第64話 ギルド 19

 作戦当日ーーー


 アーメイ先輩とアッシュのお兄さんとの一悶着に介入してしまってから3日後、僕はまだ陽も昇っていない薄暗い早朝の時刻に、都市の外壁で今回の作戦に参加する学院生達と共に待機している。


そこには既に何百人もの騎士達が、装備を万全に整えて集まっていた。更に騎士達から少し離れた場所には、自前の防具に身を包んでいる者達も大勢詰めかけている。


確か今回の作戦はギルドでも参加者を募集していたので、依頼を受注した人達なのだろう。そして、人の集まっている所から離れた所にある開けた場所には、数十台の馬車がズラリと並んでいた。


(騎士の人達がこれだけ揃って整列しているのは圧巻だな。馬車もこの都市にこんなに有ったんだ・・・)



 普段とは違う外壁前の様子に呆気に取られていると、隣にいるアッシュが声をかけてきた。


「エイダ、もしもの時は頼むぜ!」


白い歯を見せながら笑顔で話すアッシュは、緊張からなのか若干震えているようだ。それも無理はないだろう。当主からの命令とはいえ、そもそもアッシュの実力を考えれば、今回の参加は無謀と言って良い。しかも、危険度の高い大森林の防衛拠点組なのだ。


場合によっては、討伐を逃れて溢れてきた高ランク魔獣と対峙する可能性だってある。自分の実力を把握しているのなら、恐怖しない方がおかしい。


「大丈夫だよ!ちゃんとアッシュはカリンの元に帰すさ!」


「っ!?な、何でそこでカリンの名前が出てくるんだよ!?」


「ははは、照れなくても良いって!」


「お、お前なぁ・・・」


アッシュの緊張を解くために、カリンの事でからかっていると、僕らの元にアーメイ先輩が歩み寄ってきた。


「エイダ君、アッシュ君、君達はいつも通りのようだな?」


僕らのやり取りを見ていたようで、先輩はその様子に微笑みを浮かべていた。


「いえ、いつも通りなのはエイダだけで、俺は足がすくんでいますよ・・・」


アッシュは苦笑いをしながら、そう先輩に返答していた。


「それは当然だろう。今回のスタンピードの規模は推定2000匹を越える中規模なものだ。これで恐怖しない者は、余程実力に自信があるのか、状況も分からない能無しだろう!」


「ははは、そうですね。なら、エイダは前者に該当しますから、しっかり俺達の事を守ってもらいましょう!」


アッシュは当然のように僕の実力を信頼してくれている。その信頼がなんとなく嬉しくて、親指を立てながら笑顔で応える。


「ああ、任せて!!」


その様子に、アーメイ先輩は少し心配した面持ちで僕を見つめてきた。


「エイダ君、無理はするなよ?」


「分かっています!あくまでもやれる範囲で、です!」



 しばらくすると、今回の作戦における総責任者である、厳つい容姿をした騎士団第2部隊の隊長が、挨拶と激励の声を上げたところで、集まっていた人達はそれぞれの配属先へと動き出した。


学院の生徒は半数以上がこの外壁に拠点を築いて、万が一の討ち漏らしに備えることになる。ここの学院側責任者にはメアリーちゃんが残ることになっている。また、昨日までに100本のポーションは作り終えていたので、その内の30本をこの拠点に、残りを大森林入り口に築く拠点で使用する予定だ。



 実際に大森林へと入り、魔獣を討伐する実行部隊の騎士の人達は、既に馬車に乗り込んで次々に出発していた。僕らも馬車に荷物を積み込み、出発の順番を待っている。


馬車は6人乗りのため、12人いる僕らはちょうど2手に分かれて乗り込むことになるのだが、僕とアッシュと同じ馬車に乗り込んだ3年の先輩達は、皆一様に緊張した面持ちをして、一言も発していない。


(今回の作戦に参加するくらいだから、ギルドでCかDランクの武力系依頼をこなしてるはずなのに、そんなに緊張していて大丈夫なのな・・・)


先輩達の表情を見ながらそんな感想を抱く。アッシュも似たようなものだったが、さっきの会話でかなり緊張は解れている様子たった。


正直、皆がこれほど緊張しているのに、僕一人がこの状況にピンときていないのは、両親の影響が多分にあるだろう。何せ、住んでいた森の奥で魔獣を狩る際には、わざわざ討伐した魔獣の亡骸を利用して、周囲にいる魔獣達をこれでもかというほど誘き寄せていたので、大量の魔獣を相手にするという経験を既に積んでいるのだ。


