第9話 幼少期 8

 2年後ーーー


 この世界で成人は16歳だ。その為、13歳になる年から3年間、基本的な読み書き計算から、この大陸の歴史や地理、経済に至るまでを国が運営している学院へ集まって勉学に励む場所がある。


とはいえ、そこは志願制の学院で、それなりの入学金を支払わなければ入ることが出来ない。その為、平民ではほとんど入学する者はおらず、居たとしてもどこぞの貴族のめかけの子供か、商人の子供であるらしい。わざわざ高いお金を払うのも、箔付けの為だったり、人脈を広げるためだったり、将来の就職先を見つける為だったりと目的は様々だ。


しかし、当然ながら国立の学院だけあって、その教育方針の基本的な考えは学力だけでなく、国家の武力向上に重点が置かれているという。魔獣蔓延るこの世界で生き抜く為には単純な武力が必要不可欠だし、他国とも定期的に戦争していることから、次の世代を担う子供達に力を付けさせるのは急務なのだろう。


 子供の僕からすれば戦争なんて知ったことではないが、生きていくために魔獣を凌駕する力を付けなければならないのは良く理解できる。なにせ僕が暮らす森の中は、少し歩けばすぐに魔獣と顔を会わせることになるほど、どこにでもいる環境なのだ。それなりの力を持たないとこんな所では生活が出来ない。


町に住むにしても外壁で囲われてはいるが、飛行する魔獣等もいるので、空から攻めてこられては壁も意味をなさない。町には国民を守る為の騎士団が駐屯しているとはいえ、助けが来るまでの時間稼ぎくらい出来ないと、あっという間に命を散らすことになる。詰まるところ、生きる上で力は必要不可欠なのだ。



 そして物心付いたときから今まで、僕は両親からみっちりと剣術と魔術を教え込まれてきた。しかし、12歳になった今でも父さん母さんの足元にも及んでいないのが現状だ。そんな中、父さんの何気ない一言を切っ掛けとして、僕の生活は大きな変化を見せようとしていた。


「そう言えばエイダ・・・お前、同年代の友達っていたっけか?」


「・・・・・・居ない」


父さんの言葉に友達と言える人物を記憶の中から探し出そうと試みるが、居るはずのない同年の友達の記憶など当然あるはずがなく、肩を落として力無く答えた。そんな僕の様子に、父さんは凍りついたように表情を固くした。


「ま、まぁこんな森の奥に住んでいるからな・・・母さん!町にいった時に顔見知りの一人や二人はエイダにもいるよな?」


「・・・お店の主人や奥さん、手伝いをしている娘さん位ね・・・娘と言ってもあの子は確か今年で28だったかしら・・・」


「・・・・・・」


「・・・・・・」


たぶん僕の返答に、父さんは何とか慰めようと考えて友達から顔見知りに言葉を言い換えて母さんに確認したんだろう。しかし、母さんから返ってきた言葉に父さんは絶句しているようで、2人は顔を見合わせて苦笑いを浮かべた。


「スマン!お前を同年代の子と遊ばせることをすっかり忘れてた!!」


「ごめんなさいねエイダ!母さんも全然そんなこと頭に無かったわ・・・友人なんて自然に出来るものだと思ってたけど・・・そうよね、こんな森の中で私達と鍛練ばっかりしてたら、友達なんて出来るわけないものね・・・」


父さんと母さんは、今まで見たこともない申し訳なさそうな表情をしながら、じんわりと目に涙を浮かべて僕に謝ってきた。その様子に驚きながらも、2人を宥めた。


「でも、父さんと母さんが言うように、生きるために力は必要だって分かってるし、こんな森に住んでるのも、仕事を考えれば理解できるから・・・」


「くっ!お前は何て良い子に育ったんだ!さすが俺の息子だ!」


「本当に!こんなに気遣いが出来る優しい子に育ったなんて、さすが私の子供ね!」


2人の瞳からは更に涙が溢れ出し、僕の事を褒めてくれるのだが、その言葉の中には何となく自分達のお陰のような言葉も混ざっていることに、素直に喜べない釈然としないものを感じる。


「ま、まぁ、友達なんてその内なんとかなるよ!」


とりあえずその話題は棚上げしておこうと軽口を叩くが、真剣な表情をしながら考え込んでいる母さんがゆっくりと口を開いた。


「今まで聞いてなかったけど、エイダは将来何になりたいの?」


「将来?」


「そう、将来なりたい職業ね?」


母さんにそう聞かれしばらく考え込むが、これと言ってなりたいものが思い浮かばなかった。


(父さんや母さんの跡を継いで鍛冶師か細工師?・・・でも、細々した事って性に合わないんだよな・・・って言っても、お金を稼がないと生きていけないし・・・)


