第8話 幼少期 7
「よし!今日から父さんの鍛練も一段階上げていくぞ!」
「うへ~・・・」
父さんのその言葉に、無意識に嘆息を漏らしてしまう。既に母さんの方の鍛練が厳しくなっていたので、父さんの方でも厳しくされてしまうと身体が持たないよ、という心からの叫びだ。
「なんだ、その返事は?」
「いや、だって、今の母さんとの鍛練がメチャメチャ集中力を要求するんだもん・・・もう精神が擦りきれそうなのに・・・」
純粋な魔力を緻密に形状変化させ、寸分の狂い無く魔術の核たる中心に命中させるのは、想像以上の集中力を要した。その為、母さんとの鍛練後には精神的な疲れがどっぷりと残るのだ。
「それは仕方ないな!剣術も魔術も、重要なのは闘氣と魔力の精密さだ!詰まるところ集中力というのは変わらん!」
「人間の集中力には限界があるんだよ・・・」
「まったく・・・戦いの場で敵に集中力が切れたから待ってくれ、なんて言って相手が待つとでも?」
父さんは呆れたような声で僕を諭してくるが、その表情は苦笑いをしていて、本当に苦言を呈しているというよりは、僕の気持ちも理解しているが、諦めろといった感情が見てとれた。
「そりゃそうだけど、魔術と剣術を交互に鍛練するのは大変なんだよ・・・」
「まぁ、そうだろうな。しかし、この鍛練がいずれお前の身を守ることになるはずだ。この世界の敵は魔獣だけでは無いからな・・・」
厳しい表情でそう呟く父さんの表情からは、実際に何か強大な敵と遭遇して苦労したような思いが含まれていたように聞こえた。父さんと母さんに鍛練を付けられるようになってから良く言われているのだが、「将来戦わなければならない敵は、魔獣だけではなく人間とも戦うことになるだろう。そして、それ以上の存在とも」と常々言っていた。
それ以上の存在が何なのかは教えてもらってないが、どんな敵が現れても臆することがないようにという心構えで言っているのではないかと最近は考えるようになった。
とはいえ、魔術と剣術を交互に鍛練するのは本当に厳しい。そもそも魔力と闘氣は相反するような存在で、当然ながら同時に使用することが出来ないとされている。これは事実として、魔力と闘氣を同時に行使しようとすると、身体に異変をきたしてしまうからだ。
まだ小さかった頃、魔術の鍛練後すぐに剣術の鍛練をしようとした瞬間、体内に残っていた魔力に反応したのか、闘氣が上手く扱えなかっただけでなく、血を吐いて倒れた事があった。以来、それぞれの鍛練の間には必ず休憩時間が設けられるようになったのだが、最近は段々とその休憩時間も少なくされてしまってきている。
(まぁ、体調を崩すことはないからいいけど。鍛練を厳しくするからって、休憩時間を減らさなくてもいいのに・・・)
そんな事を考えていると、父さんが『パンッ!』と手を鳴らして雰囲気を変えた。
「さて、今日からお前に教えるのは、いわゆる剣術の一つの到達点だ!」
「と、到達点?」
いきなりのその言葉に僕は目を丸くして驚く。まさかそんなに高度なことを教えようとしているとは思ってもみなかったからだ。
「そうだ!父さんが木剣で魔獣を切り裂いたのを見たことがあるだろう?」
「あるけど、それをやれってこと?」
「最終的にはな!そもそも、ただの木剣で魔獣を切り裂くことは出来ん。それは分かるな?」
「えっ、そうなの?てっきり父さんほどの実力者なら出来ることだと思ってた」
「・・・まぁ、出来ないことはないな」
「あ、やっぱり!」
「う゛、う゛んっ!とにかく、剣を扱うにあたって最初に伝えた言葉を覚えてるか?」
そう言われて少し記憶を辿り、すぐに言われていた言葉を思い出す。
「たしか、剣をただの武器として扱うな。己の身体の一部と思え・・・だったよね?」
