第50話 ギルド 5

 昨日と同じくらいの時間帯に訪れたギルドは、朝の喧騒が嘘のように静まり返っていた。軽くロビーを見渡しても閑散としており、ギルドの職員の方が多い状態だった。それは、達成の報告をするならこの位の時間帯が一番空いていて良いのではないかと思えるほどだった。


(あっ!今朝、受注の受付してくれた人がまだいる。せっかくだから同じ人でお願いしよう)


そう思いながら受付に近づいていくと、受付嬢さんが僕を見ながら見事な営業スマイルで話しかけてきた。


「いらっしゃいませ!受注でしょうか?依頼でしょうか?」


さすがに僕の顔まで覚えてはいないようで、受付嬢さんは僕が依頼の達成報告に来たとは考えていないようだった。


「いえ、依頼を達成しましたので確認をお願いします」


そう言いながら懐から依頼書を取り出して受付に提出した。


「畏まりました。確認しますので、一緒に個人証の提出もお願いします」


「あっ、はい」


どうやらギルドの各種の手続きに際しては、常に個人証の提出が必要のようだ。まぁ、本人かどうか確認しなければならないことを考えると、少し面倒だが仕方のないことなのだろう。


(最悪、他人の依頼書を奪って報酬の横取りなんかも出来るかもしれないし、ちゃんと本人かを確認するのは当然か・・・)


受付嬢さんはしばらく、達成印の押された依頼書と個人証を注視し、受付カウンターの下からそろばんを取り出すと、何やら計算を始めた。おそらく規定量以上のお肉の追加報酬の算定をしてくれているのだろう。最後に依頼書に朱色の印鑑を押してから顔を上げた。


「お待たせしました。依頼の報酬が800コルに、追加分の素材が67kgありましたので、合計2810コルとなりますが、エイダ様は学院生ですので、ここから2割の562コルが差し引かれます。よろしいですか?」


「はい、お願いします」


学院へ2割徴収されることを忘れていたが、とりあえずは思った通りの成果に、笑顔を浮かべて二つ返事で了承した。僕の返答を確認して、受付嬢さんは個人証を何かに差し込むと、すぐに取り出して僕に返却してきた。


「報酬を入金いたしましたので、ご確認ください」


受け取った個人証を確認すると、確かに今回の依頼の報酬2248コル所持金が増えていた。


(この調子ならポーターを複数雇って、たくさんの依頼を同時に受注していけば、結構な稼ぎになりそうだな)


個人証の金額を見つめながら、脳内で皮算用をしていると、受付嬢さんに話しかけられた。


「ファンネル様、今回の依頼は複数人ではなく単独で達成と言うことで間違いないですか?」


「?ええ、そうですよ?」


突然の質問内容に首を傾げながらも、返答した。


「Fランクとは、言わば見習いです。Eランクから一般的な実力を保有していると見なされますので、今回の成果をもってEランクへの昇格が認められますが、どうされますか?」


急な申し出に、一時的に思考停止してしまうが、すぐに言葉の意味を理解する。


「たった一度の依頼達成で良いんですか?」


「Fランクの実力と言うのは、最低限自分の身を守れる知識や実力を保有していると見なされる範囲ですので、これ程短時間でEランク魔獣を単独で討伐できるなら問題ないでしょう。それに、ギルドとしても実力のある方であれば、より高難度の依頼を請け負って欲しいですからね!」


ニコッと微笑みながらギルドの思惑まで説明してくれる受付嬢さんに、納得して返答した。


「では、ランクの昇格をお願いできますか?」


「畏まりました。もう一度個人証をお借りしてもよろしいですか?」


「お願いします!」


受付嬢さんに個人証を渡しつつ、ランクが上昇したことで、次にどのような依頼を受けようか思考を巡らせていた。


(Dランクの依頼が受注出来るってことは、大体3000コルの報酬か・・・今回みたいな食材の納品があれば、上手くすると一回で1万コルは稼げるんじゃないか!?)


そんなことを考えながら心を踊らせていると、個人証への登録が終わったのか、受付嬢さんが個人証を返却してくれた。


「どうぞ、ご確認してください」


「ありがとうございます」


受け取った個人証は武力のランクが上がり、『EFランク』と表示されていた。このまま新しい依頼を受けていこうかと考えながら、依頼が貼り出されている掲示板を見たのだが、目ぼしい依頼は無かったので、街中で食事をしてから学院へと戻った。




side ????



 平民街にあるとある館の一室にて、机に座りながら報告書を確認する一人の男性の姿があったーーー



「マジかよ!?あのガキ!!」


 冒険職としてこの都市で名を馳せている俺のチームは、最近、とある筋からの依頼を受けていた。内容は単純で、ある人物の戦力調査及び排除依頼だった。要するに実力を確認した後、この世から排除して欲しいという暗殺依頼だ。


この手の汚れ仕事をよくこなしている俺達には、依頼自体さして驚くことでもないが、今回の依頼対象は成人もしていないガキだというところには、多少いぶかしみもした。正直、ガキくらいなら自分でやれよと思うのだが、世の中には自ら手を汚したくない人物の方が多い。


だからこそ、自分達みたいな定職に就いていない者達も冒険職として食いっぱくれないのだが、それにしたって子供を殺す依頼には少なからず抵抗はる。とは言え、生きていくためには金が要るし、仕方のないことだ。



 今回の依頼もいつもと同じ、対象の行動パターンや実力を確認後、人目のつかない場所でこっそりと人生からの退場を願おうと調査していたのだが、思いもよらない状況に直面している。


