第62話 ギルド 17

 アッシュの家と付き合いがあるのだと言う2年生の先輩達との騒動の後、気絶してしまった先輩達の意識も戻り、スタンピードにおける作戦の概要がメアリーちゃんから伝えられた。


アーメイ先輩も作戦についてはかなり詳細に知っているようで、なにより今回の作戦の学院生代表なのだと言う。


正直、何故先輩がこの作戦に参加するのかという疑問が大きかった。教室でアッシュが話していたことを考えれば、参加するのは妹さんのはずだからだ。何かしら家の事情があるのだろうとは思うが、さっきの事といい、先輩が居るのなら今後は難癖を付けてくる人達も居ないだろうと胸を撫で下ろした。


(しかし、この後に話があるか・・・何だろう?やりすぎだって怒られるかな?でも、殺気を放っただけで直接手を出したわけでもないし、言う程大したことはしてないと思うんだけどな・・・)


騒動の後に、アーメイ先輩から小声で話があると告げられ、何だろうと考えを巡らせたが、思い浮かんでくるのはネガティブな事ばかりだった。


その様子にメアリーちゃんは心配した表情をしながらオロオロしていたのだが、結局僕に声を掛ける前に気絶していた人達が起きたことで、期を逸してしまったようだった。


 その後、アッシュに絡んできた3人はあからさまに僕に対して恐怖を感じているようで、怯えながら講堂の隅へと離れていった。その際、アーメイ先輩に促されつつ小声でポツリと、「悪かった」と謝罪があったが、その声は明らかに震えていた。


僕とアッシュもアーメイ先輩に促されるように、「いえ、こちらこそすみません」と形の上では和解することになった。


3人にあれだけ言われてもアッシュが土下座をしたり、僕の処罰に付き合ってくれたりと、彼の行動は僕にとって驚くことばかりだ。後でその行動の真意を聞きたいものだ。




「ーーーと言う作戦です!その為、当学院は大森林の防衛拠点組と、最終防衛線である外壁拠点組の2つの部隊を編成して、騎士団と共に作戦に従事することになります!作戦決行は3日後の早朝6時です!」


 どうやら今回の作戦概要の説明が終わったらしい。3日後とは随分と急な気もするが、魔獣がこちらの準備が整うまで待ってくれるわけではないので、仕方ないと言えば仕方ない。


(この作戦、学院生に危険が及ぶような内容ではなさそうだな。基本は拠点の防衛に努めるだけで、実際に魔獣の討伐で大森林に入っていくのは騎士団だしな・・・)


僕達学院生の役割は、打ち漏らした魔獣を討伐して防衛拠点を維持することだ。作戦では、かなりの人数の騎士を投入するようなので、打ち漏らしがあったとしても、それほどの数にはならないだろうという感じがした。それは他の生徒達も感じているようで、その顔は一様に安心した表情をしていた。


(やっぱりこの人達も参加したくてしている訳じゃ無さそうだな。家を継げないからこういった事で功績を立てたいんだろう。ということは、この先輩達は将来騎士団に加入することを目指しているのかな?)


先輩達がどのような思惑でこの作戦に参加するのかは定かではないが、それぞれの表情を見て、したくてしている訳ではないという人も居るのはよく分かった。


 その後、アーメイ先輩を含む3年生が10人の中に、僕とアッシュを加えて12人が大森林の防衛拠点に、残りの参加者は外壁拠点組に配置が決まった。


一応それぞれの拠点防衛組で挨拶を行って顔合わせをしたのだが、3年の先輩達は軒並み引き攣ったような表情をしながら僕と握手をしていた。アーメイ先輩だけは笑顔で話しかけてくれたのだが、どうやら僕はこの参加者達の中の認識で、ノアでありながら理解不能な力を持つ、異質な存在認定をされてしまったようだった。


この状況が今後の僕にとってどの様に影響してくるかは分からないが、どうにか良く捉えてみても、僕にとって状況が良くなることは無いのではとしか考えられなかった。


(避けられるだけなら全然良いんだけど、相手は貴族の子供だし、僕を排除しようとか考えないよな・・・)


