第16話 入学 5

 学院に到着してから入学式が始まるまでの3日間、特筆するようなことは何も無かった。同じ寮には続々と新入生だろう人達が入ってきたが、ほとんどの人達の部屋は2階以上で、何故か同じ1階には僕以外誰もいなかった。その為、会話らしい会話を誰ともすることが出来ずに入学式を向かえてしまっていた。


友人を作る切っ掛けがなかった僕は、空いている時間をこの学院の注意事項を読んで時間を潰したり、学院内を散策してどこに何があるかを把握していた。


この学院は、長方形の広大な敷地面積を有しており、正面に建つ白亜の建物が座学を学ぶための校舎。その後方には剣術と魔術の演習場がそれぞれ備えられており、その隣に授業や演習で使うための各種武器や魔道媒体が保管されている巨大な倉庫がある。そして、倉庫から少し離れた場所に3学年別々の寮が建てられている。


校舎には様々な剣武術や魔術を記した書物が保管されている図書室もあるらしく、設備が物凄く充実しているようで、学院に納める料金が高額になるのも頷けた。



 そして僕は今、校舎にある大きなホールで、入学式の学院長の演説を両方の目蓋がくっ付きそうになるのを我慢しながら聞いていた。


(話長いなぁ・・・椅子があるのはありがたいけど、眠くなっちゃうよ・・・)


周りに居る100人以上の新入生を窺うと、ちゃんと話に集中しているようで、その顔からは眠気など感じなかった。


(よくこんな実の無い、回りくどくダラダラした話を真剣に聞けるなぁ・・・)


壇上に立つ白髪混じりの学院長の話はとにかく長かった。要点を押さえれば5分で終わりそうな内容なのに、やたらと精神論で、やれ心構えだ、学院生として恥ずかしくない行動だとかを延々と語り、更にはこの学院の歴史までも話すものだから、既に1時間近くも話しっぱなしだった。


とはいえ、僕にはもう一つ疑問がある。何故か周りの新入生は僕の制服と違うのだ。制服は3種類あるようなのだが、黄金の剣がデザインされた赤を基調とした制服か、漆黒の杖がデザインされた青を基調とした制服が大半で、僕のように赤と青を基調とする制服はほとんど見かけなかった。


しかも、赤と青の制服は騎士を思わせるようなデザインが格好良く、襟にはそれぞれ学年を表すのだろう、【Ⅰ】と刺繍されている。僕の制服はデザインは近いのだが、何となく手が抜かれているような微妙なものだった。


(一体どう言うことなんだろうか・・・)


学院長の話とはまるで無関係なことを考えていると、ようやく話が終盤に差し掛かってきた。


「ーーーであるからして、この歴史と栄光ある学院で学べることは、諸君達にとっての人生の糧となるでしょう!本当におめでとう!!」


学院長はそう締め括り、一礼して壇上から去っていった。ようやく長い話から解放され、一息吐くと、司会の職員から次のプログラムのお知らせが入った。


「学院長、貴重なお言葉ありがとうございました!!続きまして、生徒代表からの挨拶です」


(うへぇ~、まだ挨拶?)


げんなりして前を見ると、そこには二人の生徒がこの学院の制服を着て壇上へ上がっていた。その様子に、生徒代表なのに何故二人なんだろうと疑問を覚えた。


 剣を帯剣している男の方は赤の制服に身を包んだ、金髪碧眼の長身イケメンだった。もう一人の杖を携えた女性は、青の制服に身を包んだ、艶やかな黒髪をポニーテールにしている鋭い目付きの美人な人だった。


先に動いたのは金髪のイケメンで、壇上で一歩前に出て話し始めた。


「新入生の諸君、入学おめでとう!私は剣武コース3年首席、ジョシュ・ロイドだ!知っている者もいるかもしれないが、私の父は軍務大臣を勤める侯爵だ!この学院でしっかり力を付けて、将来のこの国を支える人物に成長してくれることを私は願っているよ!」


