第6話 幼少期 5

 先の場所から少し離れた所で、単独行動をしているオーガの元へとやって来た。父さんと母さんは後方で僕の様子を窺いつつ、不測の事態に備えている。例え討伐に失敗して大怪我を負っても母さんならすぐに治してくれるし、そもそも僕が怪我を負う前に父さんが何とかしてしまうかもしれない。そう考えるとそれほど緊張することはないが、それに頼ってしまったら僕はこの先の戦いも両親が居なければ満足に実力を発揮することが出来ないということになってしまう。


(集中・・・後ろには誰も居ない・・・僕は一人だ・・・目の前の魔獣を討つ!!)


両親の存在を意識から消し去り、身体に闘氣を纏わせて腰に差している剣を抜く。オーガまではおよそ10m。既に相手はこちらを認識しており攻撃体制に入ろうとしている。僕がまだ子供だからなのか、闘氣が少ないからなのだろうか、長身から見下ろすその瞳には僕の事を餌だとでも思っているような嫌らしい感情が見てとれた。


「オガーーー!!!」


「っ!!」


突如、猛然と僕に突進してきたオーガは、持っている棍棒を振り上げた。奇しくも先程の父さんの戦闘と同じような場面になっていることで、目に焼き付けた技を試す絶好の局面だった。正眼に構えていた剣を上段で水平に保ち、棍棒を正面から受け止めるような構えを取る。


『ビュン』


耳障りな棍棒の風切り音が聞こえる。極度の集中状態だからなのか、オーガの動きがはっきりと感じ取ることが出来る。


「・・・スゥゥ」


父さんと同じように息を吸いながら、前に出していた右足を後ろに退く。当然上体はそのままで。


『カシュッ!・・トンッ!』


剣に触れたと同時に切っ先を下げて力を受け流し、相手の体勢を崩すために力を当てるが、父さんがやったときほどオーガの体勢を崩すことが出来ていなかった。


(っ!数瞬遅いかっ!)


失敗したことを認識しながらも、相手が体勢を崩している事には違いないので、そのまま突きの姿勢へと入り、柄の裏に掌を添える。崩しが悪かったので、オーガの頭部は僕の間合いの外だった。そのため、若干前のめりのお陰で低い位置に来ている心臓に狙いを定める。


凛天刹りんてんさつ!」


『ズブッ!』


「グルゥオァーーー!!!」


突きに特化させた剣だけあって、オーガの硬い表皮を貫き、心臓を突き刺した感触はあったのだが、魔獣の生命力は凄まじい。心臓を刺したくらいではすぐに死ぬことはないので、油断はするなと教えられている。案の定、心臓を突き刺されたはずのオーガは、僕を道連れにしようとしてか、力任せに棍棒を横殴りにしてきた。


「チッ!」


油断無く構えていたが、想像以上の早い動きに一瞬焦る。バックステップの際に前髪を棍棒が掠めていったが、間一髪で間合いを開けることができた。


(やっぱり即死させるには、頭を破壊しないとダメか!しっかり体勢を崩さないと僕の身長では届かない・・・もう一度だ!)


再び正眼に構えてオーガを睨み付ける。心臓を刺されたことにより激怒しているオーガは、今度は棍棒を無茶苦茶に振り回しながら肉薄してきた。怒りのためか先程よりも速度が速い。


『ドゴンッ!!』


「なっ!?」


そのまま殴り掛かってくると思っていたオーガの棍棒は、予想外に眼前の地面に振り降ろされ、大量の土砂を僕に浴びせかけてきた。


(クソッ!目潰しか!)


咄嗟に後退するが、オーガの動きも速く、間合いを詰められてしまった。その状況に返し技を繰り出すことが出来ず、力を逸らす事で精一杯になってしまう。


『カシュ!カシュ!ガシュッ!』


ちょっとでも受け流しが甘いと、相手の膂力に圧倒されてこちらが体勢を崩してしまう。なんとか持ちこたえているが、危うい均衡の上にこの攻防は成り立ってしまっている状況だ。


(落ち着け!動きをよく見ろ!力も速さも奴が上・・・もっと動きを小さく、最小限に!)


今の僕は最小限の動きで攻撃を受け流している。相手は怒りで攻撃は大振りだが、それでも僕より速い。だからこそ相手の動きを先読みし、相手よりも小さく動くことで速さの釣り合いをとって均衡を保っている。これも、父さんとの鍛練の経験があってこそだ。そうでなければとっくに押しきられているだろう。ただ、いつまでも防戦一方というわけにはいかない。体力は魔獣であるオーガが上だろう。そうなると、先にバテるのは僕の方だ。


(クッ!もう少し闘氣を扱えられれば・・・)


父さんのように闘氣を扱うことが出来れば、力も速さも出せるのに、そこまでの域に達していない自分に歯噛みしてしまう。


(まだだ!今、その域に行けば良い!思い出せ・・・)


オーガとの攻防に集中しながらも、僕は父さんと母さんの鍛練を思い起こしていた。魔力と闘氣、精密な扱いは魔力の方が今は上だ。では、魔力はどう扱っていたか。球体に留めるときに、魔力が内に戻らないよう外に拡散する回転のイメージで扱っていた。母さんは分かりやすいようにと、回転させたコマを使って説明してくれていた。では、闘氣はその逆にしたらどうか。その瞬間、頭の中のピースがカチリと嵌まったような気がした。


(イメージは紅茶をかき混ぜて、ミルクを注いだ時のあの渦だ!)


