第61話 ギルド 16


side メアリー・リフコス


 講堂に入ると、そこでいったい何があったのか、中は阿鼻叫喚の地獄絵図となっていました。


私は学院長からの指示で、今回のスタンピード対策へ参加する生徒達の引率をすることになってしまいました。


自分には荷が重いと断ろうとしたのですが、聖魔術を使用できる私が居れば、不足の事態になっても対応が可能だからと言う、最もな理由を告げられてしまうと、断るに断れなかったのです。


ため息を吐きながら保健室にてポーションの在庫確認等をしていたら、珍しくエレインさんが訪ねてきました。話を聞いて驚きましたが、今回の作戦に伯爵家の跡取りである彼女が参加するのだと言うのです。


アーメイ伯爵家の当主が騎士団の団長をしていることを考えると、その子供が参加すること自体は不思議ではないのですが、参加するにしても妹さんの方だと思っていました。ただ、よくよく話を聞けば、あくまでエレインさんは自分の意思で参加するのだと言うのです。内密な話でしたが、今回の魔獣の異常な増加の原因に騎士団が関わっているとの事でした。


どうやら一部の団員が、大森林の表層における定期的な魔獣の間引きをサボっていたらしく、そのせいで表層に生息する魔獣の爆発的な繁殖を許してしまったというのです。簡単に言えば、表層の弱い魔獣が大量に繁殖した結果、それを餌とする強力な魔獣の増加を許してしまったと言うことでした。


 それ自体は騎士団の怠慢だと私は思いました。団員の中には、真面目に仕事をしない問題児が一定数居ることはよく知られています。本来はそういった団員を指示・監督する立場にある者が、処罰されるなり責任を取るなりするべきです。しかし、どうやら彼女は今回の件について、騎士団団長の娘であるというだけの理由で責任を感じてしまっているようなのです。


責任感の強い彼女らしい行動だとは思いますが、よくそれを当主である彼女のお父さんが許可したものだと驚きました。しかし、もしかしたら当主が責任を取る為の手段の一つとして、彼女の行動を利用したのではないかとも考えられました。



 彼女は今回の作戦の内容についてかなり詳細な情報を知っていたので、しばらく情報共有のために彼女と会話した後、そろそろ参加希望者が集まっている時間だろうと講堂へ一緒に移動しました。


そして、一歩講堂へ足を踏み入れた瞬間に見た光景がそれだったのです。数人の生徒が泡を吹きながら仰向けに倒れ、その他の生徒達は、皆さん恐慌状態のように混乱していたのです。更にどうしたことか、講堂の中は極寒の寒空の中にいるように、肌が凍てつくような冷たさをその身に感じました。


「な、何ですかこれは?」


(な、何これ?寒い・・・単に気温が下がっているわけじゃない?これは・・・精神的なものでしょうか?)


「い、いったいどうしたんだ?何があったのだ?」


エレインさんもこの状況に唖然としているようで、何事か確認するように皆さんに質問を投げ掛けていましたが、それに返答できる生徒は誰も居なかったようです。


私は講堂に入ってから震え出している身体を叱咤して、状況を把握しようと周囲の様子を見渡しました。すると、一人の生徒がこの騒動の中心に居ることがすぐに分かりました。何故なら、この冷気の発生源は彼を中心としたものだったからです。


「エ、エイダ君!?」


私が彼の名前を叫ぶと、彼は私と視線を合わせた後、軽く息を吐き出しました。すると、途端に今まで感じていた凍てつくような寒さが嘘のように消え去りました。


(や、やっぱり彼がこの状況の元凶なのですね・・・いったい何があってこんな状況に?も、もしかして、お父さんから注意しておけと言われた事が現実に!?)


エイダ君の足元には、泡を吹いて倒れている生徒達に向けて、冷や汗をかきながら床に蹲っている彼のクラスメイトがいました。そして、そんな彼らを取り囲むような位置にいるその他の生徒達。この状況を確認した時、私は今の状態に至った経緯をぼんやりと察しました。


その可能性を認識すると同時に、私はゆっくりと彼に近づきました。もちろん警戒心を持たれないように努めて笑顔を心掛け、いつもの調子で話しかけました。


「もぅ、エイダ君?いったい何事ですか?」


「メアリーちゃん。これはその、いや、そうですね、う~ん・・・」


彼はどう説明すべきか頭を悩ませているようで、中々言葉が出てきませんでした。そんな彼を見かねたのか、エレインさんが状況を尋ねました。


「エイダ君、何かこの者達とトラブルがあったのか?」


彼女は倒れている生徒達を見やりながら、彼に確認しました。すると、その間に割って入るように床に蹲っていた彼と同じクラスの生徒が立ち上がってきました。


「ち、違うんです、メアリーちゃん!アーメイ先輩!この状況を招いたのは俺のせいなんです!」


「っ!?アッシュ?」


彼の発言に意表を突かれたのはエイダ君でした。エイダ君は何を言っているんだと言う表情でアッシュ君を見つめています。


「・・・どういう事ですか?」


その状況に訳が分からない私は、アッシュ君の方から事情を聞くことにしました。


「じ、実は、うちの実家と付き合いのある貴族家の先輩達が、今回の作戦にノアである俺達が参加する事に思うところがあったようでして・・・」


「ふんふん・・・」


私はそこまで聞いたところで、既に今回の騒動の全容を何となく理解しました。職員会議であれほど差別的な言動を控えるように提言していたのに、どうやら生徒達まで伝わっていなかったようです。