本来であれば魔獣を討伐する際にはまったく逆の行動が求められるので、おそらく先輩達には多数の魔獣の相手をするという経験がなかったための緊張だろうと推測した。



 しばらく馬車に揺られ、窓から差し込む日差しが眩しくなるくらいになって、ようやく防衛拠点となる大森林の入り口へと到着した。


そこにはいつの間にか街道を塞ぐような形で、高さ5m程の防御壁が作られており、その上に人が配置できるようにだろう、階段が設けられていた。幅は目測で200m程もあり、街道部分を突き抜けるように建設されていた。そして、街道から外れた場所付近には簡易的な鉄格子の扉が備えられている。



(1ヶ月来てない間に随分と様子が変わったな・・・この防御壁もきっと、土属性の魔術師の人が頑張ったんだろうな・・・)


大森林の奥からは、一種異様な雰囲気が漂ってきている。以前は対した強さもない魔獣がチョロチョロ居るくらいの入口付近から、強そうな魔獣の気配が溢れ出ているような感じだ。


事前に割り当てられた場所に荷物等を運び、全体の準備が済んだところで集合がかかった。どうやらこれから騎士団とギルドで依頼を受注した人達が、スタンピードを鎮圧するために大森林へと突入するようだ。


総責任者である騎士団の部隊長さんが壁に付けられた階段の中ほどに立つと、整列して集まっているこちら側をゆっくりと見渡しながら口を開いた。


「諸君!いよいよだ!既にこの場において君達に言うべき事はないが、皆!自分の周りの者の顔をよく見て欲しい!」


部隊長さんの言葉にみんな困惑しながらも、近くの人達と顔を見合わせていた。


「今回のスタンピードは中規模と言えど、まったく油断はできない!今隣に居る者が、明日も隣に居るかは、諸君一人一人の奮闘にかかっている!己の友人を守れ!己の家族を守れ!己の住む場所を守るのだ!!」


拳を振り上げながら部隊長さんが全員を鼓舞すると、それにつられるようにこの場のみんなが呼応した。


「「「おおおーーー!!!」」」


「では行くぞ!魔獣どもを駆逐しろ!!作戦開始!!!」



 総指揮官である第2部隊長さんの合図と共に鉄格子の扉が開かれ、騎士団を先頭として雪崩れ込むように大森林へと突入していった。僕達学院生はこの拠点の防衛のために配置に付く。


スタンピードで飢えた状態の魔獣は、基本的に餌となる人間が多い方に向かう習性があるので、余程の事がなければこの拠点を先に襲ってくることはないはずだ。


とはいっても絶対ではないため、ここにも数人の騎士と依頼を受けた人達が残ることになる。人数にして約50人がこの拠点を守るのだ。


アーメイ先輩は最終確認のため、騎士の人達と何やら話し込んでいる。僕はアッシュと一緒に扉を越えて、壁の向こう側で魔獣を待ち受ける。


この拠点における前衛の剣術師は約35人で、後方支援の魔術師は約15人となる。平時であれば、これほどの戦力なら出番もなさそうなのだが、スタンピードの状況では何が起こるか分からない。そのため、僕達と一緒の前衛組の皆は、剣の柄を握りながら気を引き締めた様子を見せていた。その中には3年の学院生も数人含まれている。


「アッシュ!確認だけど、僕達のやることは分かっているよね?」


防御壁を背にして大森林を見つめているアッシュに、僕は再度、作戦内容を確認した。


「ああ、大丈夫だ!魔獣には上にいる魔術師が先制攻撃を行い、負傷させたところで各個撃破だろ?」


「うん!魔獣1体につき最低でも2人以上で対応して、その隙に魔獣が襲いかかってきそうなら近くに居る別の者が対応、もしくは魔術師が妨害してくれる。くれぐれも前に出過ぎないようにね!」


「分かってるよ!自分の実力は一番理解しているさ!無理せず確実にやるよ!エイダも頼むぞ!」


「ああ!君の背中は守るから、安心して良いよ!」


アッシュと実際に魔獣が漏れてきた場合の対応について確認していると、防御壁の上からこの防衛拠点組のみんなに対して声が掛けられた。頭上を見上げると、そこには魔術杖を掲げる騎士と、その隣に引き締まった表情をしているアーメイ先輩の姿が見てとれた。


