第10話 幼少期 9

 学院に通うということが決まってから数ヵ月後、僕は父さんと母さんから今の実力についての試験をされることになった。2人とも中途半端な状態で鍛練を投げ出すことは出来ないという、涙が出るほどありがたい考えのもと、最後の追い込みのように様々なことを僕に叩き込んでくる。その為、今まであった剣術と魔術の鍛練の間の休憩時間は、ほぼゼロだ。特段身体に異常が出ることはなかったのでなんとかやれているが、厳しさは別格だ。


ちなみに、将来の職業を聞かれた時に、平民が貴族になることは出来ないのか聞くと、2人から激しく反対されてしまった。曰く、貴族社会というのは、お互いの弱味を日夜探しているようなドロドロとした独特の社会を構築しており、お互いの足の引っ張り合いばかりしているのだと言う。更に、自由に恋愛や結婚することも出来ないらしく、そんな不自由な生活がしたいのかと目を見開きながら詰め寄られて説明されたので、そんなに貴族は大変なんだなと、逆に敬意を持ったくらいだった。


ただ、じゃあ自分が貴族になりたいかと言うと、両親の反応を見るに止めた方が良いだろうというのが正直な感想だった。


(人の粗探しの毎日なんて、考えただけでもゾッとするよ・・・でも、父さんも母さんも何でそんなに貴族について拒否反応を示していたんだろう?)


それについて2人に訪ねても、「貴族とはそう言うものだと皆知っている」と言われ、過剰な拒絶反応の理由は分からなかった。



 そして今日、今の僕の実力を測るために、父さんと母さんと立ち会いを行うのだ。


「準備はいいな、エイダ?」


「いつでもいいよ、父さん!」


間合いを空けて悠然と佇む父さんを見つめながら、僕は剣を正眼に構えていた。


「いいか!合格の条件は、父さんの本気の一撃を見て意識を保っていること、それだけだ!」


「はいっ!」


「くれぐれも、ショック死はするなよ!」


「・・・はいっ!」


父さんの忠告に息を飲み、一挙手一投足も見逃さまいと意識を集中させる。


「いくぞっ!〈昇華〉!」


「っ!!」


普段は深紅の父さんの闘氣が、黄金色に変わってその身を包んでいた。しかもその闘氣量は今まで見たことがないほどの圧倒的な濃密さだ。 その闘氣の奔流だけで僕の体は硬直し、意識が遠退いてしまう。


(凄い・・・これが父さんの本気。第五階層に至った者の迫力なんだ・・・)


その闘氣の圧倒的なまでの威圧感に尻込みしてしまうが、歯を喰いしばってその場に踏ん張る。すると黄金の奔流が収まり、緻密に練り上げられた闘氣は、まるでフルプレートメイルのように定着した。しかも、その闘氣は父さんが構えている木剣までも覆っている。


「決して目を閉じるなよ!これが剣術の最高到達点だ!」


重々しい口調と共に父さんは木剣を大上段に構え、そこから意識を集中して目を見開く僕でも視認できないような神速の袈裟斬りを放った。


「〈神剣一刀じんけんいっとう〉!」


『ズバンッッッッ!!!!!!!!!』


「っ!!!!」


表現の仕方が分からない、圧倒的な力だった。文字通り、僕とは次元の違ったその一撃に膝が震えてしまい、立っていることが出来なくなった僕は、無様にその場にへたり込んでしまった。


「・・・はっ!はぁはぁはぁ・・・」


どうやらその一撃に込められた殺気のせいもあってか、息をするのも忘れていたらしい。額を拭うと、何もしていないはずなのに大量の汗をかいていた。


(こ、これが父さんの本気・・・)


呆然と残心をとっている父さんを見つめてから、僕の真横に延びている、その一撃の威力を物語る地面の亀裂を視線で辿った。


「・・・・・・へっ?」


ついつい素っ頓狂な声を上げてしまったのは仕方ないだろう。なにせその亀裂は、僕の真横を通りすぎ、背後の木々が生い茂る深い森の中を横1m程の幅でどこまでも続いていたのだから。木々も斬られたというより、消滅しているのだ。斬ったはずの木片も無いのだからそう表現せざるを得ない。まさに、たった一振で眼前に存在する全てを薙ぎ消して、一本の道を作ってしまったようだった。


「こ、これが剣術の最高到達点・・・」


地面に座り込んだままそう呟く僕に、父さんがゆっくりと近づいてきた。


「エイダ・・・合格だ!よく意識を保っていたな!」


「と、父さん・・・凄すぎだよ・・・」


「そりゃそうだ!最高到達点だと言っただろう!大抵の奴は俺が構えて殺気を纏った時点で泡を吹いて失神するんだがな・・・よく頑張った!」


「あ、ありがとう」


「ここまで極めることが出来れば、もはや剣も鎧も必要ない。自分の闘氣で事足りる」


「・・・僕には剣武術を極めることは出来ないからなぁ・・・」


父さんの領域に立つのは不可能だと知っているので、地面に視線を落として落胆した。


「何を言っている!階層の話ではない!闘氣の制御さえ極めれば、エイダだって同じことが出来るはずだ!それに、お前は俺に無い魔力を持っている。どんな成長を見せてくれるか楽しみだよ!」


