第51話 ギルド 6

 ギルドで受注した初めての依頼の達成報告を学院にすると、フレック先生は目を丸くして、「もう終わったの!?」と驚いていた。その後、先生の指示通りに依頼達成の報告書を製作、提出して、ギルドの依頼を達成するという一通りの流れを済ませた。


先生からは、「あと一つ依頼を達成すれば試験は合格だけど、上限は無いからバンバンこなせば、それだけ評価が上がるよ?」と助言されたので、授業の時に言っていた評価・反省はいいんですかと聞くと、「いや、エイダ君には必要ないでしょ」と、わりと真面目な表情で言われてしまった。



 どうやら、依頼を受注してから達成の報告を学院へするまで、1日あれば事足りる。依頼の内容によっては、ここまで上手く事が運ばないかもしれないが、Dランク程度の依頼までなら1日一つこなすことも出来るかもしれない。


それはすなわち、毎日のようにお金が稼げるということだ。


(少し頑張れば、この間の正装に払った5万コルくらいすぐに取り戻せそうだな!よし、頑張ろう!)


大金を使うことに慣れていない僕だったので、金額の減った個人証を見てはため息を吐いていたのだが、お金を取り戻せる機会を見出だした事で目を輝かせた。



 他の皆はそれぞれの依頼をこなしているようで教室には居らず、夕食の時間になってやっと帰ってきた。


カリンは「もう腕が動かない」と、右の手首を押さえながら食事をしていた。アッシュはキラービーの巣の確認を済ませ、明日は駆除に必要な道具の調達をするらしい。ジーアは余裕な表情でどんなことをしていたのか語ってくれていたので、余程今回の依頼は性に合っているのだろう。



皆それぞれに順調に依頼をこなしているようで安心した僕は、翌日も依頼を受けようと昨日よりも早めにギルドへと向かった。



「さて、今日はどんな依頼を受けようかな・・・」


混雑している掲示板の前で、貼り出されている依頼書を見つめていると、一つの依頼に目が止まり、その依頼書を剥がして詳細を確認した。


「ふむふむ、ミノタウロスの肉の納品依頼か。報酬は30㎏以上2500コルで、1㎏につき100コル加算か・・・」


オーク肉の納品よりも格段に報酬は良い。さすがDランク依頼だと思った。ミノタウロスは体長3m程の牛型の魔獣だ。四足獣で、二本の鋭い角は生半可な武器や防具では、こちらの方が破壊されてしまう。普段はのんびりとした動きだが、Dランク魔獣だけあって興奮するととてつもない力で突進してくる。


しかし、その肉はとても美味しく、脂の乗ったお肉は口の中の体温で溶け出してしまうほど上質なのだ。


(実家だと母さんに「肉ばかり食べずに野菜も食べなさい!」って叱られたけど、ここなら討伐した後に、食事がてら好きなだけ食べれるな!)


依頼書を見ながら既にお昼ご飯の事を考えて頬を緩めていると、昨日考えていた改善点について思い出した。


(ミノタウロス一頭で大体可食部分が100㎏前後獲れるから・・・問題は運搬だな)


闘氣を利用すれば100㎏でも200㎏でも持てるが、リュックと両手で持つ量には限界がある。それこそ昨日みたいに5匹中3匹を無駄にしかねない。そこで、ポーターを雇うべきなのだが、雇い方が分からなかったので、受付で依頼の受注と合わせて確認しようと考えた。



「お願いしま~す!」


 受付け待ちの列に並び、昨日とは別の受付嬢さんに依頼の受注をお願いする。もちろん、依頼書と個人証を同時に提出するのも忘れていない。


「はい。少々お待ちください」


昨日の受付嬢と同様に、依頼書と個人証を注視しすると、僕に確認してきた。


「Dランク依頼ですが、単独ですか?チームですか?」


「単独で問題ありません」


「そうですか、分かりました」


事務的な対応の受付嬢さんは、依頼書に受理の印と名前を記入し、個人証と一緒に返してくれた。


「ところで、ポーターを雇いたいのですが、依頼を出せば良いですか?」


「ポーターの依頼は常駐依頼ですので、特に個人が依頼を出さなくても結構です。後ろにある緑の椅子に座っているのがポーター待ちですので、彼らに声を掛けて料金を先払いすれば雇えますよ」


