせいか、誰かがこちらの様子を窺うように近づいてきていることに気づいた。普段ならば誰が来ようと気にしないだろうし、大抵の奴らは俺様だと分かると空気を読んで方向転換する。
しかし、何の因果か、今最も顔を見たくもない人物が俺様とエレインに割って入ってきたのだ。
「・・・どうしましたか?」
「っ!エイダ君!」
その人物の姿を認め、あからさまに安堵したような表情をするエレインに心底苛立った。
「チッ!」
現れたのは、俺様の癪に触る行動ばかりとる、人間の出来損ないだった。
◇
アーメイ先輩との話も終わり、講堂を出て一人歩いていると、遠くからアーメイ先輩とアッシュのお兄さんが何やら話をしている声が聞こえてきた。
別に気にしなくても良いと思うのだが、何となく気配を消して近づいていた。というのも、どうやら口論しているようで、2人共声を荒げていたため、隣を通り過ぎていくのが躊躇われたのだ。
更に、細切れで聞こえる会話の中に僕の名前が出てきたことで、お兄さんが余計語気を強めていた。この状況の中、僕が横を通りすぎようものなら確実に面倒なことに巻き込まれると考え、方向転換して別の道から行こうとした瞬間、僕は足を止めた。
「痛っ!」
「っ!?」
身体を反転した瞬間に、背後から先輩の悲鳴が聞こえてきたのだ。直前にお兄さんが、アーメイ先輩を呼び止めるために腕を掴んでいたのは見ていたので、まさかと思い振り返ると、苦痛に顔を歪めながら腕を擦っているアーメイ先輩の姿が目に映った。
(なんだ?いったい、どうしたんだ?)
どうのような会話の内容で今のような状況になっているのかは分からないが、あの雰囲気はあまり良くないだろうと心配になった。
しかも、何やらお兄さんからは殺気にも似た気配が感じられたので、万が一の事を考えて間に入ることにした。
「・・・どうしましたか?」
「っ!エイダ君!」
「っ!チッ!」
アーメイ先輩は振り向くと、僕の姿を見て安堵したような表情をしていた。逆にお兄さんからは、恨みがましい視線を感じる。この状況をどうしたものかと考えていると、アーメイ先輩が僕に近寄りながら話しかけてきた。
「すまないな、エイダ君。例の材料の手配の事なのだが、実際に使用する君のサインが必要なのだ。後で呼びに行こうと思ったが、ちょうど良い。一緒に付いてきてくれるか?」
「えっ?あっ、はい。分かりました。えっと、もう話は終わったのですか?」
「ああ。ジョシュとの話はちょうど終わったところだから問題ない。さぁ、行こうか!」
そう言って僕を促すように来た道を戻るように歩き出そうとしたのだが、お兄さんがそれを許さなかった。
「っ!待てよエレイン!まだ話は終わってないだろうが!」
先輩の歩みを止めさせようと、お兄さんは大声を上げて呼び止めていた。先輩は歩みを止めて、肩越しにお兄さんへと振り返ると、苛立たしげに口を開いた。
「私にはこれ以上ジョシュと話すことはない。それに、作戦は3日後に迫っていて私も忙しいのだ。では、失礼する!さぁ、行くぞエイダ君」
先輩はお兄さんに言いたい事を伝えると、僕の手を取って足早に歩き出した。そうして僕は、先輩にされるがままに、引っ張られるような状態で一緒にこの場を去った。
「くそっ!絶対に許さんぞ、エイダ・ファンネンル・・・」
何故か怒りの矛先が僕に向けられているお兄さんの呟きが、遠ざかる僕の耳に微かに聞こえてきたのだった。
あの場を離れてしばらく歩くと、不意に先輩が足を止めた。そして、そのままこちらを見ずに、先輩は謝罪の言葉を伝えてきた。
「巻き込んでしまったようで、すまなかったな」
「い、いえ、僕は大丈夫ですが、その・・・先輩は大丈夫ですか?」
僕の手を握る先輩の手は、微かに震えていた。声からはまったく分からなかったのだが、お兄さんのあの様子に少し怯えていたのかもしれない。
(相手は剣術師だからな。あの場で暴力に訴え出れば、魔術師であるアーメイ先輩に成す
そう考えると、先輩の今の心情も幾分察しが付く。いつものように先輩は気丈に振る舞ってはいるようなのだが、最近ではたまに見せてくれるようになった女性としての部分が急に思い出された。
つい先日も、僕が試作したポーションの効果を確認するために、指を突き刺す姿を見て忌避感を抱いていたではないか。
「勿論、私は大丈夫だよ。ジョシュの言動に少し驚いただけさ」
先輩は表情を見せてはくれないので、それが本心からなのかどうかは僕には判断できない。でも、先輩の手から伝わってくる感情は、まったくの正反対のように思えた。ただ、それをそのまま指摘したところで、先輩は認めないだろうとも思った。
「そうですか。アーメイ先輩、前にも言ったかもしれませんが、困ったことがあれば言ってください!僕の出来る範囲であれば、先輩を助けますから!」
「っ!・・・ありがとう」
「いえ、あくまでも僕の出来る範囲ですから」
そう伝えると、先輩は静かに僕の手を離し、こちらに向き直ってきた。その顔は、とても穏やかな表情をしていた。
「・・・君は良い男になる。大抵の男は、女性の気を引くために
「あ、ありがとうございます」
「・・・前にレストランで皆と食事したときよりも成長しているな!」
優しく微笑みながらそう言う先輩の言葉に、あの時の自分の言葉を思い出す。
(あっ!あの時は何かあったら僕が助けます、って言っていたような・・・そうかっ!あの時の微妙な先輩の笑顔はそのせいか!)
先輩が言うように、まさにあの時の僕は出来もしないことでも守ると言っているような、威勢の良いことを言っていたようだ。それが分かると、なんだかとても気恥ずかしくなってしまう。
「あ、あははは・・・もう学院に来て半年ですからね。色々な人と出会って、色々な知識を学んで、成長できた気がしますよ」
苦笑いをしながら告げた僕の言葉を聞きながら、先輩は僕の目をじっと見つめていた。
「そうだな。今のままの君で成長していって欲しい」
そう伝えてくれた先輩の表情は、ほんのり頬が色付いていて、僕の目にはとても魅力的に映った。
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