壇上のイケメンは上から目線の口調で、やたら自分の地位や身分をアピールしてくる。こちらを見下げるような嫌らしい目や、自分の社会的にも武力的にも絶対の自信がある様なその態度は、何となく両親から聞いていた貴族の嫌らしい部分が詰まっているように見えた。


イケメンは挨拶を終え、爽やかな笑顔で一礼し後ろに戻ると、続いて美人の女生徒が一歩前に出て挨拶を始めた。


「初めまして、私は魔術コース3年首席、エレイン・アーメイです!この学院では自らの意思さえあればどんなことでも学べる環境を提供している。その中で、自らの短所を克服し、長所を伸ばし、自らの可能性を掴み取るのだ!」


美人さんはイケメンとは違ったタイプのようで、真面目を絵に描いたような人物に思えた。その口調に押し付けがましい嫌らしさはないのだが、壇上から注がれる射抜くような眼差しと話の内容から、自分にも他人にも厳しいのだろうと思わせた。


 挨拶を終えた二人が壇上を降りると入学式も終わり、事前に寮の掲示板に貼り出されていたクラスの教室に移動するように指示が出された。クラスは全部で5つあり、剣武コースと魔術コースで2つづつ、そして・・・


(僕は確か複合コースだったな。そう言えば、複合コースの首席は居ないのか?)


入学式の生徒の挨拶では、2つのコースの代表しか出ていなかったことに疑問を感じながらも、これから1年間使用することになる教室へと向かった。


 教室の扉を開くと、僕以外のクラスメイトは既に着席しており、少し遅れて入ってきた僕に興味深げな視線を向けてきた。


(掲示板で見た通り、このクラスの生徒は僕を含めてだけか・・・)


寮母のメアリーちゃんが言っていた通り、2つの能力持ちは極端に少ない為なのだろうが、広い教室に前後2席づつの机と教壇がある教室は何だか寂しく見えた。最初が肝心だと思った僕は、教室を見渡しながら大きな声で挨拶をする。


「エイダ・ファンネルです!これからよろしくお願いしますっ!!」


「「「・・・・・・」」」


「・・・あれっ?」


元気良く挨拶した僕に、皆は呆気にとられたような表情をしながら、ただただこちらを見つめていた。そんな微妙な空気になってしまって困っていると、後ろから声を掛けられた。


「おーい、席に着け!説明始めんぞ!」


振り返ると寝癖の目立つボサボサ頭を掻きながら、やる気の無さそうな中年のオジサンが、面倒そうに僕に視線を向けていた。出入り口を塞ぐような形で立ち止まっていたので、早く教室に入れと言いたいのだろう。その視線に促されるように教室に入り、後ろの空いている席に腰を降ろすと、オジサンは壇上に上がって口を開いた。


「おしっ、全員居るな~。俺はお前らの担任のゼルモ・フレックだ。一応肩書きは男爵位だが、お前らと同じ両方の能力持ちだ。細かいことは察してくれ」


何を察して欲しいのかは理解できないが、僕の疑問を余所に話は進んでいく。


「とりあえず、これから一年間の大まかな予定を伝える。もちろん、各予定の前にも改めて伝えるが、まずは今後の予定を聞いて、これから自分が何をしなければならないか考えろ。まず最初はーーー」


フレック先生曰く、一週間6日の内5日間が授業で、一日休息日があるらしい。そして、4の月から5の月の2ヶ月は午前中は座学、午後に実技を行っていき、基本的な学力や武力の確認と向上をするそうだ。6の月からは学院近くの森へ実地訓練として魔獣の討伐を行う。4人全員が一つの班となって行うが、このクラスは特別に、安全性確保のため上級生が同行することになっているらしい。


8の月にはギルドに登録して、依頼を2つ以上達成すると言う試験がある。10の月には学年内の能力別対抗試合、12の月には再度ギルドの依頼を5つ以上達成するという試験があり、12の月の下旬から1の月の下旬までの一ヶ月間は長期の休暇。あとは4の月までの期間、自由に鍛練を行う事になっているという。先生は、最後の自由に鍛練する話に含みのある言い方をしていたが、概ねの予定は理解できた。