受付嬢の言う通りに後ろを見ると、緑色の椅子には大勢の人が座っていた。みんな少し小汚ない格好をしていて、僕より少し年上位の年齢に見受けられた。中には中年くらいの人も居るが、そういった人は片腕が無かったり、眼帯をしたりしている。


「条件は自分で伝えるんですか?」


「そうです。どのような物を持ってもらのか、日数等も伝えて下さい。基本は500コルで雇えますが、拘束日数が長ければ割り増しがありますし、人によっては料金を交渉してきます。彼らの多くは冒険職の方ですから」


受付嬢さんは、少しだけ侮蔑の籠った言い方をして彼らを表現していた。おそらく彼らは冒険職の中でも実力の乏しい者か、怪我等をしてランクの高い依頼を受注できなくなった者達なのだろう。



 受付嬢さんから説明を聞いた僕は、ロビーにある緑の椅子が並んでいる場所へと移動してきた。そんな僕にポーターの人達は興味深げな視線を送ってくる。中にはこちらに興味を示さない人も居るが、大半は僕の事を値踏みするかのような視線だ。


(まぁ、僕はまだ未成年だしな・・・何でギルドに来ているのか疑問なのか?いや、もしかすると、未成年で依頼を受けられるのは学院の生徒だけだし、エドワードさんみたいに僕を貴族の子供かと思って観察してるのかも!)


そう考えると、値踏みするような視線には納得がいった。


ポーターとの契約方法を確認するため、他の依頼を受けた人を見ていると、自分の依頼の内容を告げて、その依頼に適した人を連れていっていた。中には解体まで頼んでいる人もいたので、一言にポーターと言っても色々な技術を持っていれば稼げそうだと見ていて感じた。


周りの人を見習って僕も声を掛けようとするのだが、ポーターを雇うのは初めてで、若干緊張してしまう。一つ息を吐いて落ち着いてから、ポーターの方達を見渡して声を上げた。


「ミノタウロスのお肉の納品依頼なのですが、解体した肉の運搬をお願いします。可能であれば一人100から200㎏で、3人位を希望します!あっ、闘氣が使える方で!」


僕の言葉を聞いて、ポーター達はお互いを見渡し、3人が立ち上がって僕の元へ来てくれた。その内の2人は筋骨粒々のオジさんだが、1人は隻腕で、もう1人は隻眼だった。


残りの1人は僕と同じ年齢位で、口まで隠すマフラーをしていた。顔は目元くらいしか見えず、体型も外套で隠れているのでよく分からないが、女の子の様な気がする人だった。


3人共に腰に帯剣しているので、剣術師なのだろう。彼らの容姿を観察していると、隻腕のオジさんの1人が口を開いた。


「条件を確認していいか?運搬日数や報酬なんだが・・・」


厳つい顔通りの厳つい口調で、雇用条件を確認してきたオジさんに、僕は笑顔で答えた。


「日数は今日だけです。条件は先ほど言った通りミノタウロスの肉を持てるだけ運んでくれれば良いです。移動費や食事代はこちらが持ちますので、報酬は500コルでいいですか?」


「依頼はお前さん1人でやるのか?だとすると、今日中にミノタウロスが見つかるかは分からんぞ?それに、その報酬金額だと本当に運搬しかせんぞ?」


「???僕は荷物を運搬してくれれば、それで良いんですが?」


「うむ、どうやらお前さんは俺達ポーターについてあまり知らんようだな」


「ええ、実は今日初めて雇おうと思っています。依頼を受注すること自体も2回目ですしね!」


「そうか・・・」


オジさんは顎に手を当てて、考える仕草をしながら隣の隻眼のオジさんに目配せしていた。視線を受けたもう1人のオジさんは、何かを理解したように頷きを返していたが、それが何を意味するのかは僕には分からなかった。残りの1人は、興味ななさげに様子を窺っているだけだ。