どうしても嫌な考えばかりが浮かんできてしまう。もしかしたらアッシュはこういったことを考慮して、あそこで騒ぎを起こさないように土下座までして事態を収めようとしてくれたのかもしれないと思い至った。


(う~ん、まだまだだな・・・目先の事だけじゃなくて、もっと広い視野で物事を考えないと、思いもよらない事態に陥ってしまうかもしれないな・・・)


その時の感情だけではなく、もっと物事を見極めてから行動しなければならないと肝に命じて、これからの行動を決定していこうと決意した。



 スタンピードにおける作戦の説明も終わり、講堂に集まった生徒達は3日後の準備のためにそれぞれ動き出していた。僕はアーメイ先輩に言われた通りに講堂に残るため、アッシュに一言断っていた。


「僕はアーメイ先輩と用事があるから、アッシュは先に戻って良いよ?」


「分かった。大丈夫だとは思うが、困ったことになったら言ってくれ!俺で力になれるなら協力するよ!」


「ありがとう!さっきの事も含めて感謝してるよ!」


「ふっ、いいさ!元は俺のせいだからな。それに友達なんだ、当然だろ?じゃあ、俺も準備するとするか!」


そう言ってアッシュは手を上げながら講堂を出ていった。メアリーちゃんもこの後、学院長へ報告しなければならないということで講堂をあとにしたが、去り際に心配したような眼差しで、「何か困ったことがあれば、いつでも保健室に来てくださいね!必ずですよ!」と力説して去っていった。


そうして講堂には、僕とアーメイ先輩が残ったのだった。



「残ってもらってすまなかったなエイダ君」


「いえ、何かお話があったんですよね?やっぱり、さっきの騒動の関係ですか?」


僕が恐る恐るといった感じで先輩に確認すると、彼女は苦笑いをしながら答えた。


「そうだな。先程は色々と悪かった。君に責任を被せるような処罰をしてしまった。本来は絡んでいた3人を処罰するべきなのだろうが、君とアッシュ君の事を考えてあのような処罰をするに至ったのだ」


「えっと・・・どう言うことですか?」


先輩の考えがいまいち分からなかった僕は、その真意を尋ねた。


「ふむ、相手はちょっと面倒な貴族の子供達でな、下手に君達を庇ってしまうと、逆に彼らの実家からの嫌がらせを受けるのではないかと危惧したのだ」


「・・・なるほど。僕は貴族の事情には疎いですから、配慮してくれてありがとうございます」


「まぁ、アッシュ君もそう考えての行動だったのだろう。自分だけではなく、君にまで被害が及びそうだったから、ああいった言動をしたんだろうな」


先輩はアッシュの考えを見透かしているように、彼の行動の真意を口にしていた。


「僕もそう思います。それで、話というのはその事ですか?」


「いや、この話はついでだ。実はエイダ君にポーションの製作を頼みたいのだ」


「ポーションを?」


「そうだ。メアリー先生に確認してもらったのだが、学院の在庫が心許こころもとなくてな。特に今回のように危険が想定される作戦だ。十分な個数を準備しておきたいのだが、神殿も騎士団からの依頼で大変らしいのだ」


「なるほど、それで僕なんですね?」


「そうだ。大森林の拠点防衛組12人分のポーションとして、明後日までに100本程の製作は可能か?勿論私も手伝おう!」


そう先輩に問い掛けられて、どの程度の数を作れるか考える。正直、材料さえあればなんとでもなる数だ。


(中級ポーション10本作るのに大体1時間位だけど、あれは鍋を一つしか使ってないからだ。複数の鍋を準備できれば、それこそ数時間で必要数は準備できるはずだ)


さすがに、10個の鍋を並べて一度にやってしまうのは無理があるが、3つ位なら同時にできるだろう。


「たぶん大丈夫です。薬草などの材料とそれを煮詰める鍋を複数準備できれば、明日にも用意できそうですね」


「そ、そうか!さすがエイダ君だな!では、明日の午前中から製作をしてもらって構わないか?」


「大丈夫です。場所はいつも僕がポーションを作っている所で良いですか?」


「勿論だ!明日までに材料などを手配しておこう。本当にありがとう!!」


先輩は僕の手を両手で包み込んで、笑顔で感謝の言葉を伝えてくれた。先輩の柔らかくも温かな手に包まれつつ、若干上目遣いで見つめられている状況に、心臓が破裂しそうな位の鼓動を刻んでいた。