「ーーーってことだ、分かったか?まぁ、その都度また説明してやるから安心しろ。んじゃ、とりあえず4人しか居ないんだから、お互い自己紹介しておけ!」


先生はそう言うと教壇のとなりにある教師用の机に腕を組んで座り、顎をしゃくって前の席に座る女生徒に壇上で自己紹介を始めるように指示を出した。それを受けて、前の席の女の子はため息を吐きながら席を立って壇上へ行き、自己紹介を始めた。


「初めまして、カリン・ミッシェルです。皆さんよろしく」


言葉少なく自己紹介をする彼女は、桃色の髪のボブカットが特徴的だった。140㎝半ば位の身長で、その可愛らしく幼い顔立ちはパッと見、とても同い年に見えない。しかし、少し視線を下げて胸部に視線を向けると、同年の女の子と比べてもしっかり成長したそれが、とてもアンバランスな印象を与える。


「ミッシェル君の得意な能力はどっちかな?それから、将来の目標とかね?」


あまりにも短い自己紹介だったためか、先生がもう少し話すように促した。


「どちらかと言えば魔術で、属性は〈水〉ですけど、皆さんご存じの威力しかないので・・・将来は文官職を目指してます」


そう言い終えると、彼女は一礼して席に戻っていった。正直、「ご存じの威力」と言われても、僕は彼女の魔術の威力を知らないのだが、そんなに話すのが嫌だったのだろうか。それとも・・・


(もしかして、僕以外皆は知り合いなのか?でも、初めましてって言ってたし・・・いや、僕に対してだけそう言ったのか?う~ん・・・)


疑問を浮かべていると、次の人が壇上へと立った。


「初めまして!ウチはジーア・フレメン言います。一応、フレメン商会の娘なんよ。この学院へは人脈作りの為に通っとうね。得意なんは、どっちかて言えば魔術のほうや。属性は〈風〉やね、皆さんよろしゅう!」


フレメン商会は聞いたことが無かったが、周りは少し驚いた表情をしているので有名な商会なのだろう。彼女は160㎝程の身長で、栗色のウェーブのかかったロングヘアーをしている。程良くお肉の付いたムッチリとした体型をしており、特に胸は同年の女の子と比べるのが申し訳なるくらい隔絶した存在感を放っている。とても同い年には思えないような、大人の雰囲気が漂っていた。


そして、次の自己紹介は後列の僕らの番になる。


「先に俺がやるよ」


隣に座る男の子と顔を見せ合い、どちらが先に自己紹介するかアイコンタクトを送ったのだが、隣の彼がそう言って先に壇上へと立った。


「初めまして、アッシュ・ロイドです!まぁ、ロイドって家名で気付くと思うけど、生徒代表で挨拶してた奴の弟です。得意なのは、わりかし剣術ですね。一応、騎士団への配属を目指しています。あっ、ちなみに、最初に挨拶した無愛想なカリンとは幼馴染みなんで、扱いに困ったら俺に聞いてくれて良いぜ!」


笑いながら軽い口調でそう言う彼は、兄弟だけあって見た目は生徒代表で挨拶していた男と似ており、短い金髪で綺麗な碧眼をしている。身長は僕より大きく180㎝位あり、ガッチリとした体型をしている。


そして、彼が席に戻ってから僕は壇上へと移動した。


「え~と、改めまして、エイダ・ファンネルです。能力についてはどっちが得意って言うのがなくて、両方とも同じくらいです。将来は安定した職に就きたいと考えています!」


皆からの印象を良くしようと満面の笑みで自己紹介をしたのだが、何故か皆から憐れみを含んだような視線を向けられてしまっていた。その様子に首を傾げていると、先生が声を掛けてきた。


「どっちも同じくらいか・・・ファンネル君は大変だな。君は特に貴族とのコネもない平民だろうに・・・頑張るんだぞ!」


何故か励まされたことに釈然としないものを感じつつも、席に戻った。

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