第14話 入学 3

 オジサン達の始末を終えて馬車の方へ戻りながらお姉さん達の方へ視線を向けると、騎士の方達は倒れ伏している人を介抱しながら僕の方を呆然と見つめていた。そんなに驚くような事をした覚えがない僕は、その視線に苦笑いしながらも口を開いた。


「えっと、皆さん大丈夫ですか?」


「あ、ああ、協力感謝する!我々は大丈夫とは言い難い状態だが・・・君の方こそ大丈夫か?」


剣術士のお姉さんが僕を気遣うような眼差しで、初めて人を殺した僕の精神状態を案じてくれる。


「今のところは何ともありませんよ。思ったよりも心が頑丈なようですね!」


「・・・そんな顔して言われても説得力がないぞ?」


お姉さんの指摘に自分の顔を触ってみるが、いつもとどう違っているのかは分からなかった。すると、剣術士のお姉さんは満身創痍のはずなのに、ゆっくりと立ち上がって僕の事を優しく抱き締めてきた。


「子供がそんなに眉間にシワを寄せて、大丈夫とは言えないだろう?今回のことは我々を助けるためにしてくれた立派なことだ。気にするなとは言えないが、我々の感謝をその胸に刻んで欲しい。私達を救ってくれて本当にありがとう!」


抱き締めながら耳元で囁かれるお姉さんの言葉に、肩の力が抜けていく。今まで認識することが出来なかったが、どうやら戦いを終えてからもずっと体に力が入りっぱなしだったようだ。それを自覚したとき、自分でも不思議なほどすんなりと笑顔で話せた。


「いえ、どういたしまして!皆さんが無事で良かったです!」


僕の表情を見て安心したのか、お姉さんは静かに僕から離れた。その時、ようやくお姉さんをしっかり見ると、耳に掛かる位の明るい茶髪に、身長は僕と同じ位で、涼しげな瞳が特徴的な美人な人だった。


「君には謝礼を渡したいところだが、今は手持ちがそれほど無くてね、住んでいる所を教えてくれれば後日届けよう!」


「別に要りませんよ?オジサン達から後で回収させてもらいますし、助けた人からは感謝だけ貰っておけ、と言うのが父さんの教えですし」


「君の親御さんは素晴らしい人格者なのだな!」


「いやいや、ちゃんとその後の打算も勘定に入れる事も教えられていますから!」


「・・・それは言わない方が良いんじゃないか?」


「あっ、そういえばそうでしたね」


「ふっ、その素直さは好ましいと思うが、社会に出る前に腹芸は覚えた方がいいな」


「そうですね、これから学院で学んでいこうと思います」


「ん?君はクルニア学院の生徒なのか?」


「いえ、これからそうなる予定です」


「・・・ということは、まだ13歳なのか。その歳でこれほどの実力・・・並大抵の努力では無かっただろう。しかも両方の才能持ち・・・君の両親とは一体?」


「両親はただの生産職ですよ!ところで、仲間の人は大丈夫ですか?」


あまり長々話す事でもないと考え、お姉さん達の傷の具合を確認する。


「そ、そうだな。団長が肋骨を骨折して重傷、私を含めた3人も奴等との攻防で身体のあちこちを痛めてしまってね・・・ポーションは戦いながら使いきってしまっていて、なんとか街まで辿り着けるかどうか、というところか・・・」


お姉さんは僕からまだ何か聞き出したいような表情をしていたが、自分達の置かれている問題の方が重要だと考え直したようで、現在の状況を教えてくれた。


「聖属性魔術を使える方はいないんですか?」


「・・・我々の主人が所持しておられるが、まだ年若く、これほどの重傷となるとな・・・」


お姉さんは馬車の方チラリと見ながらそう口にした。馬車からは2人気配を感じるが、騒動が収まっても出てこないことを見ると、何か事情があるのだろう。


「分かりました。では僕が治療しましょう。これでも聖属性持ちですから」


「何っ?本当か!?しかし、ここまで世話になった身で、更に君の力に頼るというのは・・・」


「困ったときはお互い様です。いつか僕が困っていたら今度はお姉さんが助けてくださいね?」


「ああ、約束しよう!私はクローディアと言う。君の名前は?」


「エイダです」


「よろしく頼む、エイダ殿!」


そう言いながら差し出された手を握り返し、クローディアさんが団長と言っていた人の元へと移動した。


 団長さんの容態は芳しくなかった。クローディアさんの言う通り、肋骨や腕も折れており、どれ程の時間戦闘行為があったのかは分からないが、白銀の鎧を外された身体は赤黒く腫れていて、内出血までしているようだった。


