第17話 入学 6

 自己紹介も終わり、自分の席に戻ると、今日の授業はここまでで、明日から本格的に始まるから、という言葉を残して先生は教室を後にした。時刻はまだ昼前で、昼食までは少し時間があるので、同じクラスの皆と交流を深めようと考え、話し掛けようとした。すると、隣に座るアッシュ・ロイド君から先に話しかけられた。


「よう!さっきも自己紹介したけど、アッシュ・ロイドだ!よろしくな!」


差し出された彼の右手を握り返しながら、僕も挨拶をする。


「よろしく!エイダ・ファンネルだ!エイダって呼んでくれ!」


「ふっ!そうか。俺の事はアッシュで良いぜ!」


笑顔を覗かせた彼に、何か変なことでも言っただろうかと疑問を浮かべると、それを察したように彼は口を開いた。


「あぁ、悪い!ちょっと驚いてな。俺の実家は侯爵家だから、尻込みしたり媚を売って来る奴が多いんだよ。ただ、エイダはそういった気配が全く無いのに驚いてな・・・」


「あっ、そうか!貴族には敬語じゃないといけないんだっけ?」


「まぁ、実際の貴族や爵位を継ぐ予定の奴にはそうしとけよ!俺は爵位を継ぐ予定の無い次男坊だし、2つの能力持ちだからな・・・将来的に何か功績を残さないと貴族位には残れないんだよ・・・」


「功績?」


「そうだな・・・例えば、騎士団に所属して武功を打ち立てるとかだな。まぁ、両方の能力を有している時点でそれは無理だから、戦略とか知略で価値を発揮するしかないけど・・・」


「そ、そうなのか。大変なんだな・・・」


アッシュの話では、今現在は一応貴族籍にあるのだが、父親が兄に家督を譲った時点で貴族位から除外されるらしい。父親の年齢を考えれば、あと10年ほど猶予はあるらしいが、それまでに貴族位を賜れる程の功績を立てなければ平民として生きていくことになるため、長男と比べ次男以下は大変なんだと自虐的に笑っていた。


(貴族でもない僕には分からない考えだな。というか、父さん母さんは貴族になんてならない方が良いって言っていたけど、貴族でありたい特権でもあるのかな?)


いくらクラスメイトとは言っても、今日初めて会ったばかりの彼にズカズカと聞くのは良くないだろうと考え、とりあえずは当たり障りの無いことを話そうと決めた。


「そう言えば、僕が自己紹介した時に、やたらと生暖かい目で見られたんだけど、あれってどういう意味だったの?」


「ん?あ~、その、エイダの能力がな・・・」


言いにくそうに言葉を濁していると、前の席に座っている、アッシュが幼馴染みと言っていたカリン・ミッシェルが話に入ってきた。


「それはね、あなたは武の方面では大成どころか、生きていくのに必要な力さえ付けられないからよ?」


「えっ?それってどういう事?」


両方の能力持ちは大成しないということは分かっているが、生きていく力も付けられないというのは知らなかった。一応今の実力でも、Aランクの魔獣が単体であれば討伐は出来るのだが、何か僕の知らない生きることに必要な力があるのかと心配してしまった。


「そんなことも知らないの?はぁ・・・、いい?大抵2つの能力を持っていたとしても、得手・不得手っていうのがあるのよ!得意な方を伸ばせば、私達のような2つの能力持ちでも第三段階までは到達できるの!でも、どちらも同じくらいとなれば、絶対に第三段階に至る事はないの!」


初めて聞く内容だったが、両親に僕は第二段階以上には進めないと明言されていたので、さして驚く事でもなかった。寧ろ、皆初めて会った僕の事を心配してそんな視線を送ってくれたのかと思うと、逆に嬉しくなった。


「そっか、心配してくれてありがとう!確かに僕は両親の足元にも及ばないし、第三段階に至ることも無いだろうから、これからも頑張らないとね!」


「べ、別にあなたを心配してる訳じゃないわよ!ただ、このクラスに集められた皆は、同じ境遇なんだから、ちょっと親近感を持っているだけよ・・・」


悲しげに遠くを見つめるような表情の彼女に、アッシュと同じような想いを抱いているように感じる。皆2つの能力を持っていることに嫌悪感というか、絶望というか、自分の将来を悲観しているようだ。


「ふふふ。まぁ、ウチらは他の人から見れば出来損ないやし、出来ること見つけて頑張ってかないかんからね~」


ジーア・フレメンが、年齢に似つかわしくない妖艶な笑みを浮かべながら会話に入ってきた。


「出来ることか・・・安定した奉仕職になるのに必要な事って何かな?」


漠然と安定した職に就きたいという思いはあるが、具体的にどうするべきかまでは考えていなかったので、皆に聞いてみる。


「う~ん、せやなぁ・・・簡単なのは武力か知力で才覚を示すことやろか?でも、ウチらみたいなもんにすれば知力しかあらへんけど、知力では貴族の子弟さん達には劣るさかいなぁ」