「皆!既に作戦は開始された!我々の役目は大森林から抜け出てくる魔獣を、1匹たりともこの後ろに通さないことだ!討伐方法については事前に周知した通り!落ち着いて行動すれば誰一人欠けることなく防衛可能だろう!みなの奮戦を期待する!」


「「「おうっ!!!」」」


その掛け声に周りにいる騎士や依頼を受注した人達は、先と同じように声を張り上げていた。それは学院生の先輩も同様で、まるで自らの不安を払拭するように声を大にして叫んでいたようだった。


「このまま何事もなく、作戦通りに終わってくれると良いな・・・」


熱狂するように士気を上げているこの場で、ボソッと呟いた僕の言葉は風に消えていった。そんな中、チラチラと僕を盗み見てくるような複数の視線があったが、学院生の参加が珍しいのだろうと気にすることはなかった。




 side レイ・ストーム


 ついにこの日が来てしまった・・・


 暗殺対象である少年の実力をリーダーに報告後、今回の依頼からは手を引くべきだと進言したのだが、重々しい口調で不可能だと言われてしまった。とはいえ、その返答に驚きも落胆もなかった。その言葉を聞いたときには、「やっぱりか」という感情しか沸いてこなかった。


そもそもこういった後ろ暗い仕事をする上で、何よりも重要なのは顧客からの信頼だ。ここに頼めばどんな依頼でも遂行してくれる、といった評判が次の仕事を呼んでくる。それが一度でも崩れれば依頼は極端に減るし、途中で投げ出そうものなら信頼はゼロになる。そうなってしまえば、もううちのチームに依頼が来ることはなくなるだろう。


(そうなればチームの全員が路頭に迷う事になる・・・それは避けたい。でも、下手をすればこの依頼で命を落とすことになるかも・・・)


遠くに目を凝らせば、魔獣という恐ろしい存在が大森林にはひしめいているが、目下の恐怖は、今、私のすぐそばに居る一人の少年だった。


そして、この作戦に参加することになったのは、依頼主である人物が権力にものを言わせて強引にねじ込んできたのだ。そもそも、依頼が遅々として進んでいない状況に業を煮やす形で連日のように催促があったのだが、こちらが目標が学院内に居るために手出しできないと伝えると、どうやったのか定かではないが、ノアである標的がこの作戦に参加することになったからと、作戦決行の2日前に連絡が来てから、あっという間にこの状況である。


本当に貴族というものは自分の目的を遂行するためであるのなら、都市がどうなろうとも関係ないというほどに権力を使って、自分の想い通りに物事を進めようとしてくるのだ。正直、そんな貴族に目をつけられた少年は同情を禁じ得ないが、それで手心を加えるわけにはいかない。


(失敗は許されない。チームの3分の2の人員を今回の依頼に割いているんだ。何としても隙を見つけて・・・る!)


私は溢れそうになる殺気を押し留め、深呼吸をしながら自分に課せられた任務を思い返す。


(この拠点には私の他に仲間が4人、大森林の方に10人。大森林に入った仲間が意図的に魔獣をこちらに流して、防衛に混乱する隙に乗じながら事故に見せかけて暗殺する!)


一応、それぞれが彼の隙を見つけた時点で各自の判断で動くことになっているが、最悪の場合は私以外の4人で隙を作り出して、止めを私が刺すことになっている。それは一番重要な役割といっても良い。



 私は士気を上げるために騎士達が叫び声を上げている中で、仲間の4人と視線でコンタクトを取る。そして、標的である少年を自分の視界に収めて、心の中で祈るのだった。


(神様・・・どうか何事もなくこの暗殺が成功しますように!)


普段まったく信じてもいない神に、この時ばかりは祈らずにはいられなかった。依頼の成功を、仲間の無事を、そして何より私の無事とリーダーとの幸せのために、彼には死んでもらわなくてはならないのだ。


私はもう一度心を落ち着かせるために大きく深呼吸を行い、ボソッと呟いた。


「(るわよレイ・・・リーダーとの幸せのために、必ずやり遂げるのよ)」


自分に言い聞かせるように言葉を吐き出し、少年を観察しながら、その時が来るのをじっと待つのだった。

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