ミルクを闘氣に置き換えて一気に身体に纏わせていくと、今までの薄い赤色の闘氣が、しっかりした赤色へと変わっていた。更に、ユラユラとした不定形だったそれが、しっかりと身体に定着している。


(・・・よしっ!)


途端に力も速度も上がり、均衡は一気に僕に傾いた。


「グルオォォォ!!」


その状況にイラつきを見せたオーガが、棍棒を横殴りにしてきた。


「ふっ!」


『カシュッ!・トンッ!』


僕は剣を巧みに操り、力を上へと逸らし、更に絶妙の瞬間に力を加えて完全に相手の体勢を崩した。今オーガは両手を上に上げて万歳をしているような格好だ。


「凛天刹!」


『ズガンッ!』


「ギャオオォォォ!!」


硬い関節の骨ごとオーガの右膝を貫き、即座に腕を戻してもう一度突きの姿勢を取る。奴は膝を砕かれたせいで右膝を庇うように左膝を地面に着けた。当然膝を着いたことでその頭部は僕の間合いの内だ。


「凛天刹!」


「ギョボッ・・・」


奇怪な叫びを残してオーガは地面に倒れ伏した。凛天刹の二連撃でなんとか討伐することができ、残心を解いてホッと肩の力を抜いた。


「・・・やった、やったよ!父さん!母さん!」


「ヒヤヒヤしたが、良くやった!!それに、闘氣の扱いをこの戦闘中に上達させるとは、さすが俺の息子だ!」


「ええ、本当に良くやったわ!でも、これに慢心してはダメよ?Bランクごとき、片手間で倒せるくらいになりなさい!」


 僕の頭を撫でながら誉めてくれる父さんに対して、母さんからはもう高い要求が飛んできた。僕の鍛練の方針は基本的に母さんが決めているので、今後更に厳しくなるのかなと、討伐成功の余韻もそこそこに現実に引き戻された。


それから、僕の討伐に関する細々とした評価・反省が父さんから行われ、擬音だらけのそれを母さんが補足する。それを受けて、構えから重心に至るまで微妙な修正を行い、続けざまにオーガを3体倒したところで僕は解体作業に取り掛かった。父さん達は別行動で、今頃Aランク魔獣を狩りまくっている事だろう。



「・・・やっぱりダメか・・・」


 初めて討伐したオーガから魔石を取り出そうとしたが、光沢のある赤黒い魔石は見事に割れていた。魔石は心臓の後ろにあるので、僕が心臓を貫いたときに魔石も一緒に貫通してしまったのだろう。こうなると素材としての価値はゼロになってしまう。


呪文を刻んで魔導媒体にすることは当然出来ないし、粉末状にして武具に使うにしても、魔石は割れるとすぐに劣化してしまい、一時間もすればそこら辺に落ちている石のようになってしまう。魔石は魔獣の生命力そのものが結晶化していると言われていて、壊れるとその力は大気中に霧散してしまう。


「せっかくの初討伐だったし、自分の未熟が招いた戒めとして持っておくか」


2つに割れた10㎝程の魔石を小さな袋に入れると、自分の懐に仕舞った。続けて皮を剥いで肉と骨に解体していく。オーガの強靭な表皮は防具に使用できるらしいが、父さんは使わずに町に売りに行く。肉は筋張っているが、煮込み料理にすると良い味が出る。骨や内蔵は使えないので穴を掘ってそこに集めておくと、匂いに吊られた魔獣が寄ってくるので本来はしっかり土を被せるべきなのだが、ここには素材採集に来ているので、逆にその臭いを使って魔獣を誘き寄せる事に使う。とはいえ、実際にはここに辿り着く前に父さんと母さんによって全滅してしまうだろう。


30分ほどで4体のオーガの解体を終わらせて一息つく。ふと、初めて魔獣を討伐した情景が脳裏に浮かんでくる。


(一戦目はまだつたなかったけど、父さんの技をなんとか自分のものにすることが出来たかな。闘氣の扱いも良くなったし、父さんに一撃入れれる日は近いぞ!)


一撃入れて驚かしちゃえ、という中に母さんが入っていないのは、そんなことをすれば一体何倍になって反撃させるのか、考えるだけでも恐ろしいからだった。

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