第7話 幼少期 6
初めて魔獣を討伐した遠征から戻り、今度は母さんと魔術の鍛練だ。この鍛練で母さんを納得させることが出来れば次の段階に進むことになるというものだった。
「じゃあ、先ずは火属性魔術からよ!」
「はい!」
家から少し離れた鍛練場にて、母さんと2人で向き合っている。鍛練場と言っても何もないただの平地で、魔術による被害が周辺に出ないようにしているだけである。
「〈我が身に宿りし力よ、求めに応じて顕現せよ!其の力は我が意思によりて、望むものへと姿を変えよ!〉」
呪文を詠唱すると、掌にユラユラと揺らめく火の塊が出現する。僕は第二階悌の呪文までしか唱えられないが、母さんの第五階悌の魔術と比べると、かなり見劣りしてしまう。
「ここまではスムーズに出来るようになってきたわね。それじゃあ、形状変化よ!」
母さんの指示のもと、僕は一度深呼吸をして集中する。形状変化は、魔術の形を任意に変化させるものだ。これには呪文は必要なく、大事なのは魔力の精密制御とその形を強くイメージすることだ。そして、僕が最もイメージしやすいものと言えば・・・。
(集中・・・集中・・・切先鋭いあの剣を!)
前回の遠征で父さんから貰った自分の剣の姿をイメージする。すると、掌の火は徐々に姿を変化させ、10秒ほどでイメージした通りの揺らぎない剣の姿となった。
「それでこの的に当ててみなさい!」
そう言うと母さんは手に持つ杖を軽く振るい、僕から20m位離れた空中に30cm程の水球を作り出した。その発動スピードもさることながら、本来自分から離れた魔術の制御は困難を極めるはずなのに、それを事も無げに行う母さんの実力を見ると、僕はまだまだ足元にも及んでいないと実感してしまう。
「よし、行け!」
腕を水球の方へ突き出して魔術を放つと、剣の姿に形態変化したそれは、勢い良く水球へと突き刺さり、『ジュッ』という音と共に、あっという間に消滅した。空中の水球は大きさも変わらず健在なので、僕の攻撃は全くダメージを与えていなかったことが窺える。
(クッ!やっぱり母さんには全然敵わないや・・・)
その結果に落胆していると、母さんが魔術を解除して歩み寄ってきた。
「形状変化に時間を掛け過ぎよ!もっと魔力も込められたでしょ!それに、威力は言わずもがなね・・・」
「・・・・・・」
母さんの容赦無い指摘に怒られているように感じて、段々と縮こまってしまう。
「・・・でも、以前と比べたら形状変化の安定性も、命中精度も格段に良くなったわ。まだ課題が多いけども、今の段階は一先ず合格よ!」
「・・・えっ?」
母さんの言葉に、信じられないような表情で聞き返してしまった。
「だから、合格よ!次の段階に進むわよ!」
「・・・ほ、本当!?」
「本当よ。私の息子なんだから、ちゃんと自信持ちなさい!」
「・・・や、やったー!!」
普段母さんからは誉められることが少ないので、その称賛の言葉は、僕のテンションを一気に上げた。そんな僕を母さんは微笑ましく見守ってくれていた。
ただ、5分程はしゃいでいるとさすがに鬱陶しかったのか、「うるさいっ!」という言葉と共に、手にしていた杖で頭を『ゴンッ』と殴られてしまった。その後、聖属性の魔術も合格点を貰うことが出来たが、その実力を見るのに今しがた出来た自分のたんこぶを治せと言われて、治しただけだった。
(まぁ、聖魔術はいつも父さんとの鍛練で使っているからな・・・一番使用頻度の高い魔術だから、母さんも分かってるんだろう)
そうして、今日から次の段階へ進むべく母さんから見本を見せられることになった。
「いい?これから見せるのは魔術というよりも技術と表現する方がしっくりくるものよ」
「技術?」
「そう。今まであなたに魔力自体の精密制御を教えてきたわ。今日はそれを応用して、魔術の迎撃手段として使う方法を教えます!」
「魔術の迎撃・・・?」
母さんの言葉がいまいち理解できない僕は、ただただオウム返しで疑問を浮かべるしかできなかった。
「まずは見てみなさい!」
母さんは僕の隣に並び、右手に持った杖を前に向けて魔力を注ぐと、10m程前方に一つの火球を浮かばせた。その火球を維持したまま、母さんは左手に濃い青色の魔力を放出して、いつもの鍛練で見せてくれるように完全な球体にして見せた。