「少し意見の行き違いもあり、先輩達が手を出そうとしてきたのですが、エイダ君が俺を庇ってくれたんです。でも、彼は何もしていません!殺気一つで先輩達を無力化したんです!」


その言葉に、私はこの講堂に入って来たときに感じた、身を刺すような冷気の正体に思い至りました。


(そうだ!あれはいつか大森林の魔獣達から感じたような殺気だ!でも、彼の殺気は格が違う。濃密で重くて、その殺気に当てられるだけで息も出来なくなるようなものだった・・・)


武の方面にそれほど詳しくない私でも分かります。あれ程の殺気を発することが出来る者など、一握りの実力者だけです。その考えに至ったときに、私の背筋を嫌な汗が流れていきました。


(不味い・・・本当にお父さんが懸念したことが現実になるかも・・・もし、2人が、子供が不遇な対応をされたと怒鳴り込んで来たら、こんな学院なんて簡単に更地にされちゃうかも・・・)


嫌な未来が頭の中を駆け巡り、冷や汗を流しながら、この場をどう収めるべきか思考を高速回転していると、エレインさんが彼に歩み寄っていきました。


「エイダ君、私はこう思うのだ。力あるものはその力を正しく使わなければならない。しかし、正しさとは人によって異なる曖昧なものだ。君はこの状況において、自分の行動が正しかったと胸を張って言えるか?」


真摯な眼差しで彼を見つめるエレインさんに、私は年上として恥ずかしながら圧倒されてしまっていました。彼女の真っ直ぐな心で語り掛けられた相手は、何故か隠し事無く、真っ直ぐに答えるのです。


「アーメイ先輩。僕は友人を守るためにした行動は、正しかったと胸を張れます!」


「・・・そうか。では、魔術コース3年首席であり、今回のスタンピードにおいて、学院の生徒代表者であるエレイン・アーメイがここに宣言する!今回の出来事は、互いの意見の行き違いによって生じた当人同士の争いだ!」


エレインさんは講堂の生徒達全員に向かって語り掛けるように声を大にして話しています。先生としてやるべき事を、生徒に代わりにさせている状況に、申し訳なさを感じてしまいます。


「そして、彼は友人を暴力から救うために行動を起こした!それ自体は非の有る行為では決してない!しかし、当事者以外の者にまで影響を与えてしまったことについては、何らかの処罰が必要だ!」


「エ、エレインさん?」


彼女のエイダ君に対する不穏な言葉に待ったをかけようとしましたが、彼女の迫力に飲まれた私の小さな声では気づいてもらえませんでした。


「よって、彼には今回の作戦で学院生が受け持つ持ち場において、最も危険な最前線に配置させてもらう!いいな?エイダ君!!?」


「・・・確かに関係ない人も巻き込んでしまったかもしれませんね。分かりました」


私の心配をよそに、彼はエレインさんの言葉を素直に受け入れていました。それに、この処罰については彼の正体を思うと、学院生の受け持つ場所で最も危険といっても大した脅威にはならないでしょう。


「ま、待ってくれ!今回の騒動の原因は俺にもある!俺もエイダと同じ場所に配置してくれ!」


「ア、アッシュ?」


すると、予想外にアッシュ君が自分も危険な場所に配置して欲しいと言い出してしまいました。そんな発言に彼は驚きの声をあげていました。それも当然です。エイダ君ならまだしも、ただのノアであるこの子には、本当に危険になってしまいます。


「アッシュ君。話を聞く限り、君は何もしていない。そんな君を処罰する理由はない!」


「わかっています!それでも、俺は助けてくれた友人を見捨てることはしたくない!」


「残念だが君の実力では、下手をすれば大怪我では済まなくなるぞ?」


「覚悟の上です!」


「・・・いいだろう。君の覚悟に免じて、私から話をつけておく!」


「ありがとうございます!」


「では、これにてこの話は終わりだ!今後、この出来事において不平不満、異論は認めん!!」


強い口調で彼女がそう宣言すると、講堂の中は水を打ったように静まり返ってしまい、誰一人として彼女の言葉に異論を唱える生徒はいませんでした。そのことにホッと胸を撫で下ろすと、自分のやるべき事を思い出しました。


「だ、誰かこの3人を運ぶのを手伝ってください!」


 私の言葉に数人の生徒が反応してくれて、気絶している3人を講堂の隅に移してもらい診察をしました。見たところ外傷らしい外傷はなく、倒れたときに後頭部を強打しているくらいでしたので、サッと聖魔術を掛けてたんこぶを治してあげました。


簡単な治療を済ませ、彼らの目が覚めるまでは混乱の残る生徒達をケアしようと皆が集まっているところに小走で向かうと、エレインさんとエイダ君とのすれ違い様、話し声が耳に入ってきました。


「(エイダ君、この後話がある。最後、講堂に残ってくれ)」


「(わ、分かりました)」


他の生徒へのケアを優先せざるを得ない私は、その言葉を耳にして焦りを覚えました。


(え~!!エレインさん!いったいエイダ君に何を話すつもりなの!?これ以上私の心労を増やさないで下さい!)


それは声に出せない、私の心からの叫びだった。

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