「やっぱり難しいか。ギルドでAランク以上になれば奉仕職への斡旋もあるかもしれないって聞いたんだけど、それも難しいかな?」


「Aランクなんて、平民がそうそうなれるわけないわよ!この国でも最高峰のランクよ?言わば、武力でも知力でも信用力でも抜きん出てるってことなんだから!平民がAランクになろうとするなら、それこそ圧倒的な実力と実績が必要だわ!」


カリン・ミッシェルは少し怒ったような口調で、僕へ言い募ってきた。その迫力に僕はたじろいでしまう。


「そ、そうなのか。思っていたより道は険しいんだな・・・」


「まぁ、俺も実家のコネを使って騎士団に入ろうとしているから大層なことは言えないけど、同じ境遇のよしみで出来る範囲で手助けしてやるよ!」


「ありがとうアッシュ!そう言ってくれると嬉しいよ!でも、とりあえずは自分の力で何とかして見せるさ!」


ありがたい申し出だと思ったが、母さんから言われた「貴族に貸しは作らない方がいい。頼る時は相手に貸しを作ってから!」という言葉を思い出し、何の当ても考えもあるわけでは無いが、とりあえずそう返答した。


「そうか?まっ、困ったら言って来な!それに、皆同じ境遇なんだ、仲良くしようぜ!」


「うん、よろしく!2人も、せっかく同じクラスになったんだし、僕の事はエイダって呼んでね!」


「分かったわ。私の事はカリンでいい」


「じゃあ、ウチのことはジーアと呼んだってや」


「よろしく!カリン!ジーア!」


 そうやって、笑顔で僕は2人と握手を交わした。ちょうど話も一段落すると、昼食の時間になったので、親交を深める意味も込めて皆で食事を一緒にするため、寮の食堂へと移動した。


そこでは既に多くの生徒達が昼食をとっており、僕達は端の方のテーブルへと着いた。その瞬間、何故か周囲の視線を感じたので、周りを見ると食堂にいる他の同級生達が、嘲笑を浮かべたような表情でこちらを見ていた。その様子を怪訝に思い、皆に聞いてみた。


「・・・もしかして、マナーか何か間違ってた?僕は平民だし、何か変だったら教えてくれる?」


「いや、そう言う訳じゃないんだけどな・・・」


アッシュは苦笑いしながらカリンとジーアへ視線を送る。


「エイダってよっぽど田舎の出身なの?それとも、同年代の友人が居なかったとか?」


カリンが呆れたような口調で聞いてくる。


「りょ、両方だね。僕の実家は田舎の町から更に森の中にあったし、同年の友人なんて居なかったから・・・」


遠い目をしながらそう返答すると、皆は何かを悟ったようで、慈愛のこもった表情を浮かべた。


「そうかぁ、やっぱり同年の人がらんと気づかへんことなんやね。こんな視線を向けられなかったんは良いことかもしれへんけど、この理由を知らへんのやね~」


母性が込められたようなジーアの言葉に、学院に来てからこれまでの事を思い返してみる。受付の対応をしてくれた寮母のメアリーちゃんの言動も、今考えると少し変だった。今まで食堂では私服で食事をしていたから、こんな視線を感じなかったとすると、原因は今着ている制服の可能性がある。なにより、教室で皆境遇が同じだからという言葉を繰り返していた。


「・・・もしかして、両方の能力を持っているってことは、一般的にさげすめられることなの?」


僕の言葉に苦笑いを浮かべたままのアッシュが答えた。


「まぁ、俺達はどんなに頑張ってもどちらの能力も極められないからな・・・」


そう言うと、皆は一様に表情を暗くする。父さんと母さんからは制御を完璧にこなす事が出来れば、同じくらいの高みに至れると教えられているのだが、皆の様子を見るに諦めの想いが感じ取れた。


「ま、まぁ、頑張れば僕の父さんや母さんと同じくらい強くなれるって言われてるし、皆も一緒に頑張ろう!」


「エイダのご両親って何をしている人なの?」


僕が暗くなっている皆を励まそうとすると、カリンが両親の職業を聞いてきた。


「父さんは鍛冶師で、母さんは細工師だよ!」


「ははは、そうか、生産職の両親と同じ強さになれるか・・・それは頑張らないとな」


アッシュは頭を掻きながら、乾いた笑いをしていた。それは他の皆も同じで、僕の事を生暖かく見つめている。


(おかしいな・・・父さん母さん位の力があれば結構凄いと思うんだけど、一般的には僕の両親ってやっぱり普通くらいの力なのか?)


あれが世間一般の普通だとすると、真の実力者はいったいどれほどの力を有しているのか末恐ろしくなった。そんな事を皆と話していると、数人の生徒が僕達の座るテーブルに近づいてきた。

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