「失礼しますね」


「す、すまないな、少年・・・」


聖魔術を他人に行使するには、直接相手に触れる必要がある。僕は倒れている団長さんの手を握り、左手に魔術杖を持ちながら治療を始めた。すると、団長さんはすまなそうに僕を見つめてくる。怪我の状態から、少し多目に魔力を注いだ聖魔術を発動した。聖魔術の行使に必要なのは、魔力制御の繊細さだ。怪我をした場所に、ピンポイントで聖魔術が染み込むようなイメージで治療した。


「「「お、おぉぉ!?」」」


すると、僕の聖魔術を周りで見ていたクローディアさん達は感嘆の声を上げていた。聖属性持ちは珍しいし、お姉さん達の主だと言う馬車に乗る人物はまだ使いこなせていないような口ぶりだったので、怪我が治ってく様子に驚いているのだろう。


「よし!これで大丈夫ですが、闘氣の枯渇は自然に回復するのを待つしかないので、しばらく戦闘は無理ですね」


治療を終えたお姉さんの手を離しながら、分かっていると思うが注意しておく。すると、お姉さんは少しふらつきながらも立ち上がって、笑顔で僕に握手を求めてきた。


「すまない、本当に助かったよ!私はこの騎士達を預かるエリス・ロイドという。少年の名前を聞かせてくれるか?」


ロイドさんの手を握り返しながら僕も名乗る。


「僕はエイダと言います。たまたま通りかかっただけですから、お気になさらず」


「ははは!気にしないわけにはいかないさ!騎士として受けた恩は返す!これは我が家の家訓でね!」


気さくに笑うロイドさんは、栗色のショートカットに整った顔立ちをしていて、身長も僕より高く、女性に対する表現ではないが格好良い人だなと思った。


「でも、僕としても良い経験が出来ましたのでそんなに重く考えないで下さい。それに、僕はオジサン達から金品を巻き上げられればそれでいいですし」


「ん?お金が必要なのか?ただ、恐らく彼らは極秘裏の任務で我々を襲っているはずだ。そうなると、身元の割れる個人証は拠点に置いてきているだろう」


「えっ?そうなんですか?」


ロイドさんからの予想外の指摘に、どうしたものかと逡巡する。本来個人証は魔力か闘氣を注がなければ情報を表示することが出来ないが、実は血液でも可能なのだ。そのため僕は、オジサン達の個人証に彼らの血を垂らしてお金を僕の個人証に移そうと思っていたのだが、当てが外れてしまった。


「それほどお金に困っているなら、これを持っていくと良い!」


そう言いながらロイドさんは、首に掛けているネックレスを外して僕に差し出してきた。綺麗な水色の宝石が付いたそれは、見るからに高価そうなものだった。


「いえいえ、ロイドさんの持ち物を貰うわけにはいきませんよ!」


「何を言うんだ!エイダ殿は私だけでなく、部下や我が主君の危機まで救ってくれたのだ!本来なら貴殿を招いて、正式に褒美を下賜すべきなのだが、今は事情があってそれが出来ない。だからこれはその代わりなのだ!」


ロイドさんは遠慮する僕の手を取ると、強引にそのネックレスを握らせて、有無を言わせぬ迫力で更に言い募ってきた。


「この宝石は、売れば200万コル位にはなるだろう。困ったら遠慮せずに使え!いいな?」


「えぇぇぇぇ!そんなに高価なものなんですか!?そんな凄いもの受け取れないですよ!!」


宝石の価値に驚愕して困惑する僕に、クローディアさんも口を開く。


「エイダ殿、受け取ってくれないか?これは団長だけでなく、我らからの感謝も込められている。それに、それくらいの事をしないと団長としても収まりがつかないのだろう。そういう人なのだ」


苦笑いしながら僕に語りかけるクローディアさんを見て、ここで受け取らないのは失礼になるかもしれないと考えた。


「・・・分かりました。ありがたく受け取らせて頂きます!」


「そうか!良かった!」


「じゃあ、残りの方達も治療しちゃいますね!」



 そう言うと僕はロイドさんよりは軽傷だが、満身創痍の残り3人の騎士の人達を順番に聖魔術で治療していった。馬車に乗っているであろうロイドさん達の主君という人も怪我をしていたら治療すると申し出たのだが、丁寧に断られた。姿さえ見せられないということは、余程重要な人物なのだろう。