「良いだろう。俺とこいつはお前さんの荷運びを受けよう。報酬もその金額で良い。あんたはどうする?」


どうやらオジさん2人は、僕の依頼を受けてくれるようだ。残りの1人にも確認してくれると、その人は小さな声で返事をしてくれた。


「・・・私もその条件で問題ないです」


「決まりだな!俺はボビーだ!こいつはスタン!で、あんたは・・・」


ボビーと名乗った隻腕のオジさんは眼帯のオジさんの名前も教えてくれた。もう1人の事は知らないのか、視線を流しながら名前を言うように促している。


「・・・私はレイ。よろしく」


「僕はエイダと言います!皆さんよろしくお願いします!」


その声は女の子の様な高い声だったので、やっぱり女性だったようだ。




 それからすぐに報酬を先払いして、移動した。ポーターの皆さんには先に馬車の乗り合い所に行ってもらい、まずは学院へ受けた依頼の報告をしてから、すぐに皆さんと合流した。


今は大森林へ向かう乗合い馬車の中だ。さすがに雇った人達を経費削減という名目で、大森林まで走らせるのも忍びなかったので、多少の移動費には目を瞑って馬車での移動を選択した。


タイミングが良かったのか、この馬車の中には僕と雇ったポーターの3人の、計4人が乗ったところで出発となった。


しばらく馬車に揺られたところで、ボビーさんが口を開いた。


「お前さん、ポーターについてよく知らないようだから、森に着くまでに少し教えといてやる」


「あっ、それは助かりますね。ありがとうございます!」


「別に感謝する程のことでもねえ!先達として、後輩に教えるのは普通の事だ!」


ぶっきらぼうな物言いだが、その雰囲気から悪い人では無さそうだと感じた。面倒見の良い人なのだろう、ポーターについてのあれこれを色々と教えてくれた。



 ボビーさん曰く、ポーターは荷物運び以外にも魔獣討伐中の護衛や、採取中の周囲の警戒、昼食の準備、野営の準備、道案内から解体まで色々な雑務をこなすこともあるのだという。


それらはオプションみたいなもので、後からあれもやれこれもやれという訳にはいかず、予めそういった細かいところまで取り決めをして報酬を決めないと、後で面倒なことになるのだという。


また、運ぶ量についても明らかに持ちきれない量を運ばせようとするのは厳禁で、最大限持てるだけの荷物以上は諦めるのだという。


「ーーーって訳だ。だから、お前さんが払った500コルだと、本当に荷物運びに限定されることになる。大丈夫か?」


心配してくれているのだろう、ボビーさんは真剣な表情をしながら僕の顔を覗き込んできた。そんなボビーさんに僕は大丈夫だとばかりに笑顔で返答する。


「はい、勿論大丈夫ですよ!皆さんには本当にミノタウロスのお肉さえ運んで頂ければ、それ以上は求めません。今日は日帰りの予定ですから野営は必要ないですし、お昼は僕が用意するので安心してください!」


「いやいや、他にも目的の魔獣が見つからなかったら、数日拘束することもあるんだぞ?そういった部分もちゃんと交渉しておかないと後でトラブるぞ?」


今度はスタンさんが、やはり心配した表情で僕に言ってくるが、魔獣の捜索についてはそれほど心配していなかった。確かにすぐに見つけると言うことまでは出来ないが、父さん直伝の気配を探る術と、自分の機動力があればそう時間を掛けることなく発見できると考えている。


(でも、確かに2人の言う事ももっともだな。今後はそう言ったことも予め伝えてからお願いしないといけないな)


ポーターの在り方や、対応方法について教えてくれた2人には感謝を伝えておく。


「色々教えてくれてありがとうございます!今回についてはミノタウロスを発見できなくても、皆さんを明日以降も拘束しようとは考えていませんから、大丈夫ですよ!」


「そうか?まぁ、それなら良いが、お前さんはまだ子供だからな、変な奴に絡まれて大変な思いはするなよ?」


何だか実感が籠っているオジさん達の忠告に、素直に感謝してその言葉を心に留めておいた。



 その後もボビーさんとスタンさんとは、馬車の中で色々な話をしていた。2人は僕が貴族の子供でなかったことに一番驚いていたが、僕の生い立ちなどを聞いて「苦労したんだなぁ」と同情されてしまった。そんなに友人が居なかったということは、同情されることだったのだろうか。


ただ一人馬車の中で会話に参加しなかったレイさんは、何故か大森林に着くまでじっと僕の事を見つめ続けていた。

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