「そうだ!剣は己の身体の一部。手の延長だと認識しろ!そこで、お前に問う。闘氣を武器に纏わせることは可能か?」
「武器に?そんなの無理だよ!」
闘氣は外に拡散しようとする性質を持つ。それを逆に定着させるように維持・制御しなければならないのだが、自分の身体から少しでも離れると、途端に制御が聞かなくなる。身体に密着させるように定着させるだけで精一杯なのだ。
「その無理を可能にすることが、剣の到達点の一つだ!」
「・・・・・・」
そんな高度なことをいきなりやれと言われても、まったく出来るイメージが湧かないため、どうしたものかと悩んでしまう。すると、父さんが手に持つ木剣を正眼に構えた。
「いいか、今から実際にやって見せる。ゆっくりやるから、良く見ているんだぞ!」
「はいっ!」
すると、父さんはまず身体に闘氣を纏わせた。いつもの深紅の闘氣は、息をするように自然に身体に定着されたが、木剣にはまだ闘氣を纏わせていなかった。
「いいか、良く覚えておけ!剣の更なる究極は、剣と己が一体になる境地に辿り着くことだ!」
僕に向かって真剣な表情で父さんがそう言うと、深紅の闘氣が握っている剣の柄から徐々に切っ先に向かってゆっくりと木剣を纏っていった。そうして全体を覆った闘氣は、木剣をコーティングするように安定して定着した。
「・・・凄い!」
その技量の高さ。自分の知識ではあり得ないと思っていた技術を目の前で見せられ、思わず感嘆の声が漏れ出た。すると、父さんはニヤリと笑みを浮かべ、手近な立ち木へ近寄り、ビックリするほどゆっくり剣を横薙ぎにした。
『ズズズズ・・・ドォォォン!!』
「・・・へっ???」
まるで、包丁で豆腐を切っているような抵抗の無さでゆっくりと斬られた大木は、地響きと共に地面に倒れた。
「これが剣の一つの到達点、〈
「・・・えっ!?これを出来るようになれってこと?」
「心配するな!父さんがしっかり教えてやる!まずは闘氣量を今までの倍は注げるようになるところからだな!そしてその制御と、なにより剣と一つになる境地に至るようになれ!」
「いや、父さん!そんな笑顔で簡単そうに言ってもダメだよ!要求する一つ一つが異次元に高度だよ!」
「ははは!大丈夫だ!なんたってお前は俺の息子なんだからな!必ず出来るようになる!」
出来るようになる根拠が、父さんの息子だからという説得力に欠ける理由なのに、父さんのその表情は、僕が出来るようになることに微塵も疑いを持っていなかった。
そして、父さんの擬音たっぷりの解説を苦労して読み解き、自分なりに咀嚼して新たな技術を習得するための鍛練へと向き合う。まずは、より多くの闘氣量を注げるようになることと、その制御だ。剣と一つになる境地については、父さん曰く一朝一夕で習得できるものではないので、長い時間を掛けて剣と向き合えと言われた。
その為の鍛練の一つとして瞑想をすることだと教えられたが、これまた極端に集中力を要するもので、そのうち僕の神経は焼き切れてしまうんではないかと、ため息が止まらなかった。
「・・・本当に頑張れよ。お前の将来には、もしかしたらたくさんの苦難が待ち受けているかもしれないんだからな・・・」
新たな鍛練に励む僕の背後で、ボソッと呟かれた父さんの言葉に、僕は気づくことがなかった。
こうして僕には、新たな段階へと進むための技術を確実に身に付ける厳しい鍛練が始まった。時には挫折しそうになることもあるけども、父さんも母さんも本当に僕のことを想っていることは分かっているので、なんとか頑張ることが出来た。
そして3年後には、僕は思いがけない事を切っ掛けとして、ある場所へ通うことになるのだった。
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