「エイダ殿、この度は本当にありがとう!故あって我が主君は感謝を直接伝えることが出来ないが、最大級の感謝を伝えて欲しいと承っている。主君に代わって感謝申し上げる」


「いえ、偶々ですから。それに、ロイドさんから十分な報酬も貰いましたので、十分ですよ」


「そう言ってくれると助かる。エイダ殿とはいずれまた何処かで相見あいまみえるだろう。もしその時に困ったことがあれば頼って欲しい!」


「分かりました。もし困っていたらお願いします」


「うむ。では失礼する!出発だ!!」


「「「はっ!!!」」」


ロイドさんとの挨拶が住むと、彼女とクローディアさんは馬に騎乗し、残りの2人は馬車の御者席に乗り込んで馬を進め始めた。馬車が見えなくなるまでその様子を見送って、僕も学院への移動を再開するため、茂みに隠した荷物を取りに戻った。


思わぬ収入に喜びながらも、やはり父さんと母さんの言う通り、人助けして良かったと鼻歌を歌いながら走りだした。




side エリス・ロイド


 エイダ殿と別れてから、数十分ほど街道を移動すると、クローディアが馬を近づけ話し掛けてきた。


「団長、よろしかったのですか?」


「何がだ?あの宝石を渡したことか?それとも、彼の正体を詰問しなかったことか?」


「・・・両方です」


「あの宝石に思い入れがあろうと、今の我々に提供できる最も高価なものはあれしかなかったからな。それに対して思うことはない。彼の正体についてなら、あの場でどうこうするのは不可能だと私も判断したからだ」


「・・・しかし、危険なのでは?」


「だろうな。彼は最低でもSランクの実力者の持ち主だった。しかも、魔術と剣術の2つの才能持ち。常識的に考えれば、2つの才能持ちは大成しないはずなのに、だ。・・・あの力は異常だ」


「でしたらっ!!」


私の言葉にクローディアは焦ったような表情で声を荒げる。彼女の気持ちも理解できる。正体不明の強大な力の持ち主が急に現れたのだ。国を守る騎士とすれば、相手の正体を確かめるために、しかるべき対応をとるべきだろう。しかしーーー


「我々の使命は主の身の安全だ!今の状況で藪をつついて蛇を出すような真似など出来ぬ!悔しいが、我々が束になって掛かっても彼には敵わん。ならば、友好を築いておくのがあの場での最善の行動だろう」


「それは・・・そうですが」


「それに、彼には三大公爵家である私の家名を名乗っても何の反応も示さなかったのだ。そもそも知らなかっただけか、初めから知っていたのか、判断のつかない中での行動は慎重になるべきだろう?」


「・・・・・・」


理解は出来るが、納得できないといった感じでクローディアは表情を曇らせた。その時、馬車の中にいる主から声が掛けられた。


「すみません、クローディア。今回彼については詮索しないようにとわたくしが指示したことです」


「も、申し訳ありません!!まさかその様な指示があったとは知らずに、生意気を申しました!」


クローディアは主の言葉に驚愕し、青い顔をしながら謝罪の言葉を述べた。


「あなたの心配も分かりますが、情報も無い中、こちらの状態を考えればどうしようもない事もまた事実。ならば、友好的に接した方が良いと判断したまでなのです」


「我らの力足りず、申し訳ありません!鍛練を重ね、どのような状況でもお守りできるよう精進いたします!」


「ふふふ、ありがとう。これからもよろしくね!」


「はっ!」


クローディアは主の言葉に恭しく返事をし、馬車の後方へと戻った。


「エリスにも苦労を掛けるわね・・・」


「いえ、これも仕事ですから。首都に戻り次第、調査隊を編成いたします。彼はクルニア学院の生徒らしいですので、監視は容易かと」


「そう、ありがとう。ところでエリス。いつも言うけど私とあなたの仲なんだから、もっと砕けた言葉で良いのよ?」


「いくら幼馴染みとは言っても、公私の区別は必要だ!」


「あなたは昔から真面目ねぇ!まぁ、そこが信頼できて良いところでもあるんだけどねぇ」


「・・・あまり喋られますと、舌を噛みますよ?」


「はいはい。首都まで後少し、お願いね!」


「畏まりました!」


そうして私は若干13歳でありながら、この大陸一番の鍛冶師との呼び声高い、正体不明となっている人物が打ったであろう剣と、見たことがない魔法媒体の杖を持ち、強大な力を持つ人物の背後調査という新たな心配事を抱えるのだった。


(・・・彼が本当に偶然現れただけの、善良な国民だったということを願うばかりだ)


あまりにもタイミング良く現れた彼の正体に、私は何かの策謀が絡んでいるのではないかと不安視していた。

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