「い、いえ、その、アーメイ先輩の頼みですから・・・」


「そ、そうか?ありがとう!このお礼はいづれ必ずしよう!」



 そうして先輩は作戦の為の準備があるからと、講堂から足早に退出していった。そんな先輩の様子をボーッと見つめていた僕は、先輩の去り際の横顔がなんとなく赤く染まっている様な気がした。


(勢いで僕の手を握っていたのが恥ずかしかったのかな・・・?)


そんな事を考えつつも、僕も準備のために講堂を後にしたのだった。




 side エレイン・アーメイ



 スタンピードの作戦概要の説明が終わり、エイダ君への依頼も良好に済んで講堂を出た私は、少し物思いに耽っていた。


(ふぅ、結果としてになったな)



 今回の作戦、元々エイダ君には私と共に大森林の防衛拠点組になってもらうつもりだった。もし討ち漏らしの魔獣が襲ってきても、彼の実力なら申し分ないと考えたからだ。それは以前、ジョシュとの模擬戦で見せた彼の実力から確信を持って言えた。


その為に、何としても彼に参加してもらうように説得するつもりだった。しかし、その決意は杞憂に終わり、作戦参加を希望する者が集まる講堂には彼の姿が既にあった。状況は良くなかったが。


手間が省けたと思う反面、どうこの状況を収めようかと頭をフル回転させた。隣にいるメアリー先生は混乱してオロオロしており、私が前に出るしかないと思った。結果として、なんとかその場を収めることが出来た。


当初は彼を大森林の防衛拠点組に指名することで、同じ配属になったも者達からは不平・不満や、その配置に疑問を投げ掛けてくる者が居るだろうとも想定していた。


特に、今回の作戦において武功を上げて評価を得ようと考えている者達にとってみれば、両方の才能持ちである彼は邪魔者に映ってしまうだろう。それをどうやって収拾をつけるか考えていたのだが、予定外に丸く収めることができた。



 それに、ポーションの製作依頼の方も問題なく引き受けてもらえることができた。正直に言って、今回の作戦において彼以上に安心して頼れる者は居ないだろう。何故かは分からないが、彼からは信頼に足る何かを感じられるのだ。


(彼は今まで出会ってきた者達とは、何もかも違うな・・・)


私は家柄もあって、今までに知り合った者達は殆どが貴族絡みだった。そのせいもあってか、同年代の者は媚びるような接し方をしてくるので、私に取り入って伯爵家との繋がりを得たいという思惑が見え見えだった。


しかし彼は平民であり、世間ではノアと蔑まれているような存在だ。今までのそういった者達であれば、どこか卑屈で人生を諦めたような表情をしているものだったのだが、彼からはまるでそんな雰囲気を感じなかった。


それどころか、私が護衛として参加した実地訓練では、熟練の騎士のような立ち居振舞いに、あの実力だ。嫌でも彼という存在に興味を持ってしまう。


(ふっ、私が年下の男の子を頼りにしている、か・・・)


そんな自分の想いに、何故だか頬が緩む。以前エイダ達と共に食事をしたあの場所での自分の言葉が、不意に私の脳裏を過る。


「でも、彼と私とでは身分が違いすぎる・・・」


不意に溢れ出た自分の言葉に驚く。自分の将来の相手については、あまり考えないようにしていたというのに、いつの間にか彼を意識していたのだ。


(違う違う!ちょっと頼れる男の子ってだけだ!私には叶えるべき目標があるんだ!)


余所見をしている暇なんて無いと、自分を叱咤しながら廊下を歩いていると、前方から今は最も会いたくなかった人物が近づいてきているのに気付き、あからさまに顔を顰めそうになってしまった。



「エレイン!!探したぞ!」


それは同じ3年生にして、剣武コース首席のジョシュ・ロイドだった。

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