「尾行開始早々に見失っただと!?しかも、気づいたときには対象はギルドに戻っていて、実力も不明とかふざけんなよっ!」


報告書を握りつぶした俺は、『ゴンッ!!』と力任せに机を叩いた。あろうことか監視の任務に就かせた奴が、早々に対象を見失い、実力の確認が出来なかったどころか、行動パターンも分からずじまいなのだ。一応、依頼人から対象の実力についての進言があったために、チームを分散して大森林の出入り口にて待機する班と、ギルドのロビーにて動向を探る班に分けていたのだが、この体たらくではまるで対象の実力が分からなかった。


「・・・どうしたの?リーダー?」


「っ!おっ、おう、レイか!」


音もなく入室してきたのは、俺のチームでもトップクラスの実力を誇るレイだった。整った顔立ちに短髪の黒髪で、室内にもかかわらず口元を隠すようなマフラーをしながら漆黒のコートを羽織っている。


こいつは幼い頃にノアということで両親から見放され、俺が拾って以降は暗殺者にするべく育てていた。生まれつきなのか、成長期に満足に食事を摂らせて貰えなかったのかは不明だが、体格が小さく、見た目は子供としか思えない。


だが、その見た目が相手からの油断を誘い、今までの重要な依頼で失敗したことはなく、この数年で、こと暗殺に関してはレイの右に出るものはうちのチームには居なくなっていた。ちなみに、ちんちくりんな見た目に反して、既に年齢は20代半ばだ。


「・・・何か厄介事でもあるの?だったら、私が行くけど?」


「レイが、か・・・」


こいつは俺に拾われた事に対して恩義を感じているのか、俺が困っていると積極的に力になろうと働いてくれている。慕われているのは嬉しいことだが、何でもかんでも難しい依頼の処理にレイを使っては、他の奴等から不平不満の声が上がってしまうので、チームとしての全体的なバランスをよく考える必要がある。


(組織運営の難しいところだな。とは言え、今回の任務はレイが適任かもしれん!)


依頼対象は実力不明な未成年の少年だ。Cランク相当の部下の尾行を振り切るような存在だとすれば、実力的にBランクはあるかもしれない。レイなら実力的に申し分ないし、見た目もあって相手の警戒心を掻い潜り、情報収集から暗殺までをこなせるだろう。


若干コミュニケーション能力に心配があるが、ギルドの受付嬢から情報を聞くことくらいは問題ないだろう。それに、直接対象に張り付いて監視する方がこいつには楽かもしれない。


そこまで考え、任務を言い渡すために姿勢を正した。すると、レイもそれを感じ取ったのか、背筋を伸ばして俺を真っ直ぐに見つめてきた。


「レイ、任務を言い渡す。今回の任務は対象の戦力分析及び暗殺だ。対象の実力を確認次第、暗殺に必要な人員の確保と作戦を立案しろ。期限は9の月末日まで。復唱!」


俺の声にレイは両手を後ろに組んで、鋭い視線を俺に飛ばしてきた。


「はっ!対象の実力を確認後、必要人員の用意と作戦を立案します!期限は9の月末日!」


「よろしい!対象はクルニア学院1年生、エイダ・ファンネル。俺達と同じノアだ!詳しくは先行しているチームから情報を引き継いでおけ!」


そう言うと、俺は自分がサインした指令書を渡した。レイはその指令書を一読してすぐに懐にしまった。


「了解しました!これより任務に就きます!つきましては、リーダーに一つ申し入れたい事があります!」


「むっ?・・・また、アレか?」


「はい!任務を達成しましたら、いつも以上の奴をお願いします!」


「いや、まぁ、構わないが・・・もうそろそろアレからは卒業した方が良いんじゃないか?」


「・・・前向きに検討します!では、よろしくお願いします!」


俺の言葉に、レイは唇を尖らせながら渋々といった様子で返答する。全く納得していない感じが見て取れるが、特にそれを指摘することはできない。見た目も相まって、小さい子がちょっとした我が儘を言っているようにしか見えないからだ。


大人の男として、我が儘くらい受け止める度量を見せたくなるというか、庇護欲がそそられるというか、そんな感情をレイの見た目と言動から抱かされてしまうのだ。


 入室と同様に、退室でも音もなく居なくなると、一人になった部屋でポツリと呟く。


「・・・そんなに俺に頭を撫でられたいもんかね・・・」


 あいつを拾ったのはレイが8歳の頃だった。その当時の俺は、まだこのチームを作ったばかりの駆け出しだった。気まぐれで拾った子供を、25、6の俺が何故育てようと思ったのかは分からないが、きっとレイの中に光るものでも感じてたのだろう。結果として、レイは暗殺者として最高峰の才能があった。


(いや、そんな綺麗な話じゃないか。俺と、俺達と似たような境遇に同情したんだろうな・・・)


俺の作ったチームは、全員が定職を持つことが出来なかったノア達だ。社会から見捨てられた俺達は、同じ境遇の者達と集まることで何とか生活できている状態だ。今回の依頼については、同じノアの暗殺ということで思うところがある奴もいるが、自分達が生きていくためには仕方のないことと割りきってもらうしかなかった。


レイは対象がノアと聞いても感情を表に出すことは無かったが、もしかしたら内心では忌避感があるかもしれない。その感情が暗殺の手を鈍らせることは無いとは思うが、躊躇って思わぬ反撃を受ける可能性が無いとは言えない。


(はぁ・・・俺も子離れが出来ないな・・・だからレイも親離れ出来ずに、未だに甘えてくるんだろうな・・・)



 本当はもっと別の感情から甘えていることに、彼は薄々気づいているのだが、それを認めたくないという思いが強すぎるために、都合の良い言い訳をして自分を騙していたのだった。彼は常々、「どこで育て方を間違えたんだ・・・」と口にしており、チームの皆も首を傾げるばかりだった。


なにせレイは、見た目こそ少女の様な外見と言動をしているが、れっきとした男性なのだから。

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