「いい?今度は純粋な魔力の塊を形状変化させるのよ!」
そう前置きすると、一瞬で魔力球は10㎝程の槍のような形状になった。見た目は小さいのだが、先ほどの魔力球の大きさから考えて圧縮して押し固めたような感じがする。すると母さんはその魔力の塊で出来た小さな槍を浮かべている火球に向かって飛ばした。
『パシュッ』
「・・・えっ?」
火球はまるで掻き消されたかのように霧散して消滅した。同種の魔術や、反属性の魔術で迎撃したような反応でもなく、魔力がぶつかったと思った瞬間に魔術が消えたのだ。
「これは魔術を魔力で無効化する技術。〈魔術妨害〉よ!」
「ま、魔術妨害・・・」
「この技術の鍵は、魔力を精密制御によって高密度に形状変化させることと、魔術の中心に正確に打ち込むことよ」
母さんが言うには、純粋な魔力は自然界に放たれるとすぐに飽和してしまうため、高密度に形状変化させ、その影響を受け難くすることが必須であるということ。また、魔術を構成する際には、必ずその魔術の核となる部分があり、大抵は放たれる魔術の中心にあるらしい。
「魔力球を思い出しなさい。あなたはどんなイメージで維持してたのかしら?」
「母さんが説明してくれたような、コマの回転をイメージしてたんだけど」
「じゃあ、そのコマの軸はどこにあるかしら?」
「そりゃあ、中心の棒だよ」
「その棒に衝撃を与えると、コマはどうなると思う?」
「う~ん、たぶんバランスが崩れてコマは倒れるんじゃ・・・そうかっ!」
「それがこの技術の原理よ。ただし、正確に核に当てる精度、核を見抜く洞察力、相手の魔術の威力に怯えずに魔力塊を高密度で精密に作り出す胆力の全てが要求されるわ」
母さんの言葉に僕は目を白黒させて頭を抱えてしまう。とてもそこまでの技量に達していないからだ。
「ほら、やる前から諦めないの!すぐに出来るようになるわけ無いでしょ!この技術は言わば魔術の中でも秘術なんだから、そう簡単に出来るわけ無いでしょ!」
「そ、それはそうだけど、いきなり難易度が上がりすぎだよ・・・」
「自信を持ちなさい!あなたは私と父さんの自慢の息子なのよ?」
「・・・母さんと父さんってもしかしてこの国でも凄い実力者なの?」
「っ!そんな事あるわけ無いでしょ?ただの細工師と鍛冶師よ!このぐらい大人になったら出来て当然なの!」
「はぁ~い・・・」
僕の質問に、母さんは一瞬表情を変えたような気もしたが、特にその事について疑問を覚えることはなかった。なにより、新しく始まる鍛練が今度はどれだけの厳しさになるのかを考えると、そんな事に考えを向けるだけの余裕なんて無いからだ。
(あっ!そう言えば父さんも次の段階に進むって言ってたっけ!?)
先日の遠征で、闘氣の扱いに合格点を貰ったのは良いが、更に鍛練が厳しくなると言われて、ため息を吐いていたことを思い出す。
「もう、エイダ!これからは父さんの鍛練も厳しくなるんだから、気を引き締めなさいよ?」
僕の憂鬱そうな表情を見た母さんが、心の中を読んだんじゃないかと思うことを口走りながら、背中を叩いて叱咤してきた。
「わ、分かったよ!もぅ・・・もう少し息子を優しく育てても良いんじゃないかな・・・」
「あら?こんなに優しくしてるのに、まだ足りないの?この厳しい世界で生きていくための力を、手取り足取り教えて上げてるのに。じゃあ、っもと優し~く教えて上げるわよ?」
怪しい笑顔を浮かべながら、「優しく」という言葉に変なアクセントを置く母さんの表情は、僕からすれば悪魔のようだった。
「嘘ですっ!今のままで母さんは十分優しいです!よ~し!頑張るぞ!!!」
これ以上厳しくされては堪らないと、大声で自分の言った失言を有耶無耶にしようと、新しい鍛練に励むのだった。
「本当に頑張りなさいよ?あなたの将来は苦難が多いかもしれないんだから・・・」
僕の背後でボソッと呟いた母さんの言葉は、残念ながら僕には聞き取れなかった。
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