ラブコメには遅すぎる

小高まあな

第1話

「ただいまー」

 返事がないとわかっていても、そう言いながら玄関のドアをあけるのは鍵っ子だった幼い頃からの防犯意識……の成れの果てのせいで、

「おかえりなさーい」

 返事がかえってくると、ちょっと違和感がある。何度経験しても。わかっていても。

「遅かったねー」

 そう言って一人暮らしの俺の部屋、玄関まで出迎えにきてくれる幼馴染。

「また勝手に……」

「だって、たぁくんが一人暮らしとか心配で」

「大丈夫だし」

 言いながら靴を脱ぎ、部屋にあがる。

「今日は麻婆豆腐だよー」

 いい匂いがする。


 一体、どこで人生の歯車が狂ったのか。保育園のころからの幼馴染で、

「大きくなったら結婚しようね、みぃちゃん」

「うん、約束だよ、たぁくん!」

「やだー、うちの子たちかわいいー」

「ほんとー!」

 とか言っていた女は、今や勝手に部屋に入ってくる。

 実家から離れて暮らしているのに、毎度毎度金曜日に、ご飯を作って待っている。

 それを知ってから、金曜日の飲みの誘いを断る付き合いの悪いやつになってしまった。

 それにしても、勝手に部屋に入ってくるとか高校ぐらいまでならラブコメだが、アラフォーになってからではただ痛いだけだ。

「ちょっと、たぁくん。ぼーっとしてないでご飯の時は、ご飯に集中する!」

 怒られる。

「あー、はい、ごめん」

 いただきますと向き直り、箸をすすめる。

「美味しい」

 困ったことに本当に美味しいのだ、これが。

「本当? 嬉しい」

 にっこりと微笑む。高校の時と、変わらない笑顔。

「たぁくんに食べて欲しいから美味しくできたんだよ。隠し味は愛情」

「そうかそうか。二十年前にやってくれ」

 そう、二十年前にやってくれれば良かったのに。そうしたらきっと俺たちはこんな関係じゃなかった。

 高校生の時の俺たちは、仲が悪かった。仲が悪かったというか、変に意識してしまったというか。学校は同じだったし、クラスも隣だったけど、なるべく離さないようにしていた。幼馴染なんて困る、なんていうことをお互いの友達に言っていたりしていた。

 こんな風にご飯を作るなんて、考えられなかった。

「大きくなったら結婚しようねって言ったのにな」

 稚気に溢れた約束だったけど、本気だった。保育園のころも、小学生の時も、高校の時だって。

「なんで大きくならなかったんだよ、お前は」

 箸を動かしながら、話す。白米を見つめたまま。怖くて美沙の顔が見られない。

「ごめんね、匠」

 美沙が小声でつぶやく。

 またやってしまった。

 言っても仕方ないことだとわかっている。それなのに、また言ってしまった。

 何べんかに一度、耐えきれずにどうしても、言ってしまう。

 高校三年の夏、このままじゃいけないなと思って美沙を夏祭りに誘った。断るかと思ったが、美沙は素直に受けてくれた。多分、お互いに仲直りするタイミングを探していたのだ。

 でも、待ち合わせの場所に美沙は来なかった。

 そこに来る途中で、事故に遭って。大きくなったら結婚しようねと言った女は、高校三年で成長を止めてしまった。

 高校の時に仲違いしていなければ、もっと早く告白していれば、そうして付き合っていれば、美沙が事故に遭うことなんてきっとなかった。そしたら多分、迎えに行っていたから。いや、そもそもあの日俺が迎えにいけばよかったんだ。付き合ってなくても。付き合ってないのに迎えに行くなんてとか思わないで。

 そうやって後悔して、後悔しかできなくて、自己嫌悪で鬱々として、でも死ぬ勇気とかもなくって、とりあえず大学生になって、なんとなく就職して、数年経ったころまた美沙がまた現れた。

 帰ってきたら家で、ご飯を作っていた。今日みたいに。

「なんで……」

「たぁくん、私が見えるの? ついに? やったー!」

「いや、なにが……」

「幽霊としてのパワーと経験値が足りなくって全然気づいてもらえなくって! たぁくん、霊感ないの? ずっと力を貯めて、ちょっとなら実体化して触れるようになってさ。でも、これでたぁくんに、見てもらえるし、ご飯も作れるー!」

 そうして、何ヶ月かに一度俺の前の前に現れるようになり、今では力のコントロールができるとかで毎週来るようになった。意味わからん、幽霊のシステム。

 俺がある程度ご飯を食べたところで、さてっと美沙が立ち上がった。

「時間だわ。また来るね」

「もう来んなよ」

 成仏しろよ。

「じゃあ、カノジョ作ってよ、結婚してよ。そうしたら安心するから」

「無理だよ、もてねーし」

 幼いころからの愛と未練が、毎週顔を出しているのに他に誰かを好きになれるわけないだろ。

「じゃあ、また来るから」

 美沙が笑う。ちょっと、ずるい笑みで。

「私、ずるいから。たぁくんが切り捨ててくれないなら、ずっとたぁくんに取り憑くから。あなたがこちらに来るまで、ずっと」

 俺は答えない。答えられない。それでもいいなと思ってしまうから。

「来週、何食べたい?」

「唐揚げ」

「了解、じゃあね」

 ふわっと美沙が消える。

 残ったご飯は本物だ。なんで、幽霊が食事作れるんだか。やっぱり意味わからん。

 来週は、唐揚げか。

 しょうもないリクエストをしてしまう。来週も美沙がいて、美味しいご飯を作ってくれる。そう思うと一週間頑張れる。それだけが、一週間つなぎとめてくれている。

 未練にすがりついて手放していないのは、俺の方だ。

 成仏させてあげられなくて、ごめん。

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ラブコメには遅すぎる 小高まあな @kmaana

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