父さんは地面に座り込む僕の肩に手を置きながら、飛びっきりの笑顔を向けて僕を励ましてくれる。


「・・・そうだね、頑張るよ!僕は父さんの息子なんだし!」


「ハハハ!その調子だ!!」



 10分後ーーー


「準備は良いわね、エイダ?」


「・・・母さん、せめてもう少し休ませて」


僕の理解の範囲外の一撃を見た興奮冷めやらぬ父さんの試験の後、ようやく足腰の力が戻ったというのに、間髪入れずに母さんの試験が始まってしまった。


「大丈夫よ!母さんの最高の一撃をその目で見て、意識を保ってれば良いだけなんだから!」


10m程距離を空けて相対する母さんは、笑顔でそう告げてきた。いくら自分には直撃しないようにするからといっても、自分に向けられる殺気の籠った魔術が向かってくるのは、かなりの恐怖を感じるのだ。


「それが大変なんだけど・・・」


「さぁ、集中しなさい!父さんの一撃に耐えて見せたんだから、母さんのも大丈夫でしょ!」


僕の言葉に耳を貸してくれない母さんは、颯爽と杖を掲げた。その杖の先端には、母さんが特別に加工した魔石が取り付けられている。本来球体の魔石を、三角形の面が6つで構成されている六面体になっていて、それぞれの面に呪文を記述することで、全ての属性魔術の発動が可能な特別製だ。


母さんが杖を掲げたのを見た僕は、一度深呼吸をして心を落ち着かせて集中力を高めた。母さんとの試験の時も、父さん同様に剣を正眼に構えて相対する。それは、この方が自分なりに集中出来るからだ。


「・・・よし!」


意識を集中した僕に向かって母さんは、殺気の籠ったような低い声で宣言する。


「いくわよ!・・・人を超え、高みに至れ!〈昇華〉!」


途端、母さんの身体から膨大な漆黒の魔力が溢れ出し、掲げる杖の先端に収束していく。


(父さんもそうだったけど、第五階悌の〈昇華〉に至ると、魔力の色が変わるのか・・・)


母さんはいつも濃い群青色の魔力をしていたが、今は闇より暗い漆黒の色をしている。父さんも深紅の闘氣が黄金色に変化していたので、最終段階へと上り詰めると、その力の性質の変化が、色の変化となって視認できているのかもしれない。


「刮目なさい!これが魔術の最高到達点、〈神魔融合じんまゆうごう〉!!」


魔力を収束しきった杖の先端が僕に向けられ、一条の漆黒の本流が放たれる。


「っ!!」


漆黒の魔力が放たれた瞬間、赤・青・黄・緑・白・黒の六色に魔力が色付き、僕の目の前へ壁のごとき巨大な魔術となって迫ってきた。


「か、母さん!!し、死ぬって!!」


どう見ても一直線に僕に向かって来る魔術に、及び腰になりながらそう叫ぶ。すると、あと数メートルというところで突然進路を変えて、僕のすぐ隣を巨大な魔術が通過していった。


「うわっ!!!」


当たってはいなかったのに、魔術が通過した衝撃波で3m近くも無理矢理後退させられてしまった。地面には僕の足が引き摺られた跡が抉られるように残っていた。


「クッ!」


恐怖が過ぎ去ったことに身体の力が抜け片膝を着くと、母さんの魔術が通過した跡に視線を向けた。


「・・・ははっ!」


その光景に最早乾いた笑いしか出せなかった。なにせ森の一部が消失して、荒野になっている光景なのだ。言葉が出ない。


「ふふふ、合格よエイダ!よく失神しなかったわね」


「ははは、父さんので、ちょっと耐性が出来たのかも・・・」


「その為の試験でもあるからね。世の中にはこんな力を持った存在もいるってことよ?父さんなんて、私のこの魔術を剣術で斬った非常識な人だしね!」


「・・・母さんも父さんも何者なんだよ?」


2人のあまりの力に、もはや疑問しかない。


「言ったでしょ、ただの細工師と鍛冶師よ!」


「え~・・・他の人もこのぐらい出来て普通なの?」


「少~しだけ実力があることは否定しないけど、それでも私達よりも強い存在がいないとは断言できないのよ?だったら、そんな存在が敵になるかもしれないと想定して、息子を鍛えるのは当然でしょ?」


理解できるような出来ないような母さんの理論に、僕はただ「そうだね」と返すことしか出来なかった。母さんの言葉を否定したところで、その考えが変わるわけが無いと知っているからだ。


「って、さっきの魔術ってどんな原理なの?」


あまりその話題を引っ張ると、今後の鍛練についておかしな方向に向かうかもしれないと危惧した僕は、話題を変えた。


「ん?そうね・・・簡単に言えば私は魔力の塊を放っただけなの」


「え?魔力?」


「そうよ。放った魔力に、自然界の属性魔力を取り込むように制御しているの。つまり、私の魔力と自然界の魔力を組み合わせた結果、あれほどの威力になったのよ?そして魔力の制御を極めれば、エイダ・・・あなたにも同じことが出来るの!」


「・・・(ゴクリ)」


2人とも、自分の技を僕に覚えさせる気が満々な事に気づき、無意識に息を飲む。只でさえ厳しい鍛練がこれ以上厳しくなったらと考えて、身体が拒否反応を示したのだろう。


「さぁ、学院へ入学するまであと少ししかないわ!これからはもっとペースを上げて鍛練していくわよ!!」


「・・・ハハハ・・・」


母さんの非常な宣告に、僕は力無い笑いを返すのが精一杯だった。

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