第15話 入学 4

 エリスさん達が襲撃される騒動に遭遇した翌日、僕は予定より少し早く学院がある都市、フォルクに到着することが出来た。心配だった人を殺した事による精神的な反動は意外と無かった。案外あのクローディアさんに抱き締められた時に、自分なりに消化出来ていたのかもしれない。


都市は、頑丈そうな石造りの外壁で囲われており、ここに到着する途中に丘から見下ろしたこの都市は、正方形の形をしていた。東西南北にそれぞれ大きな門が設置されており、そこを通る際は皆、個人証を提示して確認されているようだった。


(いつも母さんと買い物に行っていた町とは規模が違うな・・・だから警備も厳しいのかな?)


 住んでいた森から一番近い町は、人口1000人弱の町だった。顔見知りも多く、門を通る際には門番のお兄さんに挨拶するだけだ。そこと比べれば、外壁の立派さも、都市の大きさも、人の多さも、何もかも桁違いだ。さすがこの国の首都の隣にある都市だけあって、僕の住んでいた場所と比べるのもおこがましい程栄えているようだ。


そんな感慨を抱きながら都市へ入るために門の行列に並ぶ。時刻は既に夕刻近く、僕の前には20人程が列をなしているが、スムーズに動いているので、すぐに順番は回ってきた。


「個人証の提示を!」


門には4人のお兄さんが軽鎧を着込み、年季の入った槍を装備していた。2人が門の左右に別れて個人証の確認をし、残りの2人はいつでも動けるように周囲への警戒をしっかりしている。僕は近くの門番から流れ作業のように個人証の提示を求められた。


「えっと、お願いします」


外套の内ポケットに入れて準備しておいた個人証に闘氣を注いで、名前と年齢が見えるようにして差し出した。


「ん?13歳?親御さんはどうした?」


差し出された個人証を見た門番が、僕の背後を見渡しながら、親が一緒ではないのかと確認された。


「僕一人です。今年からこの都市の学院に通うようになりまして、今日到着したんです」


「ほぅ、馬車は使わなかったのかい?」


「ええ、勿体ないので」


「ふふふ、そうか。金銭感覚のしっかりした子のようだな。学院に通うような子は、お貴族様や商人などの子供で、お金に頓着しない者が多いというのに・・・」


そう呟く門番さんは、ガタイが良く、厳つい顔なのに、どこか達観したような遠い目をしていた。


「ああ、そうですよね。僕の家は平民なんで、貴族や商人みたいにお金持ちじゃないですからね・・・」


「おぉ、そうなのか!平民の親が子供を学院に通わせるとは・・・ご両親はさぞ君の事を可愛がっているのだろう!親御さんに感謝して、しっかり学ぶんだぞ!」


門番は僕が平民だと知ると、途端に親近感が湧いたような表情で話してきた。


「はい!ありがとうございます!」


 門番の人と話していると、後ろからガラガラと馬車が近づく音が聞こえてきた。音の方に視線を向けると、白を基調とした、煌びやかな馬車だった。


「おっと、ありゃ貴族様の馬車だな。君、こちらに寄りなさい」


門番の指示に従って端に寄ると、周囲を警戒していたと思っていた残り2人の門番が足早に馬車の御者台に近づき、一言二言交わすとすぐにその馬車を都市の中に通していた。


(ん?馬車に乗っている人の確認は良いのかな?)


疑問に思ってその様子を眺めていると、門番の人が苦笑いで教えてくれた。


「お貴族様の馬車には、家を表す家紋が付けられていてな、どこの家か確認できれば誰が乗っていようが構わないんだよ。君も学院で貴族の子弟との付き合いが出てくるだろうが、気を付けろよ」


貴族に対して何か思うところがあるのか、門番の人の口調からはどこか含みのある話し方に聞こえた。


「学院へは、この門から続く大通りを真っ直ぐ行くと、大きな池のある中央公園が見えてくる。そこを右に曲がって突き当たりまで進めば、そこが学院だ!」


「丁寧に教えてくれてありがとうございます!」


「ははは!良いってことよ!じゃあ、頑張れよ!」


「はい!」



 そうしてしばらく歩くと、門番のお兄さんの説明のお陰で迷うことなく学院に着くことが出来た。途中、都市の様子をキョロキョロ見ていたのだが、建物も人も多過ぎてしまい、目が回りそうになってしまった。


ようやく到着した学院は、広大な敷地に鉄製の頑丈な柵で囲われていて、巨大な3階建ての白亜の建物が印象的だった。


「へぇ~・・・これがクルニア学院か。デカイな~」


母さんが言うには、毎年100人から150人位が入学しているらしいので、単純に生徒だけで300人から450人位が生活すると考えれば、この建物の大きさや広さも納得だった。建物や敷地をウロウロして見ていると、学院の門を警備している門番に声を掛けられた。


「君っ!?この学院に何か用かな?」


「あっ、今年から入学するんですけど、手続きとかはどうしたら良いですか?」


「ん?新入生か?入学許可証は持っているかい?」


「はい!」


そう言いながらリュックの中を漁って許可証を取り出すと、一応こちらを警戒するように、帯剣する剣の柄に手を添えている門番に見せた。


「・・・確かに!では、正面の建物に行きなさい。中に入るとすぐ目の前に受付のカウンターがあるから、そこで呼び鈴をならして人を呼ぶと良い。あとはその人の指示に従うように」


「分かりました!」


「うむ!入学おめでとう。しっかり学ぶんだぞ!」


「はい!ありがとうございます!」


 門番の教え通り建物の中に入ると、すぐ目の前にある大きなカウンターが目についた。建物の中は、外壁同様白を基調としているのだが、何となく綺麗すぎて落ち着かなかった。そして、カウンターに置かれている呼び鈴を手に取り、軽く振るった。


『チリン、チリ~ン!』


「・・・はーい!」


少しすると、カウンターの奥の扉が開いて、一人の女性が現れた。肩まで伸びる焦げ茶色の髪をしていて、身長は僕より低く、幼い顔立ちに体型も合わさって、この学院の職員なのか疑ってしまうほどだった。


「あの、今年からこの学院に入学することになったんですけど、どなたに対応をお願いすればよろしいですか?」


「あ、新入生ですね!ようこそクルニア学院へ!あなたの入学を歓迎します!私はこの学院で受け付け業務や1年生の寮母をしていますメアリー・リスコフと言います。皆さんからは親しみを込めて、『メアリーちゃん』と呼んで貰っています!」


「は、はぁ、ありがとうごうざいます。僕はエイダ・ファンネルと言います。寮母さんだったんですね?よろしくお願いします、リフコスさん!」


「よろしくエイダ君!でも、私の事はメアリーちゃんで良いですよ!」


「えっ?いや、目上の方をちゃん付けで呼ぶのは・・・」


「メアリーちゃん、ですよ?私そんなに年上に見えますか?」


「い、いえ、失礼かもしれませんが、正直僕と変わらない位に見えます」


「っ!!そうでしょ!?あぁ、エイダ君は正直者ですね!!お姉さんは嬉しいです!あっ、私はほんのちょこっとだけ君より年上なだけですからね!ですから、メアリーちゃんですよ?」


僕の言葉にリフコスさんは目を輝かせるように大袈裟に反応して、カウンターから身を乗り出して、僕の手を固く握り締めながら有無を言わさぬ迫力で語り掛けてきた。


「わ、分かりました。よろしくお願いします・・・メアリーちゃん」


「はい!よろしい!では、入学許可証の提出と入学金及び3年間の授業料、寮費の手続きをお願いしますね!」


 乗り出していた体をカウンターに戻し、入学手続きをするために書類等を準備しだした。そのあまりの切り替えの早さに驚き、しばらく呆然としてしまった程だ。


ハッ!と我を取り戻した僕は、入学許可証と個人証をカウンターに出して、必要書類にサインし、闘氣を個人証に注いでお金の精算を済ませた。


「ふむふむ、エイダ君は2つの才能持ちですか。色々大変だとは思うけど、頑張ってね!クラスは3日後の入学式に掲示されるけど、2つの才能持ちは人数がかなり少ないから、毎年一つのクラスに纏められるのよね・・・」


「そうなんですか?じゃあ、クラスメイトも少ないのかな・・・」


「それだけじゃないけどね・・・。それにエイダ君は平民だし・・・3年間、周りに負けないように頑張ってね!お姉さんは応援してるよ!!」


「はぁ・・・ありがとうございます」


「それじゃあこれは、この学院の注意事項と敷地内の案内図、それから一年生用の制服だから無くさないようにね!入学式までは注意事項に書いてあることを守れば自由にしてて良いから。エイダ君、食事はどうするの?」


「え?学食があるって聞いているんですが?」


「了解!学食ね!じゃあ、朝食は6時から7時半まで、昼食は12時から13時半、夕食は18時から20時までだから、その時間の中で食事をしてね!あと30分で夕食の時間だから、寮の部屋に荷物を置いて、一階の食堂に行けば食べられるように連絡しておくね!」


「はい!ありがとうございます!」


「学院では時間管理が必須なんだけど、エイダ君は時計持ってる?」


「時計ですか?すみません、明日買ってきます」


「よければ学院で貸し出しもしてるのよ?卒院の際には返却してもらうし、壊したら弁償だけど、無料で借りられるよ?」


「そうなんですか?では、とりあえずお借りしたいです」


「はいは~い!」


そう言うと彼女は、カウンターの下から直径5cm位のチェーンの付いた丸い銀色の物を取り出した。


「これが貸し出し用の懐中時計ね!上に付いてる突起を押すと蓋が開いて時刻が見れるから。普段は落とさないようにチェーンを付けて懐に入れておくと良いよ」


「分かりました!」


「えっと、部屋は・・・あっ、105号室だから、男子側の一階の一番奥だね!案内板も出てるから迷わないと思うけど、分からなくなったらここに戻ってきてね!」


そう言いながら、彼女は鍵を僕に渡してきた。


「ありがとうございます。これから3年間、よろしくお願いします!」


「うん!よろしくね~!」


ヒラヒラと手を振る彼女に会釈し、案内図を便りに寮を目指した。


 寮は正面の建物の隣にあり、各学年別に建物が建っているらしい。寮は3階建てでコの字型をしており、右側が女性、左側が男性と分かれている。寮に入ると、大きな掲示板が正面にあり、見取り図が掲示されていた。それを見ると、どうやら入り口の辺りは談話場として使われているらしい。また、談話場の左に食堂があり、右側には浴室があるようだ。


見取り図に従って移動すると、メアリーちゃんの言う通り突き当たりが僕の部屋だった。鍵を開けて部屋に入ると、ベットと机、クローゼットが備え付けられており、実家の自分の部屋より広いくらいだった。


「ふぅ・・・今日から1年間、ここが僕の部屋か。どんな学院生活になるんだろう・・・」


荷物を置いてベットに腰掛けると、これからの学院生活に思いを馳せた。期待と不安が入り交じる中で、僕の最初の不安は友人が作れるかどうかだった。

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