具体的な想像が出来ない僕は、漠然とした将来のなりたい仕事についての考えを口にした。


「えっと、それなりに働いて、そこそこお金が貰えて、特に不自由無く暮らせるなら何でも良いや!」


「・・・・・・」


「・・・・・・」


僕の言葉に両親は言葉が出ないような表情をして、じっと僕の目を見つめて何かを考え込んでいるようだった。すると、2人して顔を見合わせてこそこそと話し合いを始めた。


「(母さん、エイダに社会の常識とかって教えていたっけか?)」


「(それはまぁ、一般的な事ぐらいはね・・・仕事については・・・ね?)」


「(そ、そうだな。まぁ、今からでも遅くはないか・・・)」


考えが纏まったのか、2人は真剣な表情で僕に向き合って、この世界の職業について説明し出した。


 曰く、この世界の職業は大きく2つに分けられるらしい。平民がなる職業と貴族がなる職業だ。平民としては、作物を作ったりする農民や父さんや母さんみたいな物を作る職業を生産職と言う。また、お店で生産職が作った物を買い取って販売するのを商売職。貴族の家に仕えて執事やメイド、衛兵として働くのを奉仕職と言うらしい。


また、貴族は領地を治める文官職と、国防を担う騎士を生業とする武官職がある。その中でも有能な極少数の貴族は、国政に携わる大臣職に任命されることもあるらしいが、王族との繋がりがないと就くのはほぼ不可能な為、知識として知っておけと言われた。


更に、神殿に勤める神官職というものもある。この職業は国からも独立した存在であり、信者の数もそこそこいるため一定の力があるのだという。そこでは平民も貴族も関係なく扱われるらしいが、いわゆる宗教に興味の無い両親は、説明もそこそこだった。


「平民であれば安定した職として人気があるのは奉仕職だが、仕える貴族によって待遇は天と地ほども違いがあるからな、そこは運かもしれんぞ?」


「自分から貴族の人を見極めて働くことは出来ないの?」


評判の良い貴族を探して、自分から売り込めば良いのではないかと考え、父さんの運次第と言う言葉に疑問を投げ掛けた。


「残念ながら、大抵はギルドを通した人材派遣だ。それ以外だと縁故採用がほとんどだな」


「ギルド?」


聞き覚えのない言葉に説明を求めた。僕の疑問に答えてくれたのは母さんだった。


「ギルドっていうのは、国家が運営している人材派遣組織のことね。国民は成人すると、皆そこに登録をするのよ?その人の知識や技術、武力等に応じて、FランクからSランクに別けられて、その人の才能にあった依頼を受けることも出来るの」


「依頼って?」


「例えば、農家の子供でも二男や三男では実家の農地を継げない子供もいるわよね?商人でもそうだけど、継ぐ家のない人はギルドを通して仕事を貰うことが出来るの。他の家の農作業の手伝いや、行商の同伴ね。それは貴族も同じで、実家を継げない貴族の子供がギルドを通して仕事を貰うことだってあるわ」


「つまり、安定した奉仕職になろうと思えば、ギルドを通してどこぞの貴族に採用されるしかないと・・・」


「そうね。でも、身元のしっかりした人物でないと貴族は採用しないから、貴族の子息が奉仕職になることが多いわね」


「じゃあ、平民は生産職か商売職しかないってことか・・・」


「いえ、さっきも言った通りギルドにはランクがあって、より高ランクの人物は社会的な信用も高いから、平民でもAランク以上なら採用されることもあるわ」


「う~ん、結構面倒なんだね・・・」


母さんの説明に、平民の職業選択の自由があまり無いことに眉を潜めながら、どうしたものかと考える。


「まぁ、そういうのが全部面倒で、自由に生活したいのなら冒険職ってのもある」


父さんが他の選択肢を教えようと身を乗り出してきたが、母さんはその職の名前を聞いて渋い顔をしていた。


「・・・父さん、冒険職って?」


「ギルドの依頼には定期の依頼だけじゃなく単発のものもある。その中でも魔獣の討伐依頼ってのは、ほぼ常にあるんだが、一応命を掛ける仕事だけあって報酬も上々だ。ただ・・・」


そこまで言って、父さんは母さんの顔色をチラリと覗いてから真剣な面持ちで言葉を続けた。


「ただ、生活はこの上なく不安定だ。魔獣を苦もなく倒せればいいが、怪我をすれば金は稼げなくなるし、魔獣を討伐する為の装備の改修にもかなり金が要る。最悪それらが重なれば破産して生き倒れてそのまま・・・なんて話はザラにある。まさに人生を冒険する職業だな!」


「いい、エイダ?冒険職なんていつ死ぬか分からないし、最初のうちはすぐ金銭的に破綻して、そのまま路頭に迷うような職業なの!あなたは安定した職業を目指しなさい!」


母さんの実感が籠ったような迫力にたじろいでしまうが、金銭的にシビアな考えを持つ母さんなら当然のことだった。母さんは節約好きで、「将来のためにお金は貯めないと!」というのが口癖だ。逆に父さんは「お金は使ってなんぼ」という考え方なので、たまに父さんが無駄遣いをすると、母さんが烈火のごとく父さんに説教している姿を見ることがある。その度に、「父さんみたいにお金にだらしなくなってはダメよ!」と、僕に口を酸っぱくして注意してきた。


「だったら、エイダの友達を作るという事と、将来のなりたい職業を探すということで、学院に通ってみないか?」


父さんの言葉を反芻するように考えてみた。